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2012年2月エロパロ329: 【涼宮ハルヒ】谷川流 the 67章【学校を出よう!】 (965)
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【涼宮ハルヒ】谷川流 the 67章【学校を出よう!】
- 1 :10/11/27 〜 最終レス :12/02/11
- 谷川流スレッド設立に伴う所信表明
我がスレッドでは、谷川流作品のSSを広く募集しています。
過去にエロいSSを書いたことがある人
今現在、とても萌え萌えなSSを書いている人
遠からず、すばらしいSSを書く予定がある人
そういう人が居たら、このスレッドに書き込むと良いです。
たちどころにレスがつくでしょう。
ただし、他の作品のSSでは駄目です。
谷川流作品じゃないといけません。注意してください。
■前スレ■
【涼宮ハルヒ】谷川流 the 66章【学校を出よう!】
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1271064535/
■過去ログ■
http://www9.atwiki.jp/eroparo/pages/210.html
■これまでに投下されたSSの保管場所■
2chエロパロ板SS保管庫
http://sslibrary.gozaru.jp/
■投稿されたSSを案内しているサイト(作成中)■
谷川流スレ@エロパロ板ガイド
http://www35.atwiki.jp/tanigawa/
■荒らしについて■
削除依頼対象です。反応すると削除人に「荒らしに構っている」と判断されてしまい、
削除されない場合があります。21歳以上なら必ずスルーしましょう。
PINK削除依頼(仮)@bbspink掲示板
http://sakura02.bbspink.com/housekeeping/
- 2 :
- Q批評とか感想とか書きたいんだけど?
A自由に書いてもらってもかまわんが、叩きは幼馴染が照れ隠しで怒るように頼む。
Q煽られたりしたんだけど…
Aそこは閉鎖空間です。 普通の人ならまず気にしません。 あなたも干渉はしないで下さい。
Q見たいキャラのSSが無いんだけど…
A無ければ自分で作ればいいのよ!
Q俺、文才無いんだけど…
A文才なんて関係ない。 必要なのは妄想の力だけ… あなたの思うままに書いて…
Q読んでたら苦手なジャンルだったんだけど…
Aふみぃ… 読み飛ばしてくださぁーい。 作者さんも怪しいジャンルの場合は前もって宣言お願いしまぁす。
Q保管庫のどれがオススメ?
Aそれは自分できめるっさ! 良いも悪いも読まないと分からないにょろ。
Q〜ていうシチュ、自分で作れないから手っ取り早く書いてくれ。
Aうん、それ無理。 だっていきなり言われていいのができると思う?
Q投下したSSは基本的に保管庫に転載されるの?
A拒否しない場合は基本的に収納されるのね。 嫌なときは言って欲しいのね。
Q次スレのタイミングは?
A460KBを越えたあたりで一度聞いてくれ。 それは僕にとっても規定事項だ。
Q新刊ネタはいつから書いていい?
A最低でも…………一般の――――発売日の…………24時まで――――待つ。
A一般の発売日の24時まで待ってもらえますか? 先輩、ゴメンナサイです。
Q1レスあたりに投稿できる容量の最大と目安は?
A容量は4096Bytes・一行字数は全角で最大120字くらい・最大60行です。
Aんふっ。書き手の好みで改行をするのも揃えるもバッチリOKです。
- 3 :
- =w=
- 4 :
- 原作者の新作読むとやっぱ圧倒的な力の差を感じてしまう。
これはもう如何ともしがたいね……
- 5 :
- 即は忍びないんで、一応保守ネタ投下
2レス、エロ無し
だがここは学校とかイージスとか落とせそうな唯一の場なんで、スレが無くなると少々困るw
- 6 :
- 「私は、ここにいる」
それは、三年前のことであった……
Full Name 涼宮ハルヒ
Code Name 涼宮、涼宮さん、団長、ハルヒ、ハルにゃん、ハルヒ☆閣下、etc...
Age 15(推定)
Size 158cm ??kg
バン!バン!バン!バン!バン!バン! ドゴーン!!
〜涼宮ハルヒの憂鬱〜
「なにあんた? 変態? 誘拐犯? 怪しいわね」
「ああ、お前もな」
「上から行くわ、気をつけなさい」
「こっちか、ハルヒ」
「何よこの粉袋は、重いわね」
「とにかく持ってやろうか」
「ありがと。せっかくだから、あんたはその赤のライナーを牽きなさい!」
こうして涼宮(ハルヒ)は、織姫と彦星へのメッセージを東中の校庭に描き上げた。
だが三年後、彼女の力を巡って
宇宙人、未来人、超能力者が彼女の周囲に集結する……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
五月も中旬。ゴールデンウィークが開けて梅雨が訪れるまでの、束の間の晴天が広がっている。
こんな日には命を落とす奴が多い。今日もまた、誰かが命を落とす。
あれは涼宮、そして高校で同じクラスになったキョンでは?
東中を卒業し、高校生になった涼宮ハルヒが、滅多に見せない百ワットの笑顔をさらしているじゃないか。
『恋愛なんて精神病』、それはお前がよく言ってた事だ。
心の自由を失い再び胸を焦がす苦しみを恐れ、やりたい事も出来なくなるって。
それに比べて俺は気楽なもんだ。
……うるさい。どうせモテねえよ俺は。計画したデートだって、相手との約束には漕ぎ着けてねえよ。
「色で言うと月曜は黄色。火曜が赤で水曜が青で木曜が緑、金曜は金色で土曜は茶色、日曜は白よね」
「つうことは、数字にしたら月曜がゼロで日曜が六なのか? 俺は月曜は一って感じがするけどな」
「あんたの意見なんか誰も聞いていない」
ほら黙った。
だから涼宮なんかに関わるとロクな人生送れないんだよ。ちょうど中坊ん時の俺みたいにな。
察しの通り、俺はかつてコンバット谷口と呼ばれた男。
……いやコンバットは嘘だけどな。谷口は本名だが。
- 7 :
- 次の日。
涼宮ハルヒは長かった黒髪をバッサリ切り落として登校しやがった。
それもこれも、あのキョンと奇妙な会話を交わしたのが原因だろう。俺だけじゃなく、東中出身者の誰もがそう理解してた。
一体どんな魔法を使ったら、涼宮のあんな笑顔を引き出せるんだろうか。
キョン本人に訊いてみるのが一番手っ取り早いだろう。涼宮が口を割るとは思えないし。
キョンお前、涼宮に興味があるのか。
「ああそうだ谷口。入学した時の自己紹介が妙に気になった」
愚かなことだ。あの女に関わると不幸が襲う。あの女と関わってから災難続きだ。あの女は、あまりに強い我を持ちすぎている。
「我が強いぐらい別にいいじゃないか」
付き合う人間の精神を崩壊させるぞ。
「まさかそんな事が」
こうして現に、人生を狂わせたこの俺が目の前にいるじゃないか。
「……って今気づいたんだが、お前涼宮と付き合った事があるのか? 谷口お前あいつとどこまで行った? 正直に答えろお前」
ネクタイで首絞めるなよキョン。涼宮かお前は。俺をす気か。
しかし、安心するがいい。どうせあの女は、選ばれた人間にとしか付き合えない。
「黙ってろよ谷口。俺は別にあいつと付き合うとかどうとか何も言ってないぞ」
そんな事言って、席替えしても相変わらず後ろに涼宮がいるじゃないか。背中をシャーペンで突かれて、痛そうなことだ。
諦めろ。関わると、人生まるごと吸い取られるぞ。
「ないんだったら自分で作ればいいのよ!」
「何を」
「部活よ!」
なんという事だ。
キョンお前、涼宮の思い付きにそこまで付き合えるってのか。
憐れな少年よ。その女は、お前を破滅へと導く!!
〜〜10月〜〜
あの涼宮ハルヒが男の手を引いてやがる。
先輩の女子がうちの教室にやってきて、涼宮を指名したかと思ったら、涼宮のやつ咄嗟にキョンの手を掴んで先輩ん所まで引っ張って行きやがった。
嫁か。面倒事に遭遇したらダンナに解決頼もうとする嫁か。
やはり恋愛というのは恐ろしい病だ。
罹れば狂ってんでしまう。
とゆーかあいつらね。
見せ付けんな。あれで付き合ってないとか言うなボケどもが。
<<終>>
- 8 :
- 谷口の独白か面白いな
いいやつそうなのに付いてないんだよな谷口
ハルヒの東中時代のことをおよく知ってるはずなのに以外に情報が出ない
キョンには興味ないのかな
- 9 :
- キョンは興味ないのかな 訂正
憂鬱ではいろいろ東中の話題があるけどその後は話してないみたい
わざわざ聞くまでもないのかもしれないけど
中学のときに酷い状態だったからその分今が楽しいわけで
ちょっと気になる
- 10 :
- 阪中とバレーやってるときにもハルヒのへそチラ見ながらなんか言ってたし
分裂でも一年前に戻って今の変化を伝えたら云々言ってたし興味がないこともないんだろうとは思う
- 11 :
- >>8-9
正直なところ、谷口はキョンより常識人だと思う
キョンは谷口と同じぐらい一般人だけど、一般人イコール常識人じゃない
やたら鉄火場で盆が見えそうな部分があるし(コンビニの新聞で日付を確認する冷静さ)、
キレたら何するかわからない(陰謀で鶴屋さんに真の宝の在り処をゲロするぐらい)
- 12 :
- 谷口はいい友人だよね、
国木田と一緒に映画制作や編集長では手伝ってるし
キョンとお昼は一緒だし、つるんでるよな
鶴屋さんがキョンくんは普通だね、あたしと同じ匂いがするといってるけど
あたしと同じくらいに変わってるところがあるて言ってるのかも
ハルヒが捕まえたからにはなにかあるはずだけど
- 13 :
- キョンはあっさりしてる感じかな
一歩離れてる感じがする
ハルヒもそんなところあるな、プライベートは邪魔しないところがある
ハルヒが佐々木の親友発言を気してるけど、キョンに一言聞けばいいわけで
聞けなくてもやもやとしてるのか
- 14 :
- うむ、ここだと珍しい組み合わせだ。原作のネタを絡めつつ、出番があっても中身が出てきにくい白石稔の内面を上手いこと出している。
それだけに原作を読んでいないとピンとこない箇所もあるけど、想いの在処とかの表現は引きこまれるところがある。
少し駆け足になった部分があるのが残念だけど、冗長に進めるよりはむしろいい方向だな。GJです。
- 15 :
- 以前あったssの「モテ男の〜」シリーズは
もう続かないのかな?
- 16 :
- モテ男シリーズも面白いが,朴念仁も続き読みたい。
- 17 :
- 学校を出ようの6巻がどこにもないー!
- 18 :
- http://www.amazon.co.jp/%E5%AD%A6%E6%A0%A1%E3%82%92%E5%87%BA%E3%82%88%E3%81%86-6-VAMPIRE-SYNDROME-%E9%9B%BB%E6%92%83%E6%96%87%E5%BA%AB/dp/4840228280/ref=pd_sim_b_5
- 19 :
- 電撃はばかすか新刊出すから今は谷川の本置いてないとこ多そうだな……。
- 20 :
- モテ男とか、朴念仁シリーズとかの続きも待ち遠しいが、
前スレのラストにもちょろっと話題に出てた変態佐々木シリーズも終わってないと信じてるw
なによりも原作の新刊を読みたいがな orz
先行掲載分のザスニでは、2010年内とか書いてあったけど、
せめて今年度中には出てくれないかな orz
- 21 :
- 分裂は前編で後編の驚愕がでないことにはね
いかんともしがたい
- 22 :
- 驚愕の発売予定確認するとやっぱ圧倒的な絶望を感じてしまう。
これはもう如何ともしがたいね……
- 23 :
- 丘に登って 見渡せば
今宵 御光満ち溢れ
サンタのそりは 猛スピードで
素通りするぜ 切ないChristmas
- 24 :
- 投下します。エロなし、たぶん20レスくらい。
- 25 :
- 「久しぶりだな」
思わずそうつぶやいてしまった。
長らくぶりの登山練習用トレーニングコースみたいな坂道は、平坦な道を歩くことにすっかり慣れちまった俺の大腿筋に懐かしい疲労感をもたらせてくれた。
こっから石でも転がせば苔を生じることもなく麓まで落ちていくだろう。
正門の前に立った俺は、みずみずしい生命力に満ち溢れた桜たちが放つ、かぐわしい空気を胸いっぱいに吸い込んでみる。おお、この感じ、我今なお青春真っ只中。
「遅いわよキョン!」
「ぬおっ」
明鏡止水たる賢者のごとき心境でいた俺の背中に、聞きなれた声とともにショルダータックルがかまされた。
不意打ちってこともあったが、ラガーマンでもなければ力士でもない俺は思わずよろめいてしまう。
それでも、「果たして山頂から山麓まで人間は転がるか否か」という誰も喜ばないような実験結果のサンプルに供されるのを、俺は踏みとどまって何とか防いだ。
「やりやがったな、ハルヒ」
俺が顔を上げると、そこには懐かしい気のする小悪魔めいた笑みを浮かべる、見慣れたロングヘアの元SOS団団長、涼宮ハルヒの姿があった。
もう来てたのか。今日くらいは俺が勝ったと思ってたのにな。
ハルヒは早春の小川のようにきらめいた笑みを浮かべ、
「当ったり前よ。何てったってあたしは元団長だものね。元団員その一であるあんたごときに負けたりしたら名が廃るってものだわ。
例えそれが過去の称号であろうとも、SOS団永久不変の歴史を守るために今のあたしだって怠けるわけにはいかないの!」
そう言って親指を立てた。
生きた伝説にでもなるつもりかね、こいつは。
まあ、当時のお前がどんだけ奇想天外かつ天衣無縫のふるまいをしてたかを思い出せば、ロックならぬ変人の殿堂になら余裕で名を連ねることができそうだが。
ハルヒはよくできたカラクリ人形みたいに指と首を同時に振って、
「言っとくけどね、そんな博物館なんかに入れられなくても記憶は人々の胸に刻まれてるわ。あたしにはそれが解るの。
いい? キョン。楽しいことっていうのはそれをやってる人や見てる人みんなに伝わって、後世にまで遺伝され脈々と受け継がれていくのよ。SOS団の輝かしい歴史なんてまさしくそれよね。
あの時我々の活動を目にした幸運な人たちはみんな、三百世代後になってもミトコンドリアの中にその幸福な気持ちを刻み込んでるわけ。だから表彰や勲章なんか必要ないの」
ハルヒは白鳥みたいに優雅な仕草で笑って見せた。
幸福な気持ちね。今じゃエンドルフィンとか言ってその正体を言い当てることもできようが、案外未来ではそれとは別な新種のミクロ細胞として発見されているかもしれないな。ハルヒ遺伝子とか言って。
それを内包する一族にはみな永続的多幸感が訪れ、三百六十五日を通じてリオのカーニバル的なお祭り騒ぎをこよなく愛する人間になるのである。
日本の国民性に果たしてサンバか合うのか、はなはだ疑問だが。
「バカなこと言ってるんじゃないわよ。あんたの漫才につきあってたら日が暮れちゃうわ。さあ、モタモタしてないで行きましょ。何のためにここに来たと思ってんのよ」
どっちがふっかけてきたんだと言いたくなったが、ハルヒの言う通りこのままボケとツッコミを繰り返していたのでは、芸に磨きがかかりすぎた挙句、来年あたりお笑いスター誕生でデビューしてしまうかもしれない。
ただでさえ大学じゃ「夫婦漫才のハルキョン」とか羞恥の極みのようなバカげた呼称でからかわれることがあるってのに、これ以上冷笑と嘲弄の対象にされるのは遠慮したいとこだ。
もしハルヒと漫才などやってお茶の間から日本中にハルヒ遺伝子を蔓延させることになれば、それこそ三百世代を待たずに日本人全員の頭がおめでたいことになっていそうな気がするし、そうなれば藤原も足利も徳川もビックリの歴史的大事変となることだろう。
そんな形で歴史に名を連ねるのは勘弁願いたいから、俺も大人しくハルヒに従うことにした。
てなわけで、俺とハルヒは三年ぶりに北高にやって来た。卒業以来ついぞ一度も来なかったのはさて何故なのか。まあ、単にめんどくさかったのだろう。
高校三年間を通じて毎日ハイキングしてりゃあ、卒業後、身体が強制運動からの開放に喜びを感じるのも無理はない。山登りしてまでここに来るのを無意識が自然と忌避してたのかもな。
七月革命に成功したフランスブルジョワジーのような心境さ。自由の女神に導かれ、我々は遥かな未来へと旅立ったのである。なんつったら大げさかね。
- 26 :
- 成人式の日に三年次のメンツで同窓会があったりもしたが、それだってここ県立北高校を会場にしたわけでもないから、何だかんだで日々の暮らしに追われてせわしく過ごしてるうちに、気がつけば三年経ってしまったというのがいちばん近い。
こうして校門から校舎を見上げてみると、卒業式やったあの日がつい昨日のことのようだ。こういうのをノスタルジーって言うのか? うむ、俺も順調にオッサンへの階段を登り始めているな。
今日は日曜日であり、もちろん学校は休みのはずだ。かつて俺も身を通していた制服姿の高校生たちをちょっとばかり見てみたくはあったが、まあ仕方ない。
新学期始まって間もない時期だからか、部活をしている生徒も見たとこほとんどいないようだ。
しかし代わり映えしない風景だな。満開の桜が新入生を迎えたことを合図にはらはら散り始めている様は壮観であるものの、ここまで何もかも変わってないと俺まで成長してないような変な気分になっちまう。
間違って明日登校したりしてな。おぇーす。
「そんなこと言っといて、ホントはここにまた通いたいんじゃないの? そんな顔してるわよ」
敷地内に踏み入りながら、ハルヒがニヤニヤ笑いを浮かべて言った。ぐぬ。
「誰だって母校には愛着を抱いて当然だろ」
つとめて冷静を取り繕い俺は言った。ハルヒは目をわずかに細め、
「まあそうよね。あたしだって懐かしくなるもの。何かさ、色んなものがあの頃より一回り小さく見えるのが不思議よね」
そういやそうだな。多分、俺たちが相応に年かさを増したせいだろう。
あの頃ほとんど全世界のように見えてた通学路や校庭、校舎に渡り廊下なんかが、心なしかこじんまりして見える。
それも懐かしさの一因かもしれないな。人はこうやって老けていくのか。
俺の呟きをハルヒが失笑気味に聞き取って、
「まだそんなこと言うのは四十年早いわよ。こないだ参政権を得たばっかりの身で何言ってんだか。そのセリフはせめてあと三十回投票してからにしなさい」
「その頃には内閣総理大臣が二十回くらい変わってそうだな」
「もっと多そうね。流行の服みたいに取っ替え引っ換えしてるしさ」
などとバカ話している間に、俺たちは当時ほとんど使わなかった来客用玄関に着いた。
ガラス張りのスライドドアが、清澄な春の空気をぱりっと映写している。
中に入った俺たちは、すぐ目の前にある事務室で、卒業生であることと校内見学希望の旨を伝えた。
リストに名前を記入した俺とハルヒはスリッパを履き、来客用のバッジを胸につけた。何かわくわくしてくるな。
「岡部いるかしらね」
春物パーカーの胸にバッジを留め、ハルヒは口を弓なりに曲げた。硬いリノリウムの廊下の感触を懐かしく思いながら、俺たちはスリッパをパカパカ鳴らしながら歩き出した。
「どうだろうな。日曜だし休んでるんじゃねえの」
とうとう三年間俺たちの担任となってしまった不運なハンドボールラヴァー岡部教諭。
今でもはっきりとあの典型的体育会系中年な顔と、やたら良く通る声を思い出せる。
そういやその後どうなったのかを知らんのだが、今でも強肩としなやかな筋肉を駆使した華麗なジャンプシュートを生徒たちに披露しているのだろうか。ひょっとして転勤になった可能性ってのもあるんじゃないか。
「この前来た同窓会の会報に写真載ってたし、離任教師のとこに名前もなかったから、まだいるわよ。たぶんね」
ハルヒは高三当時よりずっと大人びた眼差しを前方に向け、階段を登りながら言った。
踊り場の小窓から差す青い光が、頬によくできた絵画のような陰影を与える。
- 27 :
- 横から見ると、あの頃から正当進化を遂げた大きな瞳と桃色の唇、すっとした首筋の美しさに、思わず息を飲みそうになる。
こいつとは今でもほとんど毎日会ってるが、それでもたびたびこんな瞬間があるものだから、こちとら動揺を表に出さないようにするのにけっこう気を遣うのである。
「……そんなん来てたのか。捨てちまったかもな」
「もう、あんたはそういうとこ昔っからガサツよね」
このぶっきらぼうな口調は相変わらずだが。お前に言われたくないぜ。色々とアバウトなのはお前だって同じだろうが。
「あたしはやろうと思えばいくらでも器用にできるもの。料理でも裁縫でも勉強でも運動でもね。でもあんたはそうじゃないでしょ」
それを言われると手も足も出ないな。お前が作った肉じゃがの絶品ぶりは俺の好物を一変せしめるほどのセンセーションを巻き起こしたし。つってもそれはちょっと違うだろ。
高校時代、どう考えてもお前だってやることなすこと半分くらいは適当だったよな。血液型何だっけ?
