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【サイバーパンク】トラブルシューター!【TRPG】 (101)
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【サイバーパンク】トラブルシューター!【TRPG】
1 :2013/08/16 〜 最終レス :2013/10/23 人類がこの世に生を受けてから数千年。遥か未来において人間はついに完全を手に入れました。 義体化技術が進歩し、電脳化された人類は既に不死に手を掛けつつある、そのような時代。 高度なAIにより永遠の繁栄を約束された世界、その中でも特に大きな都市があります。 その名はエ・テメン・アン・キ。 天と地の基礎となる建物を意味する名を関する、超高層都市群です。 上層から下層まで、無数の人々が暮らし、無数の人々が都市を、空間を拡張し続けている、生きた都市。 日々フロアが増え、日々新たな建造物が立つそれは、現代のバベルと言い換えても宜しいでしょう。 しかし完全にコンピュータが管理しているとは言え、その都市に住むのは人間です。 人が人である以上、時には事件も起こりますし、広大な都市にはあらゆるトラブルが潜んでいます。 それを解決するために存在しているのがあなた達、『トラブルシューター』なのです。 法令に従った所定の手続きによって特殊な武装及び技術を扱う権利を与えられたあなた達は都市に蔓延るトラブルを解決する事が義務となります。 仕事の内容はピンからキリまで。コンピュータの整備や、不法に拡張された区画の探査、凶悪犯罪者の捕縛など多種多様。 時には一人では解決できない任務も存在するでしょう。 高価な義体が一瞬でスクラップになるような危険、記憶データの喪失などの危険も多い仕事です。 ですが、あなた達にはこの道を選択する価値を見いだせるはずです。いや、そうでなければ此処に来てはいない筈。 あなた方は、『トラブルシューター』となる事で、前時代的な『人』として生きることが許されます。 『人』のように死に、『人』並みに恋をし、感情のままに怒り、辛い時には哀しむ事があなた達にはできる。 『人』らしく生きたいならば、あなたは『トラブルシューター』になるべきでしょう。 管理された生命など、もはや『人』ではなく『ヒト』なのですから。 ――話が長い? 申し訳ございません、癖でして。 これより、トラブルシューター志願者の登録作業を行います。 私はクリアランスランク『C』を担当している、事務官のジムニと申します。 以下の資料をお配りしますので、目を通し次第手続きにお移りいただけますようよろしくお願い致します。
2 : 【ローカルルール】 ジャンル:サイバーパンク冒険活劇 コンセプト:エセSF世界でクエスト攻略しながら都市を平和にする 決定リール:あり ※1 変換受け:あり ※2 ○日ルール:5日 版権・越境:禁止 敵役参加:自由 避難所の有無:千夜万夜にて ※1決定リール このスレは決定リールを採用する。 決定リール……自分の行動が相手に与えた結果を書いていいというルール。 例:オレは殴り掛かった!(行動)お前は吹っ飛んだ!(結果) ※2変換受け 他人がやらかしてきた決定リール、設定操作をキャンセルしていいというルール。 許可不許可に拘らず全員に常時発動。 許可した手前……等という遠慮は無用。気に食わない事があればどんどん蹴るといい。 そこから発展して、このスレでは前の人のレスを自分なりに変換して受けていい事とする。 前に出た設定を世に広く知れ渡っている通説であった事にして、真実の設定として別の設定を出す等。 一言で言ってしまえば"後出し優先"のルール。 実はキミは神の一族だった! →例1:いえ、神の一族ではなく紙の一族です →例2:……という夢を見たんだ。 ・途中参加・FO・不定期参加・複数PC掛け持ち自由 FOとは何の連絡も無くスレを辞める事。不定期参加とは文字通りの超のんびりした不定期の参加。 このスレでは自由とする。ただし、上記7日ルールが容赦なく適用される事に留意されたい。 途中参加自由。レス順無し。一回の分量制限も無し。書きたいときに書きたいことを書きたいだけ書けば良し。 ・表記方法 自由。 地の文で行動等を書き、「」内に台詞を書く小説式以外に 地の文でセリフを書き、()で行動等補足するという台本形式も可。 わかりやすければなんでも良いです。 ・キャラクターメイクのルール サイキックはサイボーグ化する事ができません、以下の組み合せが可能なものとなります 一般人+秘匿技術サイボーグ+普通武装 一般人+通常サイボーグ+秘匿技術装備 一般人+生身+秘匿技術装備 サイキック+秘匿技術サイボーグ(専用チューンなどの設定が有ればOK)+通常武装 サイキック+生身+秘匿技術装備
3 : 【テンプレート】 名前: 性別: 年齢: 身長: 体重: クリアランスランク: 外見: 来歴: 備考: 装備・秘匿技術: 技能・異能力: 【世界観説明】 ◇トラブルシューター◇ 各国家、都市の要請を受けて、国家や都市で起こる事件や問題を解決する職業。 国家直属のシューターは少なく、斡旋企業等に登録し、企業によって管理されている例が殆どである。 極めて危険な職業であり、義体及び記憶バックアップの喪失も極希に起こる。 しかし、その分他の一般市民と違い、ある程度自由に行動する事が許されている為自由を求めてトラブルシューターを志す人間も少なくない。 報酬は極めて多額。生き抜くことさえ出来れば、生活に不満を抱くことは無いだろう。 ◇クリアランスランク◇ トラブルシューターに与えられる権限の事。 CからAまで存在しており、任務の達成率や、達成任務の難度、人格などから査定される。 高ランク程強力な科学技術や義体及び兵器の使用が許可されやすい。 これは信頼度の低い者に危険な技術や兵器類が渡らないようにするためのルールである。 原則トラブルシューターは皆Cランクからスタートすると規定されている。 ◇サイボーグ◇ 本来の肉体以外のもので身体を補ったり強化している生物のことをここではサイボーグとして扱う。 かなりポピュラーな技術であり、現生人類の半数以上は肉体の何処かをサイボーグ化しているとされる。 当然ながら、トラブルシューターのサイボーグ率は高い。 そして非合法なパーツや装備も存在し、それらの一部には秘匿技術が用いられクラッカーの凶悪犯罪の一助にもなっている。 ◇サイキック◇ 過酷となっていく環境で進化していく中で通常人類とは異なる形質を獲得した異能力者。 その能力は多彩であり、生身でサイボーグと互角に渡り合える実力を持つものも見られる。 近年徐々にではあるが増加しつつあり、これは発達した医療や遺伝子改良の影響であるとされる。 脳の異常発達などで科学的説明が成される場合もあるが、科学で説明しきれない能力が大半を占める。 彼らはその力の行使を政府から制限されるため、それらから開放されるためにトラブルシューターの道を選ぶものが多い。 また、逆に政府に反抗する道を選び後述するクラッカーと成り下がるものも少なくない。 ◇クラッカー◇ 秘匿技術を不法に使用する犯罪者全般を指す。 中には不法拡張区画に身を潜め集団を形成している者もいるようだ。 彼らの起こす凶悪犯罪の鎮圧などがトラブルシューターの主な仕事となる。 キディと呼ばれる底辺から、ウィザードと呼ばれる裏の顔役までランクは様々。 しかし、下級ですら一般人にとっては危険そのものである。 ◇秘匿技術[ブラック・アート]◇ 未だに公的に開放されていない科学技術の事を指す。 実験段階であったり、危険性が高い技術などが秘匿技術に当たる。 例を出すとすれば、単なるレーザーガンではなく打ち出した光線の軌道操作が可能なレーザーガン、 他には知覚を拡大する事で数百m先の隠遁者の存在を確認できるなど、危険かつ高度な技術が目白押しである。 Cランクの場合は、この技術を使用した武装、道具、義体を一種類のみ運用する事が許されている。 凶悪犯罪者達が漏洩した技術を使用している場合も有り、トラブルシューターに使用が許されているのは毒をもって毒を制する意図が強い。
4 : 避難所 http://yy44.60.kg/test/read.cgi/figtree/1376654683/
5 : ランクはAでもBでもいいの?
6 : 避難所>>17 私は潔白で、規制は巻き添えです 恐らくは他方でも述べられているP2の共通IPが原因による誤解でしょう だが残念な事に俺はまだ新米だ。俺の人格を証明出来るような要素は殆ど皆無だ だから最終的な判断はスレ主に委ねざるを得ないだろう が、俺はこのスレの宣伝がされた時から積極的に質問をしてきた それはこの世界を少しでも早く理解し、馴染みたかったが故だ 俺は好き好んで他人に嫌われ、自縛する趣味を持つような変態じゃない
7 : 避難所が多すぎてワケワカメ
8 : エ・テメン・アンキ49階層、違法拡張地域。 完璧に管理されている都市とは言えど、管理計画に従って動くのは万能のコンピュータではない。 不測の事態によって開発が一時的に停止される場合などがあり、この地域はそういった例によって生まれた開発停止地区。 一時的に最低限の管理しか成されていないそれらの場所を、クラッカーや法に反する自由を求める人々は即座に嗅ぎつけ群がり始める。 強化合金製のバリケードが幾重にも重ねられ、数百の空中設置型ナノカメラが辺りを警戒するそこは、違法拡張地域の入り口の一つだった。 49階層天井部に浮遊する飛行船から、眼下の違法拡張地域は観察できたことだろう。 そして、地磁気を活用して浮遊する飛行船のエントランスに、一人の女がエントリーする。 OL風のパンツスーツ、セルフレームのメガネ、ボブカットにした桃色の髪と瞳。 どことなく物腰の柔らかい女の雰囲気は、緊張を和らげようと心がけている様子が伺えるだろうか。 「――クリアランスCの皆様、今回の依頼をお受けいただきましてありがとうございます。 今回案件を担当する、オペレーターのジムニと申します。以後、お見知りおきを。 現状この案件の派遣許可ランクはC。あなた達で十分であるという判断をくだされた依頼であります。 ここまで多くの人員が割かれた以上、拡張地域の探索は十二分に可能。そう判断しております。 ……今回任務は、あくまで戦闘ではなく探索と救出。必要がない限り戦闘は回避してくださるようお願い申し上げますね?」 女は、手元の資料と名簿を確認しながら、皆に向かってよく通る声で今回任務についての説明をしていく。 任務についての資料はすでに総員に配られている。 以下が資料の内容である
9 : 探索地域:49階層東部違法拡張地域 この領域の広さは10平方km程であり、高層ビルや劇場、サロン等のある元歓楽街。 しかしながら、現在は違法な空間拡張によって開発中止した4年前の様相を残している地域は少ない。 各所にバリケードが有り、違法組織の拠点付近には警備アンドロイドなどが闊歩しているとの事。 今回の任務は違法拡張地域の探索と行方不明者の救出である為、違法組織には最低限の接触に留めること。 ・消息不明人物リスト 市民A 10歳男性 識別ID:49-61641318-1-0-0-0 二ヶ月前に市民Bと一緒に違法拡張地域に入る姿が付近住民から確認されている。 即座に当局に通報が有り、警察官が派遣されることとなった。 生存確率は極めて低いと思われる。 市民B 12歳女性 識別ID:49-61641890-1-0-0-0 市民Aと共に違法拡張地域に入る姿が確認されている。 生存確率は極めて低いと思われる。 警察官A 46歳男性 識別ID:56-10621142-1-0-1-0 私服での潜入探査時に行方不明に。2ヶ月前に行方不明になっている。 サイボーグであり、飲まず食わずでも半年は生命維持が可能な為、外傷がなければ生存している可能性は高い。 また、後述するもう一名と組んでいた為、一緒にいる可能性もありうる。 警察官B 24歳女性 識別ID:86-00603687-0-0-0-0 Aと同じ時期に行方不明になっている。 サイボーグではないが、携行装備に非常食がある、生存している可能性はある。 警備兵A 33歳男性 識別ID:65-34759238-1-1-0-0 警察官の行方不明事件を受けて派遣された、エ・テメン・アンキの警備隊所属の兵士。 サイキックであり、今回は限定的にサイキックの使用を許可されての派遣であった。 後述するBとチームを組んでおり、長期間の潜入を予想した装備。 警察官よりも生存率は高いだろう。 警備兵B 27歳男性 識別ID:52-13451364-1-0-1-0 Aと同じ理由で派遣された兵士。 高性能サイボーグであり、戦闘を予定したチューンナップを施されての派遣であった。 ・意識不明者の状態について 半覚醒状態を維持したまま、いうなればレム睡眠の状態のまま数ヶ月眠り続けている。 発見から現在まで、ずっと夢を見続けているという事だろう。 現状生命維持の上での問題はないが、行方不明者も同じ症状である可能性もありえる。
10 : 以上の資料と、探査レーダー、食料などの基礎装備が皆に配備されていく。 それぞれの装備に不備がないか、ジムニは確認していき、問題がない事が確認できれば、全体を見回し口を開く。 「探査任務の前に、皆さん互いに名乗っておいたほうがいいんじゃないでしょうか? やっぱり命を預ける相手ですしね、仲良きことは生存率と任務率の上昇にも繋がりますしね?」 トラブルシューターは、社会適合性は低いものが多いが、それでも法に触れては居ない市民の一人。 ならば、しっかりと人格を持った1人の人間として接するのは当然であるのは道理である。 故に、ジムニは皆に気を使い、精神安定成分の含まれた高栄養ドリンクをおまけに配布しているのだった。 飲めばとりあえずの所3日は食料の補給は必要なく、ある程度疲労は無視して行動できるすぐれもの。 それを飲みつつ、エネルギーバーでもつまみ、降下までの間談笑していても良いだろう。
11 : 名前:ディーク・ベーキア 性別:男 年齢:20歳 身長:62.6インチ 体重:176.3ポンド クリアランスランク:C 外見:スキンヘッド、小柄で痩身 来歴:民間のトラブルシューター養成学校を今年卒業、今回が初任務の新人 備考: ピカピカの新人トラブルシューター 裕福な家庭で生まれ育ち、苦労知らずの生意気な性格 幼い頃は稀に見る虚弱対質であったため、その時から身体の大半を義体化している 両親の財力で機械部分の材質は軽量で頑丈な高級金属を使用しているため、体重は軽い 装備・秘匿装備: ・使用義体…ヴィテウセンシャル・リッチモデル 腕部の換装が専用設備無しで自前で可能なヴィテウス社製の義体。 その中でも、素材に軽量かつ頑丈な高級金属の「シフェール合金」を使用した高級品。 そのため、一般普及の義体よりも頑健で、重量も軽く本体への負担が少ない。 美しく艶のあるホワイトシルバーの外甲が特徴的。 ・秘匿装備…アームドアーム「ワイヤードウェポン・プロトタイプゼロ」 右腕のノーマルアームと交換して装着される秘匿装備。 漆黒のカラーリング、肥大化した肩部アーマーと二の腕が特徴。 一の腕や掌部がワイヤーで接続されており、切り離して飛ばすことで離れた相手を攻撃できる。 また、複数の固定武装を搭載しており、距離を選ばない運用が可能。 この武装の秘匿たる所以は、切り離した腕を自在に制御可能な点である。 射出された腕は反重力発生装着で浮遊し、複数のバーニアで複雑な機動が可能。 ワイヤーは引き戻し補助のためのもので、切断されても制御・運用には全く影響しない。 各種固定武装 ・レーザークロウ 掌部の指から発生する近接戦闘用の赤いレーザー刃、最大で長さ1メートルほどまで展開可能 ・ヴァリアブルチャージャー 掌部に内蔵されたビームガン、速射性に優れる他チャージショットも撃てる ・セカンドアームガン 腕を射出したときにのみ使用可能な武装、二の腕の接合部から撃つビームガン ・ショルダースパイク 肩部アーマーに内蔵された実体衝角、使用時に展開され急な接近戦に対応
12 : >>11 とりあえずこちらへ! サイバーパンクTRPG トラブルシューター! 避難板! http://www3.atchs.jp/troubleshooter/
13 : 『Ready,set,hut,hut,hut――』 クォーター・バックのコールが聞こえる。 聞こえるのは、それだけだ――客席からの声援は完全にシャットアウトされている。 サイボーグ化による聴覚フィルタリング――ではない。 極限まで研ぎ澄まされた集中が、余計な物を削ぎ落としていた。 『――hut,hut,hut,hut!』 七つ目のスナップカウント――クォーター・バックへボールが渡る。 瞬間、男は地を蹴った。 アメフト選手にしてはやや小柄/代わりに見せる爆発的な筋肉の瞬発力――名はデヴィッド・テイラー。 ポジションは――ワイドレシーバー。 コーナーバックが並走してくる/このままではパスは受けられない。 だが問題ない。ウチのチームのディフェンシブチームは揃いも揃ってゴリラみてーな奴ばかり―― ――テイラーは軽く笑みを零し、自分に付き纏うディフェンスへ視線を向ける。 必死に喰らい付いて来ているが――さっさと振り切ってやる。 首を左へ回す――狙うは視線の向きの誤認。上半身を敢えて左へ揺らす――虚偽の重心移動。 引っ掛かった。コーナーバックが左へブレる。 揺らした上半身を前へ戻す/反動で加速――ディフェンスを完全に置き去りにした。 上体のみで振り返る/パスが放たれた――エンドゾーンへ直接ブチ込むロングパス。 前進の勢いはそのままに反転/跳躍――そして掴んだ。 直後に、爆轟の如き歓声が上がった。 世界に音が返ってくる――この瞬間が、デヴィッドは堪らなく好きだった。 自分が素早く、技巧にも長け、跳躍力も兼ね備えた、完璧で幸福な存在だと強く自覚出来るからだ。 『――またやりやがったなデイブ!お前がフィニッシュを決めるのはもう恒例行事だな! 分かってるのに誰も止められねえ!全く大したエンターテイナーだよお前は!』 プロテクターを着込んだゴリラが、デヴィッドの背を力一杯に叩いた。 デヴィッドは軽く咳き込み――それから不敵に笑う。 「当たり前だろ。なにせ……完璧と奉仕は市民の義務だ。 勝って当然……その上で、盛り上げてやらないとな」 その笑みは自信と確信に満ちていた。 自分は高い能力に恵まれ、成功した――そしてこれからも成功し続けていく。 己の幸福な未来への疑いなど、彼は欠片ほども抱いてはいなかった。 ――数日後、デヴィッドはまたフィールドの上にいた。 点差は圧倒的/時間も残り僅か――彼のチームの攻撃が最後のワンプレイ。 つまり――――後はいつも通りだ。 分かっていても防げない――完璧なプレイを以って、観客達に幸福な高揚を。 ボールがクォーター・バックの手に渡る――駆け出した。 躍起になったコーナーバックが付いてくる――感情的で必死/完璧からは程遠い。 急制動/敢えて前を譲り/左右へステップ――どちらもフェイント。 姿勢を低く落とし、スピン――相手の体を最小限の動きで躱し、地面を強く蹴る。 爆発的な加速――真っ向から、縦に突き放した。
