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【民学同】コミュニスト・デモクラート【ラート派】


1 :2007/07/07 〜 最終レス :2013/05/19
民学同三派の一つ、デモクラート派(ラート派)が、機関紙を
「コミュニスト・デモクラート」に改名、新路線を打ち出した
というが、その実態は?

2 :
久しぶりに良スレが起つのを見た。
一体いつ以来の事であろうか?
ageさせて頂く。

3 :
良スレなんだな!やるのか!街頭演説で聞きますよ!

4 :
共産主義者なのか民主主義者なのかどっちやねんというあたりから解説きぼんぬ

5 :
共産主義自体に民主主義という概念は内包されてると思う
よってこの名称は蛇足

6 :
ラート派なんてまだいるの?

7 :
モレの学生時代には、平社(日本のこえ)、新民主主義連合(統一労働
者党)、思想運動、社会主義統一党などなど周辺にもいろいろいたが、
今はどうなっているのか?大阪唯研や解放唯研、平和通信などもあった
と思うが…

8 :
直訳すると、「共産主義的民主主義者」?意味不明。
「民主主義的共産主義者」なら、まだ意味がわかるが。

9 :
「的」がはいりゃ意味がまだあるが、直訳したら
「共産主義者・民主主義者」なんじゃねえの?

10 :
あんたアホ?英語を知らんのか?
コミュニズムは名詞しかない。
形容詞はすべてコミュニスト(共産主義的)
たとえば資本主義社会は英語ではキャピタリスト・ソサイアティ。

11 :
民旗が   民主主義的社会主義運動
デモクラは 共産主義的民主主義者
ですかそうですか。

12 :
大阪唯研は健在ですよ。でも、かつてとは違い完全な学術研究団体ですね。

13 :
大阪唯研はほとんど田畑稔がひとりでやってるんでないの?
アソシエーションも一時ちょっとだけ流行ったけど
もう泣かず飛ばずで誰も相手にしてないみたいね。
今ならリバタリアニズムやコミュニタリアニズムの方が
ずっとトレンディだよね。マルクス主義もこの両極に分解かな?

14 :
何人かの研究者が共同で運営しているという感じです。
機関誌の出版と研究会の開催だけですね、活動は。
実践団体への志向が大阪唯研分裂の契機となったけども
今の時点からすると遠い過去の思い出話のようなものです。
派手に転向した鷲田氏を除けばだいたい昔のメンバーは
まだ残っているのではないか、と。

15 :
「実践団体への志向が大阪唯研分裂の契機」とは、いつ頃のどういう内容でしょうか?

16 :
学生運動華やかなりし頃、60年代から70年代でしょうか。
唯研の政治団体化=政党化を目指した山本晴義氏や田畑氏らのグループと
反対する共産党系のグループが対立して分裂しました。
その結果、大阪唯研哲学部会=山本氏、田畑氏らのグループ
関西唯研=共産党系のグループ、としてそれぞれ活動しています。

17 :
鷲田氏や田畑氏の書いたものを読んでいると、デモクラート派の上部組織
は単に「S」と呼ばれる共産主義者の組織があったようだ。綱領や規約は
あったのだろうか?Sとコミュニスト・デモクラートとの関係は?新路線
とは、旧路線とどう違うのか?

18 :
Sっていうのは志賀派という意味ではないの?
共産党の分派でその下部学生組織として民学同があった。
普通の党派と同じようなもんじゃないの?

19 :
志賀派=日本のこえ(平社)が関わっていたのは新時代派。新時代には、その
他にもいろいろな党派が関わっていた。上部団体とも言えないのでは?関東と
関西でも違っていた。あえて上部組織と言うなら小野義彦氏の「知識と労働」
グループか?

20 :
デモクラートにわざわざコミュニストを付ける意味は?

21 :
人民民主主義的共産主義じゃないの?
俺は元新時代だけどw
ラートはまだ活きてたのか。
新時代はバラバラになっちまった。議員や労組で頑張ってる奴も多いけど。
まぁ改名おめでとう。

22 :
>>1
HPなし。

ーーーー終了ーーーーー

23 :
終了なんて言わず、もう少し続けましょう。
私は、親ソ派だった彼らがソ連崩壊をどう総括しているのか知りたい。
まだ、ソ連は正しかったと思っているのだろうか?

24 :
>>23 それ、MDSやアサートについても知りたいなw。

25 :
「民学同は志賀派に指導される下部団体ではなかった」と当事者はいうのだが・・・?

26 :
’80年代の関東の新時代周辺に居た感覚だと、確かにそうだね。
”こえ”という党派が自体存在してないし、まあ志賀さんや鈴木十三さんなんかの”一種のファン”ではあったけどw、
「意思統一が下りて来る」といった関係ではない。
だいたい社会党支持だしな。

27 :
民学同は、日本のこえの結成と同時期に、民青から分離したものなんですか?
それとも構造改革派に直接のルーツがあるのかなあ?
親ソ連派なのか、構造改革派の一党派なのか?

28 :
>>23・24
http://www.mdsweb.jp/form/sengen.html
【民主主義的社会主義運動 結成宣言】
グローバル資本主義と闘おう

 二十世紀最後の年に、われわれは民主主義的社会主義運動を結成した。
 今なぜ結成したのか。それは全世界を支配しようとしているグローバル資本
主義と闘うためである。グローバル資本主義は多国籍独占資本の利益のために
、民主主義的諸権利を解体し、全世界を自らの市場にしようとしている。多国
籍独占資本は多くのアジア、アフリカ、ラテンアメリカ諸国の経済、環境を破
壊した。また規制緩和の下で、失業者が激増し、社会保障が解体された。
 このグローバル資本主義に対するわれわれの変革目標が民主主義的社会主義
である。


29 :
要は民学同って改革つーか容資本主義なんですね。

30 :
 民主主義的社会主義は、ソ連邦を中心とした社会主義世界体制崩壊
の総括の上に立っている。社会主義世界体制崩壊の原因は、非民主主
義的政治制度とそれと表裏一体の統制的指令的経済制度であった。労
働者はこのような制度の下で、自主的、創造的意欲を失い、帝国主義
との軍事、経済競争の中で、旧来の社会主義は崩壊したのである。
 したがって、われわれの変革目標たる民主主義的社会主義は、第一
に社会のすべての面で民主主義を徹底することであり、第二に生産者
たる労働者の意思決定が貫かれるという意味での生産手段の社会的所
有を実現することである。この民主主義的社会主義を実現する過程は
、グローバル資本主義の性格からして長期かつ世界的過程である。

31 :