「まあいいじゃんそんなの。さてと。うん。この感じ、懐かしいわ」
ハルヒと俺はとある部屋の前で立ち止まった。いつだったかすっかり忘れちまったが、こんな風に並んで呼び出されたこともあったような気がする。
「キョン、準備はいいかしら?」
ペルセウス座流星群みたいな瞳をキラキラさせながらハルヒが言った。俺は鷹揚に頷く。
「お邪魔しまーす!」
食い下がる俺をまるっと無視して、威勢よくハルヒは職員室の扉を開けた。
「北高出身、涼宮ハルヒと団員その一が三年ぶりに参上しましたーっ!」
懐かしさを感じるセリフをのたまって、片手を上げた。
「懐かしいなお前たち。元気だったか?」
岡部教諭は当時とまったく変わりのないハッスルボイスで俺たちを出迎えた。
ハンドボール部は今日も練習をやるらしく、たまたま居合わせた懐かしの顔はこちらが聞くまでもなく元気そうだった。
よく見れば若干小ジワが増えた気もするが、正真正銘頑健そのものみたいな顔には妙に安心する。俺は挨拶もそこそこに答えた。
「それなりに元気ですよ」
「それなりどころか果てしなく元気だわ!」
ハルヒが独裁政治家の演説みたいに拳を突き出して言った。岡部ははっはっはと愉快そうに笑い、
「いや、久しぶりだな涼宮のその調子も。変わってないようで何よりだ。進路希望に、
『宇宙へのメッセージを伝えられる存在になる』とか書かれた日には驚いたものだったが、あれも涼宮らしいエピソードだったな。今にして思えば」
三年の頃、ハルヒはマジで進路希望調査用紙にそんなことを書いて周囲を驚かせたのである。
- 28 :
- まあ、一年次からSOS団なんちゅう珍妙極まる変態組織を結成して俺たちを巻き込み、学内外問わずその名を轟かせていた存在とあっては無理もない。
ハルヒにしてみれば模範解答のような答案だが、それがまっとうな進路希望先に変換されるまでには紆余曲折あったような気がする。少なからず俺も骨を折ったな。
そんな当時の苦労を思い出したのか、岡部は側頭部を押さえて目をつむり、
「あの時の……何と言ったか、あの集まり」
「SOS団よ。まさか担任ともあろう者が覚えてないわけ? 驚愕だわ」
ハルヒは大仰な仕草で肩をすくめ、首を振った。誰かに似てるぞ、それ。
どうもテンションが上がっているらしいなこいつは。気持ちは解るがな。なんせ三年ぶりの学び舎である。あくまで個人的にだが、大学より高校のほうが愛着が沸くよな何となく。
春だろうとTシャツ一枚にシャージトレパンがよく似合う岡部は頭をかいて、
「そうだったそうだった。SOS団。いやあ、お前たちがいる頃はにぎやかだったな。文化祭に体育祭に、部活動に委員会に、あちこち顔を出したと思えば、嵐のように次の場所に行って、また次の騒動を起こすんだから」
岡部は決して褒めてなどいないと思うが、ハルヒもまた当時を感慨深げに回想し、得意そうに鼻を鳴らした。
心なしかいつもより子供じみて見えるのは、気分が当時に戻っている作用かもしれないな。こう見えてこの女二十代である。
「当たり前でしょ。SOS団は世界を大いに盛り上げる任務を負っていたし、今なおそのスピリットは恒久的に受け継がれているもの。この学校の空気にそれが残っているのがあたしにはよーく解るわ。匂いがするしね」
イヌ科だったのかお前。大気中にも何だか知らない正体不明の成分が溶け出してるとは初耳だぞ。ここはすでに汚染領域だったとはな。ハルヒ遺伝子の次はハルヒ粒子か。
花粉と一緒に吸い込んだ日には取り返しのつかないことになりそうだ。これからの季節、南風にのって大陸まで運ばれた暁には、いよいよもって世界を狂乱のるつぼに陥れる元凶となるやもしれん。パンデミック。逃げろ後輩たち。
俺の心配など塵芥ほども感じ取る気配を見せない岡部はマイペースに記憶を辿り、
「うちのクラスだと他に……そうそう、国木田や谷口も一緒だったよな?」
岡部はだんだん当時を思い出してきたのか、口を笑いだか何だか解らない形に歪めた。寿司屋で茶にまで酢が入ってたみたいな表情だ。俺は答える。
「あいつらはほとんど準団員でしたからね、こいつにつき合わされて、映画とか野球とか文芸誌とか、大人数必要な時に借り出されるメンバーで」
被害者AとBである。谷口なんか初めこそ渋々だったのに、最終的にはほとんどのイベントに顔出すようになってた気がする。卒業する頃には名残惜しいのか知らんが半泣きになってたな。
しかしこうして話してるとなおさら懐かしくなってくる。そういやあいつらとも長らく会ってないし、今度当時の連中で集まるのもいいかもしれないな。
鍋パーティじゃ季節外れだから、そこは何か考えないといかんだろうが。
岡部はどちらかと言うと当時の自分がよく耐えたとでも言いたげに、
「いや、楽しい生徒だったよお前たちは。卒業した次の年はずいぶん静かだったから、正直なところ先生も少し淋しくてな。バニーガールの格好してビラ撒きしてた当時はあれだけ手を焼いたのに、不思議なものだ」
岡部はしみじみと頷いた。俺も同調する。その気持ち、よーく解るぜ。
ハルヒは当時の悪だくみをたった今思いついたような得意顔で、
「あれは楽しかったわねえ。大学だとそれじゃ普通っぽかったからやらなかったけど」
「そりゃいったいどこの世界の普通だよ」
俺がツッコミを入れ、岡部は笑い、俺たちも笑った。窓際のカーテンが春風にそよいだ。
- 29 :
- こうして来客用のソファに座り、コーヒーをふるまわれると、もうここの学生ではなくなったのだということを実感する。
職員室にこんな長い間いるのも初めてのことだし、大人に一歩近づいたと言えばいいのか。ハルヒに言わせればまだまだ甘っちょろいんだろうが、それでも三年分の成長はしている。
この身体に宿る感覚がそれを教えてくれているようだ。昔の服を着たようなというか、ちょっとしたズレみたいな感じ。
間違ってもさっきのハルヒ粒子によるアレルギー反応じゃなかろう。とっくの昔に俺には抗体ができてるんでね。こいつとの付き合いはそっからが本当の始まりなのさ。毒をもって毒を制す、ってわけでもないが。
岡部は煙草に火をつけてふかしながら、
「そういえば涼宮は、入学式の日には面白いことを言っていたよな。宇宙人がどうのこうの」
「宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたらあたしのところに来なさい!……でしょ?」
ハルヒは懐かしのセリフを一等星の輝きを持つ笑顔とともに言い放った。当時から北高にいる教師が二人ほど、こちらを見てニヤッと笑った。そうそう、そんな奴だった、とでも言いたげに。岡部もまた同じ反応をし、
「あんな風変わりな挨拶をする生徒は後にも先にも他にはいないだろう。まったく、色々な意味でお前たちは伝説的だったよ」
それは当事者だった俺も同感だな。何か得体の知れない団体を結成して学内のあちこちに出没し、映画やら文芸誌やら野球やら合宿やらバンドやら何やらやってるうち、
自分たちでも何やってんだか解らないくらい学内認知度と慌しさと思い出だけは増えていったからな。ハリケーンと台風と渦潮を足して三乗したような威勢のよさだった。
SOS団みたいなトチ狂った集まりは後にも先にも現れない。……と言うより、あんな集団が今後も現れるようだと日本の行方が危ぶまれる。
ハルヒが大学でSOS団を作らなかったのはさいわいと言うべきだろうか。さすがに大学であんなことやってたらイタいだけだしな。
高校でも十分イタいというツッコミはこの際遠慮してくれ。解ってるから。
「九組にもお前たちの仲間がいたな。誰だったか……ああそうだ、古泉か。一ヶ月遅れて転入してきたんだったな。あいつは今日いないのか?」
岡部は灰皿に煙草を置いた。細い紫煙がたなびく。
「古泉はちょっと都合がつかなかったんです」
俺は言った。
古泉は大学に上がると同時にこの街から出ていってしまった。
それというのも、あいつは首都圏の難関大学を受験して見事合格し、その関係で上京するため、この地を去らねばならなくなったのだ。
今でも連絡だけは取っているが、年にせいぜい数回しか会う機会がない。それには若干の淋しさがないこともない。
なんせ高校の頃は毎日のようにあの微笑面と清涼感あふれる声を聞いていたし、あんな風にくどく長ったらしい解説をする男なんてのはそうそういやしないからな。
結局、あいつが高校時代を通じてもっともよく会話した相手だったってのもある。
岡部はそれは残念だなと慨嘆気味に呟いてから、
「理数クラスだったのにあの集まりに加わっていたから驚いた。
国木田といい、古泉といい、涼宮、お前もそうだったが、今思うとあの集まりには成績優秀な生徒が多かったな。ひとつ上の鶴屋も文武両道の優等生だったし」
そこに俺と谷口の名前が入ってないのは泣き所でしょうか、岡部先生。
「あ? ああ……、お前と谷口は……まあな……」
露骨に三点リーダを増やすのはやめていただきたい。
- 30 :
- 当時、赤点ラインを巧妙にかすめることに関しては他者の追随を許さないレベルに達していた俺と谷口の技芸は、テクニカルポイントを考慮に入れてもう少し評価されるべきだろう。
あれは真似しようと思ってできるもんでもない。ちょっとしたさじ加減とその場の悪あがき、あるいはエンピツを転がす時の運なんかがモノを言う。
当時の俺はセミプロくらいの域に達していたはずさ。なあハルヒ?
ハルヒは真冬にもらった傘がボロボロで使い物にならなかった地蔵のような目をしたのち、
「あんたと谷口は……まあね……」
岡部と同じ口調で言うな。それに俺だって三年次は目覚ましい成績上昇ぶりを見せて見事第一志望に合格したじゃないか。ああ、あの熱き勉強の日々が懐かしいぜ。
ハルヒは聞こえるようにため息をついた。
「よく言うわ。でもまあ、そうね。本番でほとんどマグレみたいな力を出したものね、あんた。でもそれってきっと、あんたの母親が無理矢理予備校に放り込んだのと、落第しないようあたしが目を光らせていた効果よね」
俺の努力が存在しないとでも言いたげだな。
まあ確かに、お前とオカンに板ばさみにされたせいで勉強する他ないという窮地に追いつめられたおかげで背水の陣的な力を発揮した気もする。ネズミだろうと追いつめられれば猫を噛めるのである。
「はん、あんたはネズミってよりまんまナマケモノが似つかわしいわよ」
んなことないだろ。俺だってあの超絶怠惰動物よりはなんぼか動いてるぞ。
放っとけばいくらでも続きそうな言葉の応酬を繰り広げていると、岡部が笑いながら、
「本当にあの時のまんまだなお前たちは。そうやって教室の後ろで話してたもんな」
楽しそうにそう言った。俺は若干顔の温度が上昇するのを感じた。
見ると、ハルヒもそんな具合らしい。唇を引き結んで目を瞬いている。頬を染めたりしないあたりがいかにもこいつらしいが、何だろうこの恥ずかしさ。久しぶりと言うべきか。
大学じゃたいていのことは開けっぴろげだからか、この手の羞恥心というのは新鮮だ。ああ恥ずかしい。誰か煽いでくれ。
「三年間ずいぶん色々やってくれたが、最後の方は先生のほうももう慣れてしまってな、むしろ何もしでかさないほうが退屈なくらいだった。受験期なんかそうだな、思いのほか静かだっただろう、お前たちは」
岡部は厄介な爆弾処理を終えどや顔になっているベテラン爆弾解体師のような顔で、
「涼宮の卒業後は後を追って似たようなサークルを作ろうとする生徒もいたが、結局SOS団みたいな集まりは出てこなかったな。そういう意味でも面白いものを見させてもらったよ」
岡部はそう語り、また笑った。それから何か、言うことが残っていないか確かめるように眉を寄せた。
「そういえばお前たちは、」
言いかけて岡部は首を振った。最後に立ち上がると、
「いや、何でもない。またいつでも来てくれ。教え子との思い出話は楽しいからな」
俺とハルヒのそれぞれと握手した。昭和の血筋とでも言うべき温かみを感じる手の平だった。
「ありがとうございます」「楽しかったわ」
礼をした俺たちは、揃って教室を後にした。何ともいえぬ高揚を噛みしめながら。
その後、俺たちは一年五組に向かった。
卒業生ってのは通常三年の教室に行くのが筋かもしれんが、何と言っても俺たちにとって思い出深い場所はここ、一年五組の教室である。すべてはここから始まった。
俺とハルヒは、名前順に並べられた入学当初の席に座った。
- 31 :
- ここにいたのがもう六年も前のことだとはとても信じられないが、あの時と比べ、たしかに俺は物事の成り立ちや世間の事情ってものを知り始めている。それはこれからだってそうだろう。
着席したハルヒは先ほどに倣い、入学式直後の自己紹介でやった仰天宣言をもう一度繰り返した。俺たちはつい、互いにニヤニヤ笑ってしまう。
ハルヒは当時からしても目覚ましいほどの美人になっているのがよく解る。
身長も高くなったし、声もつややかになった。そこにはちょっとした気品のようなものすら感じられる。あとはそうだな、他の身体的数値もあの頃より、例えば……
「どこ見てんのかしら?」
ハルヒは目ざとく俺の視線をとらえ、胸の高さまでかがんでこちらを睨み返した。くそ、バレたか。
「当たり前でしょ。何年付き合ってると思ってんのよ」
手の平でばしんと机を叩き、ハルヒは挑発的にこちらを見下ろした。
入学当時と同じく長い髪にしたのはいつからだったっけ。
機嫌のいい日はポニーテールにしてくれるが、俺がうっかりこいつの癪に障る言動をしたら即刻解除されてしまう。そのへんもハルヒらしい。
まあ、どんな髪型だろうとこいつは似合っているし。ポニーテールの破壊力が高すぎるだけで。恥ずいから口には出さないけどな。
次に俺たちは窓際の席に移った。
最初の席替えからこっち、天文学的確率によって、俺たちは一年の間ずっとこの席に座っていた。
そんな場所の記憶だろうか、席に着いた瞬間、まるで昨日までここにいたみたいに身体が馴染むような気がした。このフィット感。座布団すらない安物の椅子だってのに、どんな安楽椅子より心地いい感触だ。
「懐かしいわね。よくこうやって窓の方見て居眠りしてたわ」
ハルヒは机に突っ伏し、窓の方へ顔を向けた。そうだったな、と思いつつ、俺は椅子に横向きで座る。そうそう、こんな風にして俺はハルヒの日常に対する不満や愚痴を聞いていたんだった。
普通であることがつまらない。この席に移ってしばらくは、延々そんな愚痴のような言葉を漏らしていたよな。
いらぬ五月病のおすそ分けみたいなグルーミーオーラを浴びてた日々も、今となってはセピア……とまではいかないまでも、少しだけ古びたカラー写真くらいには貴重な一ページだ。
つまらないんだったら楽しいことを自ら起こしてやればいい。
俺が歴史上の偉人について話をしたことを契機として、ハルヒはパワフルな無尽蔵動力めいたエンジンを乗っけて、多くは人に驚かれ、時に人に迷惑がられ、時に人の役に立ったりして三年間突っ走り続けたのた。
俺はほんのその手助けをしてやったに過ぎないが、ずいぶん楽しいものを色々見せてもらったと思う。
俺一人きりだったら、きっと何ひとつ思いつくこともなく、部活に入ることもなく、ただ淡々と高校生活を終えていただろう。
「何か思いつくとお前はそっからシャーペンで俺の背中をつついてきたよな」
「ふふ。こんな風にね」
ハルヒはどこからともなくシャーペンを取り出し、先端で俺の背をつついた。懐かしい感触。
「どっから出したんだ、それ」
「机に入ってたのよ。この席に座ってる子の忘れ物かしら」
ハルヒはくるくるとシャーペンを指先で回転させ、落とすことなくキャッチした。
「ほんとに懐かしいわね。過去を振り返るのってそんなに好きじゃなかったけど、今は別」
- 32 :
- 空いた手で頬杖をつき、ハルヒは俺の顔を見慣れた路傍の草花みたいに眺め、
「あんたのつむじを見てると、何かこうムカムカしてきて、引っぱたきたくなってくるのよね。そうすると、決まっていつもいいアイディアが閃くのよ。
そういえば、最近何か足りないと思ってたけど、もしかしてそれかもね。キョン、今度からあんた、あたしと講義が一緒の日はあたしの前に座りなさい。何か思いついたらまたシャーペンでつついてあげるわ」
そんな着想手段だったのかよ。俺のつむじは面白おかしい妙案を生み出す回路の役割でも果たしてんのか。教授に俺の後頭部を激写した写真でも送りつけたらノーベル賞クラスの本を書くかもな。
その時はおこぼれにあずかりたいものだ。しかし俺は首を振り、
「あいにくだがお断りだぜ。講義中に高校時代みたいな大音声で叫ばれちゃたまったもんじゃないからな。それに今はSOS団やってるわけでもないだろ」
「んー、まあそれもそうだけどね」
ハルヒはまたくるくるシャーペンを回した。まるでそれが春の時間をゆっくり動かしているような感覚に陥る。
いつも俺たちはここに座って、どうでもいいようなこととか、そうでもないこととか色々話し、放課後になると連れだって部室に向かったのだ。
ハルヒはなんとも形容しがたい表情を浮かべていた。
「ねえ、キョン。三年間楽しかったわよね」
「そうだな」
もちろんだ。学校でも楽しかったが、夏や冬の休みに出かけた孤島や雪山だって楽しかった。「二年目の文化祭なんか大忙しだったよな。SOS団だけでも、映画にバンドにてんてこまいなのに、お前がクラス企画まで力入れるとか言い出すからさ」
ハルヒはふっと息を漏らすように笑う。
「そうよね。本当に楽しかった」
ハルヒはシャーペンを回す手を止め、かたりと机に置いた。そして席から立ち上がると、戸口に向かって歩き出す。