14 : エンドゾーン/振り返る――パスが見えた。 跳躍、両手を頭上へ、タイミングは完璧――――なのにボールが、指から擦り抜けた。 ――完璧なフィニッシュに、失敗した。 管理された市民達は、例え選手がしくじってもブーイングなどしない。 ただ、何も言わないだけだ。会場には歓声の代わりに、沈黙が満ちる。 今までに聞いたどんな歓声よりも痛烈な無言の非難が、その矛先をデヴィッドに向けていた。 「……クソッ!」 ベンチへ戻り、デヴィッドが拳を壁に叩き付ける。 「……なんで取り落とした。パスは完璧だった。 ディフェンスも余裕を持って抜いてた。しくじる筈がなかったのに……!」 一度は確かにボールを掴んだのだ。なのに取り落とした。 クォーター・バックが投げるボールはおよそ時速100km。そこにジャイロ回転が加わる。 だがデヴィッドの握力はその気になれば、それを片手で捕球出来る。 両手でのキャッチを失敗するなどあり得ない筈だった。 「……落ち着けよ。俺達は機械化級じゃないんだ。ミスをゼロにする事は出来ないさ」 クォーター・バックがデヴィッドの肩を軽く叩く。 「誰だってたまにはしくじる。俺だって常に会心のパスを投げられる訳じゃないんだぜ。 お前さんが上手い事キャッチしちまうから、目立たないだけでな」 それから少し離れた位置にあったドリンクの容器を手に取った。 「ほら、自信回復と行こうぜ。今度はちゃんとキャッチしろよ」 冗談めかした笑い――デヴィッドも釣られて笑い、右手を顔の前で構える。 ドリンクが放られて緩い放物線を描き――デヴィッドの右手の指先にぶつかって、床に落ちた。 クォーター・バックの表情が怪訝に染まる。 「おい……お前さん大丈夫か?」 「……大丈夫じゃないかもしれん」 ――診断の結果、デヴィッド・テイラーは神経変性疾患を患っていた。 本来なら受精卵の段階で発見され、遺伝子治療が施される筈だったが―― ――見落とされていたらしい。 既に症状として、指先の細やかな動作が出来なくなっている。 これから運動障害は全身へ広がり、また状況認識力や計画実行能力も損なわれていく。 スポーツマンとしては当然、致命的。 それどころか人並みの生活すら、出来なくなるのは時間の問題だ。 「……サイボーグ化すれば、良くならないのか?」 縋るような気持ちでデヴィッドは医師に尋ねた。 だが、彼の疾患は脳の神経細胞を欠落させていくらしい。 つまり――サイボーグ化しても、治らないという事だ。
15 : 彼は塞ぎ込んだ。 自分はもう完璧なプレイヤーには戻れない。 極限まで無駄を削ぎ落とした走りも、相手を観察し翻弄するフェイントも、 20cm背の高いディフェンスとだって競り合える捕球も、全て出来なくなる。 マネージャーからは受精卵を担当した医師をRすべきだと言われた。 発見して然るべき重大な障害を見落としたのだから当然だ、と。 だが、そんな事をした所で――全てを失った人生を生き長らえる為の金が増えるだけだ。 何の意味もない――デヴィットは完全に、失望に呑まれていた。 不意に――彼の携帯がコール音を奏でた。マネージャーからだ。 正直出たくはなかったが――自分を案じている人間を無碍に突き放す事は出来なかった。 「……訴訟の件なら、すまないが、俺はもう興味が……」 『あぁ、その件ならもう片が付いてる。 ウチの花型選手をよくも病気にしてくれたなと、チーム側で訴訟を起こす事になった。 医療ミスとお前の選手生命の因果関係は明白だ。そこを攻める』 チームが訴訟を起こす――つまりチームも自分がもう働けないと認識している。 より深い失望が押し寄せた。 「……あぁ、分かった。それじゃあ……こんな事になっちまって、すまなかったな――」 『――って、ちょっと待て!おい、切るなよ!もっと大事な話があるんだよ!』 「大事な……?」 『あぁ、よく聞け。……お前の病気、もしかしたら治るかもしれないぞ』 デヴィッドが息を呑む――だが、どうやって。 『秘匿技術の治療臨床試験だよ。医療技術センターにお前の症例を送ったんだ。 研究中の技術を一つ、流用すれば治療出来るかもしれんと返事があった。 秘匿技術と聞くと抵抗はあるかもしれんが……後はお前次第だ』 結果として――デヴィッド・テイラーは秘匿技術による臨床試験に参加した。 治療には恒常的に秘匿技術を体内に貯蔵する必要があり――つまり一市民には戻れない。 トラブルシューターとして生きるしかないと説明を受けて尚、そうした。 彼の中には一つの野心が生まれつつあった。 自分はトラブルシューターとなり、その職務を遂行する。 完璧にこなしてみせ、それによって市民達に幸福を齎す。 ――自分がアメリカンフットボーラーだった頃のように、戻ってみせるのだ、と。
16 : そして現在――デヴィッドは自宅のトレーニングルームにいた。 前方にはボールの射出機――初速設定は最大。 射出間隔はランダム――でなければリズム感のトレーニングになってしまう。 射出口を睨み、息を止める――射出音が響く。 時速100kmのボールがジャイロ回転しながら迫る様が、デヴィッドには、はっきりと見えた。 残る問題は掴めるか――右手を鉤爪のように鋭く振るった。 指先が熱い――高速回転するボールを、デヴィッドは確かに掴み取っていた。 深く、安堵の息を吐く。 アメフト選手には戻れないが、自分の肉体は確かに元に戻った。 「……だが、これだけで凶悪な犯罪者と渡り合えるのか?」 疑問が口をつく。 秘匿技術のナノマシンは確かに自分の体を元通りにしてくれた――が、それだけだ。 神経が代替品によって機能を取り戻しただけで、肉体的な強化が施された訳ではない。 正直、秘匿技術どころか、そこらのサイボーグにも力負けするだろう。 「とは言え……銃の支給を受けると言うのも、何か違う」 トラブルシューターには秘匿技術以外の武装を支給される権利がある―― ――だが、それで人を撃つと言うのは、どうも感覚的に受け入れ難かった。 「まぁ、そんな事は俺よりもずっと良く理解してる奴がいる筈だよな。 仮にも臨床試験なんだ。悪いようにはされないだろうが……どうなんだろうな」 独り言が増える――不安を完全に抑え込む事は出来ない。 今まで歩んできた人生とは、まるで異なる道へ踏み込んでしまったのだ。 最初の一歩目で落とし穴を踏んで、永遠の脱落に陥る可能性だってある。 「……筋肉が大分落ちちまってるな。少しでも戻しておいた方がいいか」 トレーニング機器に歩み寄る。 少しでも良い結果が出せるように努める――いつだってそうしてきた。 だから今度もそれをなぞる――そうすれば今まで通りに成功出来る気がした。 ――トレーニングを始めてから、暫しの時間が過ぎた頃。 ふと、支給されたトラブルシューター用の携帯端末がコール音を発した。 初仕事――指定された集合場所へと向かった。 『――クリアランスCの皆様、今回の依頼をお受けいただきましてありがとうございます。 今回案件を担当する、オペレーターのジムニと申します。以後、お見知りおきを。 現状この案件の派遣許可ランクはC。あなた達で十分であるという判断をくだされた依頼であります。 ここまで多くの人員が割かれた以上、拡張地域の探索は十二分に可能。そう判断しております。 ……今回任務は、あくまで戦闘ではなく探索と救出。必要がない限り戦闘は回避してくださるようお願い申し上げますね?』 配られた資料に目を通す――どうやら荒事が目的ではない模様。 ならば自分でも出来る事があるだろうか――デヴィッドは思索する。 『探査任務の前に、皆さん互いに名乗っておいたほうがいいんじゃないでしょうか? やっぱり命を預ける相手ですしね、仲良きことは生存率と任務率の上昇にも繋がりますしね?』 オペレーターの助言――至極真っ当だ。 戦闘用の技能、装備の一切を持たないデヴィッドは特に、味方を頼る必要がある。
17 : 「よし……じゃあ俺から行こうか。俺はデヴィッド・テイラー。 元アメリカンフットボーラーだ。非機械化級では結構有名だったんだが…… ……生憎、君らみたいな若者は重機械化級の方が好みだろうな」 見た限り最年長は自分。 戦闘時の保険を抜きにしても積極的に協調を図るべきと判断――至って常識的な思考回路。 「それで、早速なんだが……実は俺は、いわゆる戦闘経験って奴がないんだ。 銃器の使用経験も殆どないし、秘匿技術も医療用……それにこれが初仕事だ。 捜査に関しても特別何が出来るって訳じゃない」 だが――とデヴィッドは言葉を繋ぐ。 「コンピュータが何の意味もなく俺をこのチームに組み込んだとも思えん。 選ばれたからには精一杯やるつもりだ。 なるべく足を引っ張らんように気を付けるが……よろしく頼む」 実際の所、デヴィッドが調査チームに選ばれた事には理由がある筈だ。 例えば――彼の体内のナノマシンは医療用で、試験段階の物だ。 ナノマシンの活発度と保持者のバイタルにどのような関連性があるかなど、 被験者をモニターする機能があって然るべきだ。 また彼のナノマシンは呼吸や発汗などで常に少しずつ体外へと放出されている。 つまり――デヴィッドは『パン屑』として役に立つ。 彼が『お菓子の家』へ連れ込まれれば、どのような道程を経てそこへ辿り着いたのか、逆算が出来る。 戦闘にも捜査にも経験のない男がチームに選ばれた理由としては、程々に尤もらしい理由だろう。
18 : いつの時代になっても、子供のヒーローというのはいるものだ。 例えば彼、デヴィッドもそうだろう。深夜のスポーツニュースでよく見たものだ。 しかし、スポーツのスターを好むのは少し年の大きい子供たち。 ではもっと幼い子供は何を好むか。 もちろんご存知の、何とかライダーとか何とかレンジャーである。 少年はみな、テレビの中のヒーローに憧れ、科学の粋を極めたスーツを欲しがったものだ。 ただ、かなり大きくなってからもその手の趣味から抜け出せないってのは問題だろう。 「いやいやいや、すいませんね、もう少し詰めてもらえませんか、無駄に図体がでかいもんで」 深刻な声で自己紹介をしているのにかまわず、デヴィッドをぐいと尻で押す巨体。 そりゃあまあランクCの集まりだ、ガタイのいいのは少ないのだが、それに比べたってデカい。 船内の簡易ベンチに腰掛けた座高が成人の身長に迫っているのだ。肩幅も頭と比して人間のそれではない。 黒マントにすっぽり包まれた馬鹿でかい図体からひょっと飾りのように頭だけ飛び出している姿は、 手品師が人体切断ボックスを被布で隠した様を思い浮かべさせた。 「ま、体が丈夫で喧嘩ができれば気にすることはありません、所詮人探し。 相手は泣きわめくどころか大人しく寝てるんですから、迷子案内の方がよっぽど大変ですよ」 年長者をいい加減に励まして、呵呵大笑、といきたかったが、仮面の下から聞こえたのはくぐもった、咳にも似た呼吸音だけ。 グッフォグッフォと笑うのはヒーローではなく中ボスだ。 仮面に何種もの金属を象嵌したのか、あらゆる色の金属が、妙に不気味な光沢を放っていた。 「えー、皆様の中にクロアチア人はいらっしゃいませんね? わたくしネポズナチ・ネトコ、ごらんのとおり少々お見苦しい体ではございますが、よろしくお願い申し上げます」 変わった前置きの割にちゃんとした挨拶をして、お辞儀する、いや、やたら長い上半身を倒す。 キュインキュインと各所で小さく響くモーター音が、サイボーグ要素を静かに主張する。 いつの間に取ったのやら、仮面の下からエネルギーバーが覗いている。 ぼりぼりと屑を零しつつ食べる彼は、ちょうど遠足のおやつを早くに食べてしまった子供のようだった。
19 : 世の中遠足のおやつを早くに食べてしまう子どもがいれば遠足のおやつを買い込んでしまう子どももいるものである。 そして遠足のおやつといえば、この質問とは切っては切り離せないだろう。 「せんせーい! バナナはおやつに入りますかー?」 ――元気よくバナナの房を掲げ質問するナマモノがいた。 ちなみにこの場合のナマモノとはサイボーグ化していない、という意味合いも含まれている。 敢えて年齢性別を描写するなら若い女、となるが、もしも小説等でさらりとそう描写したならそれは詐欺というものだ。 頭には中学生が大喜びしそうなダサカッコいいデザインのサークレット状のヘッドギア。 手にはこれまた無駄にダサカッコいいデザインの棒状の兵器。 遥か古のそのまた古の服飾のデザインを取り入れた、一周して最先端な服装。 平たく言えばまるで役にも立たない娯楽小説に出てくる魔法使いなる人種のファッションに近い。 ついでに蓋が締まりきらなくなったリュックサックからは溢れんばばかりのおやつがはみ出している。 どう見ても馬鹿だ! 手違いで馬鹿が紛れ込んでいる! 病院さんこちらです! ……と思われるだろうが、誠に残念な事に今回の作戦に招集されたれっきとしたトラブルシューターの一人である。 コードネーム”ユピネル”。 異国の神の名を持ち、雷を自在に操る好奇(高貴に非ず)なるトラブルシューターの伝説が今始まる! ※”伝説”と言えば格好良さそうだが「卒業式でゲロ吐いた」の類だってその学校で延々と語り継がれれば伝説である。 Z Z Z Z Z Z Z Z Z Z
20 : 「えっ、おやつ食べ放題? やったね!」 エネルギーバーをかじりながらネトコと名乗った人外君を観察する。 「見苦しい? 何言ってんだ最高にイケてるぜ! そんなパーツ一体どこで売ってたんだ?」 サイボーグ――現代の科学が到達した素敵技術。 遥か遠くまで見通せる魔眼だったり、コンクリートの壁を打ち砕く鉄腕だったり いくら走っても疲れない脅威の足だったりを誰でも手軽に手に入れる事が出来るのだ。 でも我にはそれが出来ない。我は体を機械と換装する事が許されない人種――サイキックだからだ。 サイキックといえば超常の力を操る超人、一般人の憧れの的と思われそうだが一概にそうでもない。 それが生身でサイボーグと渡り合えるような超便利な能力だったらまだしも、どうにも微妙な能力だったら……? 「おっと申し遅れた。我が名はユピテル。特技はこの秘密兵器[ケラウノス]をもって電撃を自在に操る事だあ!」 秘匿技術によって作られた棒状出力装置を掲げてみせる。 我が生まれ持ったサイキックとしての特異体質がこれの実験に持ってこいだったこと―― それが我がトラブルシューターの道へ踏み出すきっかけとなった。 生まれ持った特異体質――無限再生[リジェネレイション]については敢えて言わない。言っても意味が無いからだ。 それどころか役にも立たない少年向け娯楽作品に出てくるような便利な戦闘向け能力だと誤解を受けて鉄砲玉にされかねない。 時間をかければ再生するが、下手すりゃその前に出血多量や激痛によるショックで普通に死ぬ。 敵に組付いて「俺に構わず撃て!」作戦などもっての他である。それ以前に敵に組み付ける程の身体能力は全く無いのだが。 アメフト兄ちゃんと人外サイボーグ君以外のまだ自己紹介を済ませていない面々を見回し…… とある共通点を見出してジムニに質問する。 「見た所子どもばかりのようだが……。これには何か特殊な意図が!?」 読心の能力者じゃなくても「お前が言うな!」という力一杯の心の声が聞こえてきそうである。
21 : ナギは三人の自己紹介をよそに壁によりかかりうつむきながら疑問を抱いていた。 それはデヴィットの考えとはまったく逆の理由であり、同じ理由でもあった。 なぜ前線での戦闘を望み得意とする自分がこんな人探しのような仕事のチームに組み込まれたのかがわからないのだ。 違法拡張地域と聞いていたため戦闘の避けられぬ危険な仕事なのかとも思ったが蓋を開けてみれば『……今回任務は、あくまで戦闘ではなく探索と救出。必要がない限り戦闘は回避してくださるようお願い申し上げますね?』という言葉。 つい最近トラブルシューターになったばかりのナギはまだいくつかの仕事しかこなしていないのだが、今回のような戦闘とは縁のない仕事ばかりであり、自分は本当にこんなことをして強くなり成長していけるのかと懐疑的になっているらしい。 早く自分を救ってくれたようなAランクのシューターになり自分を死の一歩手前まで追い込んだ憎き上級クラッカー達を駆逐し捕獲することを望んでいるナギはかなり不安に思っていた。 まわりを見渡しても見た目で判断するにとても戦闘向きとは言えない面子。体格がよく戦えそうなデヴィットは非戦闘員ときた 今回もハズレかとため息をつきながらも仕事は仕事、挨拶くらいはするかと顔をあげる。 「えっと…俺はナギ、人探しなんてのはあんまり得意でもないし気が乗らないがやれることはやるからよろしくなー、気軽にナギって呼んでくれ」 まあこんなもんかとを再び黙り込もうとするが個性的なメンバーの中でも一際異彩を放ち騒いでいるユピテルが目につきやや引いた視線を浴びせるが絡まれないようにとすぐにデヴィットやネトコ他のメンバーを品定めをするかのように眺めてゆく たしかにユピテルの言う通り自分と同年代らしき人ばかりだなぁと思いながら眠そうに欠伸をひとつ。 そしてポケットから自前の飴のようなものを口に放り込む。これは超高カロリーの塊であり、女子がみたら絶叫…どころか普通の人間が摂取すれば病院行き確定レベルの代物である。 細身のナギには無縁のように思えるかもしれないがこれは彼にとって欠かせないもの。 彼の能力は身体能力が高いだけだが身体能力というのは単に運動能力だけでなく腎機能や心筋、五感や代謝にいたるまで普通の人間とは比べものにならない。 オンオフなど勿論できないので何もしていなくてもカロリーをガンガン消費する。 まして運動や戦闘などを行い人並み外れたパフォーマンスを維持するとなると一日三食の食事などでは全くもたず、仕方なくこんなものを口にしている。味は激しく不味い。 当たり前だが食事の量も異常で配布された高栄養ドリンクと食料を合わせても1日半ほどしか持たないであろうナギは仕方なく飴のようなものを食べているようだ