 この変革目標を実現するためにわれわれは日本で以下の課題を闘う。
 まず名護基地新設を許さず、すべての軍事基地を撤去させ、日米安
保条約を破棄する。戦後補償を実現し、日本の再侵略への動きを阻止
する。国労闘争団を始めすべての解雇を撤回させ、リストラ合理化を
阻止する。協同組合を建設し、雇用を作り出す。社会保障の解体を許
さず、拡充する。あらゆる差別を許さず、すべての人々が平等に生き
る社会にする。あらゆる環境破壊を許さず、人類の生存条件を守る。
この民主主義的課題を闘う中で、地域を民主的に変革していく。
 今グローバル資本主義に対して、全世界の労働者・人民が反撃を開
始しつつある。WTO(世界貿易機関)、IMF(国際通貨基金)に
対し、労働組合、環境保護団体、宗教家、女性団体、人権団体が総結
集し、多国籍独占資本の活動規制を要求した。社会主義世界体制崩壊
後、勝手気ままに振舞ってきたかに見えた帝国主義と多国籍独占資本
の世界支配が、大きく揺らぎつつあるのである。
 われわれはグローバル資本主義に反対する世界の民主主義勢力と連
帯し、二十一世紀に民主主義的社会主義を実現するために闘う。
 さまざまな分野で闘っている仲間に呼びかける。民主主義的社会主
義運動に参加し、ともに闘おう。
  2000年8月27日

32 :

http://www.mdsweb.jp/form/kouryo.html
【民主主義的社会主義運動 MDS 綱領】
(Movement for Democratic Socialism)
20世紀とは何か
 二十世紀は、帝国主義と、それに対抗する社会主義の建設の試みの時
代であった。
 二十世紀初頭成立した帝国主義は、世界の再分割のための第一次世界
大戦を起こした。独占資本のための商品輸出市場、資本輸出市場、原料
資源確保を求めて帝国主義諸国が争ったのである。この戦争のなかで帝
国主義の弱い環、ロシアで社会主義革命が起きた。成立したソ連邦は帝
国主義の軍事力に対抗しつつ国有化と計画経済により社会主義建設を進
めた。一九二九年に始まった世界大恐慌は、各国経済を破綻させ、ファ
シズムをもたらした。
 恐慌の影響を受けることなく経済発展を果たしてきたソ連邦と、全世
界の民主主義勢力は反ファシズム闘争に勝利し、第二次世界大戦を終わ
らせた。第二次大戦後、東ヨーロッパ、アジアで社会主義国が誕生し、
社会主義世界体制が成立した。帝国主義と社会主義の対立の中で植民地
解放が進められ、社会保障の確立、労働条件の向上、男女平等の前進が
かちとられた。ヴェトナム反戦闘争の勝利は、社会主義世界体制、世界
の平和民主主義運動、民族解放運動が連帯し、帝国主義をおいつめたこ
とを示す実例であった。

33 :
 しかし、社会主義世界体制は一九九〇年代はじめに崩壊した。崩壊の
原因は何であったか。その基本的原因は、非民主主義的政治制度とそれ
と表裏一体の統制的指令的経済制度であった。
 ソ連邦政治制度においては、労働者・国民は実質的に一切の発言権を
持たず、共産党政治局を中心とした党官僚がすべてを決定し、政府、議
会はその決定を追認するにすぎなかった。共産党内においては反対意見
は組織的・行政的に排除され、実質的討議はなされず形式的満場一致で
終わり、党内民主主義の根本である思想闘争の権利は保障されなかった
。このような非民主主義的政治制度が帝国主義の包囲下ということで正
当化された。
 また、このような非民主主義的政治制度の下で、国有化企業は労働者
から自主性、創造性を奪った。
 統制的指令的経済制度の下、企業の生産活動のすべてが国家の丸がか
えのもとでなされ、労働者がどのような質の製品を作ろうと、どのよう
に生産性をあげようとも労働者の待遇に無関係なシステムの下、労働者
は自主的・創造的意欲を失ったのである。


34 :
 ソ連邦をはじめとする社会主義国においては、資本主義的私有制度が
廃棄され、搾取制度が廃止された。しかし、労働者が自主的に意思決定
できるシステムではなかった。崩壊した社会主義は、資本主義を否定し
たが、生産手段の真の意味での社会的所有を実現していなかったのであ
る。この弱点が、帝国主義との軍事・経済競争の中で、社会主義世界体
制を崩壊させたのである。
 しかし、ソ連邦の解体、社会主義世界体制の崩壊をもって、この社会
主義建設の試みの成果を否定することはできない。
 その成果は、第一に、後進国であった社会主義国人民の大幅な生活向
上をもたらした。第二に、社会主義国における社会保障の充実は帝国主
義国に大きな影響を与え、全世界において福祉・医療・教育の水準が大
きく向上した。そして第三に、社会主義世界体制との連携により全世界
の反帝民族解放勢力、労働運動、平和運動、民主主義運動が発展した。

35 :
現代世界―グローバル資本主義の矛盾
 社会主義世界体制崩壊の直接的結果が、一九九一年の湾岸戦争、一九
九九年ユーゴ戦争という帝国主義の武力行使であった。アメリカを中心
とする帝国主義諸国は、「侵略反対、人権抑圧反対」を標榜して一方的
爆撃を行った。ソ連邦が健在ならば到底できなかった主権国家に対する
武力行使が行われたのである。これは、多国籍独占資本の利益を守るた
めの帝国主義の共同行動であった。
 この帝国主義の武力行使の背景をなすものが資本主義のグローバリゼ
ーションである。グローバリゼーションとは、多国籍独占資本が国境の
制約を越えて、資本輸出を自由に行い、全世界を市場として組織するこ
とである。大量生産、大量消費で高利潤をあげ、その高利潤を投機的金
融活動に向けることでさらに高利潤をあげるというシステムなのである
。帝国主義に対抗する社会主義世界体制が崩壊した条件下で、多国籍独
占資本は、勝手に投資を行い、その権益を守るために、自らの気にいら
ない政府、国家を軍事力で打倒しようとするのである。
 このグローバル資本主義の思想・政策体系が新自由主義である。新自
由主義は、多国籍独占資本の高利潤獲得のために、発展途上国人民や労
働者を犠牲にするものである。


36 :
 資本輸出の自由は、発展途上国における経済の自立的発展の道を塞ぐ
ものである。社会保障の解体は、財政支出を減らし、軍事費、産業経済
への支出増を可能とするともに、独占資本の福祉分野への進出を可能と
する。労働者に対しては、一切の保護法制を解体し、まさに失業の自由
をもたらす。
 これらはすべて、多国籍独占資本の活動の自由を保障し、最大限の利
潤を可能とするものである。
 新自由主義をかかげたグローバル資本主義は、アメリカ、EU、日本
の対立、競争の中で、ダイムラークライスラーの合併のように大規模合
併をくりかえし、世界市場支配を強化しようとしている

37 :
 しかし、グローバル資本主義の展開は、すでに限界につきあたってい
る。
 一九九七年のアジア通貨危機に明らかなように、多国籍金融資本の投
機活動は、アジア諸国の国民経済を破壊した。その結果、アジア諸国政
府のなかからも投機活動への規制が要求されるにいたっているのである
。生産活動とは一切無縁の投機的高利潤追求はすでにその限界にぶつか
っているのである。
 グローバル資本主義は環境破壊の面でも限界にきている。大量生産・
大量消費システムの下での環境悪化への批判の高まりで、グローバル資
本主義は発展途上国に環境破壊を集中的に行っている。また、帝国主義
による武力行使は、多くの人々をRとともに、劣化ウラン弾に見られ
るように地球環境を悪化させた。また、多国籍独占資本に高利潤を与え
、労働者に失業をもたらし、社会保障を解体するグローバル資本主義は
、貧富の格差を極端に拡大した。グローバル資本主義による失業と就職
難は、青少年から将来の展望を奪い、自暴自棄的行動に走らせている。
以上、グローバル資本主義は、経済、環境、社会面でその限界に直面し
ているのである。


