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2013年05月エロパロ502: 無口な女の子とやっちゃうエロSS 十言目 (107)
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無口な女の子とやっちゃうエロSS 十言目
- 1 :2012/04/16 〜 最終レス :2013/04/18
- 無口な女の子をみんなで愛でるスレです。
前スレ
無口な女の子とやっちゃうエロSS 九言目
http://pele.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1294555443/
過去スレ
無口な女の子とやっちゃうエロSS 八言目
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1248348530/
無口な女の子とやっちゃうエロSS 七言目
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1228989525/
無口な女の子とやっちゃうエロSS 六言目
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1218597343/
無口な女の子とやっちゃうエロSS 五言目
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1203346690/
無口な女の子とやっちゃうエロSS 四言目
http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1198426697/
無口な女の子とやっちゃうエロSS 3回目
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1191228499/
無口な女の子とやっちゃうエロSS 2回目
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1179104634/
【隅っこ】無口な女の子とやっちゃうエロSS【眼鏡】
http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1155106415/
保管庫
ttp://wiki.livedoor.jp/n18_168/d/FrontPage
・・・次スレは480KBを超えた時点で・・・立ててくれると嬉しい・・・
・・・前スレは無理に・・・消化して欲しく無い・・・かも・・・
・・・ギリギリまでdat落ち・・・して欲しく・・・無い・・・から・・・
- 2 :
- 新スレが立った事は主張する
- 3 :
- 前スレラストGJです!
ていうか、お久しぶりです。
絵麻かわいすぎて悶えるww
続きも楽しみに待ってます。
- 4 :
- それと、>>1スレ立て乙です。
- 5 :
- 即回避? に適当に書いてみたもの
エロなしオチなしの3レスです
少し季節遅れをご容赦ください
- 6 :
- とある放課後。
俺が所属する文芸同好会は本日、部長判断で自由参加の日である。
何か用事があるとのことだったが、つまり休みということだ。
けれども旧式のオフラインとはいえ、PCを自由に使えるということで、俺は少し時間を潰しに来た。
部室を開けて、PCの電源入れて、キーボードをカタカタと始める。
誰も来ないだろうと思ってのんべんだらり浸っていたら、物音。
「…あ、宇津伏先輩」
女の子の声がして、見ると後輩の砦さんが立っていた。
「こんにちは」
「…こんにちは」
どちらかと言えばぼそっと元気のない感じの喋り方だ。
普段、そこまで大人しい訳じゃなくて、周囲と談笑しているのも見かける。
ただ、俺にはあまり馴れ馴れしくはしてこない。
「今日は自由参加だから、部長とか来ないと思うよ」
「…はい」
彼女は暗いとか嫌味っぽい人当たりではない。
ノリの良い子も周りにいるから緩和されているのかもしれないが、彼女は彼女で個性のある、可愛い後輩と思っている。
「……」
それ以上何か言う訳でもなく、バッグを置いて自分のデスクに座る。
ここから会話は多分、ないな。俺から話しかけていかない限りは。
「こういう時にも来るってことは、文章書くの、好き?」
PC越しに訊いてみる。
「…まあまあ、です」
「なるほどね」
続かないが。
二人きり、それも真面目な子と一緒だとなかなか開放的にはなりにくい。
30分ほど経つと俺は液晶から離れ、イスには座ったまま、うーんと伸びをした。
血行を良くする為のストレッチ方法、的なものが壁に貼ってある。
修学旅行の時、飛行機の中で見たものと似ている。
さて、後輩の手前なのでこんな調子だが、後は何しようか。
原稿書いたり編集したりもするが、わざわざ部室を開けたのは、単にここが居心地良いからだ。
「?」
イスが鳴って、彼女が立ち上がった。
どこかに行くようだ。荷物は持っていないから、野暮用だろう。
「…少し、図書館まで出ます」
「いってらっしゃい」
軽く頭を下げてから引き戸を閉め、ガラスの枠から退場した。
また一人か。誰にも気を使わなくて良いところだが。
そういや、リコーダーがあったな。
暇を持て余した俺々の遊び、リコーダー。
別に上手いという訳じゃないので、何度か指の押さえ方とか調整しつつ、音を出す。
吹くのは音楽の時間にネタで練習していた、梁邦彦「Menuet for Emma」だ。
文芸同好会部長こと法正明日希はアニメ好きの同級生である。
それで、部員らと家に呼ばれた時に見せてもらった。
リコーダー演奏って素敵だよね。素朴な感じが。
――
良い調だ。
っと、間違えた。
「ふぅ」
周りに人がいたら、きっと気が散らせて仕方ないだろう。
ではこのくらいにするか。
「?」
ふと、引き戸の方を見ると、何か人影が動いた気がした。
- 7 :
- 後輩が戻って来たのはそれからすぐだった。
がらがらぴしゃりといった感じで、また二人きりの空間だ。
縦笛遊びを聴かれていただろうか? そう考えるとやや恥ずかしい。
「じゃあ、俺も少し、出かけます」
「…お気をつけて」
どっかのアニメのメイドみたいな返事をしてくれたのが面白かった。
入れ替わるように部室を出て、今は静かになっている廊下を歩く。
何てことはない、用を足しに行くだけだが、変な意味でなく意識はしていた。
普段俺と特にやりとりはない彼女だけに、こう二、三と言葉を交わせただけで新鮮なのだ。
俺みたいな人は、こういう些細なことに幸せを見出してこそ人生を楽しめるというもの。
対して、例えば昼休みの賑やかな時間と比べれば、人の気配のない廊下の奥行き。
現在が夕方だからということもあるが、心理的なものも手伝って肌寒いと感じる。
「ふー」
手を洗うと、水道水が冷たい。
暦の上では春も過ぎているが、まだ安定して暖かくはなってこない。
一進一退しながら芽吹く時を待つ、という感覚かな?
くだらないことを一人で考えながら、特に他に画期的な用事は思いつかない為、部室にUターンする。
さっきは彼女が、引き戸を開けるまで戻って来たことに気づかなかった。
俺だったら、足音とかで気づかれるんだろうか。
ならば、こっそり戻っていきなり入って、果たしてどんな反応をされるのか。
遊び心でそれを実行に移した。
抜き足差し足、ガラス枠から見えないように、腰を低くして回り込んで、そして、がらがらっと。
「…!!」
思わず思考が空白になった。
彼女は何故か俺の席に座っていて、リコーダーを咥え、今にも息を吹き込もうとしていた。
そして、それらしい現場を目撃されたことで、まず慌ててみせるかと思いきや、割と冷静なのか。
いや、瞬時に諦めを悟ったのかもしれない。そっと口から離しただけだった。
「……」
言葉選びとタイミングを間違うと事態が悪化しそうで、慎重になって声が出せない。
目の前で、彼女は青ざめたまま硬直している。
間接キスだ。
つまり、そういうことをしたかったんだろうか。
それとも他に突発的な理由でもあるのかもしれないが、俺の想像の及ぶところではない。
ただとりあえず、敬遠されている訳ではなさそうで、それだけはホッとした。
「……」
しかしどうしたものか。
立ち尽くしているのも居た堪れないし、かといって、そこ俺の席だから、とも言い辛いし。
そうだ、俺も彼女の席に座ってしまえば良い。
それでおあいこだ。多分文句は言えまい。
苦し紛れでも早くどこかに落ち着きたかったし、咄嗟に思いついたのがそんなところだ。
「っと」
腰掛ける。
足元にバッグ、デスクの上に文庫本と原稿のコピーが置かれた、彼女の席。
人の領域に居座るのは、少し落ち着かない気がするし、本人が目の前にいる。
お互いに影を踏んづけているような感じだ。
別に、適当に空いている所にでも座れば良かったのに、よく考えたら何をしているんだろう。
これは、言葉を交わさないまま、心理的に退けない状況を自ら選んでしまったのかもしれない。
彼女にこのまま触らず、帰してしまえば、ギクシャクしたものが後を引くだろう。
だから、シンプルに”逃げ場を塞いだ”という感じか。
「……」
人のリコーダーを勝手に、本人がいない時に使う――。
何かやましいことがあると思うのが自然で、その理由を聞く機会くらい欲しいのだ。
勿論、今すぐに問い詰めれば早いんだが、責めるようにはしたくない。
彼女が今もこうして、何も言わない無口さんだからこそ、少し待ってみたい。
- 8 :
- こつ、と固い物同士が当たった音がする。
どうやら、デスクにリコーダーを置いたようだ。
ここから直接彼女は見えない。同じ空間にはいるが、お互いに視界には入らない。
「……」
少し黙っていたかと思うと、小さく、深呼吸の息遣いがした。
こと、とまた音がする。
そして、次に飛び込んできた音は、低い”ド”の音。
開き直ったんだろうか、彼女はもう一度俺のリコーダーに口をつけ、息を吹き込んだようだ。
調律でもするように音を鳴らし、また一呼吸。
――
俺が遊びで吹いていた曲を、真似るように奏でてみせた。
それも目立った粗がなく、良い具合に力の抜けた、滑らかな演奏。
何と言うか、お上手だった。
やがて、俺が間違えたところまで来たら、そこで止める。
「……」
やっぱり、彼女は聴いていたんだな。
「……あの」
そのタイミングでいきなりくるとは思わなかった。
「ん?」
「……好きです」
スキデス?
「…私も、この曲」
ああ、曲のことか。
主語が無かったから、愛の告白かと思った。
「俺も好きだよ」
好きだから吹いただけ、か。
分かる気がする。
人と共通の興味があると、何となく嬉しいと思える。
「……はい」
何となくぼんやりしたまま納得したというか、曖昧で良いような気持ちになってしまった。
彼女に興味はあるが、別に変なことを期待している訳ではない。
どちらかと言えば、気難しそうに感じていた彼女の、こう、何だろう。
一風変わった自己主張が見られたことが思いがけず、つい和んでしまったというのかな。
「…あの、先輩」
「ん?」
「……勝手に使って、ごめんなさい」
表情は分からないが、声が謝ってきた。
「別に良いよ。それにしても、リコーダー、上手いね」
「…そうですか?」
「うん、思わず聴き惚れるくらいに上手」
すると、何かホッと息を吐いたのが聞こえた。
「…先輩は」
まだ何か続けるみたいだ。
「…先輩は、私がこういうことするの、似合わないと、思いますか?」
”こういうこと”とは何を指すのか、文章中から抜き出せ――国語の問題によくある。
でも口頭のニュアンスとなれば、もっと複雑だ。
「似合わないかもね。でも、似合う必要は別にないと思うよ」
「…え?」
「だって、俺が砦さんのことを、よく知らなかっただけなんだから」
なんちてな
- 9 :
- >>5
乙です
ミステリアスな後輩さんとのこそばゆい距離感が良い雰囲気でした
こちらも前スレの後編を投下いたします
- 10 :
- (承前)
俺は彼女を抱いたまま家に戻った。
只今を告げても、誰も応えない。
親父は既に家を出たようだ。
俺は絵麻を下ろして、まだ水分の滲む靴を苦労しながらも脱いで行く。
「取り敢えず、お前は先に風呂入ってろ。
俺は適当に服を取ってくる」
下着とかを勝手に漁るのは気が引けたが、俺も彼女も大して気にはしない、だろう。
鼻を啜りながら、靴と靴下を脱ぎ終えて裸足で居間へ向かおうとした所で、袖を引っ張られる。
「絵麻?」
大きめな瞳が、俺を真っ直ぐに見ている。
俺を誘っている。
何に? 勿論風呂に、だ。
一緒に入ろうと、そう言う事だ。
単に、凍える俺を見かね、かと言って俺が絵麻を置いて先に暖まる等と言う事態を受け入れないだろうと見越した故なのだろう。
他意は無い、と思う。
けれど、非常識だ。
男と女が一糸纏わぬ状態で狭い空間に同伴する意味が絵麻に判らぬ筈も無いだろう。
況して、俺が彼女をそう言う眼で見ている事は、彼女も知っている。
だから、そんな申し出は辞退するべきなのだろう。
ほんの十数分、暖房の効いた部屋で、彼女が風呂から上がるのを待っていれば良い。
けれど――――
けれど、彼女の瞳が、否、きっと自分自身が、互いのぬくもりを求めている事に気付く。
俺は、結局それを断ることが出来なかった。
*
- 11 :
- 家の風呂の湯船は、少し広めだ。
二人並んで入れる程ではないが、二人向き合って横にずれ、脚を反対方向へ伸ばせば、なんとか体が収まる。
そんな格好で、俺と絵麻は向き合って湯に浸かっていた。
勿論、何も身に着けずに。
俺はさっきからずっと、顔を逸らしてタイル張りの壁に意識を集中させていた。
ちらりと絵麻の様子を伺うが、彼女の方はいたって平然としている。
どうしようもなく、視線がその下の白い乳房に吸い寄せられそうになり、俺は慌てて視線を元に戻した。
静寂。
温かい湯の感触。
そして、左足に当たるすべすべした感触。
落ち着かない。
「ヤスミ」
唐突に、絵麻は呟いた。
「ドキドキしてる?」
「当たり前だろう……」
つと、絵麻が右腕を伸ばす。
少し赤くなった掌が、俺の胸に押し当てられる。
「ほんとだ」
目を閉じて、俺の鼓動に集中する絵麻。
「ドキドキしてる」
少女は、手を伸ばせば届く距離にいる。
そして、左手で俺の腕を取って、そのまま彼女の胸に導いた。
「いいよ」
ぎょっとしている俺に、絵麻は微笑みかける。
「触って」
導かれるままに、彼女の胸の中心に掌を当てた。
穏やかな、ささやかな、あたたかな鼓動。
もっと確かめたい。
もっと近くに感じたい。
俺は衝動的に、身を乗り出して、絵麻の細い躯を抱き締めていた。
華奢な肩から、水滴が滴る。
絵麻も、そっと腕を俺の肩に絡ませて来た。
あたたかい。
そのまま、二人じっと抱き合ったまま。
静かだった。
何故か、心はひどく落ち着いていた。
このままずっとこうしていたいと、そんな事だけを考えていた。
「私も」
腕の中で少女は、小さく呟く。
「ヤスミのこと、すきだよ」
何が大切かなんて、難しく考える必要ない。
目を閉じて、抱きしめてあげれば、きっと判る。
前に彼女がそんな事を言っていたのを思い出す。
「ああ」
だからこの腕の中の存在がどれ程大切か、それを噛み締めながら。
この小さなぬくもりが潰えてしまう事が無いよう、願いながら。
「ありがとう」
強く、強く、俺は絵麻を抱き締めた。
*
- 12 :
- ――――――――
真夜中、時計の短針が真っ直ぐ左を示す時間。
白熱灯が灯る洗面所。
少女は、カミソリの刃を傷一つない左手の指に押し当てていた。
いつから始めたか、ずっと続けている確認作業。
簡潔に言うなれば、痛覚のテスト。
指に刃を捻じ込み、爪を引き剥がす。
翌朝までには体内のウィルスが綺麗に治癒している。彼女の他誰にも感づかれることはない。
それを良い事に、少女は何十回と自身の指を破壊してきた。
そこまでしないと、彼女は痛みを思い出せない。
それなのに、その痛みでさえもだんだんと薄れてしまっている。
だから、いつも確認していないと気が済まない。
少女は意を決し、刃を握る手に力を込めた。
白い肌に先端が入り込み、ぷつ、と赤い滴が浮かび上がる。
突然、横から大きな手が伸びて、少女の右手を掴み上げた。
*
嫌な予感はしていた。
最初は、偶に夜更けごそごそと歩き回って、変だな程度にしか考えていなかった。
女の場合は色々と知られたくない面倒な事もあるだろうと思って、敢えて無視していた。
けれど、彼女が偶に朝だけ指に付けている包帯の事や、そんな朝に限り洗面所に残っている血の匂いが、不安を掻き立てていて。
彼女が自分の事を大切にしないと判って、それは具体的な懸念へと変わって行った。
- 13 :
- 「何をしていた」
俺は、絵麻の腕を握ったまま、呆然と俺を見上げる彼女を問い詰める。
「何をしようとしていたんだ」
出来るだけ声を荒げない様に注意するが、声音に怒りが滲むのだけは防ぎ様がなかった。
真夜中、ふと目を覚ませば、隣で寝ていた筈の絵麻がいない。
不安に駆られて洗面所を覗いて見れば、この有様だ。
「これまで、ずっと、こんな事をしていたのかよ。毎晩毎晩。
コソコソ隠れて、自分で自分を傷つけるような真似を!」
頭に血が上っていた。
大切な少女が傷付こうとしている。他ならぬ彼女自身の手によって。
これまで、何度も、何度も、これを繰り返していたのだろう。
許せなかった。
彼女も、今迄踏み込めなかった俺自身も。
「お前を心配している奴がどれだけ居るか判っているのか?