22 : 「あっ・・・μ=パール・ペイジ、ミューでも結構です。よろしくおねがいします・・・」 数名の自己紹介が終わり自然と流れてきた視線に、虚ろ気な目の少年はか弱げな声でそう答えた。 今にも消えてしまいそうな細身の身体、おそらくは染めているのだろう、白銀の髪。 そしてそれこそ真珠という言葉がよく似合う、虚ろで、鈍い色をしたその瞳。 来歴からはとても想像できないほど穏和で、少女的な印象すら感じる少年であった。 「・・・その、あっち方面で・・・あの、知ってる人もいっぱいいると思うんですが、あまり気にしないでください」 ――そう、彼の名前はわりと世間に知られている所がある。 ちょうど数年前、あのCyberearth社第七データセンター襲撃事件。 当時としては最大規模のサイバーテロとして世間を賑わせた大規模ビッグデータ削除事件。 エ・テメン・アン・キ東奥に聳える2棟の高層サーバーが派手に倒壊し、数百万人の記憶情報が抹消。被害は数百億に上るとまで言われる。 容疑者としてお茶の間中を引き回され、「白い悪魔」だの「美しすぎるテロリスト」だの、当時報道各社もスキャンダラスにその謎の多い経歴をこぞって晒した物だった。 実際のところ証拠は不十分であり実行犯かも疑わしかったが、大規模組織犯罪の共犯、という名目で有罪判決を受けていた。 つまり前科持ちには代わりが無い。薄幸の美少年、かつ「元」殺人級の犯罪者である。 一通り目線が逸れたことを確認すると、部屋の目立たない場所へ逃げるように移動する。 「んー・・・」 そうして、その青白い腕に小さな携帯用の袋状の注射針を刺していた。 十数秒後、白い肌と赤黒い痣に滲む血の雫は厚手の長袖の中へ消えていった。 監獄の中で発覚したサイキックはコンクリートの牢獄から彼を救い出し、また同時に新たな無間地獄へと彼を誘っていた。 彼自身の重度の電波薬依存も、企業の差し金と言わんばかりの膨大な保釈金も、トラブルシューターほどの高給でなければどうすることもできない。 ましてやまともな教育も受けていない17のケツの青い小僧である。 依頼の内容が何であろうが、またその依頼が誰からであろうが、彼の思考はこの一点のみであった。 ≪上の命令は絶対。≫
23 : 黒いパーカーを着込み、ある種の喜びを覚えながら、テオドアは自己紹介の順番が来るのを待っていた。 自然、笑みを浮かべている。トラブルシューターになった目的の半分を、彼は既に達成していたからだ。 見知らぬ男や女、身長の大きい者小さい者、サイキック、サイボーグ。 モニターの向こう側に居たような有名人までもがちらほら見受けられる。 当たり前であるが、ここに来るまでは予想も出来なかったメンバー。 要するに、未知の体験。それこそこの少年がトラブルシューターという職業に望んでいた物だった。 これまではそうではなかった。レールに乗せられているかのような定まった生活。 富豪とは行かないまでも中流階級の上方を占める彼の家は、三人家族で使うには少し広すぎるだけの面積を持ち そこで両親は10数年間、優しく自分を育ててくれた。いつでも優しく。まるで定規を当てられてでもいるかのように毎日。 別に嫌っている訳では無く、両親の事はむしろ好いている。 が、好奇心が一番高まる年頃へと達した彼が現状に満足する理由にはならなかった。 何かもっとスリリングで、波乱に満ちた選択肢がある筈なのだ。定められた事を学び、定められた事を成し遂げ、定められた一生を終える以外の選択肢が。 だからこそ、彼は今ここに居る。 進学という安定した道を蹴飛ばし、自分の身を案じての、両親の心からの反対を振り切って。 そしてその結果、現状は期待を裏切らない。資料を見る限り、これが初めての任務もそうだ。 ならば後は、自分がそれに答え、任務を達成すれば良い。上がってゆく待遇と任務の難易度は更なる未知を自分にもたらしてくれるだろう。 隣の少女の自己紹介が終わった。周囲の視線が自然とこちらに集まってくる。 「…僕はテオ、テオドア・アウフシュタイナー。これからよろしく!」 見た目相応元気に挨拶した時の、少年の内心とはそうした物だった。 そこで言葉を切り、隣をちらりと見た。希望に満ち溢れた目で。自己紹介としてはこんな所だろう、そう思ったから。
24 : エントランスに集ったトラブルシューター達は、口々に自らを紹介していった。 ニュース番組等で見た事のある者もいれば、ニュース番組に写る事を拒否されそうな奇妙な者もいる。 実にコセイユタカな面々と言えるが、その中においてその少女は中間やや後者より程度に位置していた。 一見したところでは、こんな所にはふさわしくない、小柄な少女だ。 肩まで届く程度に短く切りそろえられた、茶色の髪。身長は140センチ前後だろうか。 そして身にまとうのは、灰色のプリーツスカートに半袖のブラウス。さらにベージュ色の袖なしサマーセーター。 学校の制服である。その道に詳しい人間なら一目で分かり、そうでなくとも名前は知っている、某名門女子中学の制服だ。 足もとは茶色のブーツに紺のソックス。腕を組み壁に寄り掛かるしぐさが可愛らしい。 この描写だけを見れば、一般人の少女が紛れ込んだと言っても通るだろう。 しかし、この描写には大きな欠落がある。 顔の上半分を覆う、黒い影。彼女は大型の軍用サングラスを着用していたのだ。 某企業製軍用ミラーシェード型サングラス「大鴉」。思考リンクにより透過率の調整が出来、火器との照準データリンクなども可能ないぶし銀の逸品。 機能面でも、外見面でも、断じて一般人の少女が着用するようなものではない。 それは何より雄弁に、彼女が「こちら側」の住民である事を語っていた。 彼女の名はロール。フルネームはロール・ヴァーミリオン。 弱冠15歳にして、数度の仕事をこなした経験のある、素人からルーキーへ脱皮する直前程度のトラブルシューターである。 彼女を15歳という若年でトラブルシューター業界に突き落とす事になった事件については、おいおい語る事として。 今はさしあたり、彼女の現在の行動について述べるとしよう。
25 : 「(テオドア・アウフシュタイナー、Cランクトラブルシューターで検索……該当1件。 依頼解決履歴……うげ、なしなの。態度で分かってはいたけど、取れたてぴちぴちの素人上がりなの)」 思考トリガーに意識をやって検索ブラウザを視界の隅に最小化すると、ロールは小さくため息をついた。 そうは見えないが、彼女の体はフルボーグ義体(脳以外の全身を機械化するタイプのサイボーグ)である。 全身。それには眼球も含まれ、当然のように作り物の機械仕掛けだ。 つまり、思考に同期して動作するネットブラウザを制御コンピューターに搭載し、その内容を視界内に表示させる、などという芸当もお手の物ということだ。 なかなか便利である。 もっとも、彼女の眼はそんな些細なメリットは帳消しにするぐらいの“特徴”を持ってしまっているのだが。 それについては必要な時に語られるだろう。 しかし、とロールは思う。本当に素人上がり、いいところルーキーばかりの布陣である。 下手をすると、数回仕事を受けた経験のある自分が一番の経験者ではないだろうか。 Cランクとはそういう物なのかもしれないが、これでは任務の進行に滞りが出かねない。 「(ま、文句を言って覆る訳もなし、アメフト選手のおじさんの言う通りだと思うしかないけど、なの。 管理のコンピューターさんはどんな時でも正しい答えしか出さないの)」 しょせん15歳の思考力では、考えたところで限界がある。 ロールはきりのない思考を撃ち切る事にした。この程度の見切りの早さは持っておかなければ、この稼業はやっていけない。 さて、テオドア君がこちらに目をやってきた。ロールの自己紹介の番である。 「ロールなの。見た目はこんなだけど、足を引っ張るような事はないの。よろしくお願いするの」 むしろ足を引っ張られるかもしれない、という懸念は微塵も見せず、ぺこり、と頭を下げてみせる。 年若くして一人で世界に対面せざるを得なかった少女は、殊勝にすべきタイミングを心得ていた。 おっと、そうだ。これだけは言っておかなければ。 ロールは言葉を継ぎ足す。 「ひとつだけ伝えておくことがあるの。 “嫌な思い”をしたくなかったら、私と目を合わせない方が賢明なの」 ああ、忌まわしきは自身の“特徴”。 ロールは自嘲的に笑って、残る二人の方に顔を向けた。
26 : エントランスに集まったトラブルシューター達が順番に自己紹介を述べていくのを、「那由多」は静かに聞いていた これから、協力して一つの仕事に臨むことになるメンバーの容姿、名前を、ひとつひとつ記憶していく どこか忘れっぽいところのある彼女にとっては、それはとても大事な作業だった そのせいか、自己紹介の順番が自分に回って来ていることにも、しばらくの間気が付かずに 「……あ、次私の番ですか?」 小柄な少女が此方を見ていることに気付いて、はっとした様子で室内を見渡して 皆の視線を浴びて、一瞬困ったような表情を見せるが、咳払いをするとすぐに仕事用の真面目顔を浮かべて 「えっと……皆さん始めまして、私のことは“那由多”と呼んでください 仕事の経験は十数回程度なので、もしかしたら皆さんに迷惑を掛けることがあるかもしれません ……なにはともあれ、これからよろしくお願いします!」 中々ユニークな面子が揃う中、彼女の格好は至って平凡なものだった 黒髪ショートカットに東洋系の黒の瞳、そして紺色ブレザーの学生服を着用している姿は 様々な仕事をこなすトラブルシューターというよりも、学校帰りの中高生と言った方がまだ説得力があるだろう また、彼女のすぐ側には、大きな黒塗りの楽器ケースが立て掛けられている 勿論、その中身は吹奏楽器などではなく―――彼女の使う“武器”が、納められている 「あと、特技は狙撃、支援射撃です まあ今回の仕事は捜索活動なので、私が活躍出来る場面は訪れないでしょうが……まあ、一緒に頑張りましょう!」 若干物騒な内容を含んだ自己紹介を終えると、「那由多」は年相応の屈託の無い笑みを浮かべて頭をぺこりと下げる 天真爛漫という言葉が相応しい彼女にも、その背景には笑えない事情があったりするのだが、それはまた別の話 首をあげると、自己紹介を残した最後の一人の方を、ちらりと伺った
27 : 当然サイバーパンクを宣伝しましょう 無論サイバーパンクを布教しましょう 一応サイバーパンクを応援しましょう 多分サイバーパンクを協力しましょう 確かにサイバーパンクを祝福しましょう もっと更にサイバーパンクを祈願しましょう
28 : 「遂に俺の番のようだな…」 制服の少女の視線に気付き、一人の男が自らの出番を悟った その男は何故か、腕を組んで仁王立ちのポーズを取っている 見るからに自信満々そうに佇んでいるが、その様は滑稽なものだった いくつかの理由で、仁王立ちが当人にもその場の雰囲気にも合っていないからだ まず、男は背が低いため仁王立ちなどしても迫力に欠け見映えがしない 次に、左右の腕の大きさが違うために腕組が不自然な形になって様になっていない そして何より、腕組み仁王立ちというポーズそのものがあらゆる意味で意味不明だった しかし、これが別に当人の素であるというわけではない 不安や恐怖、「ナメられてたまるか!」という思い、そして格好つけたがりな性格が招いた結果である 元々、この男はトラブルシューターを特撮ヒーロー的な何かくらいにしか思っていなかった 目指そうと思った切っ掛けも、その場の思い付きも同然の単純なものである 無論、目的や理想などあるはずもなく、ここまで成り行き任せに行動してきただけである そんな彼だが、トラブルシューターになってから受けた説明会やブリーフィングで思い知らされたのだ トラブルシューターが自身の思い描いていた幼稚な理想像とはかけ離れた、過酷な業界であることに… 途端、今まで心の根底にあった不安と恐怖が一気に表面化し、生まれて初めて真剣に悩まされる 嫌になって辞めようとも思ったが、それは既に不可能なことであった 養成学校での留年の件を含めて今までの問題を両親に指摘され、最後通告を突き付けられていたからだ ここで逃げれば、勘当され家を追い出されてしまう 今まで彼を甘やかした両親だが、いざとなれば情け容赦なく最後までやり遂げる人間だと知っていた …人生終了か否かの瀬戸際に立たされているのである そして、彼は自分なりに覚悟を決めるに至る そのためにもナメられるべきではないと考え、華々しいデビューを飾ろうと思い付いた しかし、格好つけ好きな浅薄さが災いし、外見を繕う程度のレベルでしか発想が至らない そうして、中途半端な演出に走った結果がこの茶番である 「俺の名はディーク・ベーキア! ピカピカの新人だが、見ての通りガンガン行く男だ! この右腕で暴れるぜ! よろしくなっ!」 そう言いながら、見せつけるように漆黒の右腕で豪快にグッドサインをつき出した 清々しいまでのドヤ顔を交えて… ディークは心の中で「決まった!」と本気で思っていた ご丁寧にもその感情が、ドヤ顔の強化という形で表面にも出ている 悪い意味で浮きまくることであろう
29 : 「――はいっ、皆様自己紹介が終わったようで何よりです!」 ピンク髪のオペレーターは朗らかな笑顔を浮かべながら、年若い皆を見回し話を区切る。 よく見てみれば、この女も大分若い。外見年齢で言えば20台の前半頃であるだろう。 首筋のコネクタ加工された皮膚などから、記憶のバックアップ処理を受けている者ならばこの女も己のバックアップを持つことが分かる。 任務や現場をある程度理解しているような発言や行動も相まって、感の良いものならば彼女の前職に気がつくことも出来たかもしれない。 どちらにしろ、この女の今の職務はトラブルシューターを任務に送り出すとともに、安全かつ完璧な任務の遂行をサポートし、幸福を都市にもたらすこと。 その為に己の職務に忠実なこの女は、手元の資料を眺めつつ、コンピュータに情報を送り、データの返送を待つ。 送ってからコンマ数秒後に返信が帰ってきたのを確認し、女は手元の端末からホログラム画面を照射し、皆に見えるように名簿を上映する。 指先で画面を拡大すれば、書かれている内容を即座に確認できるようになった。 「さて、早速で申し訳ないのですが、本部より今回の任務は探索および行方不明者の救助。 その為、9人そのままでは効率が悪いと報告した所、二手に分かれての任務の遂行が提案されました。 東部と西部にそれぞれ開けた地域が有りますので、東部と西部に皆様を投下。 その後中央地区へと移動しながら探索と救助を進め、その後中央で一端落ち合うプランとなっております」 ジムニが提案するのは、二手に分かれての探索である。 9人で一塊よりも、両端から中心に向かって移動する事で、効率的な探索が可能と踏んだ様だ。 また、中心に集まり情報交換を交わすことで、次は逆方向を情報を得た状態で探索することも出来る。 安全性も高まり、トラブルシューターの装備や実力は高レベルなもの。4,5人も居れば通常で問題が起こることはそうありはしない。 そして、ジムニは皆にそれで良いか確認――とは言え、コンピュータの決定である為、ほぼ確定ではあるのだが。 皆にチーム分けと諸注意の混ざる情報を送信する。以下が送信した情報である。
30 : ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 東部班:デヴィッドをリーダーとし、行方不明者の保護を再優先とする。戦闘力が高いのは行方不明者の保護の為 デヴィッド ナギ ロール 那由多 備考: 東部地域は比較的区画は整理されている模様だが、地下組織などの拠点がちらほらと見られる。 戦闘が多い可能性があるため、戦闘準備を十分に整えておくこと。 拡張空間の歪みから推測するに、おそらく東部から中央部までの距離は2km程。 ビルなどが立ち並ぶ為、狙撃などに気をつける事。見通しは比較的良い。 西部班:ミューをリーダーとし、区域の探索を主とする。バランス重視で状況対応力を優先。 ミュー ディーク テオドア ユピテル ネトコ 備考: 西部地域は元歓楽街であり、雑多な町並みとなっている。範囲はそれほど広くは無いが、五感に頼る探索では困難な場合も。 また、中央部付近で移動データが途切れる事件なども起きている為、注意をすること。 拡張空間の歪みから試算した結果、西部始点部から中央部までの距離は1.3km。 地下組織は少ないが、個人のクラッカーが見られる為、秘匿技術などに警戒を忘れないように。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
31 : これに問題や質問が無いのであれば、このまま二機のポッドにチームごとに搭乗し、それぞれ担当地区に投下する事となる。 また、通信は常に繋がっているため、空中の本部と、互いの班との情報共有も可能。 ポッドは合計4機存在している為、中央地区に残りのポッドを透過する事で中央に向かうまでに保護した人員は中央についた時点で回収可能である。 「――質問などはここで無くとも通信で聞けますので、出来るだけ早い開始をお勧め致します。 無駄に長いミーティングは単純に思考力の低下を招き、集中力が欠けた結果として生存率の低下をまねきますからね? では、皆様。ご健闘をお祈り致します!」 ジムニは諸々の情報と、それぞれの端末の連絡先を皆に配布すると同時、二つのポッドのロックを外す。 気密性の高いポッドは並大抵の兵器や細菌、化学物質では汚染されることの無い、秘匿技術の一端が使用されたものでもある。 皆の端末に割り振られたキーを使用しない限り、空間の位相がずれている為、他のものには触れることすら叶わないだろう。 それぞれには臨時IDの割り振られたタグが6つずつ配布されており、それを発見した行方不明者に付与する事で、搭乗可能な処理とする。 搭乗が住むと同時に、ポッド内部には清浄化された空気が満ち、皆の身体に殺菌シャワーが振りかかる。 それによって清掃を済ませると同時に、脱臭などをする事で極力行動の痕跡が残らないように配慮する事ができるようだ。 他にもポッドの機能は多々あるが、今回使用する機能はこの程度の為、他は機会があれば発揮されることだろう。