「キョン、部室に行きましょう」
渡り廊下を通る時、ジャージ姿の、部活に向かう途中らしき生徒とすれ違った。
高校生ってあんなに子どもだったっけな、などと、俺は当時思わなかったような感慨に浸る。
今思うと、こんな狭い場所を三年間も行ったり来たりして過ごしてたんだよな。客観的に見ればずいぶん限定的な行動範囲だ。
それを言うなら大学のキャンパスをせわしく移動している今だって似たようなものだが。古巣に戻ってくる時だけそんなことを思うのは、人間の本能に刻まれた何かが反応してるんだろうか。
さてハルヒはすったかと歩き、途中何も言葉を発しなかった。こういう緊張感を持つハルヒを、俺は滅多に見なくなった。
これはこれで可愛げがある、なんて思ったのは、それこそ高校に入った初めのほうだったな。
そこから長い時間を経て現在に至るわけだが、近頃は滅多に見せなくなった表情であることが、俺の気分を若干シリアスめいた方向へ傾ける。
そんなことを考えているうち、俺たちは部室の前に着いた。
文芸部――。
高校一年の、あれは五月だったか。ハルヒが突然部活を作ると言い出し、俺は有無を言わさず巻き込まれ、駆け出し雑用担当と化して奔走している間に気がつけば出来上がっていた、
世界を大いに盛り上げる涼宮ハルヒの団――ことSOS団。その根城跡地がこの文芸部部室である。
- 33 :
- 「久しぶりだな」
俺は思わず本日二度目となる言葉を呟いて、これもやはり少し小さくなったような気がする古びたドアを眺めた。
上にかかった「文芸部」プレートは健在だが、果たして今ここに文芸部が存続しているのか、俺は知らない。さっき岡部に聞いてくればよかったな。
職員室であらかじめ頼んでおいたおかげで鍵は開いていた。ハルヒは何かに引かれるようにドアのノブを回し、中に入る。俺も後に続いた。
さて、人間には五感ってものがある。
すなわち視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚の五つで、人間が生きていく上でどれもフル活用を余儀なくされる大事な感覚だが、俺たちはそれ以外のところにある多くの感覚もまた日頃から半ば無意識のうちに利用している。
第六感、という言葉でくくるにはあまりに範囲が広い気もするが。他に思いつかないのでここではそう呼ばせていただく。
部室に足を踏み入れた瞬間、俺はまさしくその第六感でそれを感じ取った。
一言でいうならば、圧倒されそうなほどの懐かしさ。
部室には本棚と長机、それと当時団長用として使ってた机に、パイプ椅子がひとつ。残りはたたんで脇に置いてある。
あの時使っていたコンロやら鍋やら冷蔵庫やらはないものの、それを抜きにすれば、まるでついさっき授業が終わって、ハルヒと二人で一緒にここまで歩いてきたような感じだった。
そのくらい、今なおこの場所に俺は親しみを感じることができ、それはハルヒもまったく同じらしかった。
先ほどの吸い寄せられる動きのまま、ハルヒはかつて自分が居座っていたセンターポジションに向かい、パイプ椅子を引っ張り出して開くと、腰を落ち着けた。
団長机に当時あったパソコンはもうなくなっていた。
ハルヒがコンピュータ研に押しかけ、強奪したハイエンドPC。今となっては世代後れだろうあの端末は、卒業式の日、ハルヒの意向で元の所属だったコンピ研に返されたのだ。今どうなってるだろうな。
俺はさらに部室を観察する。
本棚にはハードカバーを中心に多くの本が収められている。結局俺はここの本を何冊読んだっけ。数えるほどだったかもしれない。
あの頃はまだ今より読書していたと思う。仮にも文芸部の部室に寄宿していたんだから、それくらいしないとバチが当たる、ってわけでもないが。
環境が変われば生活も変わる。近頃はすっかり本を読まなくなってしまった。俺に限らず、学業に専念する身分のクセして大学生は本を読まない。
「懐かしい」
ハルヒが言った。
机に両手で頬杖ついて、妙な幸福感に浸っているような顔をしている。ちょうど春風の花畑にいるような。
俺は気がついて、窓辺に歩み寄り、窓を開けた。
新鮮な春の空気が、ふわりと部屋に入り込む。
風に乗って、桜の花びらが一枚、ハルヒの机の上に舞い落ちた。
どこかで鳥が鳴いている。
明日になれば、また新しい生活を始めるべく多くの学生たちがあちこちを行き交うのだろう。
それは俺たちにしたって同じだ。今年度は就活が控えているし、前の二年ほど悠長にもしていられない。
高校生活は、終わってしまった途端、忘れ去られた離島のようにその距離を俺たちからどんどん開いていき、近頃では思い出すことも稀になっている。
今日の学校訪問は、数日前に突然ハルヒが言い出したことだった。
今までの間、俺は時折思いつきこそすれ、実際にここへ来ようと思った日はついぞ一度もなかった。
- 34 :
- 高校時代を思い返すとさまざまな出来事が想起され、それだけで腹いっぱいになってしまうというか。いや、この場合胸いっぱいのほうがいいのか。どっちにせよ、そんなわけで俺は……
「ねえ。キョン」
物思いの淵に沈みかけていた俺の意識が呼び戻された。
ハルヒは、机に両肘をついたたまま、どこか煮え切らない様子で室内を眺めていた。先ほどの懐かしむような様子はなくなっていた。真剣な顔をしている。
「私たち、ここでSOS団の活動やってたのよね」
「ああ」
手持ち無沙汰になった俺は、ポケットに両手を突っ込み、部室を眺めながら当時を思い出そうとする。
放課後がくるたび、ここで茶を飲みながら古泉相手にゲームしたもんだ。ついぞあいつとデジタルの遊びをしなかったな、そういえば。
ハルヒが言葉を継ぐ。
「放課後は毎日のようにここへ来て。みんなで一緒に過ごして。あたしが何か思いつくと、あんたや古泉くんがそれに付き合って。
野球やったり、七夕の願い事したり。孤島に出かけたり、夏休み満喫したりして。それで。そう、映画撮って、ライブやって。
コンピュータ研とゲームで対決して、それで……それで雪山にも行って、えっと……。そう、そうよ。初詣とか、バレンタインとか……阪中の家に遊びに行ったりもしたわね、シュークリームがすごく美味しかった。
文芸部の会誌もつくった。鶴屋さんの小説は傑作だったもんね。それで……後は、あとは……何だっけ」
「ハルヒ」
「そうだわ。二年生に上がると、あたしたちは新しい団員を募集するためにまたビラを撒いた。
入団試験を作ってテストもしたわね。市内をみんなでまた回ったり。それが終わると、生徒会とバトルしたりしてね、情報戦みたいで面白かった。
そう、そうよ。あたしたちいつも一緒だったもん。団長であるあたしがあんたたちを導いて、この部室を拠点に、いっつも。あたしと、あんたと。あと古泉くんと。あと、あと……」
「ハルヒ、なあ」
ハルヒは机を両の拳で思い切り叩いた。
その場の空気が一瞬で固まる。俺の動きも止まってしまった。
「ねえ、キョン! あたしと、あんたと、古泉くんと。…………あとは?」
ハルヒの身体が小刻みに震えている。
「あと他に二人いたでしょう? ねえ、そうよね。あたしとあんたと古泉くんだけじゃなかったはずよ。
ねえ、キョン答えて! 昨日もおとといも、三日前も一週間前も、一ヶ月前も、半年以上前から、何度も何度も思い出そうとしたのに、いくら頑張ったって、
どれだけ、あの時の映画とか会誌とか、そういうのをいくら見ようが何しようが、どこにも残りの団員がいないのはどうしてなのよ!」
「だからハルヒ。谷口と国木田が」
ハルヒは長い髪が舞い上がるほど強く首を振った。
- 35 :
- 「あいつらは団員じゃなかった! あんただってちゃんと覚えてるじゃない。毎日放課後一緒にいたのはあの二人じゃないでしょう?
鶴屋さんだって違うわ。野球の時とか、会誌の時には手伝ってもらったけど。あの人でもない。なのに、ねえ、キョンどうして? どうして残り二人の団員が誰だったのか思い出せないのよ!
見た目も声も、名前も性格も性別も、どんな顔してて、どんな風にしゃべって、どんなクセがあったかとか、全部ぜんぶ何もかも。
あんなにいっつも一緒にいたのに。どうして思い出せないの…………」
ハルヒは机に突っ伏した。どうしてよ、と小さく呟いて。
そう、そうだ。
あと二人の団員。それが誰だったのか、ずっと思い出せずにいる。
確かに、あの時の文芸部には、ここSOS団には、俺とハルヒと古泉の他にあと二人団員がいたはずだった。
ハルヒが挙げたイベントはすべてSOS団主催のものであり、そこには三人ではなく五人の団員がいたはずなのだ。
しかし、大学になってから俺たちが思い出せたのはたったそれだけで、あとのことは何一つとして思い出せなかった。
いつだったか、ハルヒとの会話の弾みで高校時代を思い出そうとするまでは、俺もハルヒもその二人を覚えているつもりでいた。楽しかったよなあの頃は、ってな具合に。
それなのに、ふとあの頃の記憶を辿ろうとすると、まるでそこだけ綺麗に切り取ったかのように、すべての記憶や痕跡が抜け落ちているのだった。
そんな人たちははじめからいなかった、とでも言うみたいに。
写真にうつっているSOS団員の姿は俺とハルヒと古泉だけだったし、野球にいたってはメンバーが七人しかいなかった。
どう考えてもおかしいだろう。いったいどうやって七人で野球やるってんだ?
しかし、俺とハルヒがいくらそれぞれの脳内ライブラリを参照すれど、そこにいたはずの二人の姿はどこにもなかった。
むしろ、追いかければ追いかけるほどその姿は不明瞭かつ曖昧なものになっていき、しまいにはハルヒという相手がいなければ忘れてしまいそうになるほどだった。
ここに来たのは、完全に俺たちから記憶が失せてしまう前に、何とか思い出そうというハルヒの提案だった。
さっき岡部に話を聞いた時もそうだった。俺とハルヒと古泉までは浮かんでくるし、思い出せる。しかしあとの二人のことになるとさっぱりだ。たしかにここの生徒だったはずなのに。
クラス写真帳や、文芸部の会誌、携帯のアドレス帳。どんな記録を探しても見つからない。
谷口や国木田、鶴屋さんをはじめ、あらゆる人たちへ俺とハルヒはその存在について訊ねたが、ついぞ答えは得られなかった。
古泉ですら、いたような気もするが、いなかったと言われればそちらが正しいような気もしてくると、明確に回答するのを控えた。しかし俺とハルヒは信じていた。
たしかに、俺たちは五人だった。
ハルヒが思いつきでこの部室に居を構え、SOS団を結成してからこっち、こいつは怒涛の勢いで俺たち五人を集めたはずだ。
それは決して三人でもなければ、入っていたのが谷口でも国木田でも鶴屋さんでもなかった。実際あの三人はそれを否定した。
しかしそれでいて、じゃあ誰がいたかと問われると、やはりみな首を傾げることになるのだった。
- 36 :
- だがこの部室に来て、身体じゅうを包まれるような、この懐かしい空気に触れて、俺は確信した。
「ハルヒ、お前は間違ってない。俺たちSOS団は、たしかに五人だったんだ」
*
卒業証書を拝領し、高校生としての全課程を無事(というかは解らないが)終了した俺は、その時間だけ現れる存在に最後の面会を果たすため、全速力で階段を駆け上がっていた。
卒業した感慨とか、クラスメートとの別れとか、そんな月並みなイベントを消化するのは後回しだ。あいつらとはまた会えるし、生きてりゃこの先いくらでも機会があるだろう。
しかし、あいつとはたぶん、これを最後に二度と会えなくなる――。
俺は自分に息つく暇すら与えず階段を登りきるとそのまま駆け出し、勢いをすべてぶつけて部室のドアを押し開いた。
「長門っ!」
そこには光が降りそそいでいた。
誰もいない文芸部の部室。その窓際に、忘れ物のように取り残された、一脚のパイプ椅子。
まるで光子が形を成し、生命を宿していくかのように、ゆっくりした速度で彼女は懐かしい姿を取り戻していく。
俺はその光景を固唾を飲んで見守っていた。ほっそりした華奢な身体。肩にすら届かない短い髪、儚い光の宿る瞳。
長門有希が帰ってきた。
その白皙を見ながら、俺は回想する。
………
……
…
すべてが終わったのは今日から一年ほど前のことだ。
ハルヒの奇妙キテレツ摩訶不思議なエキセントリックパワーが消えて、古泉も長門も朝比奈さんも、橘京子に周防九曜、はては藤原に至るまで、涼宮ハルヒの情報改変能力とやらに関心を持っていた勢力はすべて、その手を引いた。
本当に、今までずいぶん色んなことがあった。
入学した頃と今の俺じゃ、まんまレベル1の勇者が旅立つ前と、成長し魔王を倒してエンディング迎えた後くらい、その経験値には開きがあるだろう。
俺が勇者でもなければ魔王を倒せる実力の持ち主でもないことはさておいて。
その日、まるでどこかへ散歩にでも行くようなさりげなさで、朝比奈さんは未来へと帰ってしまった。
すべての既定事項を満たし、ハルヒの観察も終え、時空の歪みが解消された今となっては、もう彼女がここに残留する理由などどこにもなかった。
そして当然の帰結として、俺の麗しき先輩は未来へかぐや姫のごとき帰参を果たすことになった。
- 37 :
- 俺はそんなこと思いもせず。普通に考えれば当たり前だろと言われても、それはまさしく青天の霹靂、サンダーストラックな衝撃だった。
「今までありがとう」
その愛くるしい瞳に涙をいっぱい浮かべた朝比奈さんは、俺が止めるのにも首を振り、現在から消えてしまったのだ。
彼女がただ未来に帰っただけならば、俺はそこまで、やっぱりショックは受けるにしても、さんざん悩んだ挙句、最終的には結果を飲み込んでいたと思う。
しかし、それができないまま別れることになっちまったのは、彼女が消えた後、幕引き役のようにして現れた大人版朝比奈さんが、こんなことを言い出したからに他ならない。
『あなたたち全員から、わたしたちに関する記憶を消去しなければなりません』
俺が大人だったらまる一週間、いや一ヶ月は飲んだくれ、その結果アル中の半歩手前になるくらい、もう完全無欠に参ってしまう言葉だった。
今まで俺は、この身体と、その場の思いつきと、頼りなき小さい脳ミソを申し訳ばかり振り絞って何とかここまで来たのだが、こればっかりはお手上げ、完全降伏の白旗ものだ。
大人に成長したほうの朝比奈さんは、きわめて真剣な口調で、記憶消去しなければならない理由を延々、誰にでも解るような優しい口調で俺に述べてくれた。
困ったことだが、その理由というのが現代人の俺にとってもすこぶる理解しやすい、いたって単純明快なものだった。
『未来人というのは本来、この時代にはいない存在だから』
本当はこれに細かい説明が一時間分くらいくっついてくるのだが、それはここでは割愛させていただく。
要するに、もともといない存在を認識している必要などない、というのだ。俺が何と思おうが、たしかに論理的には筋が通っていた。
それにしたって。
それにしたってもう少し、こちらへの配慮ってものを考えてくれてもいいのではないか。
だが、大人版朝比奈さんの、感情を何とか内に抑えようとしているような表情を見ていると、結局俺は何も言えず、最後には頷いていたのだ。
そうして俺は反論できないまま、しかし何一つ了解しないまま朝比奈さんと別れることになってしまい、その反動で、一時的に情緒不安定になった。
……今さっき成長がどうとか言ったばかりで恐縮だが。
何もかも終わったのだと思うと、濃縮還元されたような思い出の数々に俺は胸が熱くなり、喉が苦しくなり、流す必要もないものが目尻からこぼれそうになった。時折そのまま泣いた。
だってそうだろ、二年間いつも一緒にいた朝比奈さんが、とうとう未来に帰っちまったんだ。これで号泣しない人間がいたらそんなんウソってものだ。
……いや、客観的に見ればここまで感情が昂ぶっていたのは俺だけかもしれないな。
なんせ朝比奈さんだ。俺の永遠の先輩である。
仮にこれが古泉で、あいつが「いやあ、まいっちゃいますね」なんて言いながらまた転校したとしても俺はまったくたじろがずケロッとしている自信がある。
あの純真無垢にして可憐清楚な朝比奈さんだからこそ、俺はここまで打ちのめされて、完膚なきまでにノされてしまったのだ。
そんなわけで翌日はずいぶん参っていた。その時には、なぜまだ俺が朝比奈さんのことを思い出して感傷に浸っていられたのかなど考えもせず。
ある日の昼休みだ。俺は部室の長机で、洗い損ねた親父の靴下みたいに身も心も縮れていた。
誰も責めてくれるな。他の誰にも解ってたまるか、この心境。
名目上朝比奈さんは卒業して引っ越したという設定になっていたが、アホかと思う。使い古された修繕事由にはもううんざりだ。
しかし、そこへまたしても、第二の核爆弾的衝撃が俺を襲ったのだ。
「わたしもこの地上から去らなければならない」
そいつは耳に涼しい、至極聞きなれた声でそう言った。
- 38 :
- ああ、空耳がする。
今日はいい天気だからな。鳥が人間の言葉でも喋りたくなったのだろう。でなければ俺の五感が昨日のショックでイカレたに違いない。
十億ボルトの稲妻が直撃したみたいな衝撃だったもんな。無理もないさ。俺にこの先まともな社会生活なんてできるかな、はは。今なら世界の中心で何かを叫べそうだ。
「わたしもこの地上から去らなければならない」
あのー、長門さん。耳元で心地よく囁かなくていいんで。聞こえてるんでちゃんと。ああくそ。ちくしょう。また泣きそうだ。
「……お前までそんなこと言うのか、長門」
俺がいつもより五十倍の重力を感じる気がする頭をもたげて見ると、珍しく本を読んでいない長門有希は、光を宿す瞳をこちらへ向けて頷き、