親父だって、渡辺だって、あいつの妹もそうだ。勿論俺も。
直ぐ治るだとか、痛くないとか、そう言う問題じゃないだろ!」
実際、そういう問題なのかも知れない。
彼女にとって自分が傷付く事等、瑣末な問題に過ぎないのだろう。
それでも、俺にとっては絶対に許容できない問題だ。
「なんでこんな事をする!
周りの注意を引きたいのか! それとも誰かへのあてつけか!
不満があるならはっきり言えよ!
でないと――――」
「ヤスミにはわからないよ!」
俺に腕を掴まれたままじっと俯いていた絵麻が、突然弾かれた様に大声を張り上げた。
「ヤスミにはわからない!
痛いって感じられることがどれだけ大切か!
毎日少しずつ痛覚が薄れていくのがどれだけ不安なのか!」
先程とは逆に、俺の方が絵麻に圧倒される。
初めてだった、こいつがこんな声を上げるのは。
こいつがこんなにはっきり泣くのを見るのも、初めてだった。
「朝起きるたび、自分がまだまともかどうか不安になる。
……私の体が傷付くのはいいよ。どうせすぐ治るから。
けれど、ヤスミのお母さんの時みたいに、同じ施設の子たちの時みたいに、誰かが傷付いていることを判ってあげられないのは、もういやだ。
大切な人と苦しみを分かち合うことも出来ない。そんなのもう……」
絵麻は息苦しげに咳き込んだ。
喋り慣れていないのに、長い言葉を発したからだろうか。
嗚咽とも咳ともつかない発作を繰り返す。
俺は絵麻の手を握ったまま、自分のシャツのボタンを幾つか外すと、彼女の手の中のカミソリが俺の胸に当たるよう導いた。
- 14 :
- 絵麻は思わず手を引こうとするが、俺は手に力を込めて阻止し、そのまま俺の胸に刃を付き立てる。
先端が素肌に埋まって行き、血が滲んだ。
絵麻は息を呑む。
「刺せよ」
尻込む絵麻に、俺は言い放った。
絵麻は泣きそうな顔で、只首を振る。
「刺せよ。
お前が刺される位なら、俺が刺される方がずっとマシだ」
絵麻は必に俺からカミソリを離そうと手を引っ張るが、俺も負けじと自分の方に刃を押しやる。
胸の皮膚は薄い。血管が裂け、血の滴が胸を伝い、シャツを汚す。
「前に言ったよな。もしお前が痛みを忘れそうになったら、俺が思い出させると。
判るだろう、これが痛いって事だ」
実際は殆ど痛くなかった。
アドレナリンの所為か、元々神経が通っていないのかは知らない。
「刺せないんだろう。
だったら大丈夫だ。お前はまともだし、他人の痛みも理解できる。
これでもまだ不安だって言うのか」
絵麻は泣きじゃくりながら首を振る。
「他人を傷付ける事も出来ない奴が、自分を傷付けるな!」
俺は彼女の手からカミソリを奪い取ると、自分の胸から引き抜いて床に叩き付けた。
カミソリはカランと乾いた音を立ててタイルに転がる。
刃を引き抜いた所為で胸から血が溢れるが、大きな動脈を傷付けてはいない為か出血量は少ない。
それでも絵麻は泣いたまま、自分の寝巻きを引き裂いて、必に傷口を押さえて来る。
結局、大切な人を泣かせてしまった。
その事に罪悪感を感じながら、俺は彼女の頭に手を延ばした。
「大丈夫」
俺は絵麻の頭をそっと抱き寄せる。
二人、血に汚れるのも構わず、静かに寄り添った。
「大丈夫だから、もう泣くな」
そして、じきに出血は止まった。
救急車を呼ぶ必要がなくなり、少しだけ安心した。
*
- 15 :
- ごうんごうんと、低い、周期的な音を立てて、洗濯機が回る。
中にあるのは、先程まで二人が着ていた上着。
服に染み付いた血は、時間と共に落ち難くなる。
いつもの様に朝洗うよりはマシになるだろう。
幸い家のアパートは防音が良いので、夜中でもこうして洗濯機を動かせる。
俺は今の壁を背中に、床に座り込んで、ぼんやりと夜のベランダを眺めていた。
雲一つなく、月も見えない夜空。
星が綺麗だった。
今夜に限っては車通りも少なく、聴こえる音は一つしかない。
静かな夜。
全身に響く振動が心地良い。
瞼も重く、まどろみに沈みかけていると、突然ふわりと毛布が被せられた。
「絵麻」
着替え終え、後片付けも終えた絵麻が心配そうに覗き込んでいる。彼女の目はまだ少し赤いままだ。
俺は少し横に移動して、隣に座るよう促した。
少し躊躇った後、ちょこんと座り込んで肩を寄せて来た彼女に、俺は毛布を被せて一緒に包る。
左手で、彼女の細い手を握った。
彼女は柔らかく握り返して来る。
あたたかい。
彼女は尚も心配そうに、時折俺の胸の方を見ている。
「まだ、痛い?」
「いや……」
胸の包帯を毛布の下に隠して、俺は反射的に否定した。
彼女はそれ以上何も聞かず、黙って俺の方に一層身を寄せて来る。
触れる肌と肌から、互いの鼓動が伝わって来る。
とくん とくん
とくん とくん
ごうん ごうん
3つの音は、不思議な和音を成して、尚も心地よく響いた。
お互いの音を聞きながら、二人してベランダの外を眺める。
空は吸い込まれそうな位真っ暗で、星だけが頼りなく瞬いていた。
隣の少女の鼓動も、酷く頼りないものであり、いつ何時終わるものかも判らない事を思い出した。
そうなれば、俺は――――
「ひとりじゃないよ」
唐突に絵麻は呟いた。
「私はんでも、ヤスミの事ひとりにしない。
ずっと、ずっと遠くから、見守っているから」
そう言って、絵麻は俺の手を握り締める。
「空の星にでも成って、か」
そんな風にまで想われている事に、嬉しさと恥ずかしさを覚えながら。
相変わらず素直になれない俺は、つい反駁の言葉を捜してしまう。
「人間みたいにちっぽけな存在が、星なんて大仰な物に成れるとは思えん。
星が流れる時、人間が巻き添えを食らってぬって話の方が、まだ納得できる」
絵麻は苦笑を返す。
- 16 :
- 星と命を重ねる見方は少なく無い。
星が永遠で、命もそうあって欲しいと願うから、なのだろうか。
けれど、星もいつかはぬ。人よりも遥かに長いスケールでの話だが。
そして、宇宙の何処かでは、今この瞬間も、幾つかの星が消えているのだろう。
目に見えなくとも、人の数より遥かに多い恒星が存在しているのだから。
その内のどれかが燃え尽きる時、俺や絵麻もぬのだろうか。
そんな馬鹿馬鹿しい思いに囚われる。
「……お前の星はどれだろうな」
何とはなしに、呟いた言葉。
絵麻は律儀に夜空を見回した。
「ああいうの、かな」
少女が、つと指差す先を見る。
東の方に、真赤で、毒々しく輝いている星が見えた。
確か年老いた巨大な変光星で、いつ爆発しても可笑しくないと言われていた様な気がする。
いつ潰えるとも判らない、臨終間際に煌々と生命を燃やす。
確かに、こいつに似ているかも知れない。
(縁起でも無いな……)
俺は苦笑しながら、胸中であの星が落ちぬようにと願った。
「じゃあ、俺の星はどれだ」
絵麻は再び夜空を見回してから、今度は反対の方向を指す。
南西の方向、空低くに、白い星がぽつんと浮かんでいた。
周りに他の星は見えない。
夜光にも負けず、孤独に輝く。
寂しげだった。
宇宙には奥行きがあり、地球上からは隣り合っている様に見える星も、実際には何千光年も離れている。
だから、一見にぎやかな場所にいる星も、実際は孤立している事に変わりは無い。
そうは知りつつも、
「……寂しい星だな」
ひとりでに呟きが漏れる。
「ひとりじゃないよ」
先程同じ言葉を、絵麻は繰り返した。
「あの星にも、惑星がある。
目には見えなくても、きっと誰かが、傍に」
太陽と惑星の様に。
連星の様に。
触れる事がなくとも、ぐるぐるとワルツを踊りながら。
溶けて一つになり、潰えるその日まで、ひっそりと寄り添う。
- 17 :
- 俺は絵麻の方を見た。
絵麻は俺を見ていた。
二人とも、もう星の方に顔を向けてはいなかった。
届かない星の事より、触れる事の出来ない惑星の事より、目の前にいる少女のことが、今は。
俺は屈み込んで顔の位置を下げた。
絵麻は顎を上げて顔を寄せて来る。
密やかな吐息を感じる。
二人、どちらともなく瞼を閉じた。
星だけが、静かに二人を見下ろしていた。
- 18 :
- 投下終了です。
フォーマルハウトbは惑星じゃないかも知れないなんて説が、この話を書いてる途中に出てきましたが、
フィクションということで、どうか一つ。他にも観測できない惑星持ってるでしょうし。
ともあれ、実質9話目にしてようやく初ちゅーまで持って行くことができました。
えろい話を入れる目算も立ったので、最後までお付き合い頂ければ幸いです。
- 19 :
- >>8
GJです!
リコーダーww
あれですね、女子が男子のを、って珍しいですねw
だがそこがいい
>>18
GJです!
なんか絵麻さんすごくかわいい。もうなんか……かわいい。
ヤスミ、なんか性欲薄そうに思ってたけど、そんなことなかった。そしてカッコいい……
- 20 :
- GJ!
- 21 :
- ぐっじょぶです!
まったり待っております
- 22 :
- hou
- 23 :
- 子どもの頃、部屋にテレビが無かった僕は、ラジオを聴いていた。
AMは邦楽や有名洋楽を聴きつつ、パーソナリティの喋りや投稿などを楽しむところ。
FMは洋楽やいろんなジャンルから、エキゾチックやノスタルジックなムードに浸るところ。
特に深夜のFMは、眠気に誘われながら聴く不思議な世界だった。
今でもユーミンの曲とか流れると、その時の気分を思い出してしまう。
テレビやPC、或いは携帯などを持つようになると、自然と聴覚だけの媒体からは離れていく。
けれどたまに、ラジオだけに触れたくなる。
それも出来るなら一人きりか、皆静かになっている車の中とかで。
静かでほんの少し寂しい、安らぎの空間。
僕はこれからもずっと、そんな感覚を追憶しながら、年老いていくのだと思う。
晩春、オフタイマーを一時間にセットして、床に就いた夜のこと。
暗い部屋に小音量で、リラクゼーションミュージックが耳に心地よく響いてくる。
間に、BGMなしで女性が、ゆったりとした曲紹介をする。
落ち着いていて慈愛を感じる、大人の声だ。
まるでスピーカーを通して僕一人だけに、呟きかけてくれているようだ。
物心つくかつかないかの頃から、夜は未知の時間だった。
ふと目が覚めてしまった時の、周りは誰も起きていない時の恐怖感。
熱帯夜などに目が冴えて眠れないと、眠るとは何なのか、自分はいつもどういう風に眠っているのかを考える。
考えだすと底知れなくなってしまう。果ては自分がぬとどうなるか、なんてことにまで思考を伸ばしてしまっている。
そしていよいよ眠れなくなって、寝苦しさに悶えながら、長い夜を明かす。
夢に落ちた後も、耳から入る音は僕を包んでくれる。
それは、睡眠という孤独な悟りを、受け入れやすくしてくれるものなのかもしれない。
夢の中で聴こえるラジオは映像となって、記憶と混ざりカスタマイズされる。
実に馬鹿げた、前後も視点もめちゃくちゃな物語だ。
僕という人物の底が、若干出てしまっているのかもしれない。
朝、目覚まし機能でまた夢に音楽が入ってくる。
ちょうどラジオドラマをやっていたようだ。
朝だからか、あまりセンチメンタルな内容のものではなく、スラップスティック系。
幼い女の子が、子どもくらいの主人公になりきった僕を呼んでいる。
駆け込んできて、それを受け止める。優しい息が漏れ聞こえた。
――ずっと、好きだった。
内向的な感じの声。控えめで小柄な女の子は好みだ。
僕から顔を近づけて、キスをする。
柔らかい唇と、寄せて軽い体。
舌を入れると、その感覚はリアルで興奮する。
彼女の小さな口を存分に味わってから、顔を引く。
可愛い顔だ。僕だけを健気に見ている。
我慢できなくなって、体を弄る。手が踊るように制服をするすると脱がせてしまう。
やがて僕も彼女も下着一枚だけになって、もう一度抱き合う。
その体はひんやりとしていて、とても触れ心地が良かった。
今はもう、僕の願望で展開しているだけだろう。
熱いキスをしながら、前戯なしで結合するが、不思議と痛くないほど滑っている。
――あっ、あっ。
気持ち良さそうに声を漏らし、横になった僕の下腹部の上で、きれいな裸体を上下させる。
大事なところが引き締まり、急激に快感が強まって、そして、放つ。
夢精はしていなかった。したような気になっただけか。
目が覚めるか覚めないか、曖昧な意識のところで、消えかけている彼女を抱き締めていた。
彼女は無口だ。まるで自分では喋らないラジオのようだ。
良い夢をありがとう、と心の中で、頭と、今も何かを放送中のラジオに呟くと、どこからともなく声がした。
――ほしゅ。
- 24 :
- ほしゅ
- 25 :
- ほ?
- 26 :
- 寂しい……よぅ
- 27 :
- かなり今さらで申し訳ないかもしれないけど
今月号のコミックホットミルク(2012年8月号)で
三巷文先生が書いた「スペアキー」って話が個人的にすごくツボだった。
美術部員でショ−トヘアの不器用な感じの無口っ娘と
平穏な学生生活を送るために自分の性格の悪さを隠して生きている男子生徒の話。
- 28 :
- 今回の話は時系列が少し変になっているので読み辛いかもしれません。
微エロな話になります。12スレくらい頂きます。
- 29 :
- ――――まず、北の方角をご覧ください。北斗七星がみえます。独特のひしゃくの形が特徴的ですね。
――――このひしゃくの柄の部分を延ばしていきましょう。
――――オレンジ色の明るい星がわかりますか?