32 : ――49階層、違法拡張地域東部ビル街:デヴィッド、ナギ、ロール、那由多 ポッドが着地したそこは、広くかつては活気も有っただろう高層ビルが立ち並ぶビル街である。 かつては人々が所狭しと歩き、車やバイクが行き交っていたであろう事は想像に難くないが、今は何も走る様子は無い。 所々に打ち捨てられたトラクターなども存在しているが、銃痕や焦げ跡で見る影もない。 そのような、退廃的かつ無機質な雰囲気を漂わせる地域が、東部ビル街である。 ポッドから外に出てみれば、人の済んでいる気配は一つも感じられない無機質な気配は、しかしながらどこか意図的なものも感じさせる。 あまりに精緻とした区画の作りは、何処を歩いても同じ光景しか与えることは無く、空間の歪みも相まって極めて迷い込みやすい。 皆に手渡された探索センサーは範囲半径250mの生命反応とIDのナンバーを確認する事が出来る。 その為、IDを照合する事で簡単に行方不明者を見つけることが出来るように配慮されているようで。 それを軽減し、効率よく探索する為にデヴィッドが割り振られたようだ。 また、地下組織が多いという事は、違法な兵器も流通しているということ。狙撃に対するカウンターとして、狙撃が用いる那由多が選ばれた。 ロールとナギについては、那由多とデヴィッドの護衛及び乱戦時に他者を巻き込まず戦闘する事が可能なため。 戦闘に向いたメンバーが多い所からも、此方では物騒が起きることをこの静寂から覚悟しておかなければならないだろう。 そして、皆がポッドから這い出ると同時、東部班に接続がある。ジムニだ。 規定IDが付与された端末所持者にしか認識できないホログラム画面にピンク髪の女が浮かび上がり。 『はいはいっ、皆様一瞬でしたが空の旅お疲れ様でしたー。 大分開けている様ですが、ビルの窓からの狙撃などもありえますから本当に注意してください。むしろ先に狙撃するのも悪くないかもしれません。 さて、早速ですが、この地域の探索をお願い致します。極めて危険な地域ですから、Cランクの依頼とはいえ油断はしないように。 あなた方の損失は市民の幸福の維持に対する打撃となり、あなた方の幸福も失われてしまう。 ――ご武運を、幸福と自由を謳歌できますように』 皆に対して激励と注意の発言を流すと、通信を切断する。 さて、ここは違法拡張地域東部ビル街――、違法組織の巣であり、無法の土地。 違法な自由を謳歌するものは今はターゲットではない。君たちの任務は、彼らの毒牙から人々を救済し、幸福をもたらすこと。 まずは警戒しながら周囲の探索をするのがベターと言えただろう。
33 : ――49階層、違法拡張地域西部歓楽街:ミュー、ディーク、テオドア、ユピテル、ネトコ ポッドが着地したそこは、猥雑なネオンなどが猥雑に見えすぎないようにかつ程よく興奮を喚起するように絶妙に調整された精緻に雑多な歓楽街。 かつては人々が行き交っていただろう小さな道に沢山の店舗が立ち並んでいる。しかし、どの店も開店している様子は無い。 しかし、東部と違ってどことなく人の気配が感じられる。それは、組織だって動く心得のない個人のクラッカーが潜んでいるからだろうか。 彼らは極めて臆病か極めて狂っているかのどちらかが多い。どちらにしろ、碌なものではないのは間違いない。そんな地域が西部歓楽街。 皆に手渡された探索センサーは範囲半径250mの生命反応とIDのナンバーを確認する事が出来る。 その為、IDを照合する事で簡単に行方不明者を見つけることが出来るように配慮されているようで。 ポッドから外に出てみれば、意図して乱雑に作り上げられた町並みの複雑さを感じることが出来るはずだ。 あまりにも自然だというのに、あまりにも不自然。そんな、違和感気持ち悪さがそこはかとなく空間に漂っていた。 乱雑な空間は歪められ拡張され、区画の繋がりすらすでに訳がわからなくなっている。 そんな状況で効率よく広範囲を探索する為にミューが割り振られたようだ。 また、地下組織と違い戦闘力などはそれほど高くないが何が来るかも予想できないクラッカーが多く潜む西部歓楽街。 多様な状況に対応できるように、ディークやネトコと言った、武装を多く持ち対応しやすい技能を持つ者が割り振られている。 また、ユピテルとテオドアは突出した点は少ないが目立つ弱点も少ないため、安定したい実力を発揮できると踏まれているようだ。 そして、皆がポッドから這い出ると同時、東部班に接続がある。ジムニだ。 規定IDが付与された端末所持者にしか認識できないホログラム画面にピンク髪の女が浮かび上がり。 『はいはいっ、皆様一瞬でしたが空の旅お疲れ様でしたー。 大分ごちゃごちゃしている模様ですし、どこからクラッカーが飛び出してくるかもわかりません。何時でも対応できるようにしてくださいね? さて、早速ですが、この地域の探索をお願い致します。極めて危険な地域ですから、Cランクの依頼とはいえ油断はしないように。 あなた方の損失は市民の幸福の維持に対する打撃となり、あなた方の幸福も失われてしまう。 ――ご武運を、幸福と自由を謳歌できますように』 皆に対して激励と注意の発言を流すと、通信を切断する。 さて、ここは違法拡張地域西部歓楽街――、違法な自由者の巣であり、無法の土地。 違法な自由を謳歌するものは今はターゲットではない。君たちの任務は、彼らの毒牙から人々を救済し、幸福をもたらすこと。 まずは警戒しながら周囲の探索をするのがベターと言えただろう。
34 : >「――はいっ、皆様自己紹介が終わったようで何よりです!」 この女――出来る! 薄幸の美少年にして大犯罪者から放送拒否レベルの変態までが集っているというのに顔色一つ変えずに仕切ってやがる! 管理された幸福な市民ならそれで当然なのだが、どうやら記憶バックアップを作っている事が伺える。 記憶バックアップを作る人種と言うのは限られていて、我もトラブルシューターになる時に作りませんかと言われたけど丁重にお断りした。 作ったところで完全に戻る保証は無いらしいし、何より手術怖いし! と、いうわけ我こそはという勇者は是非お嬢さんおいくつですかと聞いてみよう! 我は謹んで辞退するぜ! >「――質問などはここで無くとも通信で聞けますので、出来るだけ早い開始をお勧め致します。 無駄に長いミーティングは単純に思考力の低下を招き、集中力が欠けた結果として生存率の低下をまねきますからね? では、皆様。ご健闘をお祈り致します!」 うんうん、いるよね! 無駄に会議で話が長い部長とか始業式の演説で絶好調の校長先生とか! よく分かってらっしゃる! すげーパネえと騒ぎながらポッドに乗り込み、殺菌シャワーを浴びる。(※お色気シーンに非ず) 殺菌シャワーといえばとりあえず「ぐわぁああああ! 殺されるぅうううう!」と言ってみるのがお約束でしょう。 我が割り振られた西部班は、有名人ミューをリーダーとして、ドヤ顔青年ディーク 発火能力者のテオドア、おもしろ人外くんのネトコとなっている。 バナナが丁度5本あったので皆に配り、おもむろに色紙とペンを取り出しミューに差し出す。 「サイン下さい!」 移動中暇なので静電気で髪を逆立てて「ハイパー野菜人〜!」とかいいつつ意味不明な一発芸を披露していると……ポッドが着地する感覚。
35 : 「早っ、もう着いた!」 >『はいはいっ、皆様一瞬でしたが空の旅お疲れ様でしたー。 大分ごちゃごちゃしている模様ですし、どこからクラッカーが飛び出してくるかもわかりません。何時でも対応できるようにしてくださいね? さて、早速ですが、この地域の探索をお願い致します。極めて危険な地域ですから、Cランクの依頼とはいえ油断はしないように。 あなた方の損失は市民の幸福の維持に対する打撃となり、あなた方の幸福も失われてしまう。 ――ご武運を、幸福と自由を謳歌できますように』 「クラッカーが飛び出してくる……」 パパーン!という小気味よい音と共に物陰からクラッカーを持って三角帽子を被った謎の集団が飛び出してきて 力付くで異空間の超豪華パーティー会場に連れ込まれそのまま楽し過ぎて帰れなくなる図が脳内で繰り広げられる! 「な、なんて恐ろしいんだ……! それに何時でも対応できるようにとは……仮装でもしとけばいいのか!?」 そこで少しだけマジな顔になってミューに振り返る。 「そうそう、ギフトボックスを用意しなければ! きっと向こうは歓迎の準備万端で待ってるぜえ? ――Electric field!」 微弱電流を発生させ索敵たのために周囲に電場を展開しつつ歩き出した――のはいいのだが一つ問題がある。 当然といえば当然なのだが、我は電気を自在に操る事は出来てもそれがどうなったかまでは感知できないのだ。 どかーん→「やったか!?」→「残念!全然効いてないよ〜ん!」という展開必至である。 つまりこのままではただ電気を垂れ流しているだけで何の意味も無い。 「周囲に電場を展開した。動くものや電子機器があれば電界の乱れで探知できるはずだ。と、いうわけで誰か探知してくれ!」 と、いうわけでさも当然のようにドヤ顔で言い放った! そんな無茶なと思われるかもしれないが、幸いこのチームにはフルサイボーグらしき人が二人いる。 義眼なら空間に飛び交う様々な力の可視化というのはそれ程珍しいオプションではないし ネトコの面白パーツならそんな機能があってもおかしくはないと思ったのだ。
36 : >「――はいっ、皆様自己紹介が終わったようで何よりです!」 年若いオペレーターの快活な声が周囲に澄み渡る。ミッション開始の合図と言った所だろうか。 ホログラムが展開され、浮き上がった立体映像と共に作戦概要をそれぞれが頭に叩き込んでゆく。 桃髪の女は丁寧に、しかし淡々と、おそらくはコンピュータから転送されてきたであろう内容を読み上げていく。 「(――リーダーか、自信ないなぁ)」 ミューは西部班に割り当てられた。おまけに班長ときている。 我の強くない性格のミューにとって、正直場の指揮を取るという行為自体はあまり経験がない。 しかし彼とて修羅場というものを何度も経験している。それこそクラッカー集団で活動していたのだからそれなりの連携は取れるつもりだ。 大体、リーダーをするのが苦手とはいえ、単独行動はそれ以上に苦手なのだから選択肢など存在しない。 各班、押し込まれるようにポッドに乗り込む。もはや地獄への洗礼儀式と化した殺菌シャワーは意に介さなくなっていた。 移動中も区域の空間情報を頭に叩き込み、脳内で作戦をシミュレートする。 ――確かに、彼自身の干渉能力を考えると『索敵』《ソナー》としての役割は理に適っている。 感染が始まれば彼はある種無敵と言っても過言ではない。一時的とはいえ遠隔で四肢を、指を、首を絞めることだって可能なのだ。 彼が十分記憶していればそれは相手にも強要できる。動きを止めて好きなように嬲るだけの簡単なお仕事である。 とはいえ苦労して感染させても電磁波に弱い、操作は一回きりな上連続行使できないと制約が大きく、彼一人では補いきれない。 それに彼は年頃の男の子には似つかわしくないほど非力だ。何にせよ補助あっての能力となる。 今回もセオリーを通すだけである。古巣でもそうやって役割分担をしてきたのだから。 >「サイン下さい!」 「ッ!!??」ビビクン ・・・という彼の凄然たる思考は、少女の超ハイテンションな声に木っ端微塵に砕け飛んだ。
37 : 「さ・・・サイン?ああ、いいけどさ・・・」 とりあえずファンサービスという事で、渡された色紙に慣れない手でペンを走らせる。銃ばかり握っていた手にペンというものはとてもじゃないが馴染まない。 そういえば出所した後、なぜかファンクラブが作られていて直後コミュニティサイトが大炎上していた、なんてニュースサイトを見たりした。 恐らくはその数百倍、人の恨みを買っているのだから、調子に乗った行動は慎むに越したことはない。 そもそもアイドルをしたくてあの事件に加担したのでは無い。断じて無い。隷属、服従、組織の犬。全て停止した思考が生み出した副産物である。 「・・・あの、僕のサインなんてあまり人に見せびらかすもんじゃないよ?」 そう忠告して、色紙を手渡した。 ――鈍い音を立ててポッドが着陸する。 周囲の煩雑な景色はあまりに精巧に再現された不気味さがある。同時に、ミューにとってはかなり見慣れた景色だった。 雑多なコンクリートと合板建材の灰色の街にピンク色の欲望が掃き溜められ、金と力の毒に犯され、滞り、そして腐っていく。 いつかは熾烈な縄張り争いで荒れ果てボロ雑巾と化してお引越し。そんな街は何度も見てきたし、ここも同じ運命を辿るのだろう。 >――Electric field! 辺りに電気の波が広がる。成程少なくとも、対象物が動く物体であれば感知は可能だろう。 メンバーは自分と、やたらテンションの高い電磁少女、なんとも無垢な発火少年、あからさまな全身サイボーグ、そしてものすごく新人臭漂う青年。 トラブルシューターは仲間の技能、特性、性格諸々の要素を瞬時に鑑みて自分の行動を適格に決めなくてはならない。 ああ、特にこの電磁少女とは相当、いや大変にサイキックとの相性が最悪のように思えるが、なんとかするしかないだろう。 なんといってもコンピュータ様の仰せである。適正な判断でこのチームが編成されている事を前提で考えなければ。 「・・・まあ、手当たり次第に行くしかない、か」 既に場を仕切り始めているユピテルを尻目に、ミューは厳重にロックされた無骨なコンテナボックスを取り出す。 「LOCK」のランプが消え、その開いた蓋からぶわっと数千数万の羽虫の大群・・・もといナノロボット「giftbox」が四方八方に爆散してゆく。 未だにこれを空けるのは慣れない。はっきり言って虫は大嫌いだ。 数十分もすれば、一人二人と感染者が出てくるはずだ。最も仲間が真っ先に感染するだろうが、能力行使をしなければさして問題はない。それに、強い電磁波ですぐ壊れる。 気配を感じたら足を絡ませてすっ転ばせてやろうか、などとシミュレーションをする。とりあえずは話の通じそうな一般人が居ればいいのだが・・・ 「ユピテルはそのまま電場を維持して。ネトコは何か探索に使えそうな義体は無い?」 あまりガラじゃないけどとりあえずそれっぽい指示を出してみる。 「テオドア、ディーク、君達はわりと戦闘向きのはずだ。前後お願いするよ」 自分でも適格な指示を出せているかは疑わしいが、このチームが綿密な計算の元で構成されていれば、指示は補助的なもので済むはずだ。
38 : 当然大阪府の吹田市の関大前に到着した∞オムニバースが物凄く素晴らしい町並みに感動した 無論サポートしましょう 一応デザインしましょう 多分参加しましょう 確かに参戦しましょう もっと更に共演しましょう
39 : 「このねー、殺菌シャワーとやらで本当に殺菌できれば苦労しないんだけど」 闘病時代散々浴びたのだ、皮膚に斑点ができるほど なお現在も闘病中である、特に闘う努力はしていないが それで死なぬザンディグ氏菌、なかなか根性の座った菌である まだまだ科学は自然を超越できぬということであろう しかしそんな哲学している場合ではないのである 直立3mを越す巨体を無理やり畳んでポッドから這い出す やはり狭いところは窮屈だ、あのバカどもは使い勝手なんてものは考えずに物を作るから 「わたくしくらいになりますとね、ただ座ってんのも楽じゃないんすよ」 ここで普通の人間なら、いや、サイキックでもサイボーグでも、手足を伸ばし、首を回すくらいで済むのだが 人外サイボーグのネトコはそれでは済まぬ コート越しには二本に見えた脚は展開して六本に 腰から伸びるのは金属光沢を放つ四本の触手、その先端に三本ずつの爪 コートにはちゃんと触手用の穴が空いているのが心憎い 六本足を円形に、クモのように爪先を地面に突き刺し、触手が四方を警戒するように動く様はもはや宇宙人である それでも歪な上半身のシルエットを見ると、まだ何か仕込んでいるらしい 「いや、しかし申し訳ないっすね……」 彼はこの班のメンバーとは酷く相性が悪いようだ 少なくとも既に動いている二人とは ユピテルの貼った電場を読む事は容易いし、その測定結果は腰(?)部のステータスディスプレイに表示されているが その乱れの中心は明らかに自分である μの放った変な虫……ファンネル?も、明らかに互いに害をなし合う関係だ やたら群がってくるし。あ、一匹落ちた もちろん製品化しようとか普及させようとかで作ったパーツではない、電磁波も紫外線もだだ漏れであるので仕方ないのだが
40 : 『いやいやいや、すいませんね、もう少し詰めてもらえませんか、無駄に図体がでかいもんで』 「あ……あぁ、すまん。気が付かなかった」 視界外からの声/腕を圧迫する固く重い感触――振り向いた先には仮面の、恐らく男。 反対側のスペースを覗き見る――十分に開けているように見えた。 市民を辞めて間もないデヴィッドは苛立ちを感じる以前に、戸惑いを禁じ得ない。 『せんせーい! バナナはおやつに入りますかー?』 その感情が消化されるよりも早く、新たな困惑の種が声を上げた。 デヴィッドの感性が大声で叫んでいる――コイツはとんでもない大馬鹿だと。 だが常識的な彼の理性はそこまで身も蓋もなく悪し様に人を認識出来ない。 感情の処理不全は更なる混乱を招き―― 『えっと…俺はナギ、人探しなんてのはあんまり得意でもないし気が乗らないがやれることはやるからよろしくなー、気軽にナギって呼んでくれ』 それは終わる気配もなく、まだまだ続く。 制服姿/腰に差した大振りの刃物/極めつけに気が乗らないという発言。 人の命が掛かっているかもしれないのに――市民的思考では到底理解出来ない。 『あっ・・・μ=パール・ペイジ、ミューでも結構です。よろしくおねがいします・・・』 『・・・その、あっち方面で・・・あの、知ってる人もいっぱいいると思うんですが、あまり気にしないでください』 お次は正真正銘の犯罪者だ。 より正確には元犯罪者――勿論、元市民になって間もないデヴィッドは偏見など抱かない。 が、果たして上手くやっていけるのか、非常に、激しく、不安にはなってきた。 『…僕はテオ、テオドア・アウフシュタイナー。これからよろしく!』 漸く聞けたまともな挨拶/デヴィッドの表情に浮かぶ安堵――数秒持たずにそれは潰えた。 希望/期待/向上心/その他諸々に輝く少年の双眸―― ――NFLの決勝戦を待ち望むかの様に、犯罪者の巣窟に飛び込む事を心待ちにしている。 『ロールなの。見た目はこんなだけど、足を引っ張るような事はないの。よろしくお願いするの』 続けて自己紹介をしたのは小さな女の子――顔立ちや服装から感じられる上品さ/清楚さ。 ――だが顔半分を覆うサングラスがそれらをブチ壊しにしている。 デヴィッドが項垂れ、無言でこめかみを押さえる――出来れば幻覚か何かであって欲しい。 『ひとつだけ伝えておくことがあるの。 “嫌な思い”をしたくなかったら、私と目を合わせない方が賢明なの』 残念ながら幻覚ではないようだ。 だが、いつまでも項垂れていては気を悪くする――常識的な判断に基づき姿勢を戻す。 そして次に控える、もう一人の少女へ視線を遣った。