「涼宮ハルヒに関する観測はすべて終了した。情報統合思念体は進化の糸口を見つけ、我々ヒューマノイド・インターフェイスは役割を全うした。喜緑江美里はすでに情報連結を解除されている」
「…………」
あー、喜緑さんね。喜緑さんか。そうだよな。あの人も設定上は卒業だもんな。
サヨナラの挨拶もなしか。淡白なもんだな。仮にも何度か救ったり救われたりしたと思うのは人間の勝手な都合なんだろうねまさしく。泣けてくらあ。
「わたしも間もなく結合解除される」
「何だって」
俺は数百年に一度の大地震くらい強く心を揺さぶられた。もう勘弁してほしい。
今までずいぶん強くなったつもりでいたが、思い込みってのは崩れた瞬間砂上の楼閣と化しちまうんだな。裸の王様ってなこういうことを言うのかもしれない。
しかし長門のほうはというと、自らの存在が消えるというのに、そこから来るだろう気持ちのふれだとか、そんなものを露骨には表さなかった。
「あなたには感謝している。……言葉では伝えきれない」
長門は言った。しかしよくよく見ると、こいつは何か、とても危うい感情の淵にいるような感じだった。
俺のいまや光学顕微鏡に匹敵する識別眼が、情緒不安定による誤作動を起こしていなければ、、まるで笑いたがっているか、でなければ悲しさを浮かべているように見えたのだ。
しかし、こいつの生まれ持った性質がそれをはばみ、不可能にしているようでもあった。
なんかもうひたすらやるせない。それはそうと……。
待てよ長門。なあ、おい。普通さ、こういうのは別れの挨拶とかお別れ会とかお別れ遠足とかそういうのを経た後でするもんだろ。んな味も素っ気もない展開を俺は認めないぞ。
「長門。ここはひとつじっくり話し合おうじゃないか。そう急ぐこともないだろ。親玉に和平協定の締結でも頼んでくれよ。
だってお前はまだ二年じゃないか。せめてあと一年、部室でまったり茶でも飲んでヒマを持て余し、そいで宇宙に帰るのも悪くないだろ?」
そんな冗談めいたことを言ってから思う。
朝比奈さんはもういない。
もう、メイド姿で俺たちに茶を給仕してくれることも、ない。
俺はまた目頭が熱くなってきた。唇が震えやがる。
……くそ。どうしてだ。いつもいつも一方的すぎるじゃないか。
- 39 :
- どいつもこいつも。皆して、一方的に俺の目の前に現れたと思えば、人の気も知らないで、まるで散歩でもするかのように勝手気ままに去っていきやがる。
「元気を出して」
長門はそう言って、俺の前に手の平を差し出した。目を腫らした俺がその手を取ると、まるでそれが合図であるかのように、長門有希の身体が消え始めた。
「長門!」
朝倉が最初に消えたあの時と同じ、白い結晶のようなそれは、情報結合解除――。
「おい、冗談だろ。どうしてこんな……待ってくれよ、長門!」
「……」
何を言うこともなく、長門有希は地上から消失した。
「長門ぉ……」
床に崩れる俺は、もう何をどうしたらいいのか解らなかった。
何を思い出そうとしてもダメだ。ありありと蘇る記憶の数々。それらは全部、もう五人の時間が二度と訪れないことを現していた。
俺の目の前に、見覚えのある栞が、まるで雪の欠片のようにひらひらと舞い降りる……。
…
……
………
その日から一年経ったのだ。
栞には見慣れた明朝体で、しかし手書きの文字で、『一年後、この場所で』と書かれていた。
それから一年の間、俺は受験勉強に打ち込む傍ら、長門を待ち続けた。
しかし、それは孤独かつ過酷な試練のようだった。
驚くべきことに、ハルヒも古泉も、鶴屋さんも谷口も国木田も、SOS団の内外にかかわらず、俺以外のすべての人間が、朝比奈さんと長門がこの世界にいたことをすっかり忘れてしまっていたからだ。
それだけじゃない、ハルヒの謎パワーや、古泉の変態的超能力にしたって、もはや誰も覚えていなかった。
俺はありとあらゆる手段を尽くして、二人のかけがえない存在のことを強く訴えたが、ダメだった。
それはちょうど、あの改変された世界で、俺がどんなにSOS団のことを知らせようが無意味だったことと同じだ。
おそらく、俺以外の人間からはすでに二人に関する記憶が消去されていたのだろう。何と残酷なことか。
共有する相手がいない出来事というのは、時間が経つにつれ、ともすれば自分の中にしか存在しない幻か、でなければ妄想にとって代わり、しまいにはどうでもよくなって忘れそうになってくる。
あれだけ濃密な時間を過ごしておいて信じがたいことだが、それはまさしく真実だった。
何か、忘却を促進させる作用が働いていたのかもしれない。
さしずめ情報統合思念体の差し金か、でなければこっそり未来人が来て、俺に日ごと呪文でも唱えてるのかは解らんが。それだって今となってはほとんど俺の被害妄想みたいなものだ。
ともかく俺は、俺だけが存在を覚えている二人を何とか忘れないようつとめた。
- 40 :
- 夜が来る度あの栞を見つめ、そこに浮かぶ文字を確認しては、長門有希と朝比奈みくるの名を、俺は呪文のように唱えて眠るのだった。
そこ、暗いとかストーカーとか言わないでくれ。
他に打つ手がないという点で、それは改変された冬の世界よりもよほどつらい時間だったのだ。春も夏も秋も冬も、俺は吹けば消えそうなともしびを、全力で守り続けた。
やりきれない現実に対し、そこから無心になるために受験勉強というのは役に立った。
そうだな、ちょうど失恋した男が現実逃避するためにどっか知らない国に出かけるような感じ、とでも言えばいいだろうか。
何も失恋などしてないが、そのように、一方で本当に大事なこととはまったく関係のないことに集中することで、俺は時折おかしくなってしまいそうになるのを何とか防ぐことができたのだ。
おかげで奇跡の第一志望合格なんて快挙を成し遂げたが、今それはここではどうでもいい。
そうして一年間、俺はズレた気持ちを抱えたまま、煮え切らない思いを抱いたまま、ただひたすら長門を待った。
「長門!」
一年前に消えた時とまったく変わらぬ姿で、長門は文芸部室の椅子に出現、再構成された。
長門は一年前の続きを再生するかのように、無音で瞬きをし、
「あなたに謝らなければならない」
そう言った。俺の記憶にある通りの声と表情で。
それは他の奴から見れば愛想も感情もないものに思えるだろうが、そうでないことを俺は知っている。一年経とうとも、長門有希の表情に対する俺の観察眼は衰えやしなかった。
「あなたの記憶だけを今日まで残した」
長門は、いつだったか世界を変えてしまった時、俺に詫びを入れた時のように訥々と、
「情報統合思念体の指令では、一年前に、あなたの記憶も含め、わたしと朝比奈みくるに関するすべての記憶を、予定通りあなたたちから消去するはすだった」
「ハルヒや古泉までお前と朝比奈さんのことを忘れちまったのは、そのせいなのか?」
長門は瞳の光をわずかに揺らせ、頷いた。
「一年前、わたしは朝比奈みくるに記憶消去を依頼された。彼女は自分でそれを行うことも出来たが、それは彼女にとって酷なことだった」
長門は淡々と言葉を紡ぐ。
このあたり、一年経っても何も変わっていない。それだけに俺は懐かしくなり、何か、何でもいいからこいつに言ってあげたかった。
しかし、そんな気持ちとは裏腹に、口から出てきたのは長門の発言に対する質問だった。
「その朝比奈さんってのは、より未来から来たほうのだよな?」
長門は頷いた。
そうか、と俺は思う。俺にとって未来の、そのまた未来からきた彼女。
初めこそ見惚れそうになっちまったが、俺はだんだん、その真意を測りかねるふるまいに、あの人のいいように使われていたんじゃないかと思った日もあった。
大人になった彼女にとって、俺の存在などもはや都合のいい駒でしかないんじゃないか……ってな。
しかしそうじゃない。彼女のほうも間違いなく朝比奈さんで、一年前未来に帰ってしまった彼女自身なのだ。
そんな当たり前のことを、一年経った今、ようやくもって俺は実感した。長い間残っていた胸のつかえが取れたような気がする。
長門は公正な審判を下す天の使いのように穏やかな様子で、
「記憶を消去すれば、この時間にいるあなたたちは、彼女がここにいたことを二度と思い出せなくなる。朝比奈みくるの未来にとってそれは必要なことであるが、彼女はどうしてもそれを実行できなかった」
「それで長門に委ねたってわけか……」
長門は頷いた。心なしかこいつが穏やかになったように見えるのは、俺がどこかに救いを求めようとする漂流者のような心境だからだろうか。
記憶消去を長門に頼んでいった朝比奈さんを責める気は毛頭ない。
- 41 :
- なぜかって。逆の場合を考えてみればいい。だって、できるか。彼女にとっては昔のこととはいえ、一緒に長い時間、楽しく過ごした相手に向かって、自分に関する記憶をまるごと消すような真似が。
それはとても残酷なことだ。永遠の別れよりよほど悲しいかもしれない。
例えば、誰かが天寿を全うした時、残された者たちはその人物を偲ぶことができる。思い出すたび、思い出す人の中で彼は生き続ける。
ありきたりな言い方に聞こえるかもしれないが、それはまさしくその通りだ。生きている限り、人は人を思い出すことができる。
しかし、残された人から記憶を消去してしまえばどうだろう。
それはなかったことと同じになってしまう。初めからどこにも存在しなかったことと同じだ。間にどんな思い出があろうと、それら一切がなくなってしまうのだから。
普通、そんなことできやしないだろ。俺ならできない。例え嫌いな奴が相手だったとしても、誰かに覚えていてほしいと思うのは、もしかしたら人間の本能なのかもしれない。
長門は静かなまま、
「わたしはあの日、あなたの記憶も消去する予定だった。しかしあなたを見ていると、それを実行することがどうしてもできなかった」
淡々としているのは口調だけだ。事実、長門は続けてこう言った。
「わたしは、完全ではない」
「長門……」
何言ってんだ。完全な人間なんてこの地上に一人も存在しねえんだよ。そっちが普通で、むしろ完全無欠な超人のほうがどうかしてる。
ハルヒだって佐々木だって、どっちも優秀ではあったが、それぞれに問題を抱えてたじゃねえか……。
「しかし、わたしは彼女たちとは異なる。わたしはヒューマノイド、」
「違わねえよ」
俺はきっぱりと言った。
「長門。お前はお前だ」
解ってるはずじゃないか。それが情報統合思念体の収穫でもあったんだろ。自己同一性。アイデンティティ。わたしはここにいる。言葉は何でもいい。だからこそ、お前はこうして俺に記憶を残してくれたんじゃねえか。
長門有希は純粋な瞳で俺を見る。そう、この表情を見ればよく解るとも。出会った頃とはまるで別物。
たしかに、万能じゃなくなったかもしれない。しかし、自らの意思でそうしたからこそ、こいつは他の誰でもない、こいつ自身になったんだ。
俺はしばらくの間、長門を見ていた。長門も俺を見つめていた。
そして、まったく自分でも気づかないうちに、俺は長門を抱きしめていた。
どれだけ強くつかまえていても、もうじきそれはなくなってしまう。
そういえば、俺がこうして長門に触れたことなんて、ほとんどなかったように思う。
もっと早く気がつけばよかった。
でももう遅い。こいつも消えてしまう。みんなみんな消えるのだ。そうして、一人一人、俺の前から去っていく。楽しいことは、すべて終わってしまったのだから。
たくさんの出来事が蘇ってくる。
ハルヒが結成したSOS団。宇宙人に情報統合思念体。未来人。機関と超能力者。野球、七夕、孤島、ループサマー。映画撮影にライブ、ゲーム対戦。何でもないような一日。幻の三日間。雪山、ラグビー観戦にバレンタイン。会誌づくり、阪中家の犬の散歩。
そんな出来事の外にある、いつもの風景。何気ない日常……。
- 42 :
-
すべて過ぎ去った。
もう俺は高校生ではなくなり、超常現象にも遭遇しなくなり、ハルヒの思いつきの元、SOS団で毎日を過ごすこともない。
「長門……」
強く抱きしめる。力を込めると消えてしまいそうなのに、俺は感情の昂ぶりを抑えることが、どうしてもできなかった。
長門は何も言わなかった。
やがて、そっと両手を俺の背中に添えた。そんな硬い所作を通じ、俺はこいつの中にも形容しきれない思いが、『感情』が、たしかに存在しているのを感じ取った。
「なあ、長門」
長門は何も言わない。俺はその無音に果てしない安心感を覚える。
「もうさ、ハルヒも古泉も、お前たちのこと覚えてないんだ」
「……」
「SOS団の話をしてもろくに通じないしさ。『もう受験なんだし、本腰入れなきゃダメよ』ってな。記憶を消したら、俺もそんな風になっちまうんだろ」
「……」
「長門。俺さ、こんな日が来るなんて、ほんと、思ってもみなかったんだよ。それはずっと先のことだと思ってて、本当に、ほんとに……こんな風になるなんて、考えもしなかった。
その時になれば潔くなれるとか、そんなカッコつけたような、バカげた空想しててさ」
長門は動かずに、俺の三年分の心情吐露を、ただじっと聞き続けてくれる。
「でも、ちがうんだ。実際は全然、そんなことなかったんだよ……」
「…………」
長門の指先に、ほんのわずかな力が加わった。
俺はどうにかなりそうなのを無視する。
「俺はあの毎日が好きだった。
ハルヒも朝比奈さんもお前も古泉もいて、部室でゲームしながら茶飲んで、たまにハルヒが思いつきを実行して、俺たちはそれに振り回されて。
やれやれ、なんて言いながらさ、でも内心いっつも楽しみで。気付いたら、いつの間にかそれがちっとも嫌じゃなくなってて、楽しくなって、楽しくてたのしくて仕方なくて……長門、お前も解るだろ……」
長門は何も言わない。
しかし、カーディガンの向こうには、たしかな温もりを宿している。
こういう時、こいつがうまく言葉を選べないことは俺が一番よく知っている。だからその代わり、俺は長門を抱き寄せ、体温を共有することで、互いの伝達手段の代わりにした。
「ごめんな、長門。何かわかんねえけど俺……それくらいしか言えね、」
途中から言葉にならなかった。
俺はぼろっぼろに泣いて、三年分の憂鬱を丸ごとまとめたくらい泣いて、泣き続けた。
長門はただ、じっと俺を待っていた。背中に温かい両手を回したままで。
「わたしも」
長門は言った。俺ははっとして顔を上げる。
「わたしもあなたに謝りたい。わたしが記憶消去をためらわなければ、あなたが一人でこの一年間を過ごすこともなかった」
- 43 :
- 「長門……」
それはいいんだよ、もう。
「どうして消えなきゃならないんだよ……」
長門はふたたび消えかけていた。
今度こそ本当の終わりだ。光のせいか、ろくに前が見えねえじゃねえか。
くそ、ばか。しっかりしろ、俺の視力。もう二度と会えねえんだぞ。
何もかも。こいつがいなくなってしまえば、俺の記憶も、SOS団での日々も、五人の思い出も、すべてが幻となり、溶けてなくなってしまうんだ。
「どうしてだよ……」
色んな思いが混ぜこぜになった中で、俺は思う。思わずにはいられない。
もともと、世界はそんな風にできていない。
誰かの都合のいい空想みたいに、いつまでも心地のいい時間を過ごせるようには、この世界は作られていないんだ。
時が来れば俺たちはその都度、必要な場所まで自分の力で動かなきゃいかん。
それにはつらいことがたくさんある。現に今、俺はつらくてしかたない。できることなら、朝比奈さんや長門やSOS団と、いつまでも別れたくない。この先、これ以上楽しいことがあるかなんて解らないもんな。
しかし、歩き出さなきゃいけない。今がその時だ。それなのに、今までいくつもの決断をしてきたってのに、俺はやっぱり躊躇わずにいられない。
ここから、今すぐ胸張って歩き出すには、俺の高校生活はあまりに輝きすぎていた。
「長門。俺はきっとお前を忘れないからな」
決然と、半ばヤケクソになって俺は言った。声が、もうすっかりグズグズになってる。
「記憶を消そうが何だろうが、絶対に思い出してやる。朝比奈さんだってそうだ。全員揃ってこそのSOS団なんだからな。きっとだ」
「……………………」
長門は今までにない、表情ともいえないような、しかし無表情とは違う眼差しで俺を見て、そして――、
長門有希は消失した。俺の記憶と共に。
*
「……思い出せないわ、やっぱり」
そう言って、ハルヒは机にへばりついた。
春の太陽はすでに西に傾き、文芸部室には俺たちの影が伸びはじめていた。
互いに存在しない人物の記憶を持っていることの奇妙さに、俺とハルヒはその二人の存在を思い出そうとし、今日一日を費やしたが……やっぱり浮かんでこなかった。
「そろそろ帰らないといけないな」
「あたしが敗北を喫するなんて認めがたいわ」
- 44 :
- ハルヒは拳骨でどすんと机を叩く。かつてそこにあった『団長』の三角錐は、今は跳ねることもない。
「そうは言ってもな。俺だって何とかしたいさ」
そう言いながら、俺は何の気なしに部室を歩く。夕焼け色に染まった小さな一室は、地上でもっとも温かい場所のように思えた。
本棚の前で足を止めると、ぎっしり詰まった蔵書の中から、一冊のハードカバーを手に取った。当時読んだ覚えもないSF本だが、手に取ると、なぜだかそれはしっくりと手に馴染んだ。
パラパラとページをめくり、あるところで手が止まる。
そこには栞が挟まっていた。
花の模様が描かれた、どこにでもあるような栞。なぜか俺は気になって、その栞を観察した。裏にも表にも、何も書かれていない。
ん――?