――――うしかい座α星、アークトゥルスです。
――――日本では、麦刈り星、などとも呼ばれます。
*
「と、言う訳で」
何が、と言う訳、なのかは良く判らないが。
帰宅した親父を制服姿のまま待ち構えていた俺と絵麻は、"大切な話がある"旨伝えた後、居間の床に隣り合って正座していた。
緊張の面持ちで正面に座った親父に向け、俺は口を開く。
「俺達は付き合う事にした」
「……しました」
隣りの絵麻も、顔を真っ赤にしながら呟く。
その時の親父の顔は、失礼な話、見物だった。
唖然と言うか、愕然と言うか、彼の子として生まれて数十年で始めてみる類の表情であった事は間違い無い。
親父は、鳩が豆鉄砲を食らった状態のまま、暫く俺と絵麻を交互に見比べていたが、やがて俯いて深々と溜息をついた。
「泰巳」
顔を上げた親父は、真剣な面持ちで俺にだけ言った。
「少し、お話しようか」
*
おろおろしている絵麻を残して、親父の部屋に入る。
散乱している衣類に、うず高く積み上げられた本。相変わらず汚い部屋だ。
親父はパイプ椅子を出して腰掛けると、俺にはデスクの椅子を勧めた。
「で」
さっきの驚愕はどこへやら、極まりの悪い俺と対照的に落ち着き払った態度で、親父は口を開いた。
「泰巳はどうしたい」
「どうって……」
俺は暫し口を噤む。
「さっきも言った様に、付き合いたいと思っている。本気で。
俺はあいつが好きだ。あいつも俺の事を好きだと言ってくれた。
あいつの寿命がどう有ろうと関係ない。
最後まで一緒にいたいんだ」
「ふうん」
傍に積み上がっている本の塔に片肘を付きつつ、親父は尚も何処か他人事、と言った風情で答える。
- 30 :
- 「で、態々そんな事を報告して、僕にどうして欲しいの」
又も質問。
俺は少し苛立ちながらも、慎重に言葉を選ぶ。
「……保護者の許可は必要だろ。
一応、曲りなりにも男と女が付き合うんだから、家の中でも多少はベタ付くだろうし、一緒に住んでる奴に言っとく必要もあると思った」
親父は目を細めた。
「じゃあ、僕が反対したらどうするの」
俺は言葉に詰まる。
その可能性を考えていない訳ではなかったが、普段押しの弱い親父なら説得できると思っていた。
「……反対なのか?」
「さあ?」
親父の態度に、苛立ちが増す。
息子と扶養者が結婚したいなどと言い出したのに、何処か真剣みを欠いている。
「あんたが反対ならそれでも構わない。
当分家の中でいちゃつく様な真似はしないが、あいつが好きな事には変わりはない。
さっさと就職して、あいつを連れて出て行くさ」
「進学もせずに?」
「ンな余裕ねえよ」
金銭的な問題と言うより、時間の問題だ。
高卒では選択出来る仕事の範囲が狭いことは判っている。
しかし、俺が大学を卒業するまで絵麻が生きている確率は、半分より悪い。
「将来苦労するよ」
「後悔するよりマシだろ」
「本当に?」
親父は俺の方を正面から見据える。
「本当に、そんな風に人生決めて後悔しない?」
「……何が言いたい」
親父は俺を試す様に質問を重ねた。
「そもそも、泰巳は本当に絵麻の事好きなの?
絵麻も、本当に泰巳の事好きなのかな?」
「何?」
「お互い、誰でも良かったんじゃないの?」
俺は思わず椅子から立ち上がった。
親父は構わず続ける。
「泰巳は自分より弱い子なら誰でも良かったんじゃないの?
頼りにされ、必要とされる自分に酔っているだけじゃ無いのかな?
絵麻はどうか判らないけどね。
君が絵麻の弱さに付け込んで、依存させる様に仕向けてるんじゃない?」
「おい」
- 31 :
- 辛うじて親父の襟首に掴み掛かりたい衝動を抑えながら、俺は言葉を搾り出した。
「さっきから黙って聞いてりゃ……。
引き取るだけ引き取っておいて、扶養家族の事放任している奴が言えた事かよ。
あんたに絵麻の事何が判る。
天然ボケに見えて、他人のことだけはしっかり見てる性分も。
喋るの苦手な癖に挨拶だけは欠かさない律儀さも。
度の過ぎた御人好しな性格も。
俺がくだらないと思う物や、見向きもしない物からでも、山程美点を見付けて来る事も。
好きなものも、嫌いなものも、望んでいる未来も。
何一つ知らない癖に、俺があいつに向ける感情に余計な口挟むんじゃねえよ!」
親父は暫く吃驚した様に俺の言葉に聞き入っていたが、やがて何か考え込む様に俯いた。
俺は構わず言葉を続ける。
「確かに、俺には共依存のケがあるだろうがな。
絵麻はちゃんと一人立ちしようと努力してるし、俺もその後押し位はしてやれる。
仮にあいつが最期まで俺への依存を止めなかったとしても、俺は途中で投げ出したりしない。
面倒臭かろうが、何時終わってしまうか判らなかろうが。
何と引き換えることも出来ない、世界で一番大切な奴を手放す事は絶対にない!」
親父は俯いたまま、やがて小刻みに肩を揺らし始める。
俺は訝しんで、親父の顔を覗き込んだ。
親父は、我慢出来なくなったか、突然腹を抱えて笑い始めた。
今日は、何と言うか、実に彼の見知らぬ側面を見る機会に恵まれている。
「おい」
「ああ、ごめんごめん。
あんまりにも恥ずかしかったから、つい笑っちゃったよ。
だって、あの泰巳がさんざんノロケた挙句、"世界で一番大切"だとか、本当に――――」
尚も爆笑を続ける親父。
「……俺は怒って良いよな?」
親父は一頻り笑った後、咳払いを一つ。
「うん、いいんじゃないかな」
「何がだ」
「付き合えばいいと思うよ、きみたち。
適度に依存し合うことは男女間ではかえって適切な場合もあるし。
絵麻も一時期よりはしっかりして来たし、君も庇護欲の自覚もあるみたいだし、バランスを探っていけば良いんじゃない?」
腑に落ちないながらも、俺は急に軟化した親父の態度に安堵しながら、軽く毒吐いた。
「……最初からそう言えよ」
「まあ、泰巳の覚悟のほども聞きたかったし。
ここではっきり"好き"って言えなかったら、僕も反対してたかもね。
と、言うわけで――――」
親父は立ち上がると、徐にドアを引く。
絵麻がきょとんとした顔で、後ろ手に尻餅をついていた。
- 32 :
- 「もう入ってきていいよ、絵麻」
盗み聞きしていたらしい。
俺は呆れた。
「お前……」
「ごめんなさい」
絵麻は気まずそうな顔で親父の部屋に入る。
そのまま隅まで行って床に正座すると、俺に向かって口を開いた。
「えと……」
「?」
暫しの口篭った後、絵馬は言葉を継いだ。
「私、家事覚えるよ」
「は?」
「洗濯は、できる。掃除も、できるし。
料理だって、ヤスミより上手くなってみせる。
だから……」
絵麻は真剣な面持ちで、俺を見据えた。
「だから、ヤスミは、ちゃんと進学してほしい」
絵麻が日本の昨今に於ける就職事情にそれなりに通じている事に若干驚きつつ、俺は勝手に先走っていた事を反省する。
俺は、将来について真面目に考えた事があっただろうか。
これからの事について、絵麻と真剣に話し合っていただろうか。
彼女がんだ後は、どうなっても良いと考えていなかっただろうか。
絵麻が何十年と生きていられる可能性も、ゼロでは無いと言うのに。
未来について、自暴自棄になっていたのは、寧ろ俺の方だったのかも知れない。
「ああ……、考えて置く」
俺は椅子を降りて彼女の隣の床に胡坐を掻いた。
「だが、高校卒業と同時に2人きりで爛れた同棲生活を始めるのも魅力的ではあったんだがな」
俺の軽口に、絵麻は顔を赤くしてそっぽを向く。
ナイーブな反応を親父は意外そうな目で見ていた。
「二人はもうえっちしたの?」
「中学生と出来るか」
俺は思い切り目を顰める。
「え、したくないの」
「そんな事は無いが……」
かなり際どい事はしている自覚はあった。
一方の絵麻は首を傾げている。何を意味するか判らないらしい。
「性行為の俗語だ」
絵麻は急に顔を赤く染めて、ぶんぶんと勢い良く首を振った。
裸を見せる類の事には頓着しない癖に、こう言う話題にはまだまだウブだ。
俺は溜息を吐いて顔を背けた。
- 33 :
- 「まあ、いずれにせよ、やるんだったら避妊はするから安心しろ」
高校生の自己申告での避妊ほどアテにならない物もないか、等と考えながら顔を元に戻す。
と、何故か目を丸くしている二人が目に映った。
「ごめん」
やがて、絵麻は気まずそうな顔で呟いた。
「私、子供産めない」
その言葉の意味を理解するのに暫く掛かった。
経済的な意味で言っているのでは無い。
恐らく、彼女の体質が原因。そもそも生物学的に出産が出来ない、と言っているのだろう。
親父はばつが悪そうに補足する。
「つわりのことは知ってるよね。
あれは、妊婦の体が胎児を異物と認識して免疫反応を引き起こすのが原因といわれている。
絵麻の場合も同じ事でね。
彼女達、例のウィルスを保有する女性は、その強すぎる免疫力のために、自然に妊娠することが出来ない。
ウィルスは受精卵を体細胞やその他有益な共生菌と異なる遺伝子を持つ有害なものと判断して、体内から排除する。
望むなら、代理出産という手もあるけど……」
「――――そうか……、それは、残念、だな」
俺は、辛うじてそれだけ口にした。
何故か酷くショックを受けている。
子供を持つなんて、真っ平と考えていた筈なのに。
「……ごめん」
絵麻が再び謝る。彼女が謝る必要など何処にも無いのに。
「いいさ」
俺は何と無しに彼女の髪を指で漉く。
絵麻はくすぐったそうに目を細めた。
「お前が元気でいてくれれば、それで良い」
親父が再び咳払いする。
名残惜しいが、俺と絵麻は互いに一歩離れた。
「付き合う以上は、こう言うのもあるだろ。
今後もこれ位の事はするだろうが、見て見ぬ振りをしてくれると助かる」
隣で絵麻も親父に向かってお辞儀をする。
親父は肩を竦めた。
「外でやるくらいなら、家の中でいちゃいちゃする方がいいんじゃない?」
「そう言ってくれるのは助かるが……本当に良いのか?」
最悪、引き離されるとか、接触禁止を言い渡される事も覚悟していたので、勿論素直に受け入れる気はなかったが、何だか拍子抜けだった。
「なに? やっぱり反対して欲しかった?」
「随分簡単にガキを信用するものだなと思っただけだ」
「なるほど。
確かに、放任と受け取られるのも、こちらの本意ではない」
親父は暫く考える素振りを見せた後、じゃあ、と前置きして、片目を瞑った。
「泰巳にだけ、ひとつ条件をあげよう」
*
- 34 :
- ――――こんどはひしゃくの桝の先端を延ばしていきましょう。この星の間隔5つ分くらいですね。
――――黄色い2等星があります。
――――こぐま座α星、ポラリス、北極星です。
*
石の階段を上り切ると、突然視界が開けると同時に、強い寒風が襲い掛かった。
「……寒」
俺はコートの襟を立て、立ち並ぶ墓石や卒塔婆の間を進んで行く。
墓地の中程に、それは在った。
何の変哲も無い墓石。
伊綾家代々の墓。
最後に訪れたのは小学生の時だったろうか。
信心深くも無く、本家との繋がりも薄かった所為で、墓参りは疎かになっていた。
俺は持って来た桶を地面に下ろし、清掃を始める。
元々掃除するまでも無く、墓は十分綺麗な状態だ。花筒に挿されている黄菊と水仙も萎れてはいても、完全には色を失っていない。
親父も絵麻も、時折訪れていたらしい。
俺に何も告げず。
俺は萎れた花と周囲のゴミを袋に入れると、桶の中から柄杓で水を掬って、墓石に回し掛けて行く。
それが終わると、火を付けた線香を供え、しゃがみ込んで合掌した。
「母さん」
一通り礼拝を終え、立ち上がって俺は墓石に向けて語り掛けた。
「俺は、絵麻と付き合う」
当然、返事は無い。
馬鹿馬鹿しい思いに駆られながらも、俺は続けた。
「あんたにとってあいつは娘みたいなものらしいから。一応、報告に来た」
『母さんに一人で報告しに行け』と言うのが親父の付けた"条件"だった。
言われたから行っただけで、こうして肉親の墓を前にしても、特に感慨は無い。
小学校に入って直ぐ居なくなり、与り知らぬ所でんだ人間だ。
薄情かも知れないが、大して哀悼の心も沸いてこない。
「あんたは自分がやりたい様にやって、勝手にんだ。俺も勝手にするさ」
傍からでは、石に向かってブツブツと呟く危険人物と見えるかも知れない。
虚しい行為を打ち切るべく、俺は最後に別れを告げた。
「さよなら」
俺は立ち上がってゴミ袋と手桶を持ち、踵を返す。
数歩歩いた所で、一瞬、季節外れの穏やかな風が通り過ぎた。
「あの子のこと、よろしくね」
幻聴か、無関係な他人の会話が偶々耳に届いたのか。
振り返っても、そこには誰もいない。
立ち並ぶ墓石の上に、まっさらな青空が広がっているだけ。
不意に、頬を温かい滴が伝った。
*
- 35 :
- ――――実はこのポラリス、"北極星"でいられるのは、現在から前後500年ほどの話でしかありません。
――――地球の歳差運動により、極の位置が動いてしまうのです。
――――"ポラリス"という言葉自体、"極"という意味なので、あと何百年かしたら、この星の名前も変わってしまうのかもしれませんね。
*
「少し、訊いて良いか?」
絵麻は俺に背中を向けたまま、顔だけこちらに向けた。
俺は、その剥き出しの背中にローションを塗りながら、言葉を続ける。
「母さんは、どんな人だった」
絵麻は俺より長い間、施設で母さんと一緒に居た。
親子の関係ではなく教育者と教え子の間柄であったとしても、物心ついてからの記憶の方がより確かなものだろう。
バスタオルを胸に寄せて、絵麻は暫く考え込んだ。
「にぎやかで……明るくて……。やさしい人、だった」
「そうか」
お前の言う"優しい"は基準が低過ぎるから信用出来ない、等と思いはしたが口にはしない。
代わりに、肌理の細かい背中の肌に薄く薬を付けて行く。
肌の柔らかさと、滑らかさと、熱さ。
指でなぞる度、微かな息遣いが漏れ聴こえる。
「ちょっと、綱さんに似てたかも」
「止めてくれ。あいつ似の遺伝子がこの身に二分の一以上も受け継がれていると考えると、自分の正気が疑わしくなる」
渡辺綱――勿論武将の方ではなく、俺にとって一応小学校からの友人――の日頃見せる馬鹿っぷりを思い出し、憂鬱になる。軽い嫉妬と共に。
「さびしい?」
「え?」
背中を向けたまま、絵麻は呟いた。
「私がヤスミからお母さんを奪ったから。さびしい?」
「…………」
奪われたとか、そんな事を考えたことはなかった。が、幼い頃、寂しさを感じていたのは事実だった。
ただ、
「結果的には、良かったと思っている」
「?」
「母さんが傍にいたら俺がどんな人間になっていたかは判らん。
母親がいない幼少期を過ごした事が人格形成にマイナスに作用したかどうかも、俺は知らない。
でも、少なくともお前が母さんと過ごした時間は、プラスに働いたんだろう?
過程はどうあれ、俺はこの人となりでもここにいるし、お前は母さんのお陰でここにいる。
だったら、この形が一番良い。
俺は、母さんに感謝している」
「ん……」
- 36 :
- 絵麻の腰から肩にかけて、満遍無く紫外線防護剤を塗り終え、容器を彼女の脇に置いた。
「ほれ、終わったぞ。
後は自分でやれ」
だが、絵麻は某か考え込むように、じっと俯いている。
「絵麻?」
「ヤスミは」
絵麻はこちらに体を向けると躊躇いがちに口を開いた。
「前も、塗りたい?」
「……は」
絵麻が体をこちらに向ける。
薄手のタオルを胸に寄せたまま。
「お前、何言って――――」
俺は、羞恥に赤く染まった少女の顔を見て、絶句した。
絵麻は暫し躊躇った後、タオルを落とす。
形の良い乳房が、僅かにあばらの浮き出た腹が、綺麗に窪んだ臍が、露になった。
初めて見る訳ではない、が、ベッドの上と言う状況が、否応がなく興奮を煽る。
「――――判ってやってるのか」
「私は、よく判らない」
けど、と何だか居心地が悪そうに座り込んだまま、絵麻は顔を上げた。
「ヤスミのしたいこと、させてあげたい」
「――――――」
自分なんてうまれてこなければよかった。
母さんに見捨てられた自分。
誰かに八つ当たりして憂さを晴らしている自分。
自分が嫌いな、自分。
こんなクソ野郎の子供なんて、碌でも無い奴に決まっている。
だから、例えこの先誰かを好きになる事があっても、子供なんて絶対に要らない。
そう、思っていた。
コンドームなんて持ち合わせている訳が無い。
そもそも、確実な避妊方法なんて存在しない。
いや、そもそも彼女は妊娠出来ない。
だから軽はずみにセックスしても問題ない?