41 : 『……あ、次私の番ですか?』 無言/首肯――内心で膨らむ懇願に近い期待を悟られぬよう、やや仏頂面気味。 『えっと……皆さん始めまして、私のことは“那由多”と呼んでください 仕事の経験は十数回程度なので、もしかしたら皆さんに迷惑を掛けることがあるかもしれません ……なにはともあれ、これからよろしくお願いします!』 普通だ――険に満ちていたデヴィッドの表情が和らぐ/安堵の溜息が漏れた。 仕事の経験が十数回と気になる発言もあったが、きっと真面目な子なのだろうと納得―― 『あと、特技は狙撃、支援射撃です まあ今回の仕事は捜索活動なので、私が活躍出来る場面は訪れないでしょうが……まあ、一緒に頑張りましょう!』 ――させては貰えなかった。 最早、落胆する気力もない――最後の一人の方へ振り向く。 威風堂々なポージングの真っ最中――自己紹介を聞くまでもなく性格は察する事が出来た。 『俺の名はディーク・ベーキア! ピカピカの新人だが、見ての通りガンガン行く男だ! この右腕で暴れるぜ! よろしくなっ!』 予想を見事に裏付ける自己紹介――どうにも反応に困窮する羽目になった。 本当にこのメンバーで大丈夫なのだろうかと不安が加速度的に膨張していく。 オペレータが何か言ってくれはしないかと彼女の方を振り返る―― 『――はいっ、皆様自己紹介が終わったようで何よりです!』 ――が、彼女が齎してくれたのは"これ"がトラブルシューターの常らしいと言う実感のみ。 いよいよ精神的にトドメを刺され、デヴィッドの胸にいっそ吹っ切れた気分が湧き起こる。 ――とにかく、やるしかないんだ、と。 『さて、早速で申し訳ないのですが、本部より今回の任務は探索および行方不明者の救助。 その為、9人そのままでは効率が悪いと報告した所、二手に分かれての任務の遂行が提案されました。 東部と西部にそれぞれ開けた地域が有りますので、東部と西部に皆様を投下。 その後中央地区へと移動しながら探索と救助を進め、その後中央で一端落ち合うプランとなっております』 眼前に展開されるホログラム/任務に関する各種データが表示される。 指を三本、画面の外側から内側へ――ホログラムを縮小し全体に目を通す。 「……リーダー?俺が?」 思わず零れる疑問――初任務の自分が一体何故。 だが困惑は一瞬/他のメンバーを見返す――子供ばかり、責任を負える立場ではない。 常識的、かつ恐らくは見当違いな判断に納得して、視線を再びホログラムへ。 『――質問などはここで無くとも通信で聞けますので、出来るだけ早い開始をお勧め致します。 無駄に長いミーティングは単純に思考力の低下を招き、集中力が欠けた結果として生存率の低下をまねきますからね? では、皆様。ご健闘をお祈り致します!』 「あー、ちょっと待ってくれ。一応、皆の持つ装備や技術を知っておきたいんだ。 それによってチームがどう動くのかも変わってくる筈だ。ホログラムに投影して欲しい。 口頭よりも画面で見た方が、伝達は早く済ませられる」 班員に関する情報開示を要求――すぐに受諾された。 情報更新されていくホログラムの操作を行いながらポッドに搭乗/殺菌を受ける。 そしてポッドが飛翔/僅かな慣性すら感じない―― ――飛行の開始と完了を示す唯一の要素は、一瞬で変化した外の景色のみ。
42 : 『はいはいっ、皆様一瞬でしたが空の旅お疲れ様でしたー。 大分開けている様ですが、ビルの窓からの狙撃などもありえますから本当に注意してください。むしろ先に狙撃するのも悪くないかもしれません。 さて、早速ですが、この地域の探索をお願い致します。極めて危険な地域ですから、Cランクの依頼とはいえ油断はしないように。 あなた方の損失は市民の幸福の維持に対する打撃となり、あなた方の幸福も失われてしまう。 ――ご武運を、幸福と自由を謳歌できますように』 「……ひとまず、どこか物陰に隠れよう。 それから、今後どうやって動くかを話し合うんだ」 ポッドを出る/まずはオペレータの警告通りに狙撃を警戒――遮蔽物の陰への移動を促す。 リーダーとして十分な働きが出来る自信はない―― ――だが失敗すれば自分だけでなく子供達まで危険に晒す事になる。 選ばれたからには、使命を果たさなくてはならない――アメフト選手だった時と同じだ。 周囲には放棄された車両などはあるが、身を隠すには心細い。 ビルに一時侵入出来れば狙撃に対する安全度は跳ね上がる―― ――だが呑気に入り口を探していては却って危険。 即座に侵入可能な手段がなければ、間に合わせの遮蔽物で我慢するしかない。 「少し、考えてみたんだ。あの……そう、ユピテルだったか。 彼女が言ってただろう。子供ばっかりだって。その事についてだ。 だが……あー、どう説明したものかな……少し待ってくれ」 俯き/目を閉じ/額に右手を当てる――思考を纏める為の数秒が経過。 「そうだな……アメリカンフットボールでは、時に相手の選手に怪我をさせる事もある。 その事を野蛮で完璧じゃないと言う奴らもいるが……それは選手の目的とは違う。 ボールを奪い、守るという目的を果たす為に、怪我をさせてしまう事もあるなんだけだ」 つまり――と説明を続ける。 「行方不明になった警官や警備兵も、それと同じなんじゃないかと思ったんだ。 ここは犯罪者の温床だ。警察が来れば、そりゃ誰だってディフェンスをするさ」 だが――と仮説を繋ぐ。 「最初に行方不明になった子供達は別だ。まさか私服警官には見えなかっただろう。 ディフェンスの必要はなかった筈だ。なのに手を出した。 と言う事は単なる愉快犯か……何か目的があったんだ」 そこで一度言葉が途切れた――やはり言い辛い/だが今更撤回も出来ない。 「もし、今回の事件が意図的な、単独犯や一つのグループの仕業だと仮定すれば…… ……君達をここに派遣する事で、事件の始まりを再現出来る。 だからコンピュータは君達を選んだんじゃないかと……俺は思うんだが……」 段々と語気が弱まっていく――間違っていたらすまんと、付け加えた。 「だがコンピュータもオペレータも、こう考えているんじゃないかと思うんだ。 なるべくなら避けるべきとは言え、いずれ犯罪者達とは接触する事になるし…… ……それが捜査の糸口になるんだと」 それに――と後に控えた論理の補強を図る。 「この東部区域は中央部まで2kmだと言ってたよな。 もし、探索範囲が単純に一辺が2kmの正方形だと仮定すると……400ヘクタール。 食料プラント並みだ。それにビルの高さも250mじゃ足りそうにない」 そして――要領を得ない話を漸く、結論へと運ぶ。
43 : >「何か探索に使えそうな技体はない?」 「わたくしもそう聞いたんすよ、そしたらこんなもん貰ったんすよ」 触手アームを背中に回して、ゴソゴソと何やら探ってみる そしてつかみ出したのは、何やらバスケットボール大の金属製の目玉のような何か 「何かこれが生き物を見つけて勝手に撃ってくれるらしいんすよ」 そう言って爪で鷲掴みにしたそれをμの目の前に突き出す 危ない 『Hello.』 案の定、そんな電子音声がして、目玉の瞳孔にあたる部分に光が宿った 『Surching.』 ぐるっと一周目玉が回って、もう一度μを見つめると同時に目玉の両サイドのパネルが開く 『Start Firing.』 開いたパネルの隙間から覗く二連装の短機関銃 さすがに気がついたネトコが上に振り向けるのと、合計四つの短機関銃が火を吐くのが同時だった 「いや、ほら、ちゃんと動くのが分かったって事でね」 笑って誤魔化すにも、仮面とフード越しでは笑っているのかむせているのか ちなみにこの目玉をちゃんと解説すると、正式名称はセントリータレット 中央部の赤外線カメラで体温を持つ物を発見すると無差別に発砲する警備ロボである 来春発売予定(無許可) こんなものを使って探索対象を撃ったらどうするつもりなのか しかし兎にも角にもやりにくいのはこの班編成 ユピテルの電気、μの虫、これらと互いに干渉する可能性は考慮しなければならないし あとの二人も接近戦タイプと非装甲、誤射には十分に気をつける必要がある、なにせ今回は自動射撃装置を使うのだから いったいコンピュータは何を考えてるんだ、余りを適当に押し込めたんじゃないだろうな そんな疑念を抱きながら、四つの目玉を四つの触手に装着し、そこここの路地や窓に突っ込んで索敵を始める 誤射を避けるために、高く掲げながら
44 : 「闇雲に探って回るのは、時間が掛かり過ぎるし、とても危険だと思う。 だから、接触を必要最低限に抑えたいのなら……俺達は、その……」 だが、どうにも口調がはっきりと定まらない。 これが初任務のデヴィッドに、自分の判断が正しいと自信を持つ事は出来なかった。 それでも言ってみない事には何も始まらない――意を決した。 「……待っていてもいいんじゃないかと思うんだ」 言い切った――或いは言い切ってしまった。 吐いた言葉は飲み込めない――それがデヴィッドの不安を助長させる。 「いや……待つと言うより、罠を張ると言うべきか……。 君達がここに迷い込んだ振りをすれば、子供を目当てにした犯罪者を…… ……ここにいるならだが、誘き出せる筈だ 自信の無さは口数の増加として現れる/誰かの賛同が欲しくて、視線が泳ぐ。 流れ着いた先は――那由多だ。 「それに……俺はあまり銃には詳しくないんだが…… ……狙撃も、自分から動くより待っていた方がやり易いんじゃないか?」 終始、今一つ自信に欠けた説明――とは言え、これはリーダーの決定ではない。 あくまで提案だ。デヴィッドは自分がリーダーとして力量不足だと分かっている。 つまり自分一人で判断を下すべきではないという事も、分かっていた。 故にもう一つ、正反対の提案をする。 つまり、積極的に探索をするという場合についてだ。 デヴィッドはリーダーとして班員の詳細なスペックを確認している。 その点に関して助言が可能だ。 「だが、もし、こちらから動くのなら……前には君達二人が出て欲しい」 デヴィッドの視線/指名の先――ナギ/ロールの二人だ。 「大人の俺がと言いたい所だが……俺では咄嗟の狙撃に対応出来ない。 那由多も、撃たれてからサイキックを発動しては手遅れになる危険がある。 先手を取られても対処出来る可能性が最も高いのは、君達なんだ」 ナギ――常時発動型の身体能力強化/ロール――全身換装型の高性能義体。 対処可能と言うより一撃耐えられる可能性と言うべきだが―― ――デヴィッドにはどうしても言えなかった。 「ナギ、君は主に前方を警戒するんだ。上はロールに任せろ。 その……あー、その眼は……狙撃対策には……とても、役立つ筈だからな」 酷く途切れ途切れな言葉――その眼が齎しただろう不都合を中途半端に察してしまった為。 悪気は無かったが、どう話せばいいか分からなかった。 「……知っての通り俺は素人だ。現場での判断力は君達の方が優れているだろう。 無闇な移動は俺達のリスクを上昇させるが―― ――時間を無駄にすれば生きているかもしれない行方不明者の生存率は下がっていく」 人の生死に関わる判断――本来なら大人である自分が下すべき決断。 無力感と罪悪感がデヴィッドの表情に苦味を滲ませる。 「守るか攻めるか……すまないが、君達が決めてくれ」
45 : 自己紹介が終わり、多少急かされるようにしてポッドに押し込められる一行。 その中で共に殺菌シャワーを浴びながら、少年は考えていた。 幾人かはあからさまに困惑していたように見受けられた。 まあ、当たり前と言えば当たり前だ。困惑していた者を含め集められたのは新人、それも 奇人変人揃いと噂されるトラブルシューターの中でもうっかりコンピュータ様の裁定を疑いそうなレベルの逸材ばかりだ。 勿論自らも例外ではなかった。数名から困惑した、あるいは軽蔑した視線を感じている (考えている事は分かるさ) 心の中で弁明を開始する。何故かは自分でも分からない。 (でもね、しょうが無いんだよ。だって凄く楽しそうなんだから) (誰かがやらなきゃいけないのなら、それを楽しめる人がやった方が良い) (僕はとても楽しい。誰にでも初めの一歩はある。だから僕はさっさとここを突破するために選ばれたのさ) (……多分ね) 結びの言葉を考え終えた時、丁度ポッドが降下を始めた。 少年は歓楽街という物を見た事が無い。一種の箱入りであったからそれも自然だ。 そして未知の物というのは精神を高揚させる。特にこの少年にとってそれは半分麻薬にも等しい作用をもたらす。 そうであるがために少年はトラブルシューターに――――自らの死すらもある程度許容した程なのだから。 そんな訳で、現在目下の少年は目を輝かせ、放っておけば口笛を吹いてしまいそうな上機嫌になってた。遊園地に到着したばかりの子供のようである。 『サイン下さい!』 『さ・・・サイン?ああ、いいけどさ・・・』 仲間同士の交流がとても微笑ましく感じられる。後で僕も貰っておこうかとか 本人に聞かれればまた嫌そうな顔をされそうな事も考えてしまう。 そうして周囲に目線を逸らせた時…… 『Start Firing.』 「わわわわわわ!?」 響き渡る連続した発砲音。それも後方の至近距離から。 一応は敵地という事もあって少年の慌てぶりは尋常ではなく、肩どころか全身が飛び上がりそうな程の反応を示している。 クラッカーの襲撃か何かかと振り返れば、そこにはネトコによって高く掲げられた奇怪な目玉が。 「…………気をつけてね」 そう述べる事しか少年には出来なかった。 少年のパーカーは防火と同時に防弾の性質を兼ねている物の、背後から機関銃に滅多打ちにされた場合の防御は保証されていない。 ましてや誤射となればそれが至近距離から。たまった物では無かった。 冒険を重ねた末での戦死ならまだしも、味方の誤射によって死ぬというのは御免被る。何より少しも楽しく無いのだから。 「えーっと……ああ、そうだ。じゃあ僕は前に行くから、ディークは後ろをよろしく」 「それから僕は前を向いてるんだから、誰かセンサーも見ておいてね」 とはいえ、この事件は浮かれがちであった少年に冷水を浴びせる効果は見込めたらしく。 振り返りついでにミューから発せられた命令の履行を承認すると共に要望を付け加えて 言った通りに全員より数歩前に出ると、探索を開始するために歩き始めた。
46 : >さて、早速で申し訳ないのですが、本部より今回の任務は探索および行方不明者の救助。 その為、9人そのままでは効率が悪いと報告した所、二手に分かれての任務の遂行が提案されました。 東部と西部にそれぞれ開けた地域が有りますので、東部と西部に皆様を投下。 その後中央地区へと移動しながら探索と救助を進め、その後中央で一端落ち合うプランとなっております 送られてきた情報を頭にいれ東部班のメンバーの顔と名前を確認していく。 そして 「…本当に大丈夫かこの班……」 と思わずため息混じりに呟いてしまうがコンピュータの決定では仕方ないかとポッドに乗り込み殺菌シャワーを受ける >はいはいっ、皆様一瞬でしたが空の旅お疲れ様でしたー。 大分開けている様ですが、ビルの窓からの狙撃などもありえますから本当に注意してください。むしろ先に狙撃するのも悪くないかもしれません。 さて、早速ですが、この地域の探索をお願い致します。極めて危険な地域ですから、Cランクの依頼とはいえ油断はしないように。 ポッドが着地し本当に一瞬だったななどと思いながら外に出る 「危険な地域ね…面白そうだな…」 一瞬だけ笑みを浮かべ辺りを見渡すが第一に抱いた感想は死んだ街という感じだろうか、それくらい無機質で静かだった。 >周囲には放棄された車両などはあるが、身を隠すには心細い。 ビルに一時侵入出来れば狙撃に対する安全度は跳ね上がる―― ――だが呑気に入り口を探していては却って危険。 即座に侵入可能な手段がなければ、間に合わせの遮蔽物で我慢するしかない。 デヴィッドの考えを察してか適当なビルの壁の前にたつと最小限の範囲、最小限の威力でコンクリートの壁を素手で殴り全員が通れるほどの穴を開ける 「よし、こんなもんか?はやく入ろうぜ」 崩れたコンクリートを退かしビルへの侵入する >守るか攻めるか……すまないが、君達が決めてくれ 「つまり囮になるか前に出て楯になりながら進むかってことか…俺は正直待つのは苦手だし相手の人数や規模がわからない以上後手後手に回るのはあまり得策じゃないと思う」 「それに本当に罠にかかるかもわからない…時間もあまりないしな、でも決めるのは俺たちじゃなくお前だろ、そのためのリーダーじゃねーの?ここで決めかねてグズグズしてるのが一番無駄だと思うぜ。」 「…まあでも狙撃はわからないがいきなり襲ってこれるような距離には多分誰もいないな、足音も息を潜める呼吸音も聞こえない」 目を瞑り耳を澄ますが辺りは静寂が包むばかりで異常な聴覚を持つナギにも何も聞こえないらしい