38 :
変革の方向―民主主義的社会主義
 グローバル資本主義を放置するならば、人類にとって二十一世紀は破
滅の世紀になるであろう。
 われわれの変革の目標は民主主義的社会主義である。
 民主主義的社会主義とは何か。
 それはまず第一に、徹底した民主主義である。グローバル資本主義の
下で民主主義的政治制度はまったく形式的なものとなり、多国籍独占資
本、官僚の意思を社会全体に貫徹させる手段となっている。民主主義を
、労働者・人民が意思決定しうる制度として、立法、司法、行政すべて
の面で深化・拡大しなければならない。その中で、人種、民族、性にか
かわりなく、すべての人間に平等な権利、基本的人権が完全に保障され
ていく。


39 :
 そして第二に、民主主義的社会主義とは生産手段の真の意味での社会
的所有を実現することである。
 解体した社会主義国では、生産手段の国有化イコール社会主義ととら
えられていた。しかし、党官僚支配の国有企業は、搾取自体は存在しな
かったものの、生産者たる労働者による意思決定がなされなかった。つ
くられるべき民主主義的社会主義においては、生産者たる労働者が生産
手段を所有すると同時に、企業の管理・運営に責任をもつことでなけれ
ばならない。協同組合、国有企業、公営企業、など生産手段の所有形態
は様々あるが、労働者の意思決定が貫かれているか否かが社会的所有の
核心なのである。この徹底した社会的所有の下で、商品価格、数量は中
央計画ではなく、市場によって決定されることとなる。もちろん、市場
経済ですべてが決定されるのではなく、教育、福祉、医療などは政府が
責任を持つ分野である。また、金融市場、労働市場に対する民主的規制
も強化されなければならない。


40 :
そして第三に、民主主義的社会主義は長期かつ世界的変革過程だという
ことである。
 この社会主義実現のためには、議会多数派形成を通じた立法による多
国籍独占資本の規制、労働運動による職場からの資本への規制、地域住
民による自治体の民主的変革が必要である。つくられるべき社会主義は
、議会多数派の形成によって一挙に達成されるものではない。グローバ
ル資本主義への規制を強めるとともに、資本主義の下で社会主義の準備
を進めていかなければならない。協同組合建設、地域の民主的変革、職
場の民主的変革を通じて、社会主義社会を準備していくのである。
 しかもこの過程は一国的な変革過程ではなく、世界的な変革過程でな
ければならない。
 グローバル資本主義を規制していくのは全世界の労働者・人民の課題
である。また社会主義の前提条件として、軍縮をすすめ、平和な世界を
実現していくことが必要不可欠である。すべての世界から戦争をなくし
、環境破壊を許さず、多国籍資本を規制していかねばならない。
 われわれのめざすべき二十一世紀は、まさに、この民主主義的社会主
義であり、マルクスのいう「各人の自由な発展が万人の自由な発展の条
件であるような一つの協同社会」を実現することである。
 多国籍独占資本のグローバル資本主義に反対する人々、首切りを許さ
ず労働者の権利を擁護する人々、あらゆる人権侵害を許さず平等を実現
しようとする人々、環境破壊に反対する人々、これらの民主主義的勢力
が統一して闘うならば、民主主義的社会主義は実現しうる。


41 :
日本変革の課題
 日本帝国主義は、グローバル資本主義の競争でアメリカ、EUに勝利
するために、軍事、政治、経済、各分野にわたって急速に改革を進めよ
うとしている。
 日本の海外投資は激増し、世界のトップに立っている。この投資を守
るために日本帝国主義は軍事力行使を可能とする体制を整えようとして
いる。湾岸戦争に直接参戦できず、資金負担だけさせられた日本政府は
、一九九二年PKO法、カンボジアPKO派遣、一九九九年戦争動員法
に明らかなように、自衛隊の海外派兵を執拗に追求してきた。
 日本の戦後民主主義の一翼を担ってきた総評、社会党の解体は、自衛
隊海外派兵への基礎条件づくりであった。
 一九九九年にたてつづけに成立した盗聴法、日の丸・君が代法、国民
総背番号制は、すべて国民を戦争に動員するための法的条件整備であっ
た。そのうえで政府は憲法第九条を改悪し、軍国主義の完全合法化を狙
っている。


42 :
 また、日本政府・独占資本は、世界市場競争に勝利するために、労働
者の権利を根底から奪いとり、労働条件を極端に悪化させている。国鉄
分割民営化をはじめとするリストラ合理化の推進、労働法制の改悪は、
失業者増の圧力の下で労働条件を大幅に切り下げている。
 さらに日本独占資本は、さくら―住友銀行の合併に見られるように、
これまでの資本系列を無視した巨大合併により、多国籍独占資本間の競
争に勝利しようとしている。この合併はいうまでもなく大合理化とイコ
ールである。
 このような日本政府・独占資本の新自由主義路線は、世界でそうであ
るように、日本においても破滅的二十一世紀をもたらすことになる。
 われわれは、二十一世紀に民主主義的社会主義をつくりだすために、
日本で以下の課題を闘う。
 まず第一に、日本の軍国主義と闘う課題である。アジア諸国人民と連
帯して、日本の侵略を許さぬ闘いを組織しなければならない。日本のア
ジア侵略の条件となる日米安保条約を破棄しなければならない。憲法第
九条を守り核武装を阻止し、沖縄・日本全土から軍事基地撤去をかちと
らねばならない。
 また、日本の再侵略を阻止していくためにも、戦後補償を実現してい
かねばならない。日本政府・独占資本は、再侵略のために必死に歴史を
偽造しようとしているが、アジアの被害者と連帯し、日本政府・独占資
本に補償をさせねばならない。
 日本軍国主義を解体し、アジア全体の軍縮をすすめるなかで、平和・
平等・互恵のアジアをつくりださねばならない。


43 :
 第二に、労働者の権利を守り拡大する闘いである。一切の首切りを許
さず、不安定雇用の拡大を阻止し、時間短縮などの労働条件の改善をか
ちとらなければならない。また、地域ユニオンの結成を進めねばならな
い。
 第三に、社会保障の解体に反対し、その拡充をかちとらねばならない
。貧富の格差の拡大を許さず、平等で安心して生活できる社会をつくっ
ていかねばならない。消費税増税などによる国民負担増に反対し、独占
資本への課税を強化し、軍事費・公共事業費を削減し、社会保障財源を
確保しなければならない。
 第四に、失業に対して積極的に雇用をつくりだす立場から、協同組合
を建設することが必要である。また、生産手段の所有者が同時に労働者
である協同組合は、将来の民主主義的社会主義の準備の一環として位置
づけなければならない。