所詮、快楽を貪る為だけの非生産的な行為。
子供なんて、出来ないなら、その方が良い。
衝動と理性。
生産性の無い行為への嫌悪感。
目の前の少女を、愛しいと思う気持ち。
色々なものが頭の中を渦巻く。
俺は混乱した状態のまま、絵麻をベッドの上に押し倒していた。
- 37 :
- 仰向きになった絵麻の顔には、若干の羞恥と緊張の色が見える。
絵麻に体重を掛けない様、腰を跨いで四つん這いになり、真上からその顔を見下ろす。
「なあ」
絵麻は恥ずかしそうに逸らしていた視線を俺の顔に向けた。
「何で急に、こんな事言い出したんだ」
「…………えっと」
再び目を逸らしつつ、絵麻は口篭る。
「……ヤスミ、ペニス立ってたから」
絵麻の口からペニス等と言う言葉が出るとは思っていなかったが、確かに日頃彼女の裸に触れる際、勃起を隠せていた自信は無い。
「本とか読んで、その、男の子がそういうことしたい時そうなるって、その。
……だから」
「お前はどうなんだ」
絵麻はきょとんとしている。
「俺がどうしたいとかは別にして。
お前は、俺とそう言う事をしたいって、思ってるのか」
絵麻は暫く考え込む。
「たぶん?」
「多分ってなんだ」
「ヤスミが満足してくれるなら、そうしたい」
「まあ、入らなかったとしても、間違いなくこれ以上無い位満足できるだろうが――――」
お互い経験も無しに、上手く立ち回れるとは思えない。
「一応訊いて置くが、一人でしたことはあるか」
「?」
絵麻は首を傾げる。
「オナニーだ。自分で股間を弄ったりした事はあるかと訊いている」
絵麻は顔を赤くして首を振った。
俺は溜息を吐いて身を起こす。
何だか残念そうな絵麻を見て罪悪感が芽生える。
自分の体に魅力が無い等と勘違いをしないと良いのだが。
俺は絵麻を助け起こして、再び至近距離で見詰め合った。
絵麻は意図を察して、目を閉じる。
触れ合う唇と唇。
浅く、長く、何度か離れてはくっ付き。
何十秒か互いの唇を楽しんだ後目を開けると、絵麻は力が抜けた様に俺の肩に寄り掛かって来た。
こんな程度で、二人とも満たされてしまう。
「俺は、お前にも満足して欲しいんだよ」
顔は見えないものの、肩に当たる感触で絵麻が頷いたのが判った。
俺は最後に彼女の頬に軽くキスして立ち上がり、床に畳んで置いてあったシャツを投げて寄越す。
「だいたい、世間一般の常識として、普通中学生とはやらない」
昨今の風俗がどうなっているかは判らないが、俺の中ではそう言う事になっていた。
さっきまで流されそうになっていた奴が言えた物でも無いが。
「じゃあ」
ベッドの上でシャツに顔を埋めながら、絵麻は呟く。
「私が高校生になったら、してくれる?」
何かを期待しているような、輝きを湛えた瞳。
こいつもこんな表情が出来るんだなと、俺は新鮮な感動を覚えた。
「考えて置く」
*
- 38 :
- ――――歳差運動だけでしたら、星空は極の場所をゆっくりと回転させるだけで、星と星の間の相対的な位置の関係は変わらないはずです。
――――しかし、地球が太陽の周りを回っているように、銀河もまた回転しています。
――――時間の流れを速めてみましょう。
――――だいたい5000年を1秒の速さにまで縮めています。
――――とくに地球に近い明るい星ほど、めいめいがばらばらな方向へと動いているのがわかりますか?
――――先ほどのアークトゥルスも、1500年に1度程度、北斗七星から離れる方向へ移動しているのです。
――――私たちには永久不変のものに見える星空も、時の流れと共に変化することを免れることはできないのですね。
*
――――
――――――――
*
「ヤスミ」
ゆさゆさ、と心地よい振動。
聞き慣れた掠れ声で呼ばれ、俺はゆっくりと意識を覚醒させた。
目の前に、薄暗い中でも光を良く反射する、綺麗な瞳が並んでいる。
「ん……ああ」
欠伸を噛みしながら辺りを見回すと、円形に並んだ100程の客席に、もう疎らにしか人が残っていない。
先程まで星空を映していたドーム状の天井には一面に白い照明が点いている。
「終わったか」
見慣れない余所行き姿の絵麻は頷いて、俺につと掌を差し出した。
俺は、その手を取って立ち上がる。
「帰るか」
*
- 39 :
- 夜の幹線道路沿いの歩道を、駅を目指して二人手を繋いで歩く。
近辺の治安は良い方とは言え、寄り道はせず真っ直ぐ帰宅するのが得策だろう。
「ヤスミ」
傍らの少女の方を見る。
黄色いマフラーを巻きつけた口元から白い息が漏れている。
「プラネタリウム、つまらなかった?」
「否――――」
寝てしまった俺が明らかに悪いのだが、彼女のリクエストでデートの行き先を決めた事に罪悪感を抱いているのかも知れない。
「情け無い事を言うと、今日色々歩き回った所為で疲れてて、な」
少女の横顔が、僅かに曇る。
今日一日、絵麻は概ね楽しそうだった。
――はしゃいでいたのは自分だけで、ヤスミには退屈だったのかもしれない――そんな事を考えているのだろう。
「じゃあ、お前が解説して見てくれないか」
絵麻は俺の方を見上げて目を瞬かせる。
「面白かったんだろ、プラネタリウム。
今日は晴れで、街中からは少し離れてる。
実演には丁度良いだろ」
絵麻は一寸頬を赤らめて首を振った。
「私、口下手だし」
「お前の解説で聴きたい」
丁度田園と低い住宅ばかりの開けた場所に差し掛かる。
絵麻は意を決すると、俺の手を離して前方を歩きながら、くるくる回って星々を見渡した。
「じゃあ」
絵麻は最後に一回転して俺の方に向き直り、はにかむ様に笑顔を零す。
「春の大三角形から」
「ああ、頼む」
変わらないもの等ない。
1年前と今とですら、沢山のものが変わってしまった。
何より、今隣には絵麻がいる。
そして、何れはいなくなるのだろう。
けれど、その前に2人で色々なものを、自分達の手で変えて行く事が出来る。
星を探す少女の瞳は、あんなにも輝いている。1年前の無気力そうな彼女からは考えられないほどに。
- 40 :
- *
――――絵麻。
――――?
――――お前は、何か将来の夢とか、目標とかあるのか?
――――否、無神経かも知れんが、そう言う物を持っていた方が、少しでも長生き出来そうな気がしてな。
――――来年から俺も受験で忙しくなるが、出来る限り協力してやりたいと思う。
――――
――――あるよ。
――――お嫁さん。
――――それは確定事項と考えていたんだが。
――――そうじゃなくて。職業とか、行ってみたい場所とか。
――――叶えるには継続的な努力が必要……ってのは結婚も同じか。でもまあ、そう言う自分でやってみたい事は、何か無いのか?
――――
――――
――――無いなら、無いで良いさ。
――――でも、3年後はお前も受験だからな。進路位決めて置いたらどうだ?
――――
――――
――――天文学とか、やってみたいかも。
*
2人並んで、白い息を吐きながら、やっと昇り始めた春の星座を探す。
季節は巡る。
絵麻はこの春、高校生になる。
- 41 :
- 投下終了です
今回は今までのお約束を幾つか破棄しているのですが、結局あんまり変わり映えがしないような気もします
次回までまた間が空くかもしれませんが、前の様に作中の季節に追い越されることだけは無いよう気をつけます
- 42 :
- GJ、GJだ!
- 43 :
- GJ
- 44 :
- これは素晴らしすぎる……。
二人とも幸せになってほしいなあ。
GJです!次も楽しみ
- 45 :
- 話を膨らませきれずに終わった
2レスで保守
- 46 :
- 休日はうんと朝寝坊をしてしまうことがある。
この話に登場する平凡な男もまた、独身を満喫するように昇りきった太陽を、窓から見上げていた。
少し遅くなったが朝食は何にしようか――伸びをしつつそんなことを考えていると、ぴんぽん、とドアベル。
仕方なく寝癖頭を掻きながら、玄関へ足労となった。
ドアを開けると、仕事の服にどういう職種かすぐに分かる帽子を被った若い男性が立っていた。
「宅急便です」
「はい」
と、配達員は手に何も抱えていないので、どれだ? と男は目線をずらす。
「……うわ」
男の視界に入ったのは、壁に立てかけられた、大型家電に相当する大きさの包装だった。
自らが注文をしていない限り、これは困惑するものだろう。
送り主は、と確認すると、そこには親戚の伯父の名前。
「ここに受け取りサインお願いしてもよろしいですか?」
目的不明でこんな物を送りつけられたら、例え親戚でも気味が悪いものだが、突き返す訳にもいかない。
男はとりあえず渡されたボールペンで自分の名前を書いた。
中身に関しては、ポップアップトースターと明記されている。
ただ、部屋まで持ち込むのに男は、ただのトースターにしてはやや重く感じた。
「そういや前に、持ってないって話をしたな」
男はトースター機能つきの電子レンジは所持している。
ただ食パンを焼くのにはあまり適していなかった。
「まさか、伯父さんの完全手作りか」
男の伯父は発明家だった。
その筋では有名だが、あまりに散らかっていて甥にも家に踏み入ろうとはされない。
とんでもないものだったら文句言おうと男は考えつつ、ダンボールを開ける。
「……え?」
発泡スチロールに整然と収まるようにして入っていたのは、女の子だった。
横向きで膝を抱えて目は閉じており、セパレートのメイド服に着飾られ、身長は150pほど。
一見、体か何かかと見紛いかねないが、よく見ればリアルな作り物だと分かる。
腹部が肌ではなく金属で、辛うじてトースターらしき面影があるからだ。
「どうやって使うんだ?」
他に何かないか、中を漁ると、説明書のような紙束が出てくる。
男はソファーに座り、早速目を通した。
「んー」
少ししてまた立ち上がり、怪訝そうな顔をしながら女の子を箱から出す。
そして背中の大きなリボンから電源プラグを引き出し、掃除機のように収納されていたコードを伸ばす。
プラグは固定用のストッパーがついており、それを台所の一つ空いているコンセントに差し込む。
「……? 動か、ないな」
ちーん!
「おわっ!?」
突然音がして、男は体がびくりとなった。
恐る恐る見ると、今まで正面を向いていたはずの女の子と目が合う。
生きているかのように自然に、その顔が柔らかく笑う。
「すげ……」
この女の子は声帯がなく、言葉を話すことはできない。
読み書きをするような高度な知能も持たない。
ただ、簡単な人工感情を有しており――。
ちーん!
「お、パンが焼けた」
女の子の腹部には、横向きに食パンを差し込むスロットが二つあり、穴はやや下傾斜な作り。
上部に赤のスイッチランプが対応しており、押すと引っ込んで点灯、もう一度押すと元に戻り、使用のON・OFFが選べる。
横腹にはスタートレバーと焼き上がりの微調整レバーが二つ。これも使わない時はロックができる仕様。
そして、女の子は控えめな胸元に飛び出してきた食パンを抜き、お皿に乗せる。
「なるほど。ちゃんとトースター機能にはなってるのか」
そう言いつつ、差し出されたそれを見ると、焼き目に模様がついている。
にこにこマークだ。
――これがこのトースターロボ? の最大の特徴と言うべきところだろうか。
自らの感情を、数十種類の模様から自動で選んでトーストしてくれるのである。
- 47 :
- 「ん! 美味い!」
その場で齧ってみた男は、思わず何もつけずに平らげてしまった。
「焼き加減、上手だなお前」
女の子は謙遜しつつ、はにかんだような表情を見せた。
妙に細かいところを作り込んであるもので、感心した男はどれ、と試しに、もう一枚食べることにした。
ちーん!
そうして出てきたのは、ハートマークが描かれた食パン。
男はそれを見て思わず表情を緩ませ、お皿を受け取った。
お皿を渡した女の子はちょこんと膝を突き、侍るように隣で待つ。
その姿はとても可愛らしく、フリルのサロンエプロンにミニスカート、その裾から素足が覗く。
「そういや名前はあるのかな」
男が呟き気味に尋ねると、女の子は首を捻った。
二枚目の食パンをジャムで食べた後、男は女の子をどう呼ぶかを考えた。
箱にも説明書にも、名前らしきものは書かれていない。
女の子は聞く日本語でさえ、しっかり理解しているようでもなかった。
表情は多彩で、感情を読み取るにはトーストという手段もあるが、男も一度にそう何枚もは食べられない。
「名前か……」
見ると、女の子は男の顔をじっと見つめている。
それは従順な子犬のように映り、気分をとにかく和ませる。
「来るか?」
受けの体勢を作ったことが通じたのか、人形は喜んで立ち上がり、男に抱き着こうとして――。
ぴぃん!
コードの限界で後ろに引き戻された。
「はははっ」
その挙動が面白くて思わず笑ってしまう男。
女の子はむっとした表情になり、もう一度同じことをしようとする。
ぴぃん!
懲りない女の子が段々涙目になってきたので、男はさすがに謝る。
そして自ら近づいていくと、女の子の移動範囲内に腰を下ろした。
「ほれ」
そう言って男が両腕を広げてみせると、女の子は今度はゆっくり寄ってきた。
胡坐の上に膝からどん、と全身を乗せてくると、トースター+αなりの重量感がある。
と言っても実物の人間と比べると軽いようにも、男は感じた。
「ほんと、よく出来てるな」
間近で顔を見合わせ、それこそペットとご主人といった雰囲気の二人。
手に触れる小さな腕も、柔らかな足も、ショートのさらさらな髪も、自然なそれとすら感じる。
「ん?」
ふと、ヘッドドレスに何かが挟まっていることに、男は気づく。
手でそっと引き抜いてみると、メモ紙だった。
「”arika”」
男がそう呼ぶと、女の子はうん! と言い出しそうな表情で微笑んだ。
「これがお前さんの名前かな」
変わった名前だ、と男は思った。
ただ、伯父の名前はakiraだったなと思い出して、何となく理解した。
一体どんな意図で、このトースターメイドを製作し、それを甥に送りつけたのか。
「ま、とりあえず預かるけどさ」
男はメモ紙をヘッドドレスに戻すと、そのまま手で頭を、軽くよしよしと撫でる。
するとarikaはご機嫌そうに目を閉じ、男に寄りかかってきたのだった。
しばらく撫でていたがその姿勢も直に辛くなってきたので、男はarikaを下ろした。
そして下腹部からパンくず受けを引き出し、中身をゴミ箱に捨ててから元に戻すと、プラグを抜いてしゅるしゅると回収した。
ちなみにarikaは僅かだが予備電力を蓄えることが出来、電源を切ってもすぐ動かなくなる訳ではない。
電力を遮断されて数分後、段々眠くなるようなモーションを取った後、安定姿勢を取って停止するのだ。
「せっかくだし、な」
男はそれからarikaの体を抱きかかえ、自らの部屋に連れて行くとベッドに寝かせ、隣に自分も寝転がる。
見ると、arikaは甘えるように男の腕に腕を絡めながら、穏やかな表情で眠りにつこうとしていた。
これから、良い夢でも見るのだろうか。 おしまい
- 48 :
- 夕方、激しい雨と雷に見舞われて
家の中だけどもし真上に落ちて、コンセントや金属を伝って感電したらどうしようと思うと
窓際には近づけないし、電化製品からもなるべく遠ざかり、自宅の真ん中でビクビクしながら
早く過ぎ去ってと膝を抱えている無口っ子
- 49 :
- ほしゅ
- 50 :
- ほ
- 51 :
- ほ
- 52 :
- 保守
- 53 :
- ファントムペインの続きまだかなー
- 54 :
- 綾波みたいに意識の無い、もしくはほとんど希薄な女が犯されるとかは、
ここでも良い?
実験体として作られた女達が、抵抗できない・意思疎通できないのを
良いことに監視員に犯されるとか
- 55 :
- そういう凌辱系はちょっとこのスレと違うんじゃないか?
これまでを見るにあまりその手のSSはなかったと思う
- 56 :
- >>1自体かなり緩いくくりのスレだし、「無口な女の子とやっちゃう」内容なら良いんじゃね?