47 : 「(……どうやら、比較的当たりに近いくじを引いたようなの)」 眼前に表示されるホログラムのデータを確認しつつ、ロールは内心薄笑いを浮かべた。 どのようにコンピュータが判断したかは定かではないが、ロールの配分された班は、このメンバーの中で経験者を上から順に集めた面子に近い構成である。 唯一リーダーのデヴィッドだけがほぼ素人だが、その分は実人生の経験でカバーできるだろう。 メンバー割に異議が出せる訳もない状況で(なにしろコンピュータの決定だ)、このメンバーでスタートできる事はベストといってもいい引きである。 ロールは自らの幸運に感謝した。 さて出発……とポッドに向けて歩みを進み始めたところで、デヴィッドがジムニに声をかけるのが聞こえた。 >「あー、ちょっと待ってくれ。一応、皆の持つ装備や技術を知っておきたいんだ。 > それによってチームがどう動くのかも変わってくる筈だ。ホログラムに投影して欲しい。 > 口頭よりも画面で見た方が、伝達は早く済ませられる」 「……」 一瞬立ち止ったロールは、しかしすぐに歩みを再開した。 確かに、隠していても連携に支障が出るばかりでいい事は何もない。 どうせ、いずれ説明する羽目になるのだからそれなら早めに知られた方がいい。 理性ではそう分かっている。だから、歩みはほとんど止めない。 だが……。…………。 ロールの感情は、彼女に溜息をつかせる事を躊躇わなかった。 * * * プールにでも入るのかというような盛大な殺菌シャワーを浴び(制服の生地が痛んでいないか、ロールは少し気になった)、ポッドは揺れずに空の旅。 ポッドを降りた先で待っていたのは、別世界だった。 ほとんど廃墟群と化した、元、町並み。事故の前は存在すら知らず、トラブルシューターとなってからはいやとなるほど見た光景。 ロールは冷めた目(サングラスで隠れているが)で周囲を見渡す。視界をサーモグラフィーモードに切り替え。 今のところ、生体熱源は付近には自分たちの物以外は見当たらない。 だが、熱量をカットする迷彩装備などいくらでもある。ロールは油断をせず、思考をトリガー。即座に標準光学映像モードに戻す。 そこにジムニのアナウンスが入った。 >『はいはいっ、皆様一瞬でしたが空の旅お疲れ様でしたー。 > 大分開けている様ですが、ビルの窓からの狙撃などもありえますから本当に注意してください。むしろ先に狙撃するのも悪くないかもしれません。 > さて、早速ですが、この地域の探索をお願い致します。極めて危険な地域ですから、Cランクの依頼とはいえ油断はしないように。 > あなた方の損失は市民の幸福の維持に対する打撃となり、あなた方の幸福も失われてしまう。 > ――ご武運を、幸福と自由を謳歌できますように』 相変わらず、最低限の情報と指示、そしてお定まりの幸福勧告。 まあ、損耗を抑えなければトラブルシューター事務局の信用にもかかわるだろうから、あながち嘘で言っているのでもないだろうが。 >「……ひとまず、どこか物陰に隠れよう。 > それから、今後どうやって動くかを話し合うんだ」 デヴィッドの提案。それに呼応したかのようにナギが動く。 打撃音、破壊音。 >「よし、こんなもんか?はやく入ろうぜ」 「……無茶苦茶なの。無理矢理なの」 この音で誰かに発見されたらどうするのか。ぼやきながら、他に隠れられるところもほとんど無さそうなので穴をくぐって建物内に入る。 一心地ついたところで、デヴィッドが語り始めた。 * * *
48 : 「……なるほどなの。おじさんの経歴に偽りなし、なの」 話を一通り聞くと、ロールは大仰に頷いて見せた。 「アメリカンフットボールは詳しくは知らないけれど、チームプレイが重要な競技だと聞くの。 一人だけで先走ろうものなら単純につぶされてしまう。だから協力し合う。私達には希薄な発想なの。 その考えは重要なの。きっと、あと3年生き延びられればおじさんは名トラブルシューターになれるの」 だけど、と言葉を継ぐ。 「残念ながら、その言葉は現状では軽いと言わざるを得ないの。この業界の経験の裏打ちがないから、なの。 私だってそれほど経験はないけれど、おじさんよりはあるの。だから、意見を言わせてもらうの。 私達の第一目標は生存ではなく探索なの。優先すべきは私達の安全と幸福ではなく、被害者のそれなの。 だから、完全な待ちの姿勢は取るべきではない。取るとしたら、攻めていくか、あるいは罠を張るとしても、積極的に誘う姿勢なの。 そのどちらかをとるとした場合……」 顎に手を当てて少々思考。可愛らしいしぐさだ……サングラスの部分から上を見なければ。 「私は積極的に誘う方を推すの。おそらく、誘いに一番適しているのは私だと思うから、私が先行するの。 私はフルボーグだけど秘匿性と武装の隠匿性能が高いから、一見ただの小娘に見えると思うし、なの。 それに、私の装備の中には通信システムもあるから、周囲に気がつかれずそちらと連絡を取れるの」 実際、このメンバーの中で、事前に装備を確認しているデヴィッドを除き、ロールの主武装を把握している人間はいないだろう。 彼女のメイン武器は、体の各部に格納された投げナイフである。それは非常に巧妙に隠されているため、 一見しただけでは隠し場所、いやそもそも隠している事すら分からない。 「只の無力な少女に見える存在」という意味ではうってつけであったろう。 ナギや那由多ではこうはいかない。彼らの武器は非常に目立ち、隠匿が困難であるからだ。 「私が何も知らない小娘みたいにふらふら歩いてるところを、那由多とナギがバックアップしてほしいの。 那由多の狙撃はポイントを固定できた方がやりやすいだろうから、私の周囲をスコープか何かで監視しておく形でいいの。 ナギは私からある程度距離を取って、隠れて移動するの。 おじさん……ディヴィッドさんは、それを第三者目線で見ててほしいの。何か気がつくことがあるかもだし、なの」 ロールはそこまで一息に言い終えると、小さく息を吸い、吐いた。 「私の意見は以上だけど、決定権は私には無いの。 追認という形でもいいから、ディヴィッドさん、あなたが決めるべきなの」
49 : 東部班のメンバーは自分を含めて四人、ひとりひとりの名前と顔を頭に叩き込む それが終わったら、後はポットが目的地に到着まで一眠りしようと考える そんな具合で、呑気に瞳を閉じて微睡み始めた、と思ったら >『はいはいっ、皆様一瞬でしたが空の旅お疲れ様でしたー。 「……いやー、相変わらず早いですね……」 速攻で、ホログラム画面に浮かび上がったピンク髪の声に起こされる。 若干不機嫌になりながらも、側に立て掛けてあった楽器ケースを手元に引き寄せて、ジムニの説明を聞き取っていく。 >大分開けている様ですが、ビルの窓からの狙撃などもありえますから本当に注意してください。むしろ先に狙撃するのも悪くないかもしれません。 >さて、早速ですが、この地域の探索をお願い致します。極めて危険な地域ですから、Cランクの依頼とはいえ油断はしないように。 >あなた方の損失は市民の幸福の維持に対する打撃となり、あなた方の幸福も失われてしまう。 >――ご武運を、幸福と自由を謳歌できますように』 「了解ー、じゃあ今回も楽しくやらせて貰いまーす」 今ひとつ緊張感に欠けた声でそう答えると、軽い足取りでポットから出る。 そこに広がっていたのはまるで別世界。廃墟と化した高層ビル街を眺め、静かに目を細めていたら >「……ひとまず、どこか物陰に隠れよう。 > それから、今後どうやって動くかを話し合うんだ」 そうデヴィッドが提案したかと思えば >「よし、こんなもんか?はやく入ろうぜ」 それにナギが素早く反応し、近くのビルに歩み寄ったかと思うと、拳一つで穴を開ける >「……無茶苦茶なの。無理矢理なの」 そうぼやいたロールに心の底から共感しつつ、その背中を追い掛けて穴を潜ろうとして―――振り返ってビル街を一応確認。 サイキックを発動して視力を強化しつつ、付近に視線を走らせるが……特に目立った異変は無し。 その作業を数秒で終えて軽い溜息を吐くと、今度こそ皆と同じように穴を潜った。
50 : ビル内にて、デヴィッドの提案を一通り聞き終える。 それは、簡単に言ってしまえば囮作戦。ロールを餌に何処から襲い来るか分からない獲物を釣り上げるというもの。 さてどうしたものかと、頭を軽く掻きながら、メンバーの方へと顔を向ける。 「……んー、確かに下手に後手に回るよりは断然良い方法だとは思います ならとりあえず、私はこの建物に残って配置に就くってことで このビル、結構な高さがあったので、狙撃するにはもってこいなポイントですし」 そう言って、背負った楽器ケースを床に下ろし、ロックされた蓋を開ける。 中に納められていたパーツを慣れた手付きで組み立てるとすぐに、全長が那由多の身長以上もある馬鹿デカい銃器がそこに姿を現す。 相当な重量があるはずのそれを、片手で軽々と扱いながら、もう一度皆の顔を確認しつつ 「当たり前ですが、通信回線は常時ONでお願いします それからデヴィッドさんにロールさん、もしもの時には移動ルートを私に任せて貰いたいのですが……いいですか?」 最後の申し出は、それなりに経験を積んだ彼女の実力に裏付けされたもの。 早い話、「デヴィッドだと頼りないから逃走経路の確保は私に任せて」というやつだ。
51 : これって途中参加は大丈夫ですか?
52 : 現在のシナリオの募集は終了してしまっております 次回以降のシナリオの参加または、チャットスレでの参加については制限がありませんのでなにかご質問などが有れば避難所までお越しくださいねー http://www3.atchs.jp/test/read.cgi/troubleshooter/1376836328/
53 : >>52 分かりました。次のシナリオなら問題ないんですね。 丁寧にありがとうございます。
54 : ――鐘の音が鳴る。 電子音ではない、人の脳を揺さぶるような、ノイズの入り交じる自然≠ネ音が。 音は数度響く、響き続ける。音の方向は――不明。そう、不明なのだ。どこかから≠サの音は聞こえてくる。 その音を聞いている限り、脳髄を持つならば謎の酩酊感に暫くの間襲われてしまう事だろう。しかしながら、その酩酊感は不快なものではないはずだ。 低く、高く、震えを響かせるその音響は、虚空から現れて虚空へと消えていった。 その音が止んだ直後だった。 「――侵入者を発見。直ちに排除に移る」 いつの間にか、黒服の男達が東部の各所に現れていた。 それぞれどこから調達したのかは分からぬが、最新式の銃器が一揃え。 最初に出現したのは、那由多の背後。足音を響かせながら3人の男たちはレーザーショットガンを構え、引き金を引きながらジェネレータの中身が空になるまで散弾をフルオート。 不思議なことに、生命反応は存在せず、生命反応の探知では彼らがそこにいる事実を発見することは出来なかった。 ロール、デヴィッド、ナギ。 彼らの周囲にも黒服がいつの間にか現れている。 皆、法に触れる登録外の兵器に身を包み、黒服の内側は身体能力を底上げするインナーウェア。 10人程の彼らもまた、ショットガンやアサルトライフルなど思い思いの装備を携えて、3人を屠らんと襲いかかっていく。 ――だがしかし、君たちはトラブルシューターだ。 非合法な市民から市民を護るのが、トラブルシューターの職務の一つ。 幾ら彼らが最新兵器を用いようとも、それらはあくまで市場に流通し得る″ナ新、最高性能の兵器である。 君たちに貸与される武装や装備は、秘匿技術を用いていなくとも表では流通しないだけの出力を持ったものだ。 その瞬間に、通信機から皆に多大なノイズの混ざる音声が響き渡る。 その声はジムニのものであったが、普段ではありえない程慌てた様子。 しかし、その通信の内容はと言えば――。 『■■■■■、通信■■が■■みだ■■■す。 ■■■■■■特殊■■音■■■電磁■■■■観■■■■。 警戒■■■■■■ラン■B■上昇■■■■す。 ■■■生命■■■■■最優■■■■い!■■■■■■■■■■■■』 何らかの形で通信が妨害されているのか、一部の声しか皆には届かない。 しかしながら、断片的な通信の内容からは何か不穏なものが感じ取れたかもしれない。 そして、その通信が切れると同時。黒服たちは一斉に引き金を引く。 君たちはCランクとは言えど、トラブルシューターだ。 サイキック、秘匿技術、サイボーグ。それらは、通常ではありえないハイスペック。 レーザー兵器程度、捌けないはずは無いだろう。 もし黒服の男たちを倒したのならば、彼らが身分を証明する物を何一つ持っていないことが分かるだろう。 それでも何らかの情報を得たいのならば、君たちに標準的に支給されている物資の中でなんとかするしか無い。 また、今の状況ではジムニのバックアップは望めない為、尚更思考しなければならないだろう。 以下が標準装備の内容である。 ・透過装置:分子を特定の周波数で振動させる事で、壁や床のすり抜けをする事が可能となる。設置地点を中心に半径3m程が透過できる。支給数3つ。 ・採集キット:何らかの異常な生命体や暴走したサイキックなどの体組織などを採集するキット。遺伝子情報をデータ化する事も可能。 ・市民情報DBアプリ:IDや何らかの登録情報の断片を元に登録されている市民であれば情報を検索することが出来る。 ・食料一週間分:タブレットが7つ。圧縮水分が一本。 ・生命反応探知センサー:半径250mの生命反応を探知することが可能。黒服は探知出来なかった。 ・工作キット:装備や機材のひと通りの修理が可能なキット。 周囲は耳が痛いほどの沈黙に包まれている。 もし黒服を倒せば、また先ほどと同じように鐘の音が響き、皆を酩酊状態へと誘うことだろう。 またセンサーを用いれば近辺に5つの生命反応が存在する事が分かる。半径250m以内に全て存在しているようだ。
55 : 当然サイバーパンクの世界観設定はワクワクドキドキするだろ 無論サイバーパンクは物凄く素晴らしいだろ 一応サイバーパンクは魅力的だろ 多分サイバーパンクは最高級だろ 確かにサイバーパンクは最高潮だろ もっと更にサイバーパンクは最高峰だろ もしもサイバーパンクは楽しいだろ 仮にサイバーパンクは面白いだろ
56 : >「周囲に電場を展開した。動くものや電子機器があれば電界の乱れで探知できるはずだ。と、いうわけで誰か探知してくれ!」 >「いや、しかし申し訳ないっすね……」 >「ユピテルはそのまま電場を維持して。ネトコは何か探索に使えそうな義体は無い?」 >『Start Firing.』 皆が武装を展開し、磁界と虫を辺りにばら撒き探知を開始、自動迎撃も開始される。 それらは皆たしかに干渉しあう装備であり、相性は確かに良くない、それは間違いないことである。 だがしかし――、そもそも相性がどうのこうのなど言うのであれば、それは最初からコンピュータが調整した存在をチーム化すれば良いという事。 幸福な都市で幸福以外を受ける彼らに対して、代わりに自由を与えた結果として、相性についてはそもそも良い場合の方が少ない=Bそれがトラブルシューター。 個々の実力は、並の犯罪組織の人間などひとたまりもない代わりに、どれもが誰もが代わりの利かない力を持ち、画一化されてない存在感を放つ。 それこそが、この画一化された都市のイレギュラーに対抗する術であると同時に、トラブルシューターの持ちうる最大の問題点であった。 実際問題、誰と組ませても結局のところどこかの個性≠ェぶつかり合う。ならば、平均的に実力や方向性が近いものを揃える他無い。 コンピューターは確かに完璧だが、それはその場で取れる限りの出来るかぎりにおいての話である。それも、定石の通じないトラブルシューターであるなら、なおのことだ。 >「えーっと……ああ、そうだ。じゃあ僕は前に行くから、ディークは後ろをよろしく」 >「それから僕は前を向いてるんだから、誰かセンサーも見ておいてね」 中央部の赤外線カメラで体温を持つ物を発見すると無差別に発砲する警備ロボ。 辺りを探索し、感染していく虫、「giftbox」。 本人に確認するすべは無いが、辺りの機械を判別する虫達。 戦闘においての相性は悪くとも、一応の探索においては手段は豊富であるこの布陣。 それらの力によって、観測されたデータは、ありえない数値を割り出していく。 数十の人間、それもなぜか東部組の人間の反応までが500m以内≠ノ存在しているようなのだ。 違法な空間拡張による空間の歪曲だったとしても、ここまでありえない変貌はありえない。そう、これほどの空間拡張と歪みが有るならば、その歪みの付けがどこかに来るはずなのだ。 だとすれば、何らかの異端技術か、なにかの夢か幻か。そうとしか思えない計器のデータと……、唐突な雷鳴、雷撃、降雨。
57 : バケツをひっくり返したような豪雨は、通常都市の擬似天候再現においても数十年に一度しか使われない、災害級≠フ物。 閃光と轟音が辺りを満たし、皆の意識を揺さぶり、皆の本能に刻み込まれた恐怖を呼び覚まそうとするだろう。 通常幸福な都市ではありえない現象、ありえない光景。それらは、ある意味では自由を得た物にしか得られないもの。 雷撃の閃光と、豪雨の轟音の合間を縫って聞こえたのは――誰かの、歌なのか。 雨は暫く止む様子は無い。そして、計器を見ようにもこれではそれどころではない。 雨に何が含まれているともわからないのだから、殺菌シャワーの成分で菌類の影響が無い今のうちに屋内に避難するべきだろう。 しかし、皆が先ほど何らかのデータを確認すれば分かっている通り、辺りにはなにか異常な何かが起きている。 「――こ■ち……おイ……■■」 ノイズ混じりの声が響く。方向はわからないが、しかしどこかに導かれる意志≠感じるかもしれない。 右方向。十字の通り、みなから見て右の方向。 先に与えられていたマップでは、その先には、劇場などの娯楽施設が立ち並んでいるようだ。 それらの施設は、この辺りでは比較的大きく、また作りもしっかりしている。 一時的な避難拠点には、それほど悪くない場所である事は理解できる。とは言え、この声に従うのも危険かもしれない。 辺りには小さなバーや居酒屋などがちらほらと立ち、ホテルや風俗施設も立ち並ぶ。 何処に逃げようとも、一応は隠れることは難しくはない。 中に何が入っているかは、誰にもわからないのが恐ろしい所ではあるが。 雨の中で、皆の端末から声が響く。 それは、先ほどの誘いの声とは全く違う、そう――ジムニの声。 だが、ノイズの混ざるそれは注意深く聞かなければまともに聞き取ることも出来ないもの。 録音はギリギリ可能のようであるから、逃げこんでから確認しても良いだろう。 『■■■■■、通信■■が■■みだ■■■す。 ■■■■■■特殊■■音■■■電磁■■■■観■■■■。 警戒■■■■■■ラン■B■上昇■■■■す。 ■■■生命■■■■■最優■■■■い!■■■■■■■■■■■■』 この発言から汲み取れるのは、要するに何らかの不味い事が起こっているということ。 しかし、今すべきことはそれらの状況を纏め、なんとかするべき行動を策定することだったろう。