44 :
 第五に、女性、被差別部落、障害者、在日外国人などへのあらゆる差
別を許さず、すべての人が平等な権利を持つ社会へと変革していかねば
ならない。
 第六に、原子力をはじめとしてあらゆる環境破壊を許さず、人類の生
存条件を防衛していかねばならない。また、食の安全を確保するために
生産者と連携し消費者運動を発展させねばならない。
 第七に、地域社会の崩壊と青少年の就職難のなかで、青少年が生きる
方向を見失っている現状を変革しなければならない。政府・独占資本に
よる一部のエリート養成と多数の切捨てを許さず、青少年の民主的感性
を発展させる教育へと変革しなければならない。また、親と子どもと地
域住民を結び平和で民主的な地域社会をつくりださねばならない。
 第八に、グローバル資本主義によって荒廃させられた労働者・国民の
感性を民主的に再生するため、文化・芸術運動を発展させねばならない。
 第九に、以上の課題を遂行するためにも、中央、地方議会において民
主的多数派をつくらねばならない。
 われわれは、このような課題を闘うなかで、日本の民主的変革をめざ
す人々と共同行動をすすめ、アジア、世界の人民と連帯して民主主義的
社会主義をめざす。

45 :
> ソ連邦
> 社会主義世界体制
おお、懐かしの民学同ワードw

46 :
MDSは「民主集中制」と「中国敵視」は否定したの?

47 :
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E7%9A%84%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E9%81%8B%E5%8B%95
民主主義的社会主義運動
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
民主主義的社会主義運動(みんしゅしゅぎてきしゃかいしゅぎうんどう、英語:Movement for Democratic Socialism)は日本の構造改革系新左翼党派。通称MDS。
日本共産党(日本のこえ)と共闘関係にあった学生運動組織「民主主義
学生同盟」の多数派「民主主義の旗派」(少数派に「デモクラート派」
「新時代派(アサート)」など)が、「現代政治研究会」を経て2000年
8月27日に現在の名称に改称。公安調査庁はこのMDSを過激派とみなして
いる[1]
反グローバル主義と「民主主義的社会主義」を掲げ、反戦運動にも取り
組んでいる。最も注目度が高いのは無防備地域宣言条例の制定運動で、
他の市民団体と連携しつつ勢力を拡大させている。
委員長:佐藤和義
機関紙誌:『週刊MDS新聞』、『民主主義的社会主義』(季刊)
活動拠点:MDS新聞社(大阪府)
目次 [非表示]
1 概要
1.1 綱領
1.2 政策と活動の実態
1.3 規約
2 参考文献
3 関連項目・団体
4 外部リンク


48 :
概要
[編集] 綱領
MDSの現代の状況認識と目標は以下の通りである(趣旨)。
冷戦は帝国主義と表裏一体をなす資本主義と社会主義と対立構造であっ
た。社会主義はソ連を発展させ、資本主義諸国にも労働運動による労働
条件の向上や社会保障制度の充実などの影響を与えた。にもかかわらず
ソ連が崩壊してしまったのは非民主的政治体制で政治が硬直化し、統制
的指令的経済制度で労働者の勤労意欲が減退し、生産手段の真の意味で
の社会的所有が実現しなかったからだ。冷戦終結後の世界は帝国主義の
武力行使を背景にもつグローバル資本主義が台頭し、世界を席巻してい
る。多国籍企業が世界中で跋扈しているため、労働階級や発展途上国が
犠牲になり、貧困の拡大や環境破壊も進んでいる。グローバル資本主義
は、多国籍独占資本の利益のために、民主主義的諸権利を解体し、人類
を破滅に導く。
そこで徹底した民主主義によって生産手段の真の意味での社会的所有を
実現させる必要がある。これが「民主主義的社会主義」だ。民主主義的
社会主義においては国有化=社会主義ではなく、生産手段の所有するの
は官僚ではなく労働者で、彼らが企業の運営をする。企業形態は国営・
公営・協同組合などあらゆるものが考えられる。商品の数量・価格など
は中央集権的な計画経済ではなく、教育・福祉・医療などを除いて市場
によって決定される。
資本主義と帝国主義は表裏一体であるとの認識は伝統的な左翼思想であ
る。しかし、親ソ派の「日本のこえ」派と共闘していた民学同を源流と
しながらも、ソ連型社会主義体性を批判している点はかなり新鮮である
。また「民主主義的社会主義」という考え方は、中核派や革マル派とい
った新左翼党派とは一線を画している。


49 :
[編集] 政策と活動の実態
現在、最も重点的に取り組まれているは「無防備地域宣言」条例の制定
運動とイラクの非イスラム民主化勢力とされる勢力(イラク自由会議な
ど)への支援活動の二つである。「無防備地域宣言」条例制定運動では
各地の地元住民の市民団体(無防備地域宣言運動全国ネットワークなど
)と連携して、直接請求のための署名運動に取り組んでいる。東京や大
阪を中心とする十数の自治体では既に署名が集まり直接請求を実現して
いる(いずれも議会で否決)。非イスラム民主化勢力支援活動では全国
各地でイラク市民の戦争被害を訴える各種イベントを開催、各地の「イ
ラク市民レジスタンス連帯委員会」の結成支援などで、賛同・カンパを
呼びかけている。両活動ともに市民層への切り込みを狙っており、「市
民層を中心に勢力を拡大しつつある」(公安調査庁「平成19年度内外情
勢の回顧と展望」より)といわれている。また、通信傍受法、国旗国歌
法については国民を戦争に動員するための法律であるとし、憲法九条の
改正については軍国主義の完全合法化を狙う改悪としている。


50 :
> 公安調査庁はこのMDSを過激派とみなしている[1]
リストラ筆頭官庁、バロスw

51 :
規約
MDS規約は前文で自己規定・目標が記され、「同盟員」「組織」「財政」
「規約改正」の四章、全二十四条から成る。以下、順に内容(趣旨)を
記す。
前文…MDSは民主主義的社会主義の実現をめざす政治同盟だ。組織原則
は民主主義が原則。
第一章 同盟員…組織への加盟、同盟員の権利と義務、除籍について。
注目は第五条の二項で同盟員に組織の決定に対して反対の場合、行動を
留保する権利が記されていることである。共産党や新左翼系党派は往々
にして民主集中制が基本になることから考えると、この規程は珍しい。
第二章 組織…大会−中央委員会・中央指導委員会−(地方委員会)−
地区委員会−支部−(支部委員会・班)という縦割り型の組織からなる
。各機関の役割や活動について。
第三章 財政…財政は同盟費、事業収入、寄付からなる。同盟費は前年
所得税額の5%で最低3000円、最高15000円。夏・冬に「組織強化資金」
と称する寄付を集める。
第四章 規約改正…大会出席代議員の3分の2以上の賛成で改正可。