前例主義に縛られすぎても良いことないし、大体このままDat落ち待ってるようなスレなのに
書いてくれるってだけで個人的に諸手を挙げて歓迎したい
あとそのシチュ好みだ超見たい。もしどっかに余所に出すにしても場所は教えて欲しい
- 57 :
- 全面的に>>56に同意
- 58 :
- 投下します。クリスマスネタです。
- 59 :
- 『彼女の聖夜』
12月24日。
その日はもちろんクリスマスイブで、ぼくは彼女の青川文花と一緒に過ごす予定だった。
具体的には文花の家でクリスマスパーティーをすることになっていた。パーティーと言
うからには、文花のご両親や友達(以前までクラスメイトとの接触を避けていた文花だけ
ど、最近は少しずつ仲のいい友達が増えてきたみたいだ)と一緒に、みんなで楽しくわい
わい騒ぐのだろう。
二人きりで過ごしたいという気持ちはもちろんある。でもお互い家には家族がいるし、
場所を確保するのは正直難しかった。まあクリスマスにホームパーティーというのも高校
生らしくていいと思う。
そんなことを考えながら、ぼくは文花の家に向かって歩いていた。今月に入ってから急
に寒さが厳しくなり、日が沈んでからの気温は氷点下に達することもある。今日のぼくは
生地の丈夫な皮製のコートを着込み、手には手袋を着用、ポケットにはカイロを忍ばせて、
寒さ対策は万全だ。しかしそれでもちょっと寒い。文花の家は暖房が効いているだろうか。
早く暖まりたい。白い息を吐きながら道を急ぐ。時間はまだまだ余裕があるので急ぐ必要
はないのだけど、寒さのせいか知らず知らずのうちに早歩きになってしまっていた。
文花の家に着いたのは、夕方の5時くらいだった。6時から始めるという話だったけど、
手伝いをするために早めに家を出たのだ。文花のお父さんにはどうもいい印象を抱かれて
いないようなので、点数稼ぎという目的もあったりする。すみません、小さい人間で。で
も恋人の家族には良く思われたいのが人情じゃないだろうか。
玄関先で、改めてその外観を見上げる。煉瓦色を基調としたちょっと雰囲気のある洋風
の造りは、文花のお母さんの要望で建てられたという。周りの家が平屋の日本家屋ばかり
なので、2階建ての家は余計に目立った。
ここに来るとどきどきする。彼女の家に来てどきどきするのは、まったくもって自分の
不埒な想像というか男の子的な欲望のせいなんだけど、困ったことに文花がそれをわかっ
た上でいろんなアプローチを仕掛けてくるために、ぼくはそれを抑制できなくなることが
ある。特にこの家に上がったときは、こう、いろいろ不健全なことになってしまう。前に
ここに泊まったときはやりすぎちゃったなあ……でも気持ちよかったなあ……。
気づけば玄関先でにやついている男が1人。
いけないいけない。思わず緩んでしまった頬を叩いて表情を元に戻してから、ぼくは玄
関のベルを鳴らした。
ぱたぱたと足音が近づいてきた。鍵が外れる音がして、ドアが開く。
- 60 :
- 「――」
中から現れたその姿を見て、ぼくは呆気に取られた。
赤と白の二色が躍るのは、運動会のようなスポーツイベントの時だけだと思っていたの
に。いや、紅白もあるか。格闘技ファンのぼくは歌合戦は観ないけど。いや、そうじゃな
くて。
鮮やかな赤と白で構成された服が、小さな体を包んでいる。
ふとももがむき出しの赤いミニスカート。
白いもこもこが特徴的な赤いポンチョ。
頭にはこれまた赤い三角帽子が乗っかっていて、その先には柔らかそうな白い毛玉がつ
いている。
青川文花は固まってしまったぼくの顔をおもしろそうに覗き込んできた。
サンタ服である。
ミニスカである。
主に生脚の肌色が目立つその服を、果たして本物のサンタクロースが着るかどうかはお
いといて、文花にその格好はよく似合っていた。いや、ホント、すっごくかわいいです。
見とれていると、文花はどこかいたずらっぽい表情でうなずき、ぼくを中に入れてくれ
た。たぶん驚かせたかったのだろう。すごく満足げに見えた。
リビングに足を踏み入れると、冷えた体を暖気が優しく包み込んだ。その暖かさにほっ
としながらコートを脱ぐ。文花がそれを受け取ってハンガーにかけてくれた。
すでにパーティーの準備は整っていた。リビング中央のテーブル上にはローストビーフ
やらサラダやらスープ鍋やら、いろいろな料理が並べられていて、テレビの横にはクリス
マスツリーが飾られている。他の人間はいない。
ちょっと準備が早すぎるんじゃないだろうか。ぼくは文花に尋ねた。
「お父さんとお母さんは? 先に挨拶しておきたいんだけど」
すると文花はなぜか不敵な笑みを浮かべた。
「……え、なに?」
文花は答えず、ぼくの頬に手を伸ばしてきた。
まだ少し冷たい頬を、文花の温かい手がそっと撫でる。
「今日は、二人きり」
……はい?
暖房器具の静かな音と、ぼくたちの息遣いだけが聞こえる。
逆に言えば、それ以外の音は何も聞こえない。
他の部屋に誰かいるなら、その音が聞こえるはずなのに。気配すら感じない。
「……もう一回聞くけど、お父さんとお母さんは?」
文花はまたうっすらとした笑みを浮かべた。
その顔で、大体のところは察しがついたけど、一応事情を説明してもらった。
- 61 :
-
◇ ◇ ◇
文花が言うには、映画のチケットを手に入れたので、両親にプレゼントしたという。
久しぶりに夫婦水入らずでイブを過ごしてはどうかと提案すると、文花のお父さんはか
わいい我が娘がそんな優しい気遣いをしてくれたことにおおいに喜び、お母さんと一緒に
上機嫌で出かけたそうだ。
もちろんそれは単なる親孝行というわけではなく、狙いは場所の確保にあった。
夫とは違い、お母さんは娘の狙いを察したようで、「うまくやりなさい」と激励された
そうだ。この母娘怖い。
パーティーをするというのは嘘じゃない。参加メンバーがちょっと少ないだけ。彼女は
平然とのたまった。友達を呼んだ様子もないので、本当に二人きりのようだ。
ぼくは苦笑するしかない。
「あんまりひどいことしちゃだめだよ」
文花はぷい、と顔を逸らした。ぼくのことを疎んじる様子が気に入らないのか、最近の
文花はお父さんの扱いがひどいのだ。
「私は悪くないもん……」
口を尖らせる彼女は子供っぽい。ぼくは思わず笑った。
文花はむっとなって、ぼくのお腹を軽く殴った。ちょっと痛い。
「ごめんごめん。ぼくのためにいろいろありがとね」
すると文花は後ろにゆっくり下がった。
何をするのかと思っていると、スカートの端をつまんでゆっくり上げてみせた。
元々結構なところまで見えていたふとももが、さらに際どいところまで露わになる。え、
そんなところまで持ち上げて大丈夫なの。それ以上いけない。
小柄の割りに肉付きのいいふとももがはっきりと目に飛び込んできて、ぼくはだんだん
気恥ずかしくなってきた。いや、文花とはもちろん深い仲なわけで、彼女の体はもう隅々
まで見ているんだけど、そういう服を着た上での露出はまた別物で、その「見えそうで見
えない」というシチュが生み出す刺激は、ぼくの“どきどき”を激しく煽った。
それがわかっているのだろう。文花はからかうように笑った。いつもはポーカーフェイ
スなことが多いけど、今日の文花はよく笑う。
「その手には乗らないよ」
- 62 :
- ぼくは文花の頭をぽんと叩くと、テーブルに近づいた。並べられた料理はおいしそうだ
けど、少し冷め始めている。まだ夕食には早い時刻だ。
「温めなおした方がいいかな。こんなに早く準備しなくてもよかったのに」
たぶん、ぼくを迎える演出のためだけにここまで準備をしたのだろう。
文花はぺろりと舌を出した。あんまり考えてなかった顔だね。
「食事には早いけど、どうする?」
特別なことをする必要はないと個人的には思う。ゲームをしたり、DVDを見たり、そ
んな普通のことだけでも楽しめると思う。
二人きりだから。たぶん何をしても楽しい。
文花は少しの間思案すると、上を指差した。
「2階?」
こくこくうなずく。
2階にある文花の部屋は、いつも整理整頓が行き届いていてすっきりとしている。反面、
物が少なく、華美さには少し欠けている気がする。ゲームやDVDはこのリビングのテレ
ビを使うけど、一緒に勉強をするのはいつもそこだ。
了承しようとして、思いとどまる。
「……何が狙いなのかな」
文花はなんのこと? と言わんばかりに小首をかしげる。とぼけても駄目だよ。
「文花。部屋で何をするつもりなの」
サンタ服の彼女は、にっこり笑って答えた。
「ガードポジション」
「何のために!? いや、いい! 聞かなくてもわかるから!」
「ガードポジションというのは、寝技で下になった選手が、上になった相手の体を股の間
に置いて、両足で挟み込むようにしてコントロールする体勢のことで、わかりやすく言う
とセックスのとき、正常位の女性側の体勢、」
「なんでこんなときだけ饒舌になるかな君は!」
まだ5時だってば。いくらなんでもさかるには早すぎるってば。
「時間は有意義に」
「そんな有意義捨てちゃえ」
そりゃあね。かわいい彼女と一緒に、健全じゃない時間を過ごしたい気持ちは多分にあ
るけど、せっかく二人きりになれたんだから、そんなにことを急ぐ必要はないと思うんだ。
「……あとで嫌でも文花の考えどおりになるんだし」
「……」
一応はっきり言っておく。
「ぼくだって、二人きりになれて嬉しいんだから」
- 63 :
-
◇ ◇ ◇
特別なことは何もしなかった。
ソファーに座って、DVDを観ながらおしゃべりして、いつもよりも多弁な彼女の様子
になんだか嬉しくなって、お互いの手をそっと握り合って。
ご飯を温め直して、それを一緒に食べて、そのあと文花の作ったケーキを切り分けて、
お腹一杯になったところでプレゼントを渡して。
その間、ずっと文花の笑顔を見られたことが、ぼくは一番嬉しかった。
幸せな気分に浸っていると、時間の感覚が狂うらしい。時計を見るといつの間にか10
時を過ぎていた。
「あ、そろそろ帰らないと……ごめん、冗談だって」
途端に文花に睨まれた。
いきなり怖い顔つきに変わったので、ぼくは幾分身を引いた。
「え、えっと……泊まっていってもいい?」
ご両親が戻ってくるんじゃないかという危惧を抱いているのはぼくだけなのだろうか。
文花はなぜか得意げに胸を張り、携帯電話の画面を突きつけてきた。
受信メール画面だった。
『今日はお泊りしてきます。最低でも朝の10時までは戻りません。幸運を祈る。少し早
いけど、メリークリスマス』
お母さんからのメールだった。エールだった。
時間が半日保障されるや、文花は即座に動いた。
ぼくの肩に両手を置くや、そのままソファーの上に押し倒してきた。
抵抗する間もなく押さえつけられる。そのままぼくのお腹の上にちょこんと腰掛けた。
前にもこんな体勢になったことがあるような。
前と違うのは服装だ。サンタ服はそのままなので、もちろんぼくの体の上にある臀部は
ミニスカに覆われていて、でも大腿部は全然隠れてなくて、ちょっと動けばすぐにも中が
見えてしまいそうだった。
文花が妖艶な笑みを見せる。ポンチョを脱いで、むき出しの肩を明かりの下にさらすこ
とで、肌色面積が一気に増えた。そのまま文花が上体を傾けて、唇をこちらに寄せてくる。
眼前に迫る桜色のそれを、ぼくは魅入られたように見つめた。
唇との距離がゼロになり、柔らかい感触が口元を支配した。
最初は撫でるように優しく、次第にむさぼるように激しく、口唇が互いを求め合う。
たまらない気持ちになり、ぼくは彼女の小さな体を拘束するかのように強く抱きしめた。
かき立てられた情欲に突き動かされているせいか、ちょっと優しくできそうにない。で
もそれは文花の方も同じなようで、積極的に体を密着させてくる。
舌を絡めると、心地良さが一気に増した。
文花の両腕がぼくの背中に回されて、胸が押し付けられた。このサンタ服は生地が薄め
で、伝わる感触は直のそれに近い。そもそも肩から胸元、脚と露出部分が多いために、ほ
とんど裸に近いんじゃないかとさえ思う。それ、どう考えても外に出られないでしょ。
こんなの着てたら間違いなくお父さんに怒られる。
でもこの格好は、ぼくの前以外では絶対にしないだろう。文花はぼくの前でだけ大胆に
なる。それがくすぐったくもあり、嬉しくもある。
このかわいいサンタを、一晩中愛したい。できればこっちがリードする形で。このマウ
ントから脱出しないとそれは叶わないけど。そして脱出は無理だと前回の反省からわかっ
ているけど。
今日くらいは別にいいか、とぼくは全身の力を緩めた。文花のしたいようにさせる。
- 64 :
- そう思っている間にも、文花の手は背中から首筋に移動して、こちらを攻め立ててくる。
指先が耳の辺りにたどり着き、耳たぶをくすぐった。唇が離れ、今度は顎先に軽く口付け
をする。そのまま下に移動して、喉元を舐め始めた。
こ、これって、もしかしてだけど、普段ぼくがやっていることをそのままやり返されて
る?