58 : 『それに本当に罠にかかるかもわからない…時間もあまりないしな、でも決めるのは俺たちじゃなくお前だろ、そのためのリーダーじゃねーの?ここで決めかねてグズグズしてるのが一番無駄だと思うぜ。』 「確かに一理ある。……だが、君はそれでいいのか?」 ナギの辛辣な指摘――デヴィッドは険しい表情で問いを返す。 「知っての通り、俺には経験がない。一人で正しい判断が出来るとは思えない。 俺が間違った決定をしたら、そのせいで君の自由と命が損なわれるかもしれない。 もしそうなった時、君はその結果に納得出来るのか?……そんな事、俺には出来ない」 自分には責任を完遂するだけの力がない。デヴィッドはその事をよく自覚していた。 だからと言って、リーダーとしての任務を投げ捨てるつもりもない。 ナギ達への問いは、使命を全うする為には彼らの意見/協力が不可欠だと判断した結果だ。 「任務を効率的にこなし、皆の安全も守る為には、話し合いと、君達の意見が必要なんだ。 頼りないと思うだろうが、すまない。助けて欲しい。 こうする事が、きっと君の為にもなる筈だ」 毅然とした態度/弱腰な言動――ある意味器用な主張。 デヴィッドの視線がロール/那由多へ――何か意見はないかと無言の催促。 『……なるほどなの。おじさんの経歴に偽りなし、なの』 「あぁ――だが今の言葉には偽りがあったな。 俺はまだ27だ。おじさん呼ばわりするには……」 『アメリカンフットボールは詳しくは知らないけれど、チームプレイが重要な競技だと聞くの。 一人だけで先走ろうものなら単純につぶされてしまう。だから協力し合う。私達には希薄な発想なの。 その考えは重要なの。きっと、あと3年生き延びられればおじさんは名トラブルシューターになれるの』 「……あぁ、ありがとう。ソイツは嬉しいニュースだ」 "おじさん"呼ばわりは看過し難い――だがそれを強く言及するべき状況でない事は明白。 デヴィッドは複雑な表情で、紡ぎかけの言葉を飲み込んだ。 『残念ながら、その言葉は現状では軽いと言わざるを得ないの。この業界の経験の裏打ちがないから、なの。 私だってそれほど経験はないけれど、おじさんよりはあるの。だから、意見を言わせてもらうの。 私達の第一目標は生存ではなく探索なの。優先すべきは私達の安全と幸福ではなく、被害者のそれなの。 だから、完全な待ちの姿勢は取るべきではない。取るとしたら、攻めていくか、あるいは罠を張るとしても、積極的に誘う姿勢なの。 そのどちらかをとるとした場合……』 そしてロールの言葉を傾聴――彼女の意見は極めて正当だった。 子供達に危険が及ぶ可能性を限りなく下げたい。 それはデヴィッドの願望――常識的で市民的な思考故の判断でしかない。 その事を完璧に看破/指摘されてしまった。 『私は積極的に誘う方を推すの。おそらく、誘いに一番適しているのは私だと思うから、私が先行するの。 私はフルボーグだけど秘匿性と武装の隠匿性能が高いから、一見ただの小娘に見えると思うし、なの。 それに、私の装備の中には通信システムもあるから、周囲に気がつかれずそちらと連絡を取れるの』 『私が何も知らない小娘みたいにふらふら歩いてるところを、那由多とナギがバックアップしてほしいの。 那由多の狙撃はポイントを固定できた方がやりやすいだろうから、私の周囲をスコープか何かで監視しておく形でいいの。 ナギは私からある程度距離を取って、隠れて移動するの。 おじさん……ディヴィッドさんは、それを第三者目線で見ててほしいの。何か気がつくことがあるかもだし、なの』 言動から感じられるプロフェッショナルの精神/判断力―― ――デヴィッドの提案に潜んでいた『甘さ』が排除/洗練された。 各々の技能を活かせる形は変わらぬまま、より効率的――そして、より危険に。
59 : 『私の意見は以上だけど、決定権は私には無いの。 追認という形でもいいから、ディヴィッドさん、あなたが決めるべきなの』 暫しの沈黙。人の命に関わる事だ――すぐには決められない。 頭では/理性では――既に、それが最も効率的だと分かっているのに。 迷いと、弱い自分への苛立ちがデヴィッドの眉間に皺が刻み、表情をより険しくさせる。 無意識の内に右手が口元を覆う/視線が揺れる/呼吸を忘れる/鼓動が加速する。 それでもまだ、決められない。だが―― 「――分かりました。追認します。それで行きましょう」 ――不意に、それら全てが消えて、まっさらになった。 デヴィッドが追認の言葉を述べる――あまりに突然の事だった。 そして、その声色には、一瞬前まで抱えていた筈の葛藤や苦悩は残滓すら残っていない。 とても滑らかで――酷く不自然な口調だった。 『……んー、確かに下手に後手に回るよりは断然良い方法だとは思います ならとりあえず、私はこの建物に残って配置に就くってことで このビル、結構な高さがあったので、狙撃するにはもってこいなポイントですし』 那由多の発言――はたと、デヴィッドが首を左右に小さく振った。 否定の動作ではない。微睡みの中にいた人間が、意識を取り戻した時の様な仕草だ。 瞬きを数回してから、デヴィッドは那由多を見た。 「あ……あぁ、分かった。それで行こう。他に何か言っておく事はないか?」 やや戸惑いながらの肯定/何処か前後の繋がらない言葉――何かが変だった。 デヴィッド自身、不完全ながらも自覚があるようでもあった。 まさか神経変性疾患の新たな症状――俄かに芽吹く疑心暗鬼。 だが今は、その真偽を思索/追求している時間はない。 『当たり前ですが、通信回線は常時ONでお願いします それからデヴィッドさんにロールさん、もしもの時には移動ルートを私に任せて貰いたいのですが……いいですか?』 「勿論構わない。危険が迫っている時にこそ、君の経験が役に立つ筈だ」 作戦会議は完了――各自が己の役割を果たすべく移動を開始する。 ロールは囮役/ナギはその護衛/那由多は俯瞰的視点での監視と支援射撃。 ならば自分は何をするべきか――少なくとも戦力的には間違いなく最弱。 求められたのは第三者の目線――とは言え俯瞰的視点には既に那由多がいる。 と、なると残っているのは。 「……後方警戒って所か?」 仮に犯罪者がロールやナギを発見した場合、接近が正面から行われるとは限らない。 寧ろ側面か、後方から不意を突いた方があらゆる面で効率的だ。 そうなった場合、上方からの視点ではビルが死角となる可能性が高い。 では後方から接近する人間を逸早く察知出来る位置とは――その更に後方だ。 デヴィッドはナギ達よりも大きく後ろ/放置された廃車の陰に待機。 追っ手とビルへの侵入者の警戒を務める。 (……そう言えば、探知機を支給されていたな。 即応的な動きが必要なナギに渡しておくべきだったか?) 一瞬の逡巡――だが、この状況で並行作業をするのは危険だ。 やはり戦闘に手を割けない自分が持っておくべきだろうと判断。 早速バックパックからセンサーを取り出し、画面に視線を向け――直後に、音が聞こえた。
60 : 鐘の音だ。空気と共に脳まで揺さぶられる様な、雑音混じりの―― ――なのに不愉快さを感じさせない澄んだ音色。 思考が掻き乱される/足元が覚束ない/生体センサーを取り落とす。 そして――音が止まった。 「……っ、何だったんだ、今のは……」 疑問を零しつつ頭を抱える/ふと落としてしまったセンサーに目が行く。 外見上の破損は見られない/腰を屈め/手を伸ばす――また、音が聞こえた。 今度は地面を擦る音/人の足音――咄嗟にそちらへ振り向く。 『――侵入者を発見。直ちに排除に移る』 その先には、自分に向けられた銃口があった。 銃を構えるのは黒服の男が三人/何者なのか/いつの間に接近を――全て後回しだ。 「っ、敵だ!既に接近されてるぞ!」 咄嗟に/反射的に/デヴィッドは叫び、地面を蹴っていた。 力強く/瞬発的に/黒服共との距離を詰める。 逃げる背中にレーザーを撃ち込む事なら誰にだって出来る/だから逃げてはいけない。 だが同時に、何故か逃げようとも思わなかった。 重心を/体勢を低く落とす――懐に潜り込み/拳を振り上げた。 足/膝/腰/背中/肩/腕――全身の力を総動員したアッパーカット。 銃を弾き飛ばし/捻れた体幹を戻す反動で黒服の顔面をぶん殴る。 しかし――倒れない。何らかの身体能力が強化されているのだと予想。 今度こそ逃走を決断/殴りつけた黒服の脇を抜け、他の者の射線を遮るように。 元はブロックを躱す為の走行技術だ。 一旦、廃車の裏に回り込み、身を隠す。 大きく息を吐く/呼吸を整える――全ての判断/動作が自分でも驚く程に迅速だった。 それは与えられた秘匿技術――代替神経細胞による恩恵だった。 ナノマシンが感覚神経/脳/運動神経の直通ラインを構築―― ――結果全ての行動が反射的な速度に。 また視覚情報処理/聴覚情報処理/状況判断など、元から健全であった機能をサポート。 その為、十二分のパフォーマンスが発揮出来た。 尤もデヴィッド自身は、そんな事にまでは考えが至らなかったが。 (……ひとまず急場は凌いだ!だが、どうする……? 俺では奴らを倒せない。しかしナギ達も襲われていた、助けは呼べないぞ) 『■■■■■、通信■■が■■みだ■■■す。 ■■■■■■特殊■■音■■■電磁■■■■観■■■■。 警戒■■■■■■ラン■B■上昇■■■■す。 ■■■生命■■■■■最優■■■■い!■■■■■■■■■■■■』 「……っ、おい、よく聞こえないぞ!今なんて……クソ!次から次に……!」 怒りに拳を固め――だが、その行為に何の意味もない事くらいは理解出来る。 デヴィッドは改めて深呼吸――それから、ふと生体センサーを見た。 黒服達の動きを観測出来ないかという淡い希望を込めて。 先ほど相手をぶん殴る際に手に持ったままだったが、センサーは正常に動いていた。 周囲にある生体反応は――五つ。
61 : (五つ……?奴らは明らかに五人以上いた。センサーに反応しないのか? だが、だったらこの反応は……) 確かめなくては――しかし、その前に当面の脅威を回避する必要がある。 何とか奴らを無力化する術はないのか。 デヴィッドは必死に思索を巡らせ――いつの間にか、左手に何かを持っていた。 透過装置――支給された標準装備の一つだ。 (……そうだ。コイツを使えば……!) 瞬間的な閃き――生体センサーをバックパックへ収納/傍にあった廃車の部品を投擲。 金属音が鳴る/音源とは反対方向へ飛び出す/そして跳躍。 「ひとまず、そこで沈んでろ」 透過装置を右手に持ち替え/起動――透過範囲は未設定/被振動対象は地面をセット済み。 それを黒服共のド真ん中にショートパス――カレッジ時代に磨いたパス技術が光る。 地面の分子が振動し/黒服共の身体が沈み込む。 ジャイロ回転によって安定した軌道を描く透過装置――そのスイッチが地面と接触。 分子の振動が打ち切られ、黒服共が地面に半分沈んだ状態で固定された。 状況が一段落/もう一度深く、今度は安堵の息を吐き出した。 が、すぐに我に返り、慌ててナギ達は無事かと振り返る。 ――そして直後に、それが完全に杞憂であったと思い知る事だろう。 ナギ/ロール/那由多――彼らは皆、高い戦闘能力を有している。 並大抵の/秘匿技術も持たない犯罪者共に負ける訳がなかったのだ。 デヴィッドが必死に黒服共を無力化した頃には皆、戦闘を終えていたに違いない。 「……流石だな、君達は。じゃあ、まずはコイツらが手がかりになるかどうか確かめよう。 だが、いつまでもここに四人固まってちゃマズいよな。とりあえずはビルの中に――」 不意に大きな音が響いた/デヴィッドの言葉を遮る様に――また、鐘の音だ。 抗い難い酩酊感が襲ってくる/思わず膝を突いた。 「ク……ソ……なんだこの音……既に……誰かに、見られているのか……? タイミングが……良すぎる……だが、だとしたら何故……このまま襲ってこない……?」 思考が上手くまとまらない/このままでは駄目だ――必死に対策を思案。 音/鐘の音/雑音/酩酊感/揺らぐ視界/脱力した手足/考えろ/音が/音が原因なら―― 「……ロール。君の身体なら……聴覚を完全に、シャットアウト出来るんじゃ……ないか? 試してみてくれ……もし効果があれば……ナギと那由多も……耳を……塞ぐんだ……」 ――音を聞かなければ、酩酊感から逃れられるだろうか。 根拠は希薄/だが試してみるしかない。 このままでは任務遂行どころか生存すら危うい。
62 : (俺のナノマシンは……神経に作用する……さっきの集中力も多分、そのお陰だ……。 だったら……逆の事だって……出来るんじゃないか?) 可能性の模索――ナノマシンがその思考を受信した。 そして宿主の意思通りに動き出す。 聴覚情報処理をインターセプト/脳へ送らず信号を削除――聴覚を恣意的に不全化。 (……出来るのか。便利なもんだな……これで、気分がマシになればいいが……) だが酩酊感が払拭出来ようが出来まいが、任務は続けなくてはならない。 差し当たって最重要事項は――五つの生体反応。 デヴィッドもセンサーに反応があった事は、すぐに皆に告げるだろう。 が、その確認に向かう前に彼はまた幾つかの提案を述べる。 まず、黒服共から得られるだけの情報を回収しておいた方がいいという事。 何故なら先ほどの通信から察するに、現在の危険度は自分達の手に余る公算が高い。 ならば、この敵について詳しく知っておく事は後の生存率に響いてくるに違いないからだ。 そして肝心の情報収集の方法については。 生体反応がない――即ちアンドロイド/何らかのサイキックによる産物。 だとしたら工作キット/採集キットが役に立つ。 或いは単に特殊な装備によるものかもしれないが、寧ろその方が情報は得易い。 今は犯罪者だとしても、そうじゃなかった過去がある筈だ。 市民情報DBアプリを使えば、その過去を掘り起こせる可能性がある。 ――以上がデヴィッドからの提案だった。 また彼は決して口にはしないが――相手が人なら、もっと効率的なやり方もあるだろう。 「それが済んだら……この生体反応の確認に向かおう。 あと……当たり前の事なんだが、俺はこのキットを使うのも初めてなんだ。 余りもたついていられる状況じゃない。すまんが、君達がやってくれ」
63 : >「・・・あの、僕のサインなんてあまり人に見せびらかすもんじゃないよ?」 「分かってる、でも我はそんな事気にしてないから、な? だって、魂って、心って、データ化できるほど単純な物じゃない」 ニカッと笑って現代では非常識な非科学的な事を臆面もなく言う。 何か世間一般では大罪人みたいになってるけど、別に人を殺したわけでもない。 記憶バックアップが消し飛んだぐらい何だというのだ。 あんなもんうまく戻る保証もない気休め程度のものだし、仮に成功したとしてそれはもはや元々の人間と同一人物と言えるのか? 同じ記憶を持つ別人ではないのか――? きっと生命には科学が立ち入れない領域がある その一つの現れが、科学文明の果てに現れた超常の力を持つ存在、我々サイキックではないのか。 И И И И И И И И И И
64 : >「いや、しかし申し訳ないっすね……」 ネトコの腰のディスプレイが激しい反応を示している! その発信源をびしっと指さす。 「そこかーッ!!」 ディスプレイが付いてる本人です本当にありがとうございました。 だが、何者かがいれば電界に別の乱れが現れるだろうから全くの無意味ではないだろう。 羽虫型ナノマシンにたかられながら新製品の実演をするネトコ。 >『Start Firing.』 機関銃がμに打ち込まれると思いきや間一髪、上空に向かって火を噴いた。 >「いや、ほら、ちゃんと動くのが分かったって事でね」 >「…………気をつけてね」 「……HAHAHA、ナイスジョーク」 テオドアと二人、引きつった顔でツッコミを入れる。 >「えーっと……ああ、そうだ。じゃあ僕は前に行くから、ディークは後ろをよろしく」 >「それから僕は前を向いてるんだから、誰かセンサーも見ておいてね」 と、何ともフリーダムな漫才をしつつも探索は始まった。 のはいいのだがその直後、電界に激しい乱れが。 「わっ、何だ何だ!?」 計器が壊れたのではないかと思ったが、警備ロボが狂ったように虚空に向かって発砲し始める。 機器達が狂っていなければ、かなり近い場所に人がうじゃうじゃいるらしい。 「なーんだ、向こうのチーム近くにいるじゃん。合流してみようか」 と呑気に言っていると突如として どごーん! どんがらがらがっしゃーん!(※擬音はイメージです)と雷鳴が鳴り響き バケツをひっくり返したような雨が降り始めた。 「な……に……!? 風呂と洗濯が同時にできます!」 と冗談を言っている場合ではない。 雨には何が入っているか分かったもんじゃないし雷に打たれて死んだら恰好悪い。 一刻も早く屋内に避難すべきだろう。 ただしどこに入ってもクラッカーを持った集団が待ち構えていてVIPルームにいらっしゃ〜い☆となる可能性が否定できない訳だが。 そこに聞こえてくる、いかにも怪しげな謎の声。 >「――こ■ち……おイ……■■」 「こっちに来いだと!? よし行くぞう!」 どうせどこに行っても危険なら誘われるがままにいかにもそれっぽい方へ! それが我がポリシー! 大型施設に向かってダッシュする。