俺は首を傾げる。
「はて。どうして何かが書かれているなんて思ったんだろうな」
俺は本を閉じると、元の位置に戻した。
帰る頃にはハルヒはすっかりしょげていた。
今日はひさびさにテンションマックス状態のハルヒを見ることが出来たが、反対にミニマム状態のこいつも見られた。いいんだか悪いんだか、俺には判断がつかない。
「結局解らなかったわね。ねえ、キョン。もしかして、あれって高校時代を通じてあたしたちの見てた夢だったのかしら。そんなことってあると思う?」
「夢か」
確かにそう言ってしまうのはたやすい。
この世にはまだまだ理解しがたい現象が数多く眠っているし、人類はたまにそうした未知の世界の辺境にまでその足を伸ばすことがある。
しかし、それは他の多くの人にとっては夢や幻と同じようなもので、結局何が真実かなど、誰にも解りはしない。
「きっとさ、転校しちゃって、それっきり連絡先も告げなかったのよきっと。その二人は」
ハルヒが自説を開陳した。さてどうだかな。望み薄な気もするね。それなら学校に記録が残らないわけないもんな。写真にまったく写ってないとこからしてもう変だろ。
「それもそうよね……ああもう! 今日は頭が全然回ってないわ」
ハルヒはまた元の調子に戻り、くしゃくしゃ頭を掻いた。いつになく無邪気な様子に、俺は気がつけばこんな風に言っていた。
「なあハルヒ。ここらでひとつ原点回帰だ」
「原点回帰?」
ハルヒはキョトンとしてこちらを向いた。
「SOS団はこの世の不思議を追い求めるのが活動の第一則だったよな。今俺たちを悩ませている難題は、まさしくこの世の不思議そのものだ。
今日の調査はあいにくうまくいかなかったかもしれないが、だからといって諦めたんじゃ、それこそ過去の俺たちに負けてると思わないか?」
そう言うとハルヒはウサギも目を剥く勢いで跳ね飛んだ。俺につかみかからんばかりの勢いで、
「何言ってんのよ。そんなわけないじゃない。あたしはあの日からずっっっと右肩あがりのウナギ登り、上昇気流の東証一部上場なんだからねっ!」
わっけわからんが。
しかし……そう、それでこそお前ってもんだ。
ハルヒは腕組みすると、どんな手を使ってでも勝とうとする戦国時代の悪大名のように、
「解ったわ。今後この件を調査しましょ。古泉くんも呼んでね。
ううん、それだけじゃないわ。谷口や国木田、鶴屋さんにあんたの妹も、阪中もコンピ研の部長も生徒会長も、みんなみんなみーんな集めて事情聴取してやるわ!」
びしっと夕焼け空を指差して言い切る頃には、すっかり来た時の調子を取り戻していた。
それでこそ団長ってもんだ。
じゃなきゃ、俺もヒラ団員として働き甲斐がないからな。
「キョン! ひさしぶりに競争しましょ、麓までダッシュ!」
「マジかよっ、スタートの合図くらいよな、おい!」
そうして、俺たちは懐かしい通学路を駆け下りていった。
春の夕日がやけに眩しかったのを覚えている。
俺のポケットには、あの本から抜き取った栞が入っていた。
折り曲げてしまわないよう、大切にしまいながら。
<了>
- 45 :
- なんとぴったりでした。以上です。驚愕楽しみですね、では。
- 46 :
- うむ、ここだと珍しい組み合わせだ。原作のネタを絡めつつ、出番があっても中身が出てきにくい超能力者の内面を上手いこと出している。
それだけに原作を読んでいないとピンとこない箇所もあるけど、想いの在処とかの表現は引きこまれるところがある。
少し駆け足になった部分があるのが残念だけど、冗長に進めるよりはむしろいい方向だな。GJです。
- 47 :
- 原点回帰か
いいね
面白かった
- 48 :
- おつかれー
なんとも切なくも前向きな終わり方ですね
しんみり
長門、朝比奈さんはいなくなり記憶も消去、古泉は疎遠になるのもありそうですね
キョンとハルヒもいい感じに落ち着いてますね、こんな感じになりそうかな
三年生のときに団活がないのはキョンに受験勉強をさせるためだったりしてね
- 49 :
- 乙
岡部は若い青年教師だよ(from憂鬱)
このSSの年齢設定だと、三十路に届いてるかどうか怪しいぐらい
少なくとも中年じゃない
それ以外はGJだった
また投下お願い
- 50 :
- ハルヒがヤクザの情婦になるSS読みたい
- 51 :
- そう、それが>>50の発した最初で最後の言葉であった
- 52 :
- GJ
キョン語りも実にスムーズでよかったよ
あと設定のせいもあるのか、懐かしさを感じずには居られないのもいい
面白かったよ
- 53 :
- GJ!!
この爽やかなしんみり感がいいなあ。
原作にも最終話があったら、こんな感じになるんだろうけど、
この後、ハルヒが神様パワーを復活させて、
SOS団を再結成してそうな終わり方がすばらしいです。
- 54 :
- ドS佐々木たん×キョンが好物です
- 55 :
- 情報統合思念体に命令されてヒューマノイドインターフェイスと人間の交配実験てことで
SOS団関係以外の男と援助交際紛いのことを繰り返してる内にキョンに見つかってバグる長門がみたい。
- 56 :
- >>55 即興で書いてみた
キョン「……長門、ちょっと話があるんだ」
長門「何?」
キョン「……いや、その、勘違いだったら、ものすごく申し訳ないんだが……、
なんて言うか、俺は一昨日の8時半時頃、たまたま駅前のラブホの前を通ったんだ」
長門「……そう」
キョン「……あ、あれはなんかの見間違えだよな?ハハハび、びっくりしちまったよ。
あまりにもあり得ない光景だったもんでな。
まさか、あんなおっさんみたいな奴とラブホの前でお金のやり取りなんかする訳ないよな。
いや、勘違いだと思うんだが、たしか先週もそんな光景を見た気がしてさ……」
長門「……それは見間違えや勘違いではない」
キョン「!!! そ、そうか。……いや、それが自由意志に基づくんなら別にいいんだ。
俺に人様の恋路にケチをつける資格なんて無いからな。
けど、なんて言うか、ほら、お前らってちょっとこう……純粋すぎる所があるだろ?
だから、まさかとは思うけど、なんかこう、
騙されてたりしたらとか考えちまって、ちょっとだけ心配になってさ……」
長門「……騙されるという概念には該当しない。あれは情報統合思念体の指令に基づいた
ヒューマノイドインターフェイスと人間の交配実験によるもの」
キョン「!!!!! 実験だと!?ふざけんな!!!
悔しくないのか!?思念体が何様だが知らんが、お前らは人間だろ!?
それが……何だって、あんなヤツが……」
長門「相手が誰Kaは、もn題ではなi。情報統合ね ん体の命令は絶対敵な拘束りょくを持つ」
キョン「長門!!無理すんなよ!!そういう時は泣いていいんだ!!」
長門「…………私は泣いてなどいない。これは涙腺と呼ばれる眼球保護のシステムにバグが発生しただけ。
私は正常わたしはせいじょうわtaしは……」
キョン「長門!悔しいんだろ!?言っちまえよ!
お前が望むなら、俺はハルヒを炊きつけてお前の親玉にケンカを売ってやる!!
喜緑さんと会長がラブホの前で自分が会計をするって言い張りながら痴話喧嘩をしてたんだぞ!?
お前は、腹黒コンブだけには、絶対に先を越されたくないって言ってたじゃないか!!」
- 57 :
- >>56自己レス
鬼緑さんはコンブじゃなくてワカメだったorz
>>保管庫管理人様
もしこれを収蔵されるのでしたら、コンブの所をワカメに換えてくださいorz
- 58 :
- その前に、意味がまったくわからない
- 59 :
- 援助交際なら長門より朝倉のほうがよくない?
長門に愚痴を聞いてもらって慰められる
カレーを食べながら泣いてる朝倉、黙って背中をなでる長門
喜緑さんと会長は援交なんかじゃないな
腹黒ワカメだし
- 60 :
- サタンをいつまで信じていたかなんてことはたわいもない世間話にもならないくらいのどうでもいいような話だが、
それでも俺がいつまでサタンなどという想像上の黒い怪物を信じていたかと言うとこれは確信をもって言えるが最初から信じてなどいなかった。
幼稚園のハロウィンイベントに現れたサタンは偽サンタだと理解していたし、
記憶をたどると周囲にいた園児たちもあれが本物だとは思っていないような目つきでサタンのコスプレをした園長先生を眺めていたように思う。
そんなこんなでオフクロがサタンにキスしているところを目撃したわけでもないのにハロウィンにしか現れないジジイの存在を疑っていた賢しい俺なのだが、
宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力や悪の組織やそれらと戦うアニメ的|特撮的漫画的ヒーローたちがこの世に存在しないのだということに気付いたのは相当後になってからだった。
いや、本当は気付いていたのだろう。ただ気付きたくなかっただけなのだ。俺は心の底から宇宙人や未来人や幽霊や妖怪や超能力や悪の組織が目の前にふらりと出てきてくれることを望んでいたのだ。
俺が朝目覚めて夜|眠るまでのこのフツーな世界に比べて、アニメ的特撮的漫画的物語の中に描かれる世界の、なんと魅力的なことだろう。
俺もこんな世界に生まれたかった!
宇宙人にさらわれてでっかい透明なエンドウ豆のサヤに入れられている少女を救い出したり、レーザー銃片手に歴史の改変を計る未来人を知恵と勇気で撃退したり、悪霊や妖怪を呪文一発で片づけたり、
秘密組織の超能力者とサイキックバトルを繰り広げたり、つまりそんなことをしたかった!
いや待て冷静になれ、仮に宇宙人や(以下略)が襲撃してきたとしても俺自身には何の特殊能力もなく太刀打ちできるはずがない。ってことで俺は考えたね。
ある日|突然謎の転校生が俺のクラスにやって来て、そいつが実は宇宙人とか未来人とかまあそんな感じで得体の知れない力なんかを持っていたりして、でもって悪い奴らなんかと戦っていたりして、
俺もその闘いに巻き込まれたりすることになればいいじゃん。メインで戦うのはそいつ。俺はフォロー役。おお素晴らしい、頭いーな俺。
か、あるいはこうだ。やっぱりある日突然俺は不思議な能力に目覚めるのだ。テレポーテーションとかサイコキネキスとかそんなんだ。実は他にも超能力を持っている人間はけっこういて、
そういう連中ばかりが集められているような組織も当然あって、善玉の方の組織から仲間が迎えに来て俺もその一員となり世界|征服を狙う悪い超能力者と戦うとかな。
しかし現実ってのは意外と厳しい。
実際のところ、俺のいたクラスに転校生が来たことなんて皆無だし、UFOだって見たこともないし、幽霊や妖怪を探しに地元の心霊スポットに行ってもなんも出ないし、
机の上の鉛筆を二時間も必こいて凝視していても一ミクロンも動かないし、前の席の同級生の頭を授業中いっぱい睨んでいても思考を読めるはずもない。
世界の物理法則がよく出来ていることに感心しつつ自嘲しつつ、いつしか俺はテレビのUFO特番や心霊特集をそう熱心に観なくなっていた。
いるワケねー……でもちょっとはいて欲しい、みたいな最大公約数的なことを考えるくらいにまで俺も成長したのさ。
中学校を卒業する頃には、俺はもうそんなガキな夢を見ることからも卒業して、この世の普通さにも慣れていた。
一縷の期待をかけていた一九九九年に何かが起こるわけでもなかったしな。二十一世紀になっても人類はまだ月から向こうに到達してねーし、
俺が生きている間にアルファケンタウリまで日帰りで往復できることもこのぶんじゃなさそうだ。
そんなことを頭の片隅でぼんやり考えながら俺はたいした感慨もなく高校生になり----、サタン=涼宮ハルヒと出会った。
- 61 :
- キョンがエロサイト巡回してたら画像掲示板に目線入ってるけど明らかに
ハルヒがハメ撮りされてる画像が投稿されてるのを発見してしまうのとか読みたい
- 62 :
- 「さあキョンさん!これを観るのです!」
「今度はなんだ?ん?ポータブルDVDプレーヤー?」
「その魚のんだような眼かっぽじるがいいです!ポチッとなっ」
「…」
「あれ?」
「何も映らんぞ」
「おかしいな、家を出るときは映ったのに・・・」
「見せてみろ。…なんだピックアップが汚れてるじゃないか。どれ、この綿棒でちょいちょいと・・・」
「へー、ほぉー」
「これでよし。どうだ?」
「…」
「?」
「かっ、勘違いしないでよねっ!べ、別にちょっとかっこいいななんて思ったわけじゃないんだからっ!」
「いいから要件を早くしてくれ」
「ちっ、相変わらずノリの悪いヤツ」
「なんか言ったか?」
「ポチッとなっ」
- 63 :
-
へへへ、今日もハルヒの子宮をトントンしてやるからなあ〜!
あああ、おっきいチンポきたあ〜っ!
あの傲慢ハルヒもクスリにはかなわんな、見ろよこのメス豚ぶり
は、はひい、私はみんなの精液便所でしゅう!
おら、便所なら便所らしくここにいる男全員のザーメン受け止めろや!
「こ、これは…」
「どうですか〜?あの涼宮さんが裏ではこんなことしてるんですよ〜?絶望したでしょ?」
「橘、おまえじゃないか」
「さあ佐々木さんのとこ・・・ってええっ!」
「いや、ええっ!て言われても」
「何言ってやがんです!どこからどう見てもクソビッチハルヒでしょう!」
「ハルヒはツインテールじゃないし」
「しまった!!!」
「いやだからしまった!じゃなくてな」
「う、うわああああああんんん!!!!」
「なんだなんだ?なに泣いてんだ?…まさかおまえ」
「ああそうだよ!そのビデオあたしだよ!ガチハメ録りだよっ!九曜さんがリ――ア…リテ―ィとかいうから!」
「橘…」
「痛かったよお!組織の連中ここぞとばかりにあたしの体をさあ!せめて外に出してって言ったのに!膣にだすし!