52 :
[編集] 参考文献
公安調査庁 「内外情勢の回顧と展望 ―深刻化する核・テロ問題及び混迷する国際情勢と日本―」2007年
公安調査庁 「内外情勢の回顧と展望 ―核・テロの脅威及び複雑化する国際情勢と日本―」2006年
[編集] 関連項目・団体
無防備地区宣言
無防備地域宣言運動全国ネットワーク
イラク市民レジスタンス連帯委員会
イラク平和テレビ局募金委員会
平和と民主主義をめざす全国交歓会(全交)
イラク自由会議(IFC)
[編集] 外部リンク
民主主義的社会主義運動
週刊MDS新聞ホームページ
"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%91%E4%B8%BB%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E7%9A%84%E7%A4%BE%E4%BC%9A%E4%B8%BB%E7%BE%A9%E9%81%8B%E5%8B%95" より作成

53 :
http://www.moj.go.jp/KOUAN/NAIGAI/NAIGAI19/naigai19-04.html#02
内外情勢の回顧と展望(平成19年1月)
〈 MDSは,「無防備地区宣言」運動などを通じ市民層への働き掛けを強
化〉
 社会主義社会の実現を目指す「民主主義的社会主義運動」(MDS)は,
「政府の戦争路線を阻む」として,ジュネーヴ諸条約追加議定書に基づ
く「無防備地区宣言」条例の制定運動に力を注ぎ,東京・大田区など5自
治体で,地元住民らによる運動体を立ち上げるなどして,条例制定の直
接請求のための署名運動に取り組んだ。さらに,8月,これら運動体の代
表らを集めた会議で,同運動を100自治体にまで広げていくとの方針を打
ち出し,以降,東京・目黒区,大阪・堺市など4自治体で署名運動を実施
した。
 また,MDSは,イラクの反米・非イスラム勢力代表を招いた支援集会や
イラクの被災児童の現状を紹介した写真展を各地で開き,参加した市民
に対し,同勢力への支援運動の賛同を呼び掛けるとともに,同勢力が計
画する衛星テレビ局開設のためのカンパを訴えた。
 MDSは,「無防備地区宣言」運動と反米・非イスラム勢力の支援活動
を軸に取り組み,市民層を中心に勢力を拡大しつつある。

54 :
内外情勢の回顧と展望(平成18年1月)
〈 反戦市民団体などと連携して,様々な運動を展開〉
また,社会主義社会の実現を標榜する「民主主義的社会主義運動」(MDS)は,
世界17か国の約50団体が「米英の戦争犯罪を追及する」として取り組んだ模擬
法廷「イラク世界民衆法廷」運動に参加するとともに,イラク国内勢力との交
流を活発に行った。
〈 MDSは,イラク民主化勢力支援や「無防備地区宣言」運動を通じて,市民を
結集〉
 社会主義社会の実現を標榜する「民主主義的社会主義運動」(MDS)は,イ
ラクの「民主化勢力」代表を招いて反戦集会を開催するなど,独自の存在感を
示した。特に,MDSが進めるイラク反戦運動では,市民層の結集を図る受け皿
として,各地に「イラク市民レジスタンス連帯委員会」を立ち上げ,イラク市
民の戦争被害などを紹介する各種イベントを実施して,同連帯委員会の会員拡
大に努めた。
 また,MDSは,政府の有事体制づくりに反対する運動として,ジュネーヴ諸条
約追加議定書を根拠に,「無防備地区宣言」条例の制定運動に取り組み,東京
・荒川区など8自治体の住民らで運動体を組織し,それぞれ条例制定の直接請求
に必要な法定数を超える署名を集めた。さらに,MDSは,各地の運動体で構成す
る全国ネットワークが,著名人らを呼び掛け人として運動推進を呼び掛ける
「1,000人アピール」への賛同人集約や学習会に取り組むなど運動の伝播に努め
る中,運動に協力した市民に,傘下団体の集会への参加を呼び掛けたり,機関紙
の購読や組織への加盟を働き掛けた。
 MDSは,今後も,イラク「民主化勢力」への支援運動と「無防備地区宣言」運
動を活動の柱に据え,市民の結集に努めていくものとみられる。

55 :
民主主義的社会主義って、かつての民社党みたいでややこしいですな。
まったく異質なんでしょうが。

56 :
しかしデモクラのスレなのにMDSばっかってのもw。
灰色のメットで熱田派現闘を最後まで維持してた、老頭ロウカッピョウの連中ってどうなのよ?

57 :
>>56
しかしデモクラのスレなのに統共同のネタふりってのもw
労闘-労活評 統共同
http://money6.2ch.net/test/read.cgi/kyousan/1065444076/

58 :
労青はアサートになった時に解散したの?

59 :
>57 そこってデモクラ系じゃなかったの?

60 :
まったく別物。
(以下、引用)
統一共産同盟おまけ
 1961年7月、日本共産党8大会への綱領論争で構改派の大阪市立大学グループなどが離党。
 1962年11月、「平和と社会主義をめざす学生同盟」結成。
 1966年4月、「統一共産同盟」と改称。
 1973年8月、第8回大会にて構改路線と決別。
 機関紙『現代革命』
 大衆団体・関東「労働運動活動者評議会」(労活評)、関西「労働者共闘」(労闘)=機関紙『労働者通信』
 1991年、湾岸戦争反対で海部に靴を投げた。
 1992年、山形国体でアキヒトに発煙筒を投げた。
 1998年、神奈川国体会場にペンキをぶちまけた。
 高齢化進むがカゲキです。ソフト警備にさえ噛み付くし、デモを横切った通行人に対し怒鳴りつけ「そりゃねーだろ」と思いました。今は知りません。ちょい昔のこと。


61 :
正直、親ソ連派と構造改革派の離合集散がとややこしい。
民学同のなりたちから教えてもらわないと。他党派との相関も。

62 :
>61
ここで勉強してください
http://marukyo.cosm.co.jp/KEIZU/saha-koukai-keizu.html
http://marukyo.cosm.co.jp/KEIZU/gakusei-keizu.html
http://www.assert.jp/data/history/mg-website.htm


63 :
志賀・鈴木が日共から除名され、日本のこえを結成する一年前に、大阪の学生が自発的に民学同を結成していた点がポイントということね。同じ親ソ派であっても、日本のこえ指揮下でもない、独自性というか微妙な関係性を持っていたと。

64 :
もともと大阪府学連内など民青内の反対派学生(全学連再建方針や原水禁運
動方針などについて)が、日本の学生運動の分裂・混乱の中で関西の自治会・
学生運動を防衛するためにつくった組織と聞いているが。