文花の真っ白な肌に舌を這わせると、彼女はくすぐったそうに震える。しつこく続ける
とだんだん上気して、微かながら肌が赤く色づいてくるのだ。その変化に合わせるように
文花の性感も高まっていって、それを見ながらぼくも気を昂らせる……というのが比較的
よくあるパターンなのだけど、今日は立場が逆だ。攻められているのはぼくの方だ。
耳元を撫でる白い指。鎖骨にかかる熱い吐息。肌を伝う舌は唾液をまぶすように妖しく
うごめき、それでいて少しも不快ではない。
そんなことをされると、火がついてしまう。いや、とっくについてしまっているけど、
さらに火勢が増してしまう。
ぼくはお腹に乗っているミニスカに手を伸ばした。赤い生地に包まれた丸みがすぐそこ
にあるのに、触れずにいるなんてもったいない。
が、
「いっ」
ぱしっと左手ではたかれた。
「文花さん?」
ふふんと挑戦的に笑う。
おとなしくしていろということだろうか。それともやれるものならやってみなさいとい
うことだろうか。両方かもしれない。
今度は胸元に手を伸ばす。これも空中で打ち落とされた。
焦らされるのは不慣れなんですけど……。
文花は腰を動かして後ろの方に移動する。お腹からどいてくれるのかと思いきや、今度
は下腹部の辺りに腰を落ち着かせた。
その位置は非常にまずい。理由なんて説明不要だ。全体重を乗せているわけではないの
で苦しくはないけど、精神的には窒息しそうなほどに苦しい。力任せに身を起こして無理
やり押さえつけたくなる。文花の顔を真正面から見たらきっとそんなひどいことはできな
いだろうけど、そんな気持ちになるくらいぼくの気は昂っていた。
たたみかけるように大事な部分を撫で回し始めるし。
「文花」
ぼくの呼びかけに手を止める。
「この体勢をひっくり返すことなんてできないと思っているんでしょ」
余裕の笑み。
「そうでもないよ」
ぼくは横に転がるようにしてソファーから滑り落ちた。
驚いた文花が慌てて腰を浮かした。その隙を突いて、腹筋を使って上体を一気に起こし
た。文花はぼくの体に腰を乗せながら、重心移動によってこちらの動きを封じていたのだ
けど、バランスを崩してしまえば当然コントロールできなくなる。
身を起こすと、すぐ目の前に文花の顔があった。
やられたとでもいうように、苦笑いを浮かべている。
ぼくも笑った。
ちょん、とかわいい唇にキスをする。
文花がくすぐったそうにして、頭を肩に乗せてきた。
「部屋、行こ」
短いささやきにうなずいて返す。
でも、と立ち上がりながらふと思った。
うまく乗せられた気がするのはなぜだろう。
- 65 :
-
◇ ◇ ◇
文花の部屋はもちろん寒くて、ぼくたちはすぐに暖房のスイッチを入れた。
それからベッドに上がって布団の中に潜り込んだ。
文花がすごく寒そうにしているのは当たり前なんだけど、だからといって着替えようと
はしないのが文花の凄いところだ。布団の中でぴったりぼくにくっついてきて、ひたすら
じっとしている。まるで冬眠でもするかのようだ。部屋が暖まるまでリビングで待ってい
ようかと提案したけど、首を振って反対された。
だからせめて、ぼくは彼女が少しでも寒くならないように抱きしめ返す。
キスをして、上から覆いかぶさって、服の上からいろんなところに手を伸ばす。胸を触
り、背中を撫で回し、鎖骨に舌を這わせる。
白い肌が次第に赤みを帯び始めた。冷たかった体が熱を取り戻していく。
「こんなに冷たくなるまで無理して。風邪ひいたらどうするのさ」
「……嬉しくなかった?」
じっと見つめられてぼくは口ごもる。
そんなの。
「嬉しいに決まってるよ」
ぼくのためにしてくれたことだから。
だからこそ申し訳なくもあって。
手をつなぐ。脚を絡める。胸を押し付けあって、互いの鼓動を伝え合う。
どちらもどきどきしていた。
スカートの中に手を差し入れて、下着に触れる。リビングでいろいろ睦みあっていたせ
いだろうか、湿り気はだいぶ多い。さらに内側に指を侵入させると、ただれそうなほど熱
かった。もう弄る必要はないようだった。でもすぐに手を抜くのもなんだかもったいない
気がして、指の腹で入り口付近をこするようになぞった。文花の体がびくっと強張る。
しばらく愛撫に集中する。やや激しく中をかき回すと文花が顔をしかめた。刺激が強か
ったのか、おでこの辺りを手のひらで叩かれる。
「はやくきて……」
上ずった声の色っぽさにどきりとして、ぼくはぎこちなくうなずく。
初めてのことでもないのに、文花を抱くときはいつも心臓がうるさいくらいに鳴り響く。
ぼくも早くつながりたい。彼女の中に自らを沈めたい。
服は脱がさない。寒いのもあるけど、その格好のまま抱きたかった。
部屋の明かりを消すと、中心の小さな豆電球だけがオレンジの光を放った。
だんだん暖かくなってきた部屋のベッドの上で、ぼくらは真正面から見つめあう。
文花とつながった瞬間、その小さな体と溶け合うような一体感に包まれた。
「ん……はあっ……」
彼女の口から苦しげな息が漏れる。
その表情も一見苦しそうで、しかし上気する頬や焦点の合わない目が、決して苦痛では
ないことを表している。
ぼくは体を揺り動かすようにして奥の感触を求めた。
文花の体もこちらの動きに合わせて動く。求めるように腰を押し付けて、ぼくのものを
強く締め付けてくる。
根元まで埋め込むと、深い充足感を覚えた。
性感を刺激されて、その気持ちよさは格別なものがある。だけどその行為は気持ちいい
だけじゃなくて、心も隅々まで満たされていく。
サンタ帽をかぶった彼女の頭が、快楽の波間で漂うように揺れている。オレンジ色の小
さな明かりの中では、鮮やかな赤服も黒っぽく見えるけど、彼女の綺麗な肌は黒と対比す
るようにはっきりと映えた。
ぼくたち以外誰もいない家に、文花の喘ぎ声が響く。
それは大きなものではないけど、間近で聞くぼくの耳にはたまらなく刺激的で、ますま
す腰の動きを速めていく。あまり激しくはしたくないのに、止まらなくなる。
- 66 :
- 「こーすけ、くんっ……」
「文花……!」
互いに名前を呼び合って、引かれ合う磁石のようにまた体をくっつけて、唇を重ねなが
ら体を何度も揺り動かして、快感はどこまでも高まっていく。このままずっと続けられそ
うな気持ちさえ覚えた。
でもそれはやっぱり錯覚で、終わりは必ず訪れる。
彼女の中で精を吐き出すと、文花が嬉しげに笑った。
今日はずっとその顔を見せてくれる。
ぼくの好きな顔を見せてくれる。
だから、それに答えるようにぼくも微笑みかけた。
行為が終わっても離れがたくて、ぼくらは抱き合ったままでいた。
頭を撫でながら彼女の頬にキスをすると、文花も同じように返してくれた。唇の柔らか
い感触がくすぐったい。あまり言葉はいらない気がした。
一度だけ「好きだよ」と囁くと、言葉の代わりに腕の力を強めて、ぎゅっと抱きしめて
くれた。
それだけでなんだか満足してしまったのだけど。
離れようとすると、文花がそれに合わせるように体を起こした。
「え」
脱力していたぼくの体は、不意を突かれたように簡単に文花に押し倒された。
「ふ、文花?」
サンタ服の彼女はにやりと笑って一言。
「まだ、できるよね?」
……まあ、その、時間が経って回復すれば、ハイ。
文花はぼくの股間に顔をうずめて、先端を舌先でちろちろと舐め始めた。
そんなことをされるとすぐに復活してしまうのですが……。
だんだん硬さを取り戻し始めたそれを見て、文花は薄明かりの下でいっそう笑みを深め
た。
- 67 :
-
◇ ◇ ◇
目を覚ますと、枕元の時計が冷酷に現在時刻を表示していた。
「ふ、文花! まずい、もう朝だよ!」
時刻は10時前だ。夕べ送られてきたメールには、たしか10時までは戻らないと書い
てあったけど、それはつまり早ければ10時には帰ってくるってことですよね?
慌ててベッドを抜け出し服を整える。文花はそんなぼくを尻目に慌てた様子もなく、寝
ぼけ眼をこすっている。
もう一回呼びかけてちゃんと目を覚まさせようか。そんなことを思っていたら、文花は
のんびりとした動作で携帯を取り出した。ぽちぽちとボタン操作を済ませて再び仕舞うと、
大きくあくびをした。
「今メール打ったから大丈夫」
見せられた送信メールにはこう書かれていた。
『昼食を済ませてから帰ってきてください。お父さんにはお昼の準備をしていませんとか
なんとか適当に言っておいて』
つくづくお父さんの扱いが悪いなあ……。
嫌われているかもしれないけど、ぼくは正直文花のお父さんに悪い印象は持っていない。
むしろその扱いの悪さには同情してしまう。
「文花。お父さんとは仲良くしないとだめだよ」
「……耕介くんを認めてくれるなら考える」
それは当分期待できないかもね。
文花は乱れた服を軽く直すと、ベッドを降りてこちらに向き直った。
部屋の真ん中で正対すると、文花はにっこり笑って一言。
「メリークリスマス。耕介くん」
そっか、昨日はイブで、今日がクリスマスだったね。
「メリークリスマス。文花」
ぼくも同じように笑うと、文花は祝福するように抱きついてきた。
この、ぼくだけの小さなサンタクロースと、これから一緒にデートに行こうと思う。
イブは終わったけど、クリスマスはこれからだから。
- 68 :
- 以上で投下終了です。
それではみなさん良いクリスマスを。
- 69 :
- GJ!
お幸せに
- 70 :
- GJでございます
これで年が越せまする
- 71 :
- gj!
このシリーズすき
- 72 :
- 保守&乙
- 73 :
- 何故か人が…
- 74 :
- 地元のケーブルテレビやFMラジオでアナウンサーの仕事している時は饒舌なのにプライベートでは無口な恋人モノ希望
...航空管制官とかもいいな
- 75 :
- なるほど、オンオフでキャラ違うタイプとか萌えるな
何気にすげぇアイデアだ、衝撃を受けた
- 76 :
- 保管庫の「ことりのさえずり」がオススメです
- 77 :
- a
- 78 :
- >>76
正にこれだ
良作の紹介に感謝
- 79 :
- 書き手かおるさとさんにも感謝
- 80 :
- 一発ネタです。1レスで終わります。本編は鋭意執筆中です。
- 81 :
- 「ヤスミ」
唐突に俺の名を呼ぶ声。
椅子に座って見比べていた求人誌と大学募集要項から眼を離す。
良く知った小柄な少女が腕を背中に回してもじもじしている。
「どうした」
小柄な少女、絵麻は逡巡しながら、上目遣いに俺を見る。
「ちょっとだけ、目、閉じて欲しい」
「何だ?」
思わず、言われた通りにしてしまう。
と、肩に軽い体重が掛かる。
唇に柔らかい感触、と同時に甘ったるい味が広がった。
数秒間の静止の後、甘い香りは余韻を残し離れる。
俺は口を押さえて呻いた。
「……行き成り何をする」
「びっくりさせたかったから」
そう言いながら、絵麻は俺に菓子箱を手渡す。
中にはオーソドックスなトリュフ型のチョコレートが転がっている。
礼を言おうと顔を上げると、絵麻は一寸不安そうな顔をしていた。
「イヤだった?」
「…………」
俺は無言で残りのチョコレートを一粒口に放り込む。
返事の代わりに、絵麻を抱き寄せると、お返しをしてやった。
- 82 :
- >>81
GJです。絵麻かわいい
- 83 :
- ふと浮かんだネタを書いとく
立華奏みたいな娘が体をいじくり回されてもほぼ無表情で声も出さす
ただピクっピクっと反応だけしてて、突然ぶしゃ〜と豪快に潮吹いて
「なんか出た これなに?」って表情でキョトっと見上げてくるのを想像するとなんかいい
- 84 :
- 何とか桜の季節に間に合いました。
今回はちょっと長いです。
- 85 :
- 雨の降る季節、私は彼に出逢った。
瞳の奥に寂しさを押し隠した、優しくて少しぶっきらぼうな男の子。
彼と家族になって、夏が来て、秋が過ぎ、冬を超えた。
今は、春。
私がこの町に来て、もう1年が経とうとしている。
ちょうど星々の間を太陽が一巡りするだけの時間。
彼との関係も、変わろうとしている。
いずれ、別れが訪れるだろう。
それが物理的な距離の隔たりによるものでも、心変わりによるものでも、による永遠の別れであっても。
誰にしも、別れは訪れる。
だから、人は別離を忘却し、恐れ、抵抗し、受け入れる。
春は出逢いの季節。
そして別れの季節。
例え何も生み出すことなく消え去るとしても。
出逢ったこと、別れたことは無意味ではない。
*
- 86 :
- 最近、夜眠るのが怖い。
朝起きる時が、一番怖い。
目を覚ませば、大切なものが失われているかも知れない。
その現実を、自分達の力ではどうすることも出来ない。
そんなにも不安なら、抱き締めて一緒に眠ってしまえば良いのだ。
彼女も、きっと拒まない。
それなのに、ちっぽけなプライドが邪魔をする。
その程度の恐怖に耐えられずにどうするのか、と。
(一人で寝るのが怖いだなんて、ガキかよ)
自然に目を覚ました俺は、悪夢を見なかったことに安堵しつつ、寝そべったまま自嘲した。
窓の外はもう明るい。
俺は逸る心を抑えながら手早く着替えると、部屋を出てキッチンへ足を向ける。
絵麻は、ちゃんと其処にいた。
ガスコンロに向かってフライパンを揺らしている。
一寸だけ顔を後ろに向け俺の姿を認めると、小さく微笑んだ。
「おはよう」
「ああ、お早う」
直ぐにコンロに向き直ると、再びフライパンの中身に集中してしまう。
「ごはん、直ぐできるから」
「判った」
調理に勤しんでいる小さな背中を見ている内に、無性に背後から抱き付いてやりたい衝動に駆られるが、火の前なので流石に控える。
洗顔を済ませ戻ると、既に調理は終わっており、絵麻も卓に着いて俺を待っていた。
せめて配膳位は手伝いたかったのだが。
親父の姿は無い、まだ寝ているようだ。
俺もテーブルの前に腰掛けると、正面の少女に倣って手を合わせる。
「いただきます」
「頂きます」
目の前には、白飯、大根の糠漬、若布と青葱の味噌汁に卵焼き。
シンプルだが、それなりに手の込んでいるメニューだ。
黙々と箸を進める。
味噌汁を啜っている最中、ふと視線を上げると、絵麻が何かを期待する様な眼で此方を見ていた。
「味噌が少しダマになってる」
小姑じみた文句を言うと、少女は目に見えてしょげ返ってしまう。
「……卵焼きの方は上手く出来てるぞ」
一寸褒めただけで、一転してはにかんで見せる。
一々大げさな奴だ。
だが、その感受性が、上達への原動力になっている。
俺から絵麻へ、調理担当を本格的にバトンタッチしてまだ数週間と言った所だが、もう大きな失敗は殆ど見られなくなった。
時折舌が焼けるほど辛いチリコンカンや、逆に気の抜けたような甘口麻婆豆腐が出て来るが、まあ許容範囲か。
このまま行けば、やがて俺のアドヴァイスも必要なくなるだろう。
嬉しいのが半分、寂しいのが半分。
台所は最早、絵麻の領域だ。
十年間、守り通して来た俺の立ち位置は、いとも簡単に取って代わられてしまった。
受験勉強に集中する為、とは言え、何だかぽっかりと胸に穴が開いてしまった様な気分になる。
けれど、
「ヤスミ」
再び顔を上げると、絵麻は優しく俺に笑いかけた。
「ありがとう」
それは、今まで食事を用意してくれて有難う、でもあり、作ったものを食べてくれて有難う、でもあるのだろう。
「……礼を言うのは俺の方だろ」
俺は憮然と視線を逸らした。
*
- 87 :
- 「じゃあ、行って来る」
朝食の後、歯を磨いた後直ぐに身支度をして、多少は粧し込んでから玄関に出た。
4月から通い始めた塾では、土曜朝早くから模試が待っている。
親の金で通う以上、手抜きは出来ない。
昨日も結構遅くまで予習していた。
正直な話、絵麻が家事を代わってくれていなければ、生活レベルは相当落ち込んでしまっていただろう。
靴を履き終えると、絵麻が態々脇に置いていた鞄を手渡してくれる。
「ああ、ありが――――」
不意打ちだった。
上がり框の段差を利用して、身長差を相。絵麻は背伸びして顔を俺に近付ける。
唇と唇が触れた。
歯と歯がぶつからない程度まで触れ合った後、唐突に離れる。
「お前なあ……」
唇を拭いながら半眼で愚痴ると、絵麻は指を顎に当てて某か考え込んだ。
「……いってらっしゃいのごあいさつ?」
「――――まあ、火打石よりはメジャーか」
仕返しに今度は此方からキスを仕掛ける。
鞄を持ったまま、細い背中を抱き寄せ、舌を相手の口蓋に挿し入れ。
「ん……」
時折漏れて来る熱い吐息に酔い痴れながら、夢中で少女の唇を味わう。
息継ぎの為に一旦口を離した拍子に、絵麻の背後、呆れた様な顔をしてこちらを眺めている親父が視界に入った。
「きみたち……」
「否、言うな、判ってる。俺はもう行く」
2人して顔を赤くしながらそそくさと身を離し、俺は外に出る準備に、絵麻は親父の分の朝食を温めに、いそいそと取り掛かる。
「あ、ヤスミ」
出て行く直前、絵麻は振り返って、もう一度俺を呼び止めた。
ふわりと笑って、一言だけ告げる。
「ハッピーバスディ」
*
日々に大きな不満は無い。
想い人が傍にいて、家族がいて、友人もいる。
受験勉強は大変ではあるが、日本人の6割が味わう平均的な苦労と余り変わりはしない。
絵麻と出遭ってから、想いを通じ合ってから、嘗ては色褪せて見えた平凡な日々も、色付いて見える。
家に居れば親父の目があり、外に出れば世間体の関係上、思う様にじゃれ合えないのがもどかしくはあるが。
繋ぐ掌の、抱き締める腕の温もりが、味わう唇の甘さが、笑顔の愛おしさが、俺の中の空虚を埋めてくれる。
俺は今、幸福なのだと思う。
けれど、ふとした事で、俺は不安になる。
絵麻は今幸せなのだろうか。
俺は彼女の心を、満たせているのだろうか。
痛みを失くす事、命を失う事の不安に、苛まれていないだろうか。
また自分を傷つけたり、自分の生い立ちに心悩んだりしていないだろうか。
彼女の命は何時、潰えてしまうのだろうか。
*
- 88 :
- 受験生でごった返す予備校の一室。
帰宅の途に就くか、午後の授業の準備に取り掛かるか、昼食に出かけるか。
何れにせよ大半の生徒が席を立つ中、俺は分厚い書面を前に目を顰めていた。
「ち――っす。伊綾、どうした?