お尻の中にも出すし!しまいには全身におしっこかけられるし!見てよこの体!ゼブラの油性マジックで全身エロ
単語書き込まれて!一回百円ってなによ!あたしゃ夜店の射的かっての!」
「もういい、橘」
「ううう」
「辛かったんだな。俺にはこんなことしかできんがー」
「ちょ、キョンさん?そんなことしたら服が鼻水だらけに、きたないですよ」
「汚いもんか。俺は抱きしめたいからおまえを抱きしめる。おまえの綺麗な体をな」
「キョンさん…なんだろうこの感じ。すごい暖かさを感じる。今までにない何か心のぬくもりを」
「さて橘、このDVDくれよ」
「えっ」
「ズリネタにちょうどいいしな。無修正だし」
「えっ、えっ、ど、どうして」
「べつにいいだろ。ここに映っているのは公衆便女。ビッチには人権などないからな」
「ひ、ひどい!この外道!」
「うるせえよ缶ジュース以下の女」
「ひっ」
「ガバマン」
「ひゃっ」
「俺にもそのザーメンくせえケツ振っておねだりしてみろよ」
「ひゃあああ!イクゥウウ!」
「言葉だけでイクとは相当開発されたな」
「あ…ひ…」
「どれこのメス豚で一回ヌイとくかな」
「な…なにやってるんだい…キョン…橘さん…」
- 64 :
- 陰謀での橘はかっこいいのに
すっかりおかしないじられキャラにしか見えなくなっちゃたな
そこがかわいいから結果オーライだ
- 65 :
- SSでのいじられキャラっぷりは大袈裟なものが多いけどね
実際はもうちょっと普通
- 66 :
- ちょっとワロタw
キョコタンはこれ位いぢられてナンボだよなw
- 67 :
- きょこたんと藤原とのカップリングもいい
藤原はキョンが悪くいいすぎ
- 68 :
- 一人称小説の性質上、語り部の目線が真実に映りやすいからな。
藤原は別の登場人物いわく悪人ではないとのことだが、その人々から見ての話であってキョンにもそうであるという保証はないのがなんとも。
SSではキョンと同類の偽悪趣味者だったりむしろ正直者兼世間知らずのいじられ役が板についてきてるだけに本編でどんでん返しに期待したいかな。
- 69 :
- メモリーは渡してるし、誘拐事件も何かしていたでもなさそうだし
見た目が口の悪い悪人なだけだな、藤原
いままで悪役は朝倉ぐらいだからこれからの活躍に期待するな
- 70 :
- http://imepita.jp/20101224/461520
驚愕追記
総ページ数600ページ近く
谷川と編集で編集作業段階
イラストは前のカバーイラスト
詳細は1月29日Webや書店店頭など
世界13か国で翻訳され発売
- 71 :
- 追加
前後編で5月25日同時発売
- 72 :
- ごwwwwがwwwwつww
何考えてんのwwwww
- 73 :
- どうせ数週間前に急遽発売延期で適当なスピンオフとか発表するんだろ
- 74 :
- ハルヒ関連に限らずもう角川関連は信用してない
- 75 :
- 投下します
20レス程度
- 76 :
-
いきなりだが、「シュレーディンガーの猫」という名称のついた、とある科学の思想実験を
ご存知だろうか。
詳しい解説をするだけの知識は俺には無いのだが、簡単に言えばそれは箱に入れた猫の生存
確率について考えるという内容らしい。
科学の授業で教師からこの話を聞いた時、俺はこう思った。
もしシュレーディンガーの猫を箱から出した時、仮に猫が生きていたとしたなら……今後の
餌やトイレをどうするかといった問題が生まれ、動物愛護団体から苦情が来るのだろう。
逆に、不幸にも猫がんでしまっていたならば、埋める場所の問題と、やはり動物愛護団体
から苦情が来るのだろう。
思想実験の趣旨からしても科学に興味を持って欲しい教師の意図からしても、この話に対し
てそんな現実的な事を考えて欲しかったのではないのは解ってはいる。
だが、今の俺にとってはその現実こそが問題なのだ。
何故なら俺は――シュレーディンガーの箱を開けてしまったのだから。
Love my cat
秋の深まりも既に最深部へと到達したらしく、雪が降らないだけで既に季節はもう冬なので
はないかと疑わざるをえない寒さが街を覆っていた――十一月最後の休日の事だった。
誰に頼まれてもいやしないのに、その日も当たり前の行われたSOS団恒例不思議探索は、
文字通り無事、つまりは何の収穫も無く終わりを迎え。
「じゃあ、本日はこれで解散!」
成果が無かったにしては妙に機嫌が良かったハルヒの号令により、俺達はそれぞれ家路を急
いでいた……のだが、俺は現在、ついさっき解散したばかりの駅前の広場へと向かって自転車
を走らせている最中だったりする。
何故かって? それはだな、
「……あっ。キョンくん」
駐輪場に自転車を止めた俺に向けられる天使の微笑み。そう、誰あろう朝比奈さんによるメ
ールで呼び出されたからである。
広場から送られるその蕩けそうな視線に、彼女の元へと辿り着いた時にはもう七割ほど蕩け
てしまっていたんじゃないだろうか。
目元がどうにも緩みそうになるが、まずは謝罪だ。
「すみません、遅くなりました」
- 77 :
- 朝比奈さんからのメールが届いたのは約二十分前。俺がそれに気づいてここに戻るまでの時
間を考えると、朝比奈さんは既にこの寒さの中で三十分ほど待たされている事になる。
頭を下げる俺に
「いえ、そんな。あたしこそ急に呼び出しちゃってごめんなさい」
まるで自分が加害者みたいに謝る朝比奈さんだったが、とりあえず聞かねばなるまい。
「それで……また何かあったんですか?」
俺を呼び出した理由、まあ……大体の予想はついてるんだけどな。
「え?」
あ、いやほら。朝比奈さんが俺を呼び出すとなれば
「またハルヒ関係で何かあるんですか?」
これまでの経験則で言えば、どちらかといえば愛らしい天使でしかない朝比奈さんの副業で
ある未来に関わる何かで呼ばれたと考えるべきだろう。
これは気にしなくてもいい事なのかもしれないが、朝比奈さんは未来に関わる事で俺に何か
を頼む事に抵抗というか……その、申し訳ないといった感情が先に立つ様だし、ここは一つ俺
から聞いてあげようと思ったのだが……。
ゆるゆると朝比奈さんは首を横に振り、
「今日は違うの。あの、えっとね? 呼び出した後にこんな事を言うのはどうかなって自分で
も思うんですけど……」
何やら言葉を選んでいるらしい、悩ましげな朝比奈さんのお姿で目の保養をしていると、
「……キョンくん。この後、何か予定ってありますか?」
え?
「あの、もし何も無かったらなんですけど……一緒に、その……一緒に何処かへ、遊びに行き
ませんか? ……なんて」
いよいよ俺の脳はやばいらしい、まだ目は覚めてるはずなのに幻聴が聞こえ始めたぞ。
とりあえず、自分の耳を引っ張ってみる。……寒いせいかやけに痛い。
ついでに叩いてみる、衝撃と鈍い音が接触回線で脳内に反響。よし、正常動作を確認。
とまあ、エラーチェックとデフラグに忙しかった俺を
「……」
朝比奈さんは何かを待つような目で見上げていて……って、え、今の……まさか?
無意味に周囲を見回して、近くを歩いていた人に奇異の視線を向けられた頃になってようや
くこれが現実なのだと気づいた時、遅ればせながら俺の心臓はその鼓動のサイクルを高め始め
ていた。
- 78 :
- 思考停止。
概念として聞いた事はあるものの、実際に体験するのはこれが始めてで間違いない状況に陥
っていた俺を動かしたのは
「だめ……ですか?」
掌に収まりそうな子猫を連想させる、朝比奈さんの切なげなお顔だった。
「大丈夫です! あの、今日の予定とかぶっちゃけ丸っきり覚えてませんが、朝比奈さんのお
誘いは俺的最優先事項で間違いないので問題ないです。はい」
後先考えずに俺がこう答えたのは、もはや規定事項である。
もし、仮に何か予定があって俺がそれを忘れていた事を悔やむとしても、だ。
「ありがとう……よかったぁ」
今の貴女の微笑みだけで十分にお釣りがきます。いえ、それどころか利息で家が建ちます。
以前、彼女が俺に教えてくれた話によれば……朝比奈さんはこの世界の人とはデート、又
はそれに類する行為をしてはいけないらしい。
それなのに何故、今日はハルヒに関する用事でも無いのにこんなお誘いをしてくれたのか。
「……あの、どうかしましたか?」
見上げる視線に混じる、可愛らしい疑問符。
「いえ、何も」
その疑問を聞いてしまうほど、俺は愚かで野暮ではなかった。
過去の類似事例を考えればすぐに解る事だろ? 物語のヒロインの謎に関わる部分を詮索す
れば、結果としてそれは悲劇を招く事になる。グリムが絵本を通して読者に伝えたかったのは、
多分そういう事なんじゃないだろうかね。
既に日は落ち、今は太陽の変わりに街路灯が照らす歩道を、俺と朝比奈さんは当てもなく二
人で歩いていた。
ちなみにそうしたいと言ったのは朝比奈さんで、その真意は不明。不明でいいのである。
冷え切った大気は体温を奪うだけの不快な物でしかないはずなのだが、
「……」
俺の腕にそっと添えられた朝比奈さんの手、彼女の手が俺に触れている理由がこの寒さだと
考えれば、全くもって深いなどではない。むしろ、シベリア寒気団にもっと頑張れとエールを
送ってやりたいくらいだぜ。
とまあ、かるく本気で地球温暖化を憎んでしまった俺だったが、
「っくしゅん!」
コートの袖に隠れて朝比奈さんがくしゃみをした途端、掌を返して温暖化頑張れ! と心の
中で叫んだのは言うまでも無い。
- 79 :
- 「あの、俺のコートも着ますか? それともどこかに入りましょうか」
自分のコートを脱ごうとする俺を慌てて止めながら、
「ありがとう。でも、大丈夫ですから」
そうは言いますが、貴女の顔は鼻を中心に薄っすらと赤くなっていて、それはそれで可愛く
てたまりませんというかなんというか。
すぐ隣をのんびりと歩く朝比奈さんを、もう建前とかどうでもいいからこのまま抱きしめて
しまおうかとかなり本気で考えつつ、僅かに残った理性で俺は寒さを凌げそうな場所がないか
目で探してみた。
周囲に立ち並ぶのはオフィスビルばかり……か。ビルの入り口に立ってる警備員に事情を話
しても、ビルの中には入れてくれないだろう。俺が警備員だったら迷う事無く入れるんだが。
ファミレスでも喫茶店でも何でもいいから何かないか、そう思いながら辺りを見回している
と――不意に、何かが俺の胸元に触れた。
それが朝比奈さんの手で、胸元に添える様に出された手と一緒に彼女の身体が俺の目の前に
あって、つまりは一方的にとはいえ彼女と抱き合っているといっても過言ではない状況に、今
の自分があると……え、これやっぱり夢?
気が付いたらまた自分の部屋でベットの上から落ちてるのか?
例えそうであるにしろ、少しでもこの夢が長引いてくれと、今まで信じた事もない神に本気
で祈っていた時、
「……暖かい」
朝比奈さんの声が自分の身体を通じて聞こえてきた瞬間、色々と壊れてしまった気がする。
理性とか常識とかこれまでの関係とか、今まで大事にしてきた物が一気に色褪せて……気が
付けば俺は、朝比奈さんの身体を抱きしめていた。
コート越しに感じる華奢な感触、その奥から押し返される至高の柔らかさ。今だけでもいい、
この人を自分の物だけにしたいと思った誰を責められよう。
――正直に言えば、それは俺の本心というか本音だった。欲しい物は欲しい、人間は欲望で
出来ているのだから。
でも、俺じゃこの人とは釣り合うはずがない。それに、仮にロマンスの神様が気紛れを起こ
して奇跡が起きたとしても、絶対に超えられない「時間」という名の壁が、俺と朝比奈さんと
の間にはある。
そんな現実が存在する事も、悲しい事に心の何処かで解っていたんだ。
車道を走る車のライトが何度も通り過ぎた頃、
「……急にこんな事して、ごめんなさい」
朝比奈さんは俺の腕の中で、照れ笑いを浮かべながらそう言った。
可愛かった、すんげー可愛かった。
俺がこれまでに見てきた朝比奈さんの中でも、それは最高の笑顔で間違い無かったね。もち
ろん脳内フォルダに名前を付けて保存もした。
でも、その微笑を前に不思議と心は冷静になっていて、
「朝比奈さん。あの……今日は、どうしたんですか?」
形だけは笑顔を浮かべつつ、馬鹿な俺は絵本の主人公がする自分が不幸になる質問をしてし
まった。
少しだけ、解った気がする。物語の主人公がどうして不幸な結果を自分から選んでしまうの
か。あれはきっと、幸せすぎる状態が崩れる事が怖がってしまうからなんだと、俺は思う。
- 80 :
- 朝比奈さんは少し困った顔をした後。
「……今日は、もうちょっとだけキョンくんと一緒に居たかったんです」
その言葉を信じてあげたくて、俺はまた笑顔を作った。
でも……すみません。
本当は俺、知ってるんです。朝比奈さんは嘘をつく時、時々視線を下に向けてしまうって事。
まるで、何かから逃げてるみたいに。
ハルヒに対してバレバレな嘘をつくとき、彼女はいつもそうしていた。
子供っぽいその癖は、大人の朝比奈さんにも言える事で……。
「……」
沈黙を守る俺から俯く振りをして――そっと視線を落とした彼女を見た時、それまで幸福で
しかなかった胸に、小さく痛みが走った気がして――不意に、自分の口から出ていた言葉。
言うつもりなんて無かったはずの言葉。
……間がさしてしまった、としか言いようが無い。
「朝比奈さん。俺……以前、古泉から聞いた事があるんです」
「え?」
「朝比奈さんが俺好みの外見なのは、実は未来の人が俺に取り入る為なんだって」
いくらなんでもおかしいですよね、そんなのって。
そう続けるつもりだった。「そんな事ないです」と、否定して欲しかった。
だが、現実って奴は思っていた以上に厳しいものだったらしく、
「なっ何で古泉君がそれをっ……ぁ」
朝比奈さんの顔に浮かんだ表情……最後まで聞かなくても解ってしまった。
行動へと繋がる経緯は不明なままなのに、先に与えられた真実。
結果俺の顔に浮かんだのは、笑顔とは呼べない苦笑いだった。
「あのっ! あ……あの!」
いえ、いいんです。その……。
「朝比奈さんは、悪くないです」
意図しない内に抱きしめていた手は、また意図しない内に外れていて、離れた事で失ったの
は温もりだけではなかった気がした。
……まるで、胸に鉛の塊を埋め込んだ様な不快感。それが自分の不用意な発言のせいなんだ
って事は解ってるつもりなんだが。
「……ごめん、なさい……」
「謝らないで下さい。その、気にしてませんから」
部室の天使である朝比奈さんは未来人である。
- 81 :
- 彼女がここに居る理由、それはハルヒを監視する為。つまり、彼女は仕事の為にここに居る
だけのこと。
他の誰でもない、それを打ち明けられたはずの俺がそれを都合よく忘れてたって……ただ、
それだけの事ですから。
「……キョンくん、あの!」
今はただ、彼女の声が、顔が、視線が、痛い。
「すみません、本当。俺変な事言って。……ごめんなさい!」
慌てて頭を下げ、そのまま後ろを向いて走り出していた。
行き先なんて何処へでもいい、今はとにかく彼女から離れたい。
風の音に混じって、背後から何度か名前を呼ばれた気がしたが……今だけは幻聴だという事
にした。
――翌朝、というか深夜を過ぎて自宅に帰りついた時にはもう、自分がやってしまった事が
どれ程馬鹿げた事なのか気づいていた。
仲がいいと思っていた友達が、実は仕事で仲良くしていてくれただけ――よくよく考えるま
でもなく、この件に関して朝比奈さんに非など無い。勝手にそれを本当の好意だと俺が勘違い
していただけの話だ。もし自分が逆の立場であれば、色々と言いたい事も言えないで友人付き
合いをさせられたら相当のストレスだろう。
それに、こんな事はわざわざ本人に確認するまでもなく、ちょっと考えればすぐに解る事だ
ったんだ。ハルヒに対する朝比奈さんの怯えた様な態度、あれが彼女の仕事故の行動だとする
なら、その周辺に居る人間にも仕事として付き合っていると考えるのが普通だ。
それに気づいたくらいで、まるで自分が傷ついたみたいな態度を取っちまった俺が全面的に
悪い。むしろ、気づいていながら平然としていた古泉の方が大人の対応なんだろう。
何て言って謝ればいいんだ……これ。
月曜日の朝、いつになく憂鬱な気分で学校へと辿り着いた俺は、自分の下駄箱の中に小さな
封筒が入っているのを見つけた。
宛名は無し、本文は――ん?
昼休み。
吹奏楽部の部室でもある、音楽室の横の防音室。
音楽の授業中か放課後でもなければ静まり返っているその場所は、防音加工が必要なのかと
思うほどに静まり返っていた。
ノックをしても意味がない、か。
分厚い扉を前に上げていた手を下ろし、ノブを引くと――誰も居ない、か。
探すまでも無く、部屋の中は整頓されていて無人である事は一目で解った。
『お昼休みに防音室まで来てくれませんか?』
一見すると朝比奈さんであろう字で書かれていたこの手紙が、誰かの悪質な悪戯という可能
性は否定できないが……まあ、待ってみるしかないだろう。
壁際にあった椅子の一つに座りつつ、俺は差出人が現れるのを待つ事にした。
窓が無いせいで照明をつけているのに薄暗く感じる室内は無音で、壁にかかった時計の針の
音だけが響く事無く耳に聞こえてくる。
- 82 :
- それから十数分が過ぎ、退屈だから携帯で何かしていようかと考え始めた頃、廊下への扉が
開き始め
「……あっキョンくん?」
窓すらない分厚い扉の向こうから姿を見せたのは、今日も愛らしい朝比奈さんのお姿だった
んだが……
「ど、どうも」
変に意識しちまってるせいで、いつもみたいに喋れなかった自分が少し疎ましい。
朝比奈さんの視線が、壁にかかった時計、自分の腕時計、そして俺の顔へと慌しく移動を繰
り返した後、
「えっ? あ、あの。もしかして、お昼ご飯、食べないで来てくれたんですか?」
え? ええ、まあ。
時間指定が昼休みってだけだったので、遅れないようにって思って。
「ごめんなさい!」
勢いよく頭を下げる朝比奈さんの後ろで扉がしまり、廊下から入り込んでいた小さな喧騒が
閉め出され、部屋の中には再び静寂だけが残った。
……。
何となく、居心地の悪い沈黙。
用件を聞く前に先に謝ってしまおう。
「昨日は、その」
「本当にごめんなさいっ! あの、謝っても許してなんか貰えないと思うんですけど、でもど
うしてもキョンくんにはそう言いたくて」
あ、いや、その。
二度三度と繰り返し下げられる朝比奈さんの小さな頭に、続けて言おうとしていた言葉を忘
れてしまった俺は呆然としていて
「キョンくんは、いつだってわたしに優しくしてくれて……ずっと、ずっと守ってくれてたの
に、こんな…………こんな、う、裏切るみたいな事を……」
「あ、朝比奈さん?」
俯いた彼女の声に涙が混じっているのに気づいて、慌てて俺は彼女の言葉を遮った。
「いやほら、全然気にしてませんから。本当。それに朝比奈は悪くないって事くらいちゃんと
解ってますし、それが仕事でも仲良くしてもらえただけで、俺としては十分に幸せすぎるって
言うか」
顔を上げた朝比奈さんの目に光る物が、俺を更に焦らせる。
な、何かまずい事言ったのか? 俺。
「ちゃんと朝比奈さんが未来人だって事解ってますから、ね? お仕事じゃ仕方ないですよ」
だから、昨日の事は忘れて……まあ、もしそれが出来ないのであれば全部保留って事にして、
これまで通りの関係でいましょう。
- 83 :
- これが最善の選択肢、そう俺は思っていたのだが。
「……キョン……くん。ふ、ふぇぇ」
俺が言い終えた後、彼女の目に溢れていく涙は加速度を増してしまい、ついには決壊した涙
腺から涙が零れ始めてしまうのだった。
あ、いや……その。
かつて我が家の愛猫が人の言葉を喋っていた時の妄言じゃないが、言語による意思疎通の不
便さを思い知った気がする。
いったい彼女は俺に何を望んでいるのか。
その時の俺は、本気でそれが知りたかった。
――放課後の部室。
普段よりも早く部室を訪れた俺は、何時もの様に古泉相手に、机上で無益な争いを繰り広げ
ていた。
部室には俺以外に長門と古泉の姿しかなく、メイド服が残されたままって事はどうやら朝比
奈さんはまだ来ていない様だ。
さて、いったいどんな顔で彼女と顔を合わせればいいのか……。今日ほどここに来るのが憂
鬱だった事は無い。
「今日は、何だか元気が無いみたいですね」
ん、そうか? ……まあ月曜だしな。
週の初めから元気な奴なんてそうは居ないだろ。せいぜいハルヒと谷口くらいだ。
曖昧な返答を返す俺をじっと見ていた古泉の口から、
「……ああ、そうそう。昨日の事何ですが」
続いて出てきた言葉に、俺は動揺を隠しきれていたかどうか自信が無い。
下手に喋らない方がいい、そう思って黙っていると
「機関として貴方にお礼を言わせて下さい」
礼だと?