65 :
【民主主義学生同盟 結成趣意】
    「民主主義の旗」号外 1964年4月13日( 新入生歓迎特集)より
 分裂している全学連を統一することは、現在われわれの闘いの前進の
決定的な環である。トロツキストによる全学連の私物化、平民学連によ
る全学連分裂工作のごとく、大衆運動の利益をあからさまにふみにじり
政治的見解の相違を理由に統一した闘いを拒み、特定政党政派のセクト
的利益を全てに優先させることほ断じて許されない。
 小児病的極左胃険主義、その表裏一体としての右翼的大衆追随主義を
われわれほ断固拒否するものである国際学連の旗のもと平和と民主主義
、よりよき学生生活のために、全学連の再建学生運動の統一の実現のた
めに闘う。
 われわれは科学と民主主義の見地に立って、現在の思想的混乱と組織
的分裂の克服のために闘う。
 日本の民主的青年を結集し、代表すべき民主青年同盟ほ、現在一部指
導者の組織内民主主義の破壊、官僚主義、民族主義により民主的青年の
要求を正しべ反映しなくなっている。平和と民主主義、独立を愛する学
生の最も先進的な部分が民青から組織的に排除されているか学生戦線に
於て、民青一部指導者によるセクト主義分裂主義は学生運動の正しい発
展と全学連再建の大きな障害となっている。
 かかる条件の下で、われわれはすべての民主的学生の最も先進的で献
身的な部分が、民主主義学生同盟に結集し、われわれとともに平和と民
主主義運動の発展と統一のために闘うことを呼びかける。

66 :
< 同盟建設五周年おめでとう>
                初代委員長
           「民主主義の旗」第53号 1968年9月16日
平和と民主主義を愛する学生諸君!
 私は民学同がここに結成五周年を迎えたことを創立者の一人として諸
君と共に心から喜びたい。
 民主主義学生同盟は、結成趣意が示すように「本来、日本の民主的青
年を結集し、代表すべき民主青年同盟は、一部指導者の小ブル的民族主
義、官僚主義、組織的民主主義の破壊により、青年の先進的部分が組織
的に排除されている」という異常事態の下で、一九六三年九月十五日、
意識的学生自らの手で大阪の地に誕生した。
 出発当時、それは他の政治同盟と比べて、前衛党から全く自立し大阪
の学生だけによって構成される学生同盟という極めて変則的なものであ
った。それは、当然、全国的、全人民的な視野を失い、左右の偏向に陥
りやすい大きな欠陥を内包していた。だが、われわれの科学と民主主義
の正しい見地に立脚した目的意識的努力によって、基本的に正しい方向
を歩み続け、その力量を増大させて、ここに結成五周年を記念できるこ
とは、大いに誇るべきことである--

67 :
<同盟建設五周年おめでとう> 
           <第二代委員長>
        「民主主義の旗」第53号 1968年9月16日
 僕が同盟委員長として活動していた六四年半ばから第四回大会までの
時期は、同盟が大阪を中心とする地方的同盟から全国化への展望を切り
開いていく過渡期であった。当時の同盟は、過渡期故の特殊な困難さの
中にあったか、同時に全学連分裂以後も唯一統一を保持していた大坂府
学連の大衆運動の力量を背景に全体として輝かしい上昇線を辿っていた
。六・一九憲法調査会答申阻止闘争(於京都、六千)十一、十二原潜寄
港阻止闘争(於神戸、六千)等は同盟が指導した最大の闘いであった。
 平和と平和共存、反独占民主主義″を立脚点とし単一全学連再建
の指導的中核部隊″として結成された民学同の強さは、その前提そのも
のの中にあった。同盟がその組織論の中で繰り返し明らかにしてきた通
り、帝国主義段階後期としての国独資の段階は、広範な大衆が反独占の
戦列に加わる客観的必然性をますます明白にしており、そこにこそ戦闘
的民主主義者(今日の民主主義は、本来戦闘的である)の結集体として
の政治同盟の存在理由があったのである。民学同もまた同じ心然性に導
かれた学生同盟であり、それはその前提そのものからしても、共産主義
次元の意見の相違を乗り越えた戦闘的民主主義者の単一学生同盟への方
向性を当然のこととして有していたし、現在も有している。民学同が、
大衆性、統一性、科学性、戦闘性--総じて民主主義を、自己の獲得すべ
き組織性格としていることの根拠はこの点にある。


68 :
確か、初代委員長はデモクラートに行ったはず。

69 :
共労党に行った連中とのいざこざとか、聞いてみてえな。

70 :
民学同文書 No.13
 同盟破壊分子の脱落とその教訓
           「民主主義の旗」第46・47合併号 1968年4月10日
 歴史的任務を負ったわが同盟第九回全国大会を前にして行われた一部全国委員、全国代表委員の同盟破壊策動は全同盟員の努力によって既に克服されつつあり、その範囲を一部の脱落分子の同盟からの逃走に留めることが出来た。
 われわれはあくまでも光輝ある民学同の伝統を守り抜き、学生戦線の統一の体現者としての自己の任務を貫徹するために、ここに一部の諸君の同盟破壊策動の事実とその克服過程、そしてその教訓を責任をもって明らかにし、全国の学友諸君の信頼に答えたいと考える。


71 :
な〜んだ、たんなる改良主義者にすぎないじゃん。

72 :
>>71
そうなんよ、昔は革命は怖いから厭だけど、
改革ならOKってな手合いまで新左翼って呼ばれててな。
とにかくお粗末な連中だったな。

73 :
>>70の「一部全国委員、全国代表委員」がプロ学同、のちのプロ青同になったわけか。
その「脱落分子」が政治社会同時革命論を呼号するに至ったと。

74 :
民学同文書 No.6(関連文書)
<プロレタリア学生同盟結成宣言> 
共産主義労働者党(共労党)機関紙「統一」1969年4月14日第320号(改題114号)
1、世界資本主義の第四の危機、おそらくは、その最後の危機となるであろう
60年代後半から70年代の危機と激動の時代″に、われわれ、プロレタリア学
生同盟は、みずからの歴史の第一歩を刻印せんとしている。
 かつて、民主主義学生同盟(左派)、学生社会主義者同盟、反戦学同に結集
したわれわれは「構改左派」として自己定立し、みずからの綱領的実践的立場
を厳しく自己点検しつつ、世界史的激動への突入を告げる現代の階級闘争を、
日本学生運動において、先進的に闘いぬいてきた。われわれはいま、そのすべ
ての歩みの総括のうえに、全党派性を賭けた飛躍を行い、プロレタリア学生同
盟として結晶させた。われわれは、日本階級闘争に世界史が与えた使命をみず
からに課し、確実に果すことを決意し、ここにプロレタリア学生同盟の結成を
宣言する。


75 :
一、分裂の契機と経過
 わが同盟の隊列から脱落した一部の諸君は、昨年のいわゆる第一次、
第二次羽田闘争から、とりわけ佐世保闘争を闘う中で急速に極左的偏向
を深め、思想的にも実践的にもトロツキストと完全に自己を区別しえな
くなったといっても過言ではない。そして彼らは、同盟第九回全国大会
で自派のセクト的支配を確立しょうと試みた。そのため大会準備の始め
から、政策力針上の論議を行うのではなく、乱暴に規約を踏みにじり、
徹底した分裂活動をもって実際の小数派が大会代議員の多数派を占める
ような非民主的大会開催要綱の決定に全力を傾けた。これが今回の同盟
分裂をもたらした直接の契機である。
<全国委員会の討議の放棄>
 二月十二日第一回全国委員会を皮切りに都合七度にわたって行なわれ
た全国委員会において、今回脱落していった一部の全国委員は少数派が
大会代議員の多数を占める非民主的大会開催要綱を提案し、全国委員長
以上四名の全国委員の再三の説得にもかかわらず討議に応じず、開催要
綱に関する全同盟討議の指導を一貫して拒否してきた。四年生(卒業予
定者)を同盟員基礎数から除外し、自派が多数を占めろ支部における代
議員の選出は多数派の完全独占の方法を主張し、自派に不利な支部では
少数派の代議員権を要求するという自己のセクト的利害のみを追求した
大会開催要綱が各大学支部の良識ある同盟員に支持されるはずがなかっ
た。