浮かない顔しとるけど」
顔を上げると、見知った同級生が前の席に陣取ってこちらを覗き込んでいる。
「……こんな場所でお前の顔を見るとは思わなかったぞ、渡辺」
目の前の快活そうな男子、渡辺綱、は学習塾や特別授業と言った、普段の授業以外での集団学習に参加する事が殆どない。
それでも妙に成績が良いのだから、世の中は不平等だと思う。
「いや、かーさんに志望校の判定ぐらいみとけっていうから、仕方なく。
で、伊綾は何を見とるんだ――――。求人情報?」
俺は溜息を吐いて高校卒業生向けの求人雑誌を閉じた。
「就職も考えていたんだが……、俺の考えの甘さを思い知らされただけだった」
飯の種になる技術を身に着けているなら兎も角、このご時世では、一般課程を出ただけの18歳に望ましい条件の職は用意されていない。
親父と絵麻に大学受験を勧められた時は納得していなかったが、もう完全に腹を括るしかなさそうだ。
「ふーん。じゃ、伊綾受験すんだ。何系?」
どこ? と聞かない所が綱らしいと言うべきか。
俺は少し躊躇ってから、今の所の考えを述べた。
「薬学系か生物系にしようと思う」
そっかー、と言いながら、綱は席を立って伸びをした。
「そういや、伊綾と絵麻ちゃん。明日予定空いとる?」
「特に予定はないが……」
俺も荷物を纏め、席を立つ。
「明日ウチで花見すんだけど、伊綾たちも来ねえ? 10時から川沿いでシート広げて」
「お前、本当に受験生か?」
思わず呆れる。
「……まあ、数時間程度なら、考えて置く」
ビルの出口に差し掛かり、綱は俺とは別の方向を向いた。
「じゃ、おれはこのまま帰るけど、伊綾はどうする?」
「俺は――――」
別段隠す必要はないが、微妙に気恥ずかしい。
「……デートだ」
「伊綾こそほんとに受験生かよ」
綱は笑いながら背中を向ける。
と、数歩歩いて、何を思ったか振り返って大きく手を振って見せた。
「伊綾――」
「何だ」
にっと歯をむき出して笑う綱。
「ハッピーバースディ!」
*
- 89 :
- 模試の出来は、自分でも良く判らない。
一応ベストは尽くした、と思う。
本来なら直ぐにでも復習に取り掛かるべきなのだろうが、受験生と言ってもまだ今は4月。
一寸した開放感と共に、俺は待ち合わせ場所へ向かった。
予備校から自宅とは微妙に離れた方向へ向かうバスに乗り込み、約20分。
目的地は、今はもう殆ど使われる事の無い水道用水路。
丁度沿線に植えられた桜が、少し散り際とは言え、概ね見頃になっている。
左手に桜並木を眺めながら、俺は待ち合わせの場所に向かう。
彼女は、先に到着していた。
ジャンパースカートに薄い色のカーディガン。
はらはらと散る薄紅色に包まれているその後姿には、何処となく儚げな美しさがあった。
「絵麻」
川面の方をぼんやりと眺めていた絵麻は、ゆっくりと振り返る。
「悪い。待たせたな」
絵麻は小さく首を振ると、俺に向けて、つと手を差し出した。
小さな掌を握る。
ほっそりとして、冷たい様で芯に熱がある、不思議な感触。
絵麻は微かに微笑んだ。
「どうした」
少女は何でもないと首を振る。
そう言えば、公共の場で手を繋ぐのは、久しぶりだ。
その手をきつ過ぎない程度に握り締めた。
ふと目を遣ると、反対側の手には小さめのトートバッグが握られている。
手を伸ばして見ると、それなりの重量があった。
手早く絵麻から奪い取って自分の肩に掛けるが、流石に中を見る様な真似は出来ない。
絵麻は少し不満げな、それ居て一寸嬉しそうな、複雑な顔をしている。
「何だこれ」
「ないしょ」
まあ、何となく見当は付く。
2人並んで、何処へともなく歩き出した。
*
流石にシートを広げドンチャン騒ぎをする輩は居ないものの、観光に良い時期である所為か、人通りはそれなりに多い。
逸れない様手を繋いだまま、路肩の露店や、小物を扱う店を冷やかして行く。
「――――ほう」
偶然目に付いたアクセサリ屋で、店員に断りを入れて、絵麻が手に取った髪留めの一つを彼女の頭に付けて見た。
一年前と比べて随分と伸びた髪を頭の後ろで緩やかに一つにまとめる。
うなじに覗く和毛がセクシーだ。
どう? と後ろからこちらを伺う様に覗き見る絵麻は、しかし、目の前の鏡の方には目をやっていない。
「似合ってるから、自分で見てみたらどうだ」
言われて漸く絵麻も見慣れぬ髪型の自分の姿を眺める。
頻りに髪留めの位置を変えたり、その度に首を傾げたり。
最後に最初俺が付けた位置に髪留めを戻し、俺の方を振り返る。
「ヤスミはどう思う?」
上目遣いにこちらを伺う絵麻を前に、俺は一寸考え込む。
「新鮮ではあるな」
絵麻は頷いて、再び鏡に向き直り、暫く悩んだ後、結局髪留めを外して陳列棚に戻した。
「良いのか」
絵麻はもう一度頷いて、俺に近付いてその手を握る。
有難う御座いましたー、と言う店員の冷ややかな声に若干居心地の悪さを感じながら、俺達は店を出た。
- 90 :
- そんな感じで、デート自体は、実に経済的に進んだ。
学生の甲斐性なんてこの程度だ。
腹が減っても、小洒落たレストランに等入れる訳がない。
丁度桜が良く見える場所に汚れの少ないベンチが空いていたので、其処に陣取り持参したトートバッグの中身を取り出す。
包みを解くと、普段使うものより少し凝った作りの弁当箱が覗く。
「あ」
「どうした」
絵麻はバッグを引っ繰り返したり、身に着けているポーチを覗き込んだり、忙しなくしている。
弁当箱はちゃんと2人分あるようだが。
「――――飲むものが無いか」
絵麻は気不味そうに頷く。
普段学校では給湯器を利用しているので、忘れたのだろう。
「ペットボトルで良いなら、緑茶か何か買って来るぞ」
自販機か適当な店で飲料を買って来ようと、立ち上がり掛ける俺を制して、絵麻は先にベンチから降りた。
「あったかいのと、冷たいの。どっちがいい?」
日の光は暖かくなって来ているとは言え、風はまだ冬の名残を残している。
今日の絵麻は別段厚着と言う訳ではない。
「……熱いので頼む」
絵麻は頷いて、来た方の道を戻って行った。
「甲斐甲斐しい奴だな」
小走りに遠ざかって行く少女の後姿を眺めながら、俺は呟く。
一瞬、強い風が吹いた。
塵を防ごうと反射的に眼を細め手で覆う。
指の間から、奇妙な風景が見えた。
幼い子を連れた、髪の長い小柄な女性。
小柄と言っても、俺の知る彼女より少し背が高くて、後姿からでも少し大人びて見える。
小さな子供の手を引いて、桜がはらはらと落ちる中、ゆっくりと歩いて行く。
思わず、目を見開いた。
手をどけた次の瞬間、幻は消え去る。
何時も通りの絵麻が、花弁が敷き詰められた小道を駆け去っていた。
(……何かに化かされでもしたかね)
有り得ない光景。
叶わない願望。
それでも、そうあれかしと願った未来の姿。
絵麻が成人になる迄生きていられる可能性は高くない。
絵麻は自分の子供を産む事が出来ない。
だから、そんな願いを抱いても、無意味。
虚しくなるだけだ。
けれど、それで良いではないか。
無意味でも良い。虚しくても良い。
例え叶わぬ願いだとしても、それを望んだ事を、大切だと思ったことを、自分の中で認める。
それに代わる大切なものを、彼女と共に探して行こう。
そして、万が一にでも叶う可能性があるならば、その時は精一杯手を伸ばしてみよう。
(なあ、絵麻)
ペットボトルの緑茶を携えて、こちらに向かってくる少女の姿を眺めながら、俺はそんな事を考えていた。
頬を紅潮させ、息せき切らした絵麻が、不思議そうに俺の顔を覗き込んで来る。
「?」
「――――否、何でもない」
ベンチの隣の所にハンカチを広げると、絵麻に座るように促す。
「食べよう」
*
- 91 :
- 西日本では、煮締めた野菜等を酢飯に混ぜ込んだ種類の散し寿司を、"ばら寿司"と称する事がある。
東京出身の綱に聞かせた時は、『なんだ? 薔薇の花びらでも入れるんか?』等と言われ、軽くカルチャーギャップを味わったものだ。
絵麻が今日弁当に入れて来たのも、その"ばら寿司"であった。
四角い漆器の弁当箱の一面に椎茸、干瓢や蓮根等を混ぜ込んだ寿司飯が敷き詰められ、その上に絹サヤ、塩茹でした海老、錦糸玉子が色鮮やかに散りばめられている。
味の方も、中々のものだった。
昼食が遅い時間にずれ込んだ事もあり、俺は黙々と箸を運ぶ。
その隣で、同様に黙々と咀嚼していた絵麻は、飯を飲み込んでからペットボトルのお茶で喉を潤した。
先程俺が口を付けたものだ。と、言うか、そもそも絵麻はお茶を一本しか買っていない。
絵麻の目が俺の方に向けられる。
「いる?」
「……貰おう」
3分の1程に目減りした350ml入りボトルから、更に一口頂く。
(考えて見れば……)
隣で再び箸を手繰っている絵麻を眺めながら、俺はぼんやりと考えた。
(変な関係だよな、俺達は)
こうして恋人同士と言う関係になっても、以前と比べて取り立てて大きく変わった事等、直ぐには思いつかない。
家事の担当が替わったのは主に俺が受験生になったからだ。
相変わらず、俺達の関係は、家族と友達と恋人の間で、一寸家族寄りの位置に留まっている。
きょうだいとは違う、勿論父子でも母子でもない、それでも家族と言う微妙な関係。
彼女が家に来て一年足らず、何時の間にか回し飲みも平気でする様になった。
不満と言う訳ではないが、不安はある。
一般的なステレオタイプが通用しないので、どう振舞えば社会的に適切なのか、判断できない。
時折胸を熱くする恋情に身を任せるには、俺は臆病に過ぎる。
(まあ、こいつの体の事に比べれば、瑣末な不安だろうが)
因みに、綱にそんな事を愚痴って見た所、
『ンなもん、伊綾と絵麻ちゃんはあくまで伊綾と絵麻ちゃんだろ。
他のどの家族とも、友人同士とも、恋人とも違うんだから、自分たちで勝手に関わり方を決めりゃ良いんじゃねえの?』
等と、実に参考にならない意見を貰った。
自分達だけで関係を定義出来るなら苦労はしない。
明確な一線、例えばセックス、を越えれば、俺達は完全に恋人同士になれる、という訳ではないだろう。
そうではないと思うからこそ、色々な事に迷い、ずるずると先延ばしにしていた。
ふと、もしこのまま彼女と寝る事なく別の時が来たならば、自分は"ヤって置けば"良かった等と後悔するのだろうか、との疑問が頭を掠める。
直後、自分の下卑た考え方に嫌気が差した。
「ヤスミ」
気付くと、絵麻が心配そうに此方を覗き込んでいる。
「大丈夫?」
辛気臭そうな顔で暫く箸を置いていたのだから、心配されるに決まっている。
弁当が不味かったとのかと思われても不思議ではない。
誤魔化す心算はなかったが、俺は彼女の頭に手を伸ばした。
絵麻は少し驚いて見せるが、抵抗はしない。
「花びら」
「?」
「ついてる」
俺は軽く絵麻の頭を撫でる。
絵麻はくすぐったそうに目を細めた。
どうして、目の前の少女が愛しいと、そう思うだけでは不十分なのだろう。
綺麗な髪を指で梳きながら、俺は漠然とそんな事を思った。
*
- 92 :
- 「この望遠鏡はお勧めですよ。条件がよければ木星の大赤斑まで見えます。大口径ながら色収差のほうも……」
「はあ」
販売員の説明を聞き流しながら、俺はぼんやりと展示コーナーの方を眺めていた。
絵麻は別の店員のアドバイスを聞きながら、ずんぐりとした望遠鏡のスコープを覗き込んだり、架台を弄ったりしている。
さっきまで色々な望遠鏡を試していたが、今見ている物からは中々離れようとしない。
俺は販売員に断りを入れて、少女の方に近付いて行った。
「それ、気に入ったのか」
カタディオプトリック式とか言う形式の天体望遠鏡。
某有名メーカーのロゴ入りで、ネットでの評判も悪くなかったと記憶している。
絵麻は同軸ファインダから眼を離して、俺に向いて頷いて見せた。
「施設に置いてあったのと同じ」
「ほう」
彼女にとっては思い出の品、と言う事か。
絵麻に誘われるままスコープの具合を確かめていると、絵麻に付いていた店員が詳しい説明をしてくれる。
「三脚も架台もしっかりしていますし、良い品です。
私が使っているのは反射式ですけど、ここの会社のは外れがありませんよ」
「持ち運びとかはどうですか」
「口径の割りに軽量ですし、分解も簡単ですから、旅行にも持って行き易いですね。
衝撃に弱いので、専用のケースが必要になりますが……」
店員の説明を聞きながら、携帯電話を使ってネットでの評価や通販価格を確認する。
保障やらオプションやらを含めると、ここで買うのも悪くない選択の様だ。
俺は隣で説明を受けている絵麻に向けて提案した。
「じゃあ、これにするか」
絵麻は吃驚した様な目で俺を見る。
「高いよ」
苦笑する店員。
「初心者向きでもっとこなれた値段のものもありますよ」
「こいつが使い慣れてるなら、それが一番です」
俺の取り出した財布を2人して覗き込む。
それなりの額が入っているが、目的の値段には届いていない。
「お前も三分の一出せ。折半にする。親父も幾らか出してくれるらしいから」
きょとんとする絵麻。
「俺へのプレゼントも、それで良い」
「いいの?」
申し訳無さそうな顔をする絵麻。
確かに、絵麻と違って俺は天文には余り興味が無い。
けれど、彼女と共に天体観測が出来るのなら、金を出すに値する。
十分、俺へのプレゼントになると思う。
「ご進学祝いか何かですか?」
保証書やらに記入しつつ、店員が尋ねて来る。
「誕生日なんです」
俺は絵麻の肩に手を置いて答えた。
「今日が俺ので、明日はこいつの」
*
- 93 :
- 「何が見える?」
絵麻は望遠鏡から眼を離し、俺の方を向いて首を振った。
「なにも」
俺も並んで薄暗い夜空に眼を凝らしてみるが、相変わらずぼんやりした月しか見えてこない。
空が完全な暗闇で無い時点で、曇っているのは間違いないだろう。
どう考えても、天体観測には不向き。
それなのに、絵麻はさっきから飽きもせず、何も映らないスコープを覗き込んでいる。
別に、高い物買って貰ったから使わなきゃ、とか、義務感でやってるなら止めといた方が良いぞ。
等と、興を削ぐ言葉は、喉の奥に飲み込んだ。
絵麻は、純粋に、望遠鏡を楽しんでいる様子だったから。
「何が楽しいんだ」
だから代わりに、訊いて見る。
絵麻はスコープに目を付けたまま、首を傾げる。
「真っ暗だから」
「は?」
暫くして、絵麻は良く意味の判らない答えを返した。
「真っ暗だから、予想もできない何かが隠れていて、次の瞬間それが見えるんじゃないかって」
そんな期待を、してしまうのだと言う。
ふと、子供の頃の自分を思い出す。
母親から借りたカメラを持ち出して、フィルムも入れずに其処彼処に向けてシャッターを切っていた。
ファインダー越しに見える風景が、何時もと違って見えて、何もかもが新鮮だった、そんな記憶。
「……訳が判らん」
俺は憮然として溜息を吐いた。
白い息が何も無い空の彼方に拡散して行く。
絵麻は心配そうな顔で俺を見る。