「ええ。昨日の不思議探索で、貴方は涼宮さんとペアになったでしょう?」
クジの結果そうだったが。
「お二人がどこで何をされていたのかは詮索しませんが、結果だけで言えば涼宮さんの精神状
態はこれまでに観測された事の無いレベルで安定し、現在もそれは続いています。正直な所、
ここ最近の涼宮さんは多少退屈されていた様ですので……機関として何かすべきなのか、それ
とも刺激しない方がいいのかと、上層部では連日連夜議論が絶えなかったんです」
「……何ていうか、他にやる事が無いのかよ。お前の上司ってのは」
「結果として、我々は危険な賭けに出る事も無く目的を達成できた訳です。ここはお礼の一つ
でも差し上げるべきなのでしょうが、生憎と僕の権限では何も出来ませんので、感謝の言葉で
それに代えさせて下さい」
お前に何か貰っても嬉しくねえよ。何か裏があるんじゃないかって不安になるだけだ。
「ごもっとも、ですね」
営業スマイルを崩さないまま、古泉は机上に凡庸な手を続けていく。
時々考える事がある。これはこいつの最善手なのか、それとも相手が俺だから手加減してい
るのか。
それは聞くまでも無いというか、聞いた所で信じるだけの確証がない事なんだが……。
「……なあ、古泉」
「はい」
既に大局は決していて、後は適当に王を追い詰めるだけの消化試合に入っていた盤上の駒達
を眺めつつ、
「お前って、機関の人間としてここに居るんだよな」
ふと、そんな事を聞いていた。
「どうしたんですか? 急に」
別に。ただ何となく確認しておきたかっただけさ。
- 84 :
- クラスの女子が見れば歓声でもあげそうな、お決まりの営業スマイルを作った後、
「そうですね……涼宮さんによって連れて来られた事がきっかけではありますが、貴方の仰る
通り、僕は古泉一樹という一個人としてではなく、機関の一員としてこの場所に居るといった
方が正しいでしょう」
古泉は台本でも読むかの様にそう言い切った。
「だろうな」
そうだろうなとは思ってたよ。
「ですが、それが全てだと言い切れるほど、僕は仕事熱心ではありませんよ」
おいおい。
「正義の味方がそれじゃ困るな」
顔を上げて半眼で睨んでやると、古泉は苦笑いを浮かべつつ
「ええ、確かに。ただ……涼宮さんや貴方。長門さんや朝比奈さんと、ただの友人として接し
たいと思っているのも嘘ではありません」
俺と長門を順に眺めながらそう言った。
あのなあ、古泉。
「個人である前に機関の一員だとか言った後に、そんな事を言われて信じられると思うか?」
それも含めて演技だって思うのが普通だと思うぞ。
どう考えても笑う所では無いと思うのだが、古泉は肩を震わせて笑みを見せつつ、
「さあ、どうでしょうね。僕としては互いの背景を理解した上で、そこに新たな関係を築く事
は出来ると思うのですが」
新たな関係ねぇ……。
溜息で返答は濁したが、古泉が言う事は不可能な話ではない、それは経験則で解っている。
「……」
今も無言のまま、会話に参加する素振りも見せないで読書を続けている長門。あいつとの関
係は、ある意味自分が宇宙人だと打ち明けられたあの日から始まったんだと思う。
古泉にしろ朝比奈さんにしろ、それは同じはずだ。きっと。
一向にまとまろうとしない思考に捕らわれていると、
「――ちょ、ちょっとみくるちゃん? どうしたのよその顔」
廊下に響いたハルヒの声に続いて、
「あ……涼宮さん」
落ち込んだ様子の朝比奈さんの声が聞こえてきた。
「まるで泣きはらしたみたいに真っ赤じゃない。何かあったの? 誰かに虐められたとか?
もしそうならあたしに言いなさい? 生まれて来た事を後悔するくらい仕返ししてあげるから」
「えっ? あ、あの違うんです?」
何となく、廊下がある壁の方を見たくなくて、俺は既に日が落ちつつあった窓の外へと視線
を逃がしてやった。
「……朝比奈さんと何かあったんですか?」
無駄に鋭い古泉の問いかけは、まあ無視しても良かったんだが。
「いーや。何も無い」
適当に返した返事は、やけに自分の耳に残るはめになった。
……そう、元々何も無かったんだよな。
翌朝、再び下駄箱の中に入っていた手紙。
それは前日と殆ど同じ内容だったのだが、違う場所が一つだけ。
『お昼休みに、ご飯を食べてから防音室まで来てくれませんか?』
- 85 :
- また差出人は書いてなかったが、朝比奈さんで間違いないな。これは。
指示された通り弁当を胃に詰め込んでから、気乗りはしないものの指定された防音室へと向
かうと、
「き、昨日は取り乱しちゃってごめんなさい!」
扉を開けた先で待っていた朝比奈さんは、俺の顔を見るなり頭を下げてそう謝るのだった。
いや、そんな謝らないでください。
「俺の方こそ、変な事言っちゃったみたいで」
――あれから色々考えてはみたものの、結局何が原因で朝比奈さんを泣かせてしまったのか
は謎なままなんですけどね。
特に気にしないまま扉を閉めた途端、廊下から聞こえていた喧騒が遮断され、今更なんだが
自分が朝比奈さんと個室で二人っきりになっている事を意識してしまう。
鍵は開けたままになってるにしても……なあ。ここはやっぱり、少しだけでも扉を開けてお
いた方がいいんだろうか? 健全な高校生関係的に。閉まったままの扉を見ながら、そんな事
を考えていると、
「あの……もう、だめ……なんでしょうか」
え?
「わたしと一緒に居るのは、もう……嫌ですか?」
落ち込んだ様子の朝比奈さんを前に、俺は務めて明るい口調で口を開いた。
「まさか。そんな事あるはずないですよ。朝比奈さんの考え過ぎです。ああそれと、朝比奈さ
んの仕事で必要な事なら、俺で出来る事ならこれまで通りちゃんと協力します」
だから、何も心配しなくていいんですよ。
「キョンくん……」
「もし、他のみんなには言えないハルヒの事とか仕事での愚痴とかあったらいつでも言って下
さいね。もちろん、誰にも秘密にしますから」
朝比奈さんの良き理解者でありたい、全てはそう思っての発言だった。
そして、それこそが朝比奈さんが俺に望んでいる事なのだと思っていたんだが……。
「あ……朝比奈、さん?」
昨日と同様。俺が喋れば喋るだけ、朝比奈さんの顔は悲しげに曇るだけだった。
どうかしたんですか? あ、もしかして体調が悪いとか。
朝比奈さんは顔を伏せたまま首を横に振った。
「……違うんです……そうじゃないんです……ごめんなさい、本当にごめんなさい」
そう呟いた後、朝比奈さんはふらふらとした足取りで部屋から出ようと歩き始め――部屋の
入り口の側に立っていた俺の横を通り過ぎ、扉に手をかけた所で立ち止まった。
ここで俺が何か言うと、また朝比奈さんを傷つけてしまうのではと思えて何も言えないでい
ると、静かな室内に朝比奈さんがすすり泣く声が数回響いた。
そして、急にその場で振り向いた彼女は何も言わないまま俺に向かって走りよってきて――
気づけば彼女の身体は、俺の胸の中に収まっていた。
胸元に添えられた小さな手が俺のシャツを握っていて、その手から伝わってくる震え。
見上げる彼女の目には、大粒の涙が既に溢れてしまっていた。
「あの、俺また何か変な事を言っちゃったんなら謝り」
「何でも……します」
流れる涙を拭おうともしないまま、縋る様な目で彼女は俺の言葉を遮る。
「何でもします。だから、だから……許してください」
スピーカーから響き始めた昼休みの終わりを告げる予鈴が響く中、彼女は俺を抱きとめたま
まそう呟くのだった。
今日はもう、授業が始まっちゃいますから。
そう言い残し、朝比奈さんは俺を残し一人部屋を出て行った。
……はぁ……解らん。まるで理解できない。
今になって考えてみても、俺が言った事は朝比奈さんの希望に沿っているとしか思えないの
に、何でまた朝比奈さんを悲しませてしまう事になっちまったのか……。
ここまでくると、男は火星人で女は金星人なんだと思って付き合えってのは意外と大袈裟で
はないのかもしれん。
- 86 :
- 迷宮入りが確定してしまった悩みを前に一人溜息を付いていた俺だったのだが、
「何でも……します」
つい数分前、胸元で囁かれたその言葉が、延々と頭の中でリピートされていた。
……とりあえず、授業だな。これ以上ここで一人で居たら自分が何を考え始めるか解らん。
廊下へ出て扉を閉めようとした時、俺は明日もまたこの部屋を訪れる事になる気がした。
いや、そうであって欲しいと心のどこかで期待しているんだと思う。
ついさっき俺に抱きついていた朝比奈さんの感触、じっと俺を見る彼女の目、いきなりの事
だったからさっきはされるがままだったが……再び同じ状況に置かれたら、俺は冷静でいられ
るのだろうか。
そんな事を考えつつ自分の教室へと向かって歩いていた時、階段の踊り場に差し掛かった所
で、俺は廊下の向こうで立ったまま俺を見ている生徒が居るのに気づいた。
見覚えの無いその生徒は、もうすぐ授業だってのにじっと俺の方を見つめている。
最初は吹奏楽部の部員か何かが、部室から出てきた部外者である俺を見て不審に思ってるの
かと思ったんだが、
「……」
そいつが、何処かで見た覚えのある営業スマイルを浮かべて立ち去っていくのを見て、俺は
思い出していた。俺と朝比奈さんの関係がギクシャクしてしまった元凶、映画の撮影中に古泉
が俺に言った「朝比奈さんは俺を篭絡する為に、か弱い少女を演じている」という。聞きたく
もなかったあの話。
あの話の中で古泉は、俺の知らない水面下とやらでは、数々の勢力が人知れず争っているの
だと言った。
そして、その一つに自分達も含まれているのだと。
さて……いったい俺はどうするべきなんだろうな。これはある意味運命の分岐点、というか
かなり大きな選択肢だと思う。
その日の夜――早々と寝る準備を終えた俺はベットに寝転び、自分の中で膨らみ続ける妄想
に対して延々と自問自答を繰り返していた。
悪いが、妄想の内容については黙秘させてくれ。今はまだその段階じゃないんだ。
仮に、全てが俺の予想通りでこの計画が成功したならば……俺には絶対に手に入れる事が出
来なかったはずの物が手に入る事になる。
しかし失敗すれば、これまで手にしてきた物を間違いなく全て失ってしまうだろう。
もちろん、賭けに出ないって手も残されてはいる。
……普段の俺なら、そもそもこんな勝負に出る事なんて考えもしないんだろうな。
平凡で平穏こそが望ましい、他ならぬ俺自身がそう望んできたんだから。
今でもそれは変わらないはずなのに、一向に消えようとしないどころか、時間が経つにつれ
て大きくなっていくこの感情は――多分。
俺はベットに寝転んだまま携帯に手を伸ばし、深夜だと解っていたが電話をかけていた。
――もし、繋がらなかったら。
そう考えるまでもなく電話は繋がった。
「はい、古泉です」
「……やけに出るのが早いな」
殆どワンコール、電話が掛かってくると解っていたとしか思えない速さなんだが。
「たまたま携帯を持っていたので」
そうかい。
「……なあ、古泉」
「はい」
「俺と取引をする気はあるか」
「取引……ですか?」
ああ。
「貴方から僕にそんな提案をするなんて驚きですね」
待て。
「その割には声が全然驚いてない様だが」
「いえいえ、本当に驚いていますよ? これぞ正に、驚天動地ですね」
……顔を見ずに済む電話にして正解だったな。
- 87 :
- 「長電話の趣味は無いから手短に済ますぞ。俺がお前に頼みたいのは――」
「すみません。出来れば何処かで直接会って話せませんか? この会話は盗聴されている可能
性を否定できません」
さらりと怖い事を言うな。
「まあいいから聞け、俺の頼みってのは簡単だ。……見て見ぬ振りをしろ、出来るなら見ない
ようにしろ。以上だ」
俺の現状を知らなければ、この言い方で全てが解る奴なんて居ないだろう……それに、もし
古泉に何の心当たりも無いのなら「何の事か解らない」と聞くはずだ。
数秒間の沈黙の後、携帯電話から聞こえてきたのは
「それで……僕はどんな対価を頂けるんです?」
全てを解っていると言いたげな、いつもの自信に満ちた古泉の返答だった。
「お前に一つ頼み事を聞いて貰ったって事実だけじゃ不満か」
――今度の沈黙は、さっきより短かった。
「申し分の無い条件ですね。解りました、商談成立です。ああ、それと……僕に取引を持ちか
けてくれたお礼と言っては何ですが、貴方が動きやすい様にこちらでもいくつか手を打ってお
きましょう。あくまで内密に……ね」
おい待て。
「こっちにはもう他に払える物は無いぞ」
お前が何を考えてるのかは知らんが、無い袖は振りようが無い。
「いえいえ。あくまでこちらがサービスでする事ですので、どうぞお気になさらないで下さい」
やれやれ……俺はハルヒと違ってただより怖いものは無いって思ってるんだがな。
早速準備に取り掛かりますので――そう言って古泉は電話を切った。こんな時間にいったい
何をするつもりなのか……ま、考えるだけ無駄か。
通話を終えた携帯を机の上に置き、再び天井を見上げる。
古泉にあんな曖昧な言い方で話をしたのには三つ理由があった。一つは誰かに聞かれている
かもしれないから。まあ、これは古泉が盗聴だとか言い出したから思いついただけだが。
もう一つの理由は、さっきも言った古泉が何も知らなかった場合の為。さっきのあいつの口
振りからしてその可能性は低そうだ。
そして最後の一つは「あれは冗談だ」と言って計画を止めにするという選択肢を残しておく
為だった。臆病者でもチキンでも、好きに呼んでくれて構わない。自分でもそう思っている。
人事は尽くした……後は明日を待つだけ。
夜が明けるのが待ち遠しいのか、そうではないのか、自分でもよく解らなかった。
――翌日、やはり下駄箱に入っていた手紙。もう内容は言わなくても解るだろう。
やれやれ……計画は順調に進んでいるってのに、気分は一向に晴れそうに無い。むしろ悪く
なっていく一方だ。
胸ポケットに簡単に収まったその小さなその手紙が、今日はやけに重い。
完全犯罪を企む犯人ってのはこんな気分なんだろうかね。経験者にはなれそうにないから解
らんが。
あまりに順調すぎるから何か邪魔でも入ればいいのに――そんな事を考えていたのが原因だ
ったのだろうか。
「来月に実施される生徒会選挙だが、その準備に各クラスから作業員を出す事になった。人員
は既に決められているから、各自、昼休みが終わる前にこのプリントに書かれた場所へ遅れな
い様に行ってくれ。午後の授業は作業が終わってから出ればいい」
神様はどうにも捻くれているらしく、まともに俺の願いを聞いてくれる気はないらしい。
HRの後に貼りだされたA4紙、そこには各部活の部室の名前が作業場所として列記されて
いて……防音室の横に、俺の名前があった。
タイミングといい場所といい、いくらなんでもこれが偶然なはずがない。
思ってたとおり、この前廊下で俺を見ていた生徒は機関って連中の関係者で、古泉は全てを
知ってるって事だろうな。
これがあいつの言ってたサービスって奴だとすると……まあいい、後で何か厄介事を頼まれ
そうな気もするが、今は素直に感謝しておくとしよう。
- 88 :
- その後――何事も無く授業は進み、何事も無く正午を向かえてしまい、何事も無く弁当を食
い終えた俺は、防音室の前まで辿り着いていた。
閉まったままになっているこの扉の向こうで、恐らく朝比奈さんは既に待っているのだろう。
それは……やはり仕事の為なのか、それとも違う別の理由があるのか。
扉のノブに手をかけたまま、誰も居ない廊下の奥へと視線を向ける。
そこには誰の姿も見えない。
ここが最後のチャンスだと思いますよ?