76 :
<説得を暴力的に拒否
  〜分裂「代表委員会」を強行>
 全同盟員の期待を裏切った四全国委員は、彼らが二月十六日より秘密
裡に署名を集め準備した分裂「代表委員会」を強行するという暴挙に出
た。
 二月二七日当日、全国委員長以下同盟の統一を願う諸同志が、あくま
でも分裂「代表委員会」強行を止め統一した開催要綱作成に努力せよと
説得するために、彼らの会場に入った時、あろうことか全国委員長の発
言を実力で阻止するという許すべからざる行為に出たのである。
 彼らの破廉恥な行為は更に続き、三月四日、十八日十九日、二十日と
五度にわたって分裂「代表委員会」を強行するに至る。一方三月二日京
大の新加盟の同志に対する権利はく奪の脅迫、三日同じく京都府委員会
の名による暴力査問などの一連の暴力行為は事態をますます悪化させた


77 :
 二、基本的原因
 内外の階級矛盾が激化するに件って進行する急速な変化に対して、そ
の発展の基本的方向を把握するのではなく、味方の弱さのみを一面的に
強調するペシミスティックな見地ーたとえば今日、国際的な平和と民主
主義勢力の統一がまだ十分ではなく、米帝のベトナム侵略を完全に失敗
させるに至っていないこと、国内的にも、反独占の統一戦争が十分には
発展しておらず、反動佐藤を倒すことがまだできていないことなどを一
面的に強調し、基本的な発展の方向、米帝の破綻と資本主義の全般的危
機のいっそうの深化、社会主義世界体制の強化と国際プロレタリアート
の前進、反独占民主主義と統一戦線の前進であることを見失った見地−
は自己の未来を必然性のもとに理解することを妨げ、非合理的反抗主義
、一揆主義に陥らざるをえない。わが同盟の隊列を去った一部の人々の
誤まりも、今日の情勢に対するペシミスティックな理解に基づいている

 そこから彼らの同盟趣意に対する重大な否定が生ずる。すなわち、平
和共存に対する懐疑的な態度、反独占民主主義運動と統一戦線に対する
否定的な態度がそれである。そして前者をゲバラ主義に後者を民主勢力
に対する不信、三派全学連反戦青年委のみとの連滞と現地闘争による一
点突破路線に置きかえようとしている。
 このような同盟趣意、規約の精神に反した偏向が同盟分裂のより基本
的原因であるといえよう。これは今日の情勢の複離さ、とりわけ日本の
民主主義運動の混乱に大きく規定きれていたとはいえ、学生層の持つ、
いわゆる「小ブル性」−それは学生同盟において最もよく現れる一に基
づくものであった。
 

78 :
三、沿革
 一九六三年九月、同盟は大阪の地に誕生した。それは民青内にあって
、安保闘争とその後の闘いの中でトロツキズムとの徹底した闘争を発展
させ、大衆運動の統一を守り続けた人々によって結成された。これは一
面では民青のセクト主義、民族主義との闘いを通じてかつ基本的には民
青を正す立場からなされたものであった。それゆえ、同盟の趣意には国
際的、国内的な青年学生運動の豊かな教訓と実践の試練に耐えた科学的
方針が書きしるされていた。一九六五年三月、京都等の同志を同盟に迎
え入れ全国同盟として再出発した。それを契機に同盟内に異質の思想−
これが分裂していった人々の思想的源流となったーが持ちこまれた。
 この三年間の同盟内思想闘争−日韓闘争の位置づけと方針、ベトナム
反戦闘争の方針、核防に対する方針をめぐる思想闘争−は大きくいって
この二潮流の闘いであった。わが同盟の基本思想は大阪をはじめ東京の
各支部、京大、市大の一、二回生によって深く理解され、今第九同大会
を成功させている巨大な原動力となっている。
 今一つの思想は主として市大、京大の三、四回生に影響を与え、立命
においてその典型的表現を生み出すに至った。そして、この部分が暴力
団まがいの行為で同盟を分裂きせたのである。ただわれわれは、同盟結
成後間もなく同盟に参加し、原則的な大衆運動を展開してきた岡大支部
がこの分裂の隊列にまきこまれたことをきわめて残念に思っている。さ
て、これら分裂して行った人々の思想の集中的表現である組織間題に対
する見解についてここに一言しておく必要があると思う。

79 :
 京都の諸君が、四大会でわが隊列に加った時、同盟を民主主義的組織
とするのが共産主義的組織とするのかをめぐって一連の論争があった。
われわれは反ファシズム闘争の国際的教訓やまた安保闘争とその中で発
生・分裂したトロツキスト諸組織の教訓、戦後の国際的に有利な情勢と
新しい可能性を踏まえ大衆的で民主的な政治同盟こそ歴史の要求する組
織であることを主張し、いわゆる「学生小型共産党」組織に反対した。
その時は京都の諸君の組織原則はやはり「小型共産党」組織である。わ
れわれは全力を傾注して、この「左翼主義」の克服に努めたが前述した
学生の「小ブル性」を自己の力だけで克服しえなかった。このことはや
はり学生同盟の持つ弱さの現われではないだろうか。
四、学生同盟の矛盾と障害
 四年を過ぎるとほぼそのメンバーが一新される。学生同盟ではその指
導者を恒常的に確保することが最も重要だがまた最もむずかしい問題で
ある。指導者の恒常的確保と同盟の遺産の継承の困難性が常に指摘され
る。また学生はその特殊な生活基盤、政治経験の不足によって、どうし
ても思想的に「左」右の偏向に陥りやすい。とりわけ今日の日本のよう
に労働者階級の指導性が混乱しており、民主運動が分裂していく中にあ
っては学生層のこの弱い側面が助長されざるをえない
五、解決の基本的方向
 この矛盾の解決を行ない同盟の飛躍的発展を勝ちとるためには、特別
に新しい大胆な対策が必要とされている。今や労働者階級と正しく結合
し、青年労働者との連帯を強化する方向で真剣に、その具体的方法、形
態等を検討しなければならないのではないだろうか。

80 :
共産主義労働者党(きょうさんしゅぎろうどうしゃとう)は、日本の新
左翼党派。通称共労党。
指導者: 内藤知周、白川真澄
大衆組織: プロレタリア青年同盟(プロ青同)
学生組織: プロレタリア学生同盟(プロ学同)
機関紙誌:『統一』。
1966年11月、構造改革派と親ソ連派が統一し結成。当初はベ平連と密接
な関係があり、べ平連と共労党を兼ねたメンバーにいいだももや吉川勇
一、武藤一羊、花崎皋平らがいる。学生組織のプロ学同に属していたは
岡留安則は共労党のマヌーバー戦略だったといっている。プロ学同には
、笠井潔や亀和田武らがおり、法政を拠点としていた。
その後71年12月、右派の「労働者革命派」、中間派の「プロレタリア革
命派」(通称・プロ革派)、左派の「赤色戦線派」(通称RF)に分裂。