「寒い?」
答える代わりに、俺は絵麻の背後に回って、背中を抱き締めるように座り直した。
絵麻は僅かに逡巡した後、腰を浮かせて俺の膝の上に乗る。
暖かい重みが、胸の中にすっぽりと納まった。
「夏休みだが」
絵麻は前を向いたまま頷く。
俺は彼女と共に空を見上げたまま続けた。
「何処か田舎にでも行かないか。
俺は受験勉強があるから長くは行けそうにないが。
きっと、ここよりずっと星も綺麗で――――」
願わくば、来年も、再来年も。
その先も、ずっと。
取り留めの無い話をしながら、ふと視線の端を、流星が流れたような気がした。
*
「……こんなものかな」
使っていた望遠鏡を再び分解してケースに収納し、絵麻の部屋の押入れに押し込む。
一仕事終えた途端、急に寒さを意識した。
風呂はもう入ったので、後はさっさと布団に入ろう。
「今日はもう遅いし、俺は戻るぞ。
お前も早く寝ろ」
欠伸交じりにそう告げると、ドアノブに手を掛ける。
と、反対側の手が、小さなぬくもりに包まれた。
「絵麻?」
絵麻は俺の手を握ったまま、無言で俯いている。
手を握り合ったまま、二人立ち尽くしたまま。
「どうした」
痺れを切らして問い掛けたその時、唐突に金属的な振動音が響いた。
午後零時を告げる時報。
今日が昨日になり、明日が今日になった。
- 94 :
- 時報の余韻が終わる。
絵麻が顔を上げた。
一寸赤く染まった頬。決意を湛えた真っ直ぐな視線。
俺と絵麻は微かな電熱球色の照明の中、見詰め合う。
「ハッピーバースディ、絵麻」
どちらからともなく、瞼を閉じる。
唇に、温かな温度が触れた。
*
大きなタオルケットを敷いたベッドの上で、二人向かい合って座る。
絵麻は何故か正座したまま、三つ指を付いて深々とお辞儀をした。
「ふつつかものですが」
「否、普通お願いするのは男の方なんだが……」
恐らく緊張を誤魔化す為なのだろうけれど、肩の力が抜ける。
こう言うのを、雰囲気に流された、と言うのだろうか。
けれど、二人にとって、これは今日でなければならなかったのだと思う。
奇しくも、俺が18歳になった直後、彼女が16歳になった、今日この日。
目を瞑り、唇を合わせながら、細い背中に腕を回す。
正面から抱き締めた華奢な体は、強い緊張の色を帯びていた。
「大丈夫か」
腕の中で小さく頷く絵麻。
俺も今更自分を止められる自信がなかった。
寝巻きの上から、少女の体に触れる。
二の腕から胸、下腹、腰、内股にかけて。
満遍無く、強過ぎない様に。
柔らかい様で、しっかりとした弾力もある、不思議な感触。
所々で、熱を帯びた吐息が絵麻の口から零れる。
「脱がせるぞ」
絵麻が頷くのを待って、手探りで寝巻きのボタンを一つ一つ外して行く。
上着がすとんと落ちると同時に、絵麻は少し腰を浮かせてくれる。
ボトムスの裾に指を掛け、下に下ろしていくと、白い腿が露になった。
ボトムスを引き抜いている間に、絵麻は自分からシャツを脱ぐ。
レースのあしらわれたブラジャーとパンツ。
下着一枚になり仰向けに転がる絵麻の姿を見て、俺は思わず唾を飲み込んだ。
丁度良い大きさの膨らみを包み込む薄い布地、その下の白い肌。
顔は此方に向けているものの、恥ずかしいのか瞳は微妙に逸らしている。
妖艶さと初々しい羞恥とを備えたその佇まいには、中々に"クる"ものがあった。
俺が見蕩れている隙に、絵麻はつと俺の顔に手を伸ばす。
眼鏡が取り上げられ、視界がぼやけた。
「何をする」
「恥ずかしいし」
そのまま俺の胸元に手をやり、プチプチとボタンを外しに掛かる。
早く肌を合わせたくて、俺も手早く服を脱ぎ捨てた。
トランクス一枚になると、下着姿同士、向かい合う形で座る。
自然、唇と唇を寄せ合う。
何度となく、啄ばむ様なキスを繰り返した後、息継ぎに口を話した隙を付いて、突然絵麻は身を乗り出し俺の耳朶に齧り付いて来た。
齧ると言っても、歯は当てず、舌と唇で甘く挟み込まれただけ。
ふう、と暖かな吐息を感じて、俺はぞくりとした。
- 95 :
- 「……おい」
絵麻は止める素振り見せず、耳や首筋に舌を絡めて来る。
「言って置くが、俺に限って言えばそんな所に性感はないぞ」
絵麻は動きを止めて一旦身を離し、何事か考え込む。
ひょっとすると、こいつにとっては気持ちの良いスポットなのかも知れない。
俺はお返しとばかりに絵麻を抱きかかえると、耳元に口を寄せた。
「……俺もさせてもらう」
小さく囁くと、絵麻の躯がピクリと震えたのが判った。
舌先でそっと、形の良い耳朶の窪みをなぞる。
断続的な身震い。
反応に気を良くして、俺はそのまま耳を攻め続けることに決めた。
腕でしっかりと温かい体を抱きかかえたまま、口だけを使って、絵麻の左耳を弄繰り回す。
耳朶の裏から、中に掛けて、丹念に。
舌先が耳の穴に達し、腕の中からくぐもった様な声が漏れ出た。
やり過ぎたかと思って口を離す。
絵麻は緩い拘束から逃れると、何を思ったか、そっと俺の股間に手を伸ばした。
指先がトランクス越しに其処に当たると、俺は総毛立った。
絵麻はそのまま、少しずつ、焦らす様に俺のいきり立っている部分をなぞって行く。
白く細い指先が、俺のペニスを撫で回している。
生まれてこの方、味わった事の無い感覚だった。
呆然としている俺を、絵麻は得意げな顔で見上げて来る。
「こら」
俺は我に返って絵麻を止めようと腕を伸ばす。
絵麻はするりと逃れると、そのまま俺の胸に体重をかけ、押し倒した。
マウントポジションを取った絵麻は、尚も挑発的な笑み。
「……良い度胸だ」
俺は腹筋に力を込めると、主導権を奪え返すべく反撃に移った。
絵麻は笑いながら逃げ回る。
何だか無性に可笑しかった。
まるでプロレスごっこだ。子供のやる事と変わりない。
一頻り、倒したり倒されたり、絡み合ったりした後、俺達はぐったりと横向きに倒れ込んだ。
事を終わらせる前に疲れていてどうするんだと、自分に突っ込みたくなる。
俺は息を整えると、上体を起こしはしたもののまだ息を大きく吸っている絵麻の背後から抱き付いた。
彼女の首筋に顔を埋めて、乳房に手を伸ばす。
絵麻はピクリと震えた。
両手で、両の乳房を、そっと包み込む。
暖かな弾力が伝わる。
出来るだけ優しく揉んだり、揺すったり。
手を動かしていると、レース生地越しではあるが、薬指に少し固い突起が当たった。
絵麻が息を呑む。
突起を指で軽く抓ると、絵麻は脚をもぞもぞと蠢かせた。
- 96 :
- 「嫌か?」
絵麻は小さく首を振った。
そのまま俺はブラの生地で擦る様に乳房の先端を擦る。
腕の中の少女が切なげな吐息を漏らす。
「直接触るぞ」
一言断って、俺は既にずれていたブラジャーに手を掛ける。
フロントホックなので、慣れない俺でも外し易い。
ブラはあっさり外れ、適度な大きさの双球が外気に晒される。
正面に回りこんでじっくり鑑賞したい願望も有ったが、俺は先端を攻め続けるのを優先する事にした。
人差し指と親指で直接摘むと、其処は想像以上に固く尖っている。
両方の乳頭を弄っている間、絵麻はぎゅっと眼を瞑って内股を擦り合せていた。
「下も触って良いか?」
絵麻が再度頷くのを待って、俺は右手を彼女の下半身へ。
臀部にも、乳房程ではないものの、柔らかさとボリュームが感じられた。
まず尻から、なぞる様に、秘められた場所に指を伸ばす。
下着越しに其処に触れる。
そこは既に湿り気を帯びていた。
布地を少しずらし、内側に指を滑り込ませ。
薄い茂みの下部、スリットに触れる。
その時ばかりは、絵麻の全身が強張った。
指を一旦止め、強く抱き締めつつ首筋に唇を寄せる。
絵麻は体を捩り顔を此方に向けた。
唇同士を合わせながら、乳房と尻をそっと撫でる。
キスを繰り返す内、少女の躯から力が抜けて行く。
再び秘場に指を伸ばすと、絵麻は腰を僅かに浮かせてくれた。
股間を覆う布地を引き抜くと、彼女を覆うものは何もなくなる。
ベッドの上、仰向けに転がる全裸の絵麻を見下ろす体勢に。
改めて全体を眺めると、バランスの取れた筋肉と脂肪と骨格の組み合わせは、何か神々しい美しさすら含んでいた。
今度は唾を飲む音を隠せていたかどうか判らない。
眼鏡が欲しいと切実に思った。
屈み込んでキスしながら、右手を再び彼女の股間に持って行く。
手探りで、慎重に裂け目を掻き分ける。
絵麻は小さく震えながらも、拒む素振りは見せない。
中指で裂け目を押し広げつつ、人差し指で外壁をかき回す。
中は狭く、指一本でも四方から抵抗に合う。
慎重に、奥へ奥へと進んで行く。
指先が小さな核に触れると、彼女は眉を寄せて目を強く瞑った。
タオルの生地を掴んで、必に何かに耐えている。
俺は身を乗り出して、絵麻の首筋に顔を埋めた。
中が見えないので手探りになってしまうが、仕方が無いだろう。
- 97 :
- 「頭か首、掴んでろ」
絵麻が頷いたのが判った。
首に両腕が回される。
一寸苦しいが、体勢は大分安定した。
俺は膨れた部分を傷付けない様に、そっと指で転がす。
彼女の奥から、少しずつ密が溢れて来るのが判る。
首に吸い付きながら、陰核を集中的に弄り回す。
徐々に彼女の吐息は陶酔の色を増して行く。
もう良い塩梅か。
俺は首に回せれた絵麻の腕を解いて、一旦体を離すと、顔を彼女の股間に埋めた。
眼前に彼女の性器が晒される。
今まで嗅いだ事の無い、不思議な匂いがした。
絵麻が慌てているが、俺は構わず舌先をそこへと伸ばす。
「!?」
俺の舌が触れた瞬間、今度こそ絵麻は体を捩って暴れた。
「やだっ……! やす……みッ! そこ、き、きたな――――」
「汚くないって」
両腕でしっかり細い足を抑えつつ、俺は舌で肉壁を掻き分けて行く。
指で探った記憶を頼りに、膨れた部分まで辿り着いた。
皮を舐め回しながら剥いて行き、中に包まれた更に小さな突起に触れる。
絵麻が喘ぐ。
その顔が見れないのが残念だ。
核を舌で撫でる度、周囲から滔々と水気が溢れ出る。
躯の震えがより断続的に、強くなって行く。
「やす、み。も、もう――――」
俺がそこに強く吸い付くと同時に、彼女の腰が浮いた。
膣壁が強く収縮する。
絵麻が声にならない声を上げた。
顔を離すと、裂け目から粘度のある液が溢れ出る。
何度か小刻みに震えた後、少女はぐったりとベッドに倒れた。
「大丈夫か」
絵麻は俺に背中を向けたまま、黙り込んでいる。
「絵麻?」
「……へんたい」
暫しの沈黙の後、拗ねた様な声が返って来た。
「汚いって、言ったのに」
「そうは言うがな」
その後ろ髪を弄りながら、俺は弁解の言葉を捜す。
「今気持ち良くなっとかないと、後が辛いかも知れないぞ」
とは言え、彼女の体力如何では、続きが出来るかどうか判らない。
絵麻はゆっくりと上半身を起こすと、俺の方に向き直った。
そのまま俺に掌を差し伸べる。
言わずとも、彼女の意図は判った。
- 98 :
- 手を取り、熱の残る体を密着させて、唇を合わせる。
俺はトランクスを脱ぎ捨てると、絵麻の背中に手を回して、正面から向かい合う形でそっと彼女の体を横たえた。
先程自室から持ち出したコンドームの包みを破り、手間取りながらも固く屹立した自分のペニスに装着する。
絵麻はそれを不思議そうな目で見ていた。
「つけなくてもいいのに」
「日本では一応着ける事が礼儀になっているんだよ」
彼女に妊娠の心配が無いのは判ってはいるが。
「……いいか?」
彼女は一度頷いた後、暫し考え込む素振りを見せる。
「――――お願いがある」
「何だ」
優しくして欲しいとか、そう言う言葉を予想していた。
変哲の無い予想を裏切り、彼女は笑ってこう告げた。
「ちゃんと、痛くして欲しい」
願わくば、記憶に残るぐらいに、と。
「そんなお願いは、出来れば叶えたくないぞ……」
俺は既に先走りを垂らしているペニスを、彼女の中心に向けた。
絵麻は脚を開いて俺を導いてくれる。
先端が濡れた裂け目に触れる冷たい感触。
何度か道筋を探り、進むべき場所に辿り着く。
少し力を込めて、腰を進める。
絵麻は切なげに濡れた瞼を揺らした。
異物を受け入れる不快感か、彼女が望んだ痛みなのか、それとも快感か。
俺は彼女の頬に手を添えて摩りながら、先へと進む。
赤黒く膨れた先端がゆっくりと、ゆっくりと飲み込まれて行く。
中は、思う以上にきつい。
漸く先端が絵麻の中に埋まり切り、俺は一息吐いた。
「痛くないか」
絵麻は首を振る。
少し安堵して、俺は進行を再会した。
竿と膣壁が擦れる度、凄まじい電流が脳を焼く。
歯を食い縛って、込上げる射精感を耐える。
彼女の中はかなり濡れている筈なのに、それ以上に狭く、俺の侵入を拒む。
しかも擦れる度、壁面が強く締め付けてくるのだ。
最後まで辿り付けるかどうか、自信がなかった。
俺は痛くないと言う彼女の言葉に甘え、腰を少し落として、力を強く込める。
何かを突き破る感触。
生々しい音共に、ペニスは彼女の中に飲み込まれた。
絵麻は瞼を強く瞑って、首を左右に振る。
今度ばかりは、流石に。
- 99 :
- 「痛かったか」
「……ちょっと」
絵麻は僅かに躊躇ってから、少しだけ嬉しそうに、肯定した。
「済まない」
俺は屈み込んで彼女に口付けてから、膣の中を動き始める。
四方から力が掛かるので、引き抜くのも一苦労だ。
結合部の隙間から、赤の混じった透明な液体が零れる。
彼女のそこを初めて貫いた、その証。
その事実に、彼女の苦痛に、強い興奮を覚えている自分が居て。
それを自覚した時、俺は強い自己嫌悪に襲われた。
「ヤスミ」
そっと、頭の上に手が置かれる。
顔を上げると、絵麻が優しく微笑み掛けてくれていた。
「……済まない」
矢張り俺は謝る事しか出来なくて。
そんな俺の頭を、絵麻はそっと撫でている。
「……もう少し、我慢してくれ、な」
頷く絵麻。
俺は挿入を再開した。
最初挿れた時よりは多少は緩くなってはいるが、相変わらず、きつい。
僅かに萎え掛けていたものが、忽ち勢いを取り戻す。
中断がなければ、疾うに達していただろう。
経験したことも無い程の快楽が長引いたせいか、頭の軸が痺れている。
下半身が、別の生き物になったみたいだ。
絵麻を痛がらせて置きながら、快楽を貪っている自分に嫌悪を覚えつつも、動きは止められなかった。
少しでも痛み以外の何かを与えたくて、乳頭を弄ったり、吸い付いたりしつつ。
反対の手で腰を掴んで、絵麻の中を掻き回し、突き上げ。
腕の中にある、泣きながら笑う少女の存在で、胸を一杯にしながら。
ある瞬間、ぷつんと張り詰めた糸が切れるかの様に、俺は彼女の中で果てていた。
体の中から熱量が彼女の方へと流れ込んで行く感覚。
心臓の音と二人の息遣いだけが、頭の中で鳴り響いている。
とくん。とくん。とくん。
脈打つ度、ペニスが快楽に震える。
一滴残さず、体の中にある全てを絞り尽くすかの様に。
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