心の中でそう問いかけて暫く待ってみたが「彼女」が姿を現す事は無く――俺は、溜息と共
に扉を開いた。
「……キョン、くん……」
どうも。
どうやら、かなり前から朝比奈さんは俺を待っていたらしい。
部屋の隅に置いてあった椅子に座っていた彼女は、俺の姿を見るなり立ち上がって……顔を
伏せてしまった。
既に泣き終えた後らしく、彼女の目は赤く染まっている。
いつもの俺であれば、そんな彼女の姿を見れば平常心を維持できるはずもないのだが
「それで、用件って何ですか」
あえて感情の無い声で、俺は朝比奈さんにそう聞いていた。
「……な、何度も呼び出してしまってごめんなさい……」
「別にそれはいいですよ。用件さえ聞かせてもらえれば」
まるで、俺の退屈そうな声に質量があるみたいに、返答を聞いた朝比奈さんの身体は震えて
いた。
怯えているのか……それともこれも演技なのか、中々話を始めようとしない彼女から視線を
逸らし、壁に掛かった時計を確認していると
「あ、あのっ! あの……わたしの事、許してもらえないでしょうか」
焦るような響きの朝比奈さんの声が、響く事無く消える。
許すも何も……ねぇ。
「何度も言いましたけど、俺は朝比奈さんが何か悪い事をしたなんて思ってないですから。古
泉にしろ長門にしろ、俺以外はみんな仕事で来てるんです。気にしないでください」
職業に貴賎はありません、胸を張っていいんですよ。
予想していた通り、彼女の顔は俺の言葉で暗く曇っていった。
「……あの……ぅっ……こ、こんな事を今更言われたって……信じてなんかもらえないと思う
ん、です、けど……」
ついには涙が混じり始めた朝比奈さんの声、
「キョンくんは……キョンくんはわたしにとって……仕事とは関係なく、大切な……本当に大
切な友達なんです。本当なんです……信じて、下さい」
哀願する彼女はとても愛らしく、むしろ飾り物の様にすら感じられる。
大粒の涙に遮られながら伝わってきた言葉に、俺は声を出さずに笑った。
「今のも、仕事だからですよね」
お仕事ご苦労様です。
「ちっ! 違いますっ! そんな……」
彼女の目に浮かんでいるのは驚愕……というより失望だと思ったのは考えすぎだろうか。
俺はわざと肩をすくめて見せて、
「朝比奈さんの言葉をそのまま信じてあげたいって、俺も思ってます……でも、それは無理で
しょう」
適当な足取りで彼女に近寄りながら、俺は言葉を続けた。
「貴女の仕事の一つは、俺を篭絡する事なんですよね? だったら、今のも仕事の内だと思い
ますよ、普通」
朝比奈さんに「大切な友達」だなんて言われたら、男子なら誰だって篭絡されます。
実際、俺もされてましたしね。
- 89 :
- 「キョンくん……じゃあっ、わたし、どうしたら……」
――目の前に辿り着いた俺を見上げる朝比奈さんは、今俺が考えている事をそのまま打ち明
けたらどんな顔をするんだろう。
軽蔑しますか? それとも、声を上げて逃げ出しますか。
試してみたい気もするが、それよりも今は違う欲求が勝っている。
喉を鳴らしながら泣いていた彼女の頭に、そっと俺は手を乗せた。
緩やかなカーブを描く彼女の前髪が、小さく揺れる。
「あ……」
許します。何て言うと思いましたか?
「朝比奈さん」
「は、はいっ」
「朝比奈さんは、俺にどうして欲しいんですか? 許して欲しいって言われても、そもそも俺
は貴女の事を責めてるつもりは無いんです」
彼女の顔に戻っていた笑顔は、一瞬陰ったが
「あ……あの。前みたいに、仲良くして貰えたら……わたしの仕事とか未来の事とかじゃなく、
その……」
うまく言葉に出来ないのか、彼女は焦った顔で俺を見ている。
「一人の女性として、って事ですか?」
「は、はい!」
なるほど、よく解りました。
「じゃあ、一つだけ約束して下さい」
「約束、ですか?」
ええ。
じっと俺を見つめる彼女の瞳を見つめつつ、告げる。
「言えない事は言わなくていいですから、俺に嘘をつかないで欲しいんです」
よく考えてから返答した方がいいですよ? と、俺が心で忠告する中、
「はいっ! 約束します!」
あっさりと彼女は頷いてしまった。
なんていうか、やっぱり朝比奈さんは朝比奈さん何ですね……としか言いようが無い。
笑顔を作った俺に朝比奈さんは微笑み……そっと伸ばした俺の手が、彼女の頬に触れ
「あ……あの」
戸惑う彼女の頬を軽く掴み、まずはその感触を味わう事にした。
ふにゃん。
朝比奈さんの頬はつるつるとした感触で柔らかいのに弾力があるというか、まるで新しく作
られた新素材みたいな触っていて飽きない感触だった。
「い、いひゃ……いひゃいれす……」
摘まれるままになっていた彼女は、歪んでいるのに可愛らしいとしか言いようの無い顔で俺
に苦情を言うのだった。
ま、頬はこれくらいでいいか。
摘んでいた手を離し、開放された事に朝比奈さんがほっと息を付く中――俺はそのまま手を
下ろして朝比奈さんの胸に触れようとしたのだが、
「あ、あの? 何を……するんですか?」
その手は彼女の手によって今度は阻まれてしまった。
- 90 :
- 俺を見る訝しげな目。
何って、そりゃあもちろん
「触ろうかと思って」
「どっどこをですか?」
見れば解りませんか。
「朝比奈さんのおっぱいですけど」
とりあえずは。
「えええっ?!」
払いのけてもいいのに、朝比奈さんは俺の手を掴んだまま目を丸くして慌てている。
今は考える時間をあげない方が良いいだろう。
「朝比奈さんは、俺に一人の女性として見て欲しいんですよね?」
さっきそう聞いた覚えがあるんですが、違いますか?
「そ、それは……こ、こういう事じゃなくて……その」
真っ赤な顔で口篭る彼女に聞こえる様、わざと大きな溜息を一つついた後、
「朝比奈さん。昨日、何でもするって言ったの……あれは仕事だからだったんですか? それ
とも、その場凌ぎの嘘ですか?」
予め用意しておいたその言葉を告げた。
……正直、少しも罪悪感を感じなかった自分に驚いてたね。残念ながら、思っていたよりも
俺は善人って奴ではなかったらしい。
「ちっ違います!」
「じゃあ、この手を離してくれますよね?」
「……」
軽く摘む程度の力しか残っていなかった彼女の手は、やがておずおずと離れて行った。
本人の許可も得た事だし……さて。
夢の中でしか触れた事の無かった朝比奈さんの胸に、俺はそっと上から手を添えた。
数枚の被服を介して、至上の柔らかさが俺の手に伝わる。
「……」
まだ軽く手を乗せただけだが、朝比奈さんはじっと俺の手を見つめて怯えていた。
その姿を見ていて……ハルヒが朝比奈さんを虐めたがる理由が、少し理解してしまった気が
する。これは癖になりそうだ。
あくまでそっと、形を確かめるように緩やかな湾曲にそって手を這わせ、下部から持ち上げ
るように押上げてみると、ずしりとした重量感が掌に伝わってくる。
……何キロあるんだ?
同量の宝石より価値のあるその重みを楽しんでいると、そっと目を開いていた朝比奈さんと
目があった。
- 91 :
- 「……」
彼女の目を見る限り、そこにはもう怯えは感じられない。かといって怒っているのでもなく、
どちらかといえば困惑といった感じで、今も俺の挙動をじっと見守っているだけだ。
彼女と目を合わせたまま、その柔らかな膨らみに指を食い込ませると、掌の面積からすると
明らかにオーバーサイズのそれは力を入れる度に面白い様にその形を変えた。
制服とブラジャーらしき感触の向こうから感じるその柔らかさに、密かに自分の下半身に篭
っていた熱がリミットを迎えたのが解る。正直な所、この場で二三度擦り立ててやれば自分の
下着を汚していただろう。
昨日の夜と今朝に弾倉を空にしてなかったら、既に暴発していた可能性は高い。
しっかし、まさか俺が始めて触るおっぱいが朝比奈さんのだとはねぇ……世の中何が起こる
か解らないな。
「いっ…………あの、ちょっと……痛いです」
途切れがちな苦情も無視して、俺はいずれミス太陽系代表へと選ばれるであろう彼女の胸を
思う存分揉みまくっていた。
指で押せばどこまでも沈むのに、あっと言う間に戻ってくる。その大きさも素晴らしいが、
弾力もまた凄いとしか言いようが無い。至高の感触に満足しつつも、服の上からではなくこの
胸を直接触ってみたいと思うのは男のサガ……まあ、それはまだ先にとっておくとして、だ。
先端部にあるはずの突起については、残念ながらブラジャーによってその位置は特定出来な
いが……でもまあ、多分この辺なのだろうと思われる場所を、グラビア雑誌の知識を頼りに指
でなぞっていると、
「…………」
気づけば朝比奈さんの苦情は止まっていて、彼女はじっと目を伏せてしまっていた。
諦め、とは違う表情をした彼女は、今はその愛らしい唇を小さく開き、細かな息を不規則に
繰り返している。
それは俺の指の動きに連動していて……試しにそれまで撫でていた部分を強く抓ってみると、
「ひぅっ!」
目を閉じたまま、彼女は小さく体を震わせた。もう一度、今度はさっきより少しだけ弱く抓
ってみると、
「……」
今度は声は出さなかったが、逃げようともせずに朝比奈さんはじっとしているだけでいる。
朝比奈さん? そんな風に目を閉じているとですね、俺がこんな悪戯をしても気づけないん
ですよ。
彼女の瞼を気にしつつ、俺は朝比奈さんのスカートへと片手を伸ばしてみたのだが……そう
だな、ここはやはりこうした方がいいんだろう。
あえてその手を止め、豊か過ぎる胸からも手を離し、俺は彼女から離れてさっきまで朝比奈
さんが座っていた椅子の上へ座った。
「朝比奈さん、ここまで来てください」
ようやく目を開いた彼女は、言われるまま俺の前へと歩いてきて
「……」
じっと次の言葉を待っている。
椅子に座った今、俺の正面には呼吸に合わせて上下する朝比奈さんの胸があり、ついさっき
まで自分の欲望のままになっていたその部分を、俺は暫くの間眺めていた。
- 92 :
- 手を伸ばせば届く距離にそれはあったのだが、
「……」
あえて今は見るだけにしておいた。
――自分でも意外なんだが、実際に相手に触れる事よりも、こうして朝比奈さんを意のまま
にする事が楽しくて仕方が無かった。
それは、汚してはいけない存在を貶める背徳感……って奴なのだろうか。
自分の中で天使とまで思っていた人にこんな事をしているんだから、それは強ち間違いでも
ないのかもしれない。
何も言わず、じっと朝比奈さんの胸を見ていると……彼女に小さな変化が起きている事に気
づいた。
さっきまでは俯いてただ恥ずかしそうだった朝比奈さんだが、今は何故か潤んだ目で俺を見
つめていて、小さく開いたままの口から時折、吐息が漏れる音が聞こえてくる。
その目は何を言いたいんですか?
俺は自分の口元が緩むのを隠そうともせず、彼女の目を見ながら
「自分でスカートをたくしあげて貰えますか?」
次の指示を下した。
躊躇うような素振りの後、彼女は静かに頷き
「……はい」
小さな呟きの様な返答の後、彼女の両手がスカートの端をそっと掴む。
その手がゆるゆると上がっていく間も、
「…………」
朝比奈さんは俺の顔をじっと見つめていて、そこには戸惑いとは違う表情が浮かんでいた。
これまでずっと見たいと思っていて、叶わなかった朝比奈さんの秘密の場所。数秒後、純白
の下着が俺の目の前に現れた。
レースで縁取られた小さな布切れ、この生地の奥を想像して自分を慰めた経験のある男子生
徒の数はどれ程になるだろうか。
もちろん、その中に俺の名前が常連として含まれているのは言うまでも無い。
「朝比奈さん」
「……はい」
「今、恥ずかしいですか」
当たり前だとは思うが、あえて聞いてみる。
すると、
「は……恥ずかしい、です」
そう答えながらも、彼女は下着を隠そうとはしなかった。俺の言葉を愚直に守り、自分の下
着姿を晒して立っている。
俺の視線を意識しながら、じっと。
- 93 :
- 自分の口角が上がるのを感じつつ、
「もう少し、上にたくし上げて下さい」
そう注文をつけながらも、俺の視線は彼女の顔に向けられたままになっていた。
「……はい」
愚直に俺の指示を守る彼女の口から、零れる息――その息よりも熱そうな視線が、じっと俺
に向けられている。
「次は何をすればいいんですか?」
自分に都合のいい解釈でしかないが、俺には彼女の目がそう言っている気がした。
そんなに焦らないで、もう少し楽しませてください。
余裕と共に朝比奈さんの下着姿を楽しんでいると――無音だった防音室の中に、スピーカー
から予鈴の音が聞こえてきた。
「あっ……」
スピーカーと俺の顔とを交互に気にしている朝比奈さんとは違い、古泉の配慮とやらの御蔭
で俺は時間を気にする必要は無い。
朝比奈さんだって、恐らくは授業のエスケープを問題にしない程度の工作は出来るだろう。
俺の予想があっているのか、朝比奈さんは困った様な顔でこちらを見るだけで、部屋を出て
行こうとはしないでいる。
さて……と。
俺は椅子から立ち上がり、スカートを持ったままで止まっていた朝比奈さんの手を握った。
「……」
何かを期待するような視線を感じる。多分、それは間違いじゃない。
それが解っていたのに……いや、解っていたからこそだな。
「じゃ、明日もまたこの時間に」
朝比奈さんの手からスカートを外し、俺はあっさりとそう告げた。
やがて、予鈴の音が途切れ、再び沈黙が部屋に訪れる。
その時、彼女の顔に浮かんでいたのは安堵でも不満でも無く、
「…………はい、わかりました」
頷きながらそう呟いた彼女の顔を、俺は前にも見た事があったんだ。
これで良かった……いや、これでいいんですよね? 朝比奈さん。
朝比奈さんと別れ、誰も歩いていない授業中の校舎を一人歩きながら、俺は暫くその姿を見
ていない大人の朝比奈さんの事を考えていた。
彼女が俺と始めてあったあの部室、彼女はそこで自分の星型の黒子の話をフライングで教え
てくれたり、部室の中を懐かしんだり、白雪姫というヒントをくれた。
俺の妄想のきっかけはそれだ。
言うなればこれは、強くてニューゲーム。
――教室へ向かっていたはずの足はいつの間にか寄り道をしていたらしく、気づけば俺は部
室棟の階段を上っていた。
当然ながら無人の階段を上り、やがて見えてくる見慣れた部室の扉。
そう、俺はここで大人の朝比奈さんと始めて会ったんだ。
- 94 :
- 彼女は未来から来た人――通俗的な言い方をすれば未来人であり、これから起きる出来事を
知っている存在。
その知識は万能って訳じゃ無いんだろうが……少なくとも、自分の記憶に関してはある程度
正確なはずだ。
『キョンくん……久しぶり』
顔中に喜色を浮かべて駆け寄ってきた彼女。触れた手。
『…………会いたかった』
あの時会った彼女は、全部知っていたはずなのだ。
過去の自分がハルヒに何をされるのか、そして……これから俺にどんな事をされるのかを。
そして、一つだけと言って教えてくれたヒント。
『白雪姫って、知ってます?』
今ならば解る、あれは嘘……ではなく、彼女は俺にもう一つヒントを残していたんだ。
別れ際に告げられた言葉、
『最後にもう一つだけ。わたしとは、あまり仲良くしないで』
また会いたかった、仲良くして欲しくない。
謎でしかなかった矛盾する二つの言葉の意味。自分が仕事として俺と付き合っていた事を知
られてしまう過去を覚えているはずの彼女が、何故そんな事を言ったのか。
つまり、それはそのままの意味だったのだろう。
彼女は俺にまた会いたくて、仲良くしないで欲しかった。
「……そうですよね? 朝比奈さん」
何となく、部室の扉に向かってそう呟いていた。
当然返事が来るはずもなく――特に理由は無いままに扉を開けてみようとして、止めた。
ここにまた大人の朝比奈さんが居るはずはないし、彼女に聞く事は出来なくても……俺には
その答えを知る方法があるのだから。
そう、今この時代に居る朝比奈さんとの時間を進めていくだけでいいんだ。
扉に背を向けて歩き出した時、俺の顔に浮かんでいたのは……さて、どんな顔だったんだろ
うな。
少なくとも、朝比奈さんにとって自分が仕事の目的の為に付き合っていた相手だと知ってし
まった悲しみではなかったはずだ。
自分の欲求を満足させられるであろう期待だけってのも違う気がする。
それらが全く存在しなかったって事は無いんだが……そうだな、あえて言うならそれは期待
だった。
- 95 :
- これまでとは違う、朝比奈さんとの新たな関係を始める。期待するなって言われても、それ
は無理だと言わざるを得ないね。
なんせ、俺は箱の中の猫がどうなっているのか既に知っているのだから。
さて……明日は朝比奈さんにどんな事をしようか。
今日みたいな内容がいいのか、それとももっと積極的な方がいいのか。
現実に成り代わってしまった妄想は尽きる気配も無かったが……考えるまでも無く決まって
いる事が一つだけある。
そう、それは元々考えるまでもなく最初からそう思っていて、ただ自分の中で再認識しただ
けの規定事項。
仮に、この蜜月とでも呼ぶのが相応しい時間が終わってしまったとしても、だ。
――いずれ訪れる別れの日まで、あの愛らしい人の傍に居ようと、俺は思っている。
〆
- 96 :
- ここを見てくれてる人みんなへ
拙い出来ですがプレゼントSSでした
来年もまた投下しに来ますので、よろしくお願いします
- 97 :
- なんかイイカンジの朝比奈さんだな
色っぽい
- 98 :
- うむ、ここだと珍しい組み合わせだ。原作のネタを絡めつつ、出番があっても中身が出てきにくい超能力者の内面を上手いこと出している。
それだけに原作を読んでいないとピンとこない箇所もあるけど、想いの在処とかの表現は引きこまれるところがある。
少し駆け足になった部分があるのが残念だけど、冗長に進めるよりはむしろいい方向だな。GJです。
- 99 :
- いい感じに終わってくれてよかったよ
中頃から怖かったし
みくるは仕事で来てるけど裏表はないとおもうしね
落ち着いてるキョンもいいね
さりげに古泉がかっこいい
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