81 :
プロ革派の青年組織であるプロレタリア青年同盟(プロ青同)は、78年
3月26日、成田闘争で、第4インターや共産同荒派と赤ヘル三派を組んで
管制塔を占拠、成田空港の開港を阻止した。
1996年、プロ革派は「自治・連帯・エコロジーをめざす政治グループ・
蒼生(蒼生)」(機関紙「グローカル」)に改称、虹と緑やみどりの会
議(現みどりのテーブル)に関与した。

[編集] 参考
武藤一羊「原点としての朝鮮戦争」(池田浩士・天野恵一編『検証【昭
和の思想】X』社会思想社1974年
岡留安則vs松岡利康『〔闘×論〕スキャンダリズムの眞相』鹿砦社2001年
[編集] 外部リンク
グローカル(公式サイト)


82 :
労働者党⇒統一労働者党⇒新民主主義連合系の労働運動研究所
http://www.netlaputa.ne.jp/~rohken/

83 :
>>75
「トロツキスト」呼ばわりって民青と同じ思想的地平じゃねえか。

84 :
>>74-79
このような正しい方針が民学同を日本で最も強力で巨大な学生団体にしたわけですね。

85 :
グローカル 川田龍平さん支持
MDS   山内徳信さん支持
他は?

86 :
グローカル 川田龍平さん支持
MDS   山内徳信さん支持
他は?

87 :
『正論』
「無防備都市」を喧伝する 朝日・毎日と国立市長の愚(3)
http://www.sankei.co.jp/seiron/koukoku/2004/0410/ronbun2-3.html
 この「MDS」(民主主義的社会主義運動)とは何者なのか。「MDS」は平成十二年八月までは「現代政治研究会」を名乗っていた。その前身は「民主主義学生同盟」(民学同)である。「MDS」綱領(平成十二年八月)は次のように述べている。
「我々の変革の目標は民主主義的社会主義である」。「民主主義的社会主義とは生産手段の真の意味での社会的所有を実現することである」。「マルクスのいう『各人の自由な発展が万人の自由な発展の条件であるような一つの協同社会』を実現することである」
 明言されているように、彼らは未だにマルキストであり社会主義者である(どういう訳か、「MDS」ホームページではこの綱領が隠されている)。

88 :
 実は、「民学同」は昭和三十八年に日本共産党から分派した「日本共
産党(日本のこえ)」の学生組織であった。分派の原因は、当時のフル
シチョフ・ソ連共産党書記長が日本共産党に「米英ソで締結された部分
核停条約」への支持を押しつけことにある。
 中国共産党と接近していた宮本指導部はこれを拒否したが、日共内部
のソ連派(志賀義雄など)は「党にかくれてひそかにソ連大使館などと
連絡をとり」「対ソ盲従の裏切り行為をおこない、主人への忠勤ぶりを
しめした」(『日本共産党の六十年』上巻、新日本文庫、三三八頁)。
このソ連派が「日本のこえ」グループである。

89 :
 三つ子の魂百まで、というが、「MDS」が何のために「無防備地域
宣言」運動をやっているのかを暗示している話ではある。
 その後、「民学同」は昭和四十四年に「共労党」を支持する一派と内
ゲバを起こし、さらに昭和四十五年には「民主主義の旗派(学生共闘派
)」と「デモクラート派(中央委員会派)」に分裂した。そして、多数
派の「民主主義の旗派」が「現代政治研究会」を経て「MDS」となっ
たわけである。親組織の「日本のこえ」は昭和五十二年に「平和と社会
主義」に改称したが、現在ではほとんど活動していないという。

90 :
 全共闘運動の最盛期、昭和四十三年九月に発行された「民主主義の旗」
第五十三号には次のような一文が掲載されている。
「帝国主義段階後期としての国独資の段階は、広範な大衆が反独占の戦
列に加わる客観的必然性をますます明白にしており、そこにこそ戦闘的
民主主義者(今日の民主主義は、本来戦闘的である)の結集体としての
政治同盟の存在理由があったのである。民学同もまた同じ必然性に導か
れた学生同盟であり、それはその前提そのものからしても、共産主義次
元の意見の相違を乗り越えた戦闘的民主主義者の単一学生同盟への方向
性を当然のこととして有していた」
 トロツキズムに流れたその他の極左勢力が自壊していった中で、「民
学同」は共産主義の基本をそれなりに守りしぶとく生き残った、と言う
べきかもしれない。

91 :
それで、デモクラートの情報はないの?
みんな学共のことばかりじゃないの。

92 :
ラート派だけではネタ切れしてしまうよ。
民学同三派メインに平社、思想運動、統一労働者党、親ソ連団体なども語ってほしいな。ナウカ社とか新時代社(第四インターではないw)もOKよ。

93 :
.           |
.           |     ロ-ロ  良スレ支援age
.      _,___|_ロ_ (´・ω・)
         ̄ ̄'┬‐;!宀宀丶,,
         O[く===く l‐‐‐ヽ `''‐-:;,,,,,._______________.,,,,,,,,,,,,,.______________
  ____,,;-------;,=ヽ==ヽl__________,彡_;(】┴‐‐‐┴‐‐‐┴---┴‐‐┴‐┴┘
  >-/====!ニニ!.|========i========i======='i--ヽ
  ヾ‐‐‐--:;;,,.____|_|_____________|____________|____________|,,,,メ
   "ヽ(@)γ⌒''γ⌒''γ⌒''γ⌒''γ⌒''γ⌒'(@丿 キュラキュラ
     ヽ、,,ゞーノ,,ゞーノ,,ゞーノ,,ゞーノ,,ゞーノ,,ゞーノ/
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

94 :
民学同三派って東京では新時代派がごく少数いたっていう認識しかなかったんだけど、
関西では一大勢力だったの?

95 :
>>92
トロツキストに転落した共労党−プロ学同ネタは禁止ですか?

96 :
>>94
関西でも目立たなかったな。市大だけなんじゃないか?
でも市大って赤軍と中核だよな。どこで何やってたんだろ?

97 :
共労党ねえ、民学同からの分岐問題関連ならいいんじゃね。

市大闘争関連も語れ。

98 :
>>96
学習会とゲバしかやってませんよ。ゲバでも小競り合い程度ですけど。

99 :
>>97
共労党やプロ学同に著名文化人が集中してるのに、なんで民学同は市大の学者しかつかなかったの?

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冷夏死滅
今年の冬は厳冬
最近の韓国の冬の暖かさは異常
冬の夏日があるのに、夏の冬日がないのはどうして?
忘れられない気象現象:天気  
おい!明日東京23℃だとよ!!!
★厳冬・猛暑反対、暖冬・冷夏賛成
不思議なもので、今となっては猛暑が怖い