65 : >……無茶苦茶なの。無理矢理なの 「仕方ないだろ他に身を隠すとこもねーんだからよ…」 自分より明らかに年下なちびっこにぼやかれ不満げにそう返す >私が何も知らない小娘みたいにふらふら歩いてるところを、那由多とナギがバックアップしてほしいの。 >那由多の狙撃はポイントを固定できた方がやりやすいだろうから、私の周囲をスコープか何かで監視しておく形でいいの。 >ナギは私からある程度距離を取って、隠れて移動するの。 >おじさん……ディヴィッドさんは、それを第三者目線で見ててほしいの。何か気がつくことがあるかもだし、なの 「うーん…妥当なとこか?」 少し考え込むと攻め込みたいナギにとって最善とは言わないがまあいい落としどころかと思ったのか賛成の意を示す 「ただ俺と那由多がバックアップに回るにしろお前に危険が及ぶ可能性は十分あるから気を付けることだな…」 >――鐘の音が鳴る。 >電子音ではない、人の脳を揺さぶるような、ノイズの入り交じる自然≠ネ音が。 >音は数度響く、響き続ける。音の方向は――不明。そう、不明なのだ。どこかから≠サの音は聞こえてくる。 「な、なんだこれ…」 突然の鐘の音――そして酩酊感 そしてナギは人一倍こういったものが効くらしく片膝をつくほどふらついてしまう…が鐘の音はやみ一体なんだったのかと立ち上がると >――侵入者を発見。直ちに排除に移る という声が聞こえると同時に銃を構えた4人の黒服に囲まれていた 「…敵か、小癪な手使いやがって……でもさすがにRのはまずいよな」 敵を認識してからの行動は速く、まずは引き金を引かれる前に銃をどうにかせねばと一人の銃を蹴り上げ叩き折ると残り三人の銃も同じように次々と破壊していく そしてまず一人と一般人であれば容易く落ちる程度の力で殴る…が、ダメージはあるらしいものの倒れる様子はない 「耐えるのか…サイボーグか、それとも俺と同じようなサイキックか…」 それならと胴に回し蹴りを喰らわせビルの壁を突き破るほどはね飛ばす 今度こそ一人の黒服が倒れたのを確認しつまらなそうに残る三人に向き合い 「まあどっちでもいいけどあんまり期待は出来なさそうだなこりゃ」 ため息をつき落胆しつつ鞘に収めたままの神風を持ち瞬く間に残りの黒服の後頭部を殴打して沈めていく >■■■■■、通信■■が■■みだ■■■す。 ■■■■■■特殊■■音■■■電磁■■■■観■■■■。 >警戒■■■■■■ラン■B■上昇■■■■す。 >■■■生命■■■■■最優■■■■い!■■■■■■■■■■■■ 「なんだなんだ?不具合かよ?」 黒服を沈め制服の埃をぽんぽんとはたいていると突然の通信 ほぼ内容の伝わらないことや慌てたジムニの様子などから察するになにやら予測していないことが起きたのは明白だった
66 : >確かに一理ある。……だが、君はそれでいいのか? >知っての通り、俺には経験がない。一人で正しい判断が出来るとは思えない。 >俺が間違った決定をしたら、そのせいで君の自由と命が損なわれるかもしれない。 >もしそうなった時、君はその結果に納得出来るのか?……そんな事、俺には出来ない 「それでいいもなにも現状何が起こってるかもわからない…まあ今は俺達が二手に別れたのもある意味お前の言う正しくない選択だったのかもしれないな」 「けどだからって別にコンピューターやジムニを責めたりしないだろ?それで死んだって俺は俺の実力不足を恨むだけだな…」 「とにかく俺も意見や手助けはするが最終的にはお前が判断をくだせってことだ」 >……ロール。君の身体なら……聴覚を完全に、シャットアウト出来るんじゃ……ないか? >試してみてくれ……もし効果があれば……ナギと那由多も……耳を……塞ぐんだ…… 先ほどの鐘の音が響き再びひどい酩酊感に襲われ頭を押さえる 「くっ…多分無駄だろ…」 一応耳を塞いでみるが酩酊感は一切消えずそれどころかふらつきビルの壁にもたれかかり座り込んでしまう 五感に働きかけられるようなものに本当に弱いらしい 「じきになれるから情報収集が終わったら呼んでくれ…」 >それが済んだら……この生体反応の確認に向かおう。 >あと……当たり前の事なんだが、俺はこのキットを使うのも初めてなんだ。 >余りもたついていられる状況じゃない。すまんが、君達がやってくれ 「悪いがとてもじゃないけど俺もパス…頼んだわ…」 項垂れながら那由多、ロールに振る 応答こそしっかりしているものの上も下もわからないほど重症のようで今にも倒れ込みそうな様子である。
67 : ――「分かってる、でも我はそんな事気にしてないから、な? だって、魂って、心って、データ化できるほど単純な物じゃない」 この仕事を始めてから、唯一の救いと言えるのがこういう時だった。 同じ社会不適合者同士に、ある程度の理解が発生するこの瞬間。 互いが互いの置くべき距離を解かっているということが、μにとってはとても安心できる瞬間である。 かつての仲間内は無条件でそういう関係で、信頼があった。 だから、どんな荒事だろうが心の平静を保っていられた。 家族とも言える関係を引き裂かれ、万人が万人と闘争するこの世界に放り込まれて、以来久しい感覚。 頭ではそう捉えていても、電子ドラッグで得られる安心感とは比べ物にならないものだった。 ・・・最も、それは未だに完全な安心を得られない「一瞬」であり その点で電子ドラックによく似た感覚である。 「うん・・・そう言って貰えると僕も幾らか気が楽だよ」
68 : ―――――――――― 『Start Firing.』 「うわあああっ!?」 球体が振り上げられた途端、高圧合金の弾丸が銃口から火を吹く。 弾はμの頭上を、文字通り間一髪掠めて遥か上空へ飛んでゆく。 ・・・自分でも顔が青ざめているのが解かった。 開始早々から不安要素ばかりが雪達磨式に増えてくる。 ここに来ていよいよ、μは自分がリーダーに割り当てられた事を少し後悔し始めた。 「いや、ほら、ちゃんと動くのが分かったって事でね」 「き・・・気をつけてよ・・・」 ――と同時に、周囲の異常はじわじわと漏れ出し始める。 虚空に浮かんだ警備ロボはあらぬ方向に再び銃声を上げていた。 おもむろに見やったセンサーは、静寂な廃墟とは相反する異常な状況をしっかりと映し出していた。 「500・・・?わざわざ東部と西部で分かれたのにこんなに近いはずが・・・」 考えられるのは空間の湾曲。それも相当な電源がなければ成し得ないような飛びっきり強力な拡張。 にしても、これだけ拡張された空間が何らかの拍子に崩壊すればそらもう恐ろしいことになる。 ――はっきり言って、Cランクの任務とは思えない状況である。 あれほど広大に見えた風景がこんなにも狭いという事は、恐らく東部と西部の間も相当近いということだろうか。 そして、一先ず東部班の方に合流をしようと画策したその瞬間だった。 「っ!?」 爆音と錯覚するほどの雷鳴。と同時に降り注ぐ、今まで経験したことの無いような豪雨。 息が詰まるほど降り注ぐ雨は、まるで水中にいるかのような感覚すら覚える。 激しい水しぶきで一寸先すらまともに見えなくなる。 とにかく、こんな場所で立ち往生していては無法者達のカモである。 「――こ■ち……おイ……■■」 「はっ、はやく建物に!」 あまりに咄嗟の出来事に連携は崩れ、皆それぞれの建物に散るしかなかった。 結果として、西部班はこの状況にも関わらず二手に分裂してしまうことになる。
69 : ――――――― μが逃げ込んだのは、周囲の低層建築とは不釣合いに背丈ばかりが高い雑居ビルだった。 エントランスの受付は厚い埃をかぶり、恐らくは飾っていたのであろう花瓶台には破片が無残に散乱している。 天井は半ば剥がれかけていて、防火剤が襤褸切れのように垂れ下がり、禍々しい雰囲気を醸し出す。 うめき声のような軋みをあげてドアが閉まる。そして雨音が引くのを感じてすぐ、班が分散してしまったことに気づく。 ネトコだけは同じビルに来たが、他のメンバーはどうやらあの囁きのような声についていってしまったらしい。 「(くそ・・・今更外には戻れないし・・・)」 今は責任の所在を考えている場合ではない。 何より、この偶然に逃げこんだビルの、極めて異様な雰囲気が思考をさらに鋭敏なものにさせる。 ――雨音がほとんど聞こえない。 ガラスを一枚隔てただけの空間は、豪雨の騒音もぴたりと止み、不自然なほどの静寂だけが満ちていた。 テーザー銃の安全装置を外し、僅かなgiftboxを建物の奥に向かわせる。 そしてふと、逃げる最中に響いていたノイズだらけの通信を思い起こし、再生のスイッチを入れる。 『■■■■■、通信■■が■■みだ■■■す。 ■■■■■■特殊■■音■■■電磁■■■■観■■■■。 警戒■■■■■■ラン■B■上昇■■■■す。 ■■■生命■■■■■最優■■■■い!■■■■■■■■■■■■』 ――ノイズ混じりのジムニの声が、廃墟の静寂の中に空しく響いていた。 この切れ切れの音声情報から辛うじて判断出来るのは、まずジャミングが発生したこと。 特殊なんたらは恐らくあの誘い声のことだろう。電磁・・・は判断が付かない。 ・・・この豪雨が丸ごとジャミングになっていたとしたら、自分達は相当巨大な罠の中に落ちたのではないだろうか? 「ランクB・・・生命を最優先、か・・・」 ピッ・・・ピッ・・・ピピピピピピ――――― ドギュゥン!!! 「ぐぅっ!?」 突然の生体反応に、センサーを確認する暇も無かった。 薄暗いエントランスに銃声が響く。同時に、μの体から少量の赤い液体が飛び散る。 闇の中で、確かに人影が蠢いた。 銃声は音からして警備用品ではなく、明らかな殺傷能力を持ったレーザー銃―― 「ぐっ・・・あっ・・・!」 荒場慣れしているだけあって、μは反射的に対角線上の壁に飛び込む。 しかし被弾のショックと、押さえた左腕から滴る赤い液体が、μの行動を一時的に封じるに十分な証拠であった。 そして再び轟いた銃声が、次はネトコへ向かった。
70 : 当然挑戦しましょう 無論チャレンジしましょう 一応努力して頑張りましょう 多分サイバーパンクは魅力的だろ 確かに根性を発揮しましょう もっと更に情熱を表現しましょう 仮に大活躍しましょう 例え大歓迎しましょう もしも大歓声しましょう しかも大改革しましょう しかし大感謝しましょう
71 : >「……気をつけてね」 「あい、あい。重々承知しております」 相変わらず言葉は軽いが、さすがに誤射は困ってしまう。 四つの目玉を手当たり次第窓に突っ込み、不用意に振り回そうとはしない。 自動ロボの便利な所で、不死身の機械が生き物と見れば勝手に撃ってくれるのだ。 ネトコの目はステータスディスプレイを注視していても、窓からは時折銃声が聞こえる。 善人か悪人か知らないが、おそらく人か犬猫かがいて、撃たれて、死んだのだろう。 多分、三割くらいネトコは気づいていない。 それ程、ネトコはディスプレイに釘付けになっていた。 「0.3マイル……嘘やん」 まあ百歩譲って東部班の連中がボケナス揃いで全員我々から500m圏内にいたとしよう。 それにしたって、帰っていくジムニのポッドまで500m圏内に表示されているのは無茶な話じゃないか。 表示された計算結果と現実が合わない場合ネトコは次の三つを考える。 1.データがおかしい 2.計算がおかしい 3.現実がおかしい まず1.だ。データはおそらく正確であろう。これまで数年間アップデート無しで正確な値を示してきた測定機器だ。 おかしいとすれば2.、基地外技師どもが今回も面白半分に表示をフィート/ポンド法に変えやがった。 尺貫法でなかっただけマシというものだ。 他のソフトウェアを弄っている可能性は十分にある。 しかし、絶対に、3.の可能性を切ってはいけない。 俺の見ているのは本当に現実か?わざわざしっかりと幻影を見据えていないか? 八つの時に崩れ去ったではないか、あの時の現実が。 と、ここまで計測の不正確さを二つの観点から考えたわけだが、ここでまた1.データがおかしい可能性が再浮上した。 腰部に固定されたディスプレイに浮かぶ、数滴の水玉。 それが水たまりになり、流れとなるのに一分とかからなかった。 猛烈な雨音に霞んで、何やら自分を呼ぶ声が聞こえた気がするが、こちとらそれどころではない。 しつこいようだが、ネトコの全身のパーツはすべて趣味か試作で作られた代物である。 勿論防水処理など施されていないものが大半、長時間水に晒されれば機能不全どころか漏電で死にかねない。 おそらくあの声は探索対象の一人であろう、メンバーの誰かが向かう筈。 さすがに雨に濡れて死ぬのはきまりが悪い、ネトコもμに続き、巨体を丸めて文字通り雑居ビルに転がり込む。
72 : 「お化け屋敷のお手本ですな……」 ホラーゲームそのままのようなエントランスにドン引きしているが、目はひたすらディスプレイに。 ひょっとするとこのクラスの雨なら計測機器が狂うかもしれない。 いや、そもそも計測不能でエラーを表示するのではないか。 『■■■■■、通信■■が■■みだ■■■す。 ■■■■■■特殊■■音■■■電磁■■■■観■■■■。 警戒■■■■■■ラン■B■上昇■■■■す。 ■■■生命■■■■■最優■■■■い!■■■■■■■■■■■■』 μの通信機がほぼ雑音のメッセージを流す。 やはり通信障害だ、つまりディスプレイはエラーを示すはず。 しかし見た目正常に作動しているという事は、誰かに誤った現実を見せられているということ。 この先、自己のステータス以外の計測結果は当てにならぬ、これはえらいことに首を突っ込んだかもしれない。 そう褌を締め直したが、少々ディスプレイに集中し過ぎたようだ、少なくともネトコは。 『Found The Enemy.Start Firing』 ジムニの通信より随分明瞭な電子音声が、脅威に応射を警告する。 しかし、所詮警備ロボ。 これが敵を見つけ、金属触手先端という揺れる足場の上で照準を合わせるまでの間に、μは負傷してしまった。 次は我が身、どこかに身を隠そうにも隠せるような身体ではない。 タレットの応戦までのタイムラグを知っているネトコは、とっさに触手の一本を振り上げ、投げた。 既に照準プロセスを完了していた目玉1は、豪速球となって射撃元へまっしぐら。 45kgのアルミと鋼鉄と強化プラスチックの塊が、80km/hで射手を押し潰す。 目標を失ってなお、床を転がって弾丸をばら撒きつづける目玉をよそに、ネトコは駆け寄って、節足動物のような尖った足で射手を踏み貫き、止めを刺す。 三つ残った目玉は、一つは受付カウンターの向こうへ、一つは部屋の奥へ、最後は屋根の破れから二階へ、それぞれ放り込んだ。 まだ誰か潜んでいるようなら、彼ら目玉が事務的に攻撃してくれるだろう。 ネトコ自身は、触手一本ずつに仕込まれた剣上の工業用カッターを展開、さらに触手先端の高輝度LEDを点灯し、薄暗いエントランスの索敵を始める。 下半身パーツの作動を示すLEDランプの小さな光が照らすのは、足元のセントリータレットとレーザー銃、そしてネトコの爪先に貫かれた黒い長衣だけ。 一点の流血もないその敵の痕跡に、雨宿りの軒先に蜂の巣がぶら下がっていたかと今更気づき、冷や汗が流れて行く。 計測機器のアテにならぬ中で、己の目だけを凝らし、攻撃の兆候を探す。 頼むタレット敵を見つけて喋ってくれるな、負傷者の保護も間に合わぬ、と異形のネトコは剣を虚空へ振り向けた。
73 : 「本当に大丈夫なのかなぁ……」 背後から時折銃声が聞こえる。勿論敵による物ではない。 例の目玉、文字通り目の役割をしているネトコのセントリータレットに拠るものだ。 前方を見張りながら歩いている限り、この付近にさほど人の気配は感じない。恐らく野良猫でも撃っているのだろう。 当然その発砲音は数百メートル四方に響いている。我々を気に食わない者が居れば伏撃のしようはいくらでもあった。 少年が少々怪訝そうな表情を浮かべながら先陣を切っている理由はそこにある。 流石に誤射の危険はもうなかろうが、襲撃された場合被害を受けるのはまず先頭の者である筈なのだ。 今着ている服は拳銃程度なら完封出来るだけの性能を有しているが、機関銃やレーザー銃相手では長くは持たないだろう。 (…これが無事に終わったら、秘匿技術装備の強化が出来ないか聞いてみよう。もしできたなら――――) 『なーんだ、向こうのチーム近くにいるじゃん。合流してみようか』 『500・・・?わざわざ東部と西部で分かれたのにこんなに近いはずが・・・』 『0.3マイル……嘘やん』 「……ん、皆どうかした?」 ふと、仲間達が一斉に疑問の声を上げる。 少年はその原因となった異様な事態に気づいていない。近距離の警戒のために前を見ている必要がある。 そのために事前に声をかけたのだし、センサーは当然見ていなかった。持ってはいるのだが。 「東部の人達が何か……」 地の底から響いてくるような雷鳴が、少年の言葉を遮った。 雷など体験した事の無い少年は、思わず口を噤む。そこへ更に襲い掛かる豪雨。 天候がコントロールされている現代においては考えられない生命に危機をもたらす災害。 科学の発達する遥か前から存在している恐怖が、その場に居る全員を襲っている。 「――――あ、あはは…………そう来なくっちゃね!」 その中で、少年は全身を濡らしながら、未知の体験に対し笑みを浮かべていた。 そう、そうなのだ。自分はこれを求めてトラブルシューターになったのだった。 命の危険?それをもたらし得る程の未知を目の前にしたならば、その場で死ぬ事に悔いなど残るまい。 『はっ、はやく建物に!』 『■■■■■、通信■■が■■みだ■■■す。』 『こっちに来いだと!? よし行くぞう!』 加えてバラバラになる仲間、ノイズ混じりの通信。 この状況下ならば安牌をかなぐり捨てても文句は言われまい。 全てが混乱していたのだから仕方が無い。事実そういう側面もある。仕方が無い。 『――こ■ち……おイ……■■』 「ああ、行ってあげるともさ!」 どこからともなく響いてくる謎の声に誘われ 自らの常識的な部分に言い訳をしながら、少年は大型施設へユピテルを追いかけるようにして走り出した
74 : 海野天空がインターネットで一生懸命にサービスする 海野天空がホームページで全身全霊で奉仕する 海野天空がオンラインゲームで全力投球で応援する
75 : ディビットの意見を受けたロールの提案に対し、ナギは概ね賛意を示した。 那由多も、反論してくる空気ではない。 さて、ディビットはどうだろう。ロールは彼に視線を向ける。 (……おじさん呼ばわりするには少し若い気もするけど、訂正はしないの。 人間、外見20を超えたらおじさんおばさんなの) 中身15、外見11の少女の恐れを知らぬ思考であった。 自分が成長する事が無くなってから、彼女の思考はドライを通り越してシニカルの域にまで突入している。 閑話休題。 ディビットはしばらく懊悩の表情を浮かべていたが、ふとした瞬間、それが消えた。そして言う。 >「――分かりました。追認します。それで行きましょう」 「……ありがとうなの」 ロールの返答は簡潔だった。 ディビットの思考に何かが起きたのは明白だ……だが、今はそれを勘案している状況ではない。 重要なのは、今のロールの意見をリーダーであるディビットが追認したということだ。 詳しい事を考えるのは、終わった後か、あるいは……別に考えなくてもいい。 ロールの思考はドライで、シニカルだった。 那由多の提案に軽い首肯をして返すと、ロールは移動を始める。 歩みだすは、ひびの入った(おそらく)アスファルトの敷き詰められた路上。 努めて普通に歩こうと試みて、ロールは一瞬戸惑った。 「普通に」歩くということは、こんなに難しかったろうか……4年前までは、それこそ毎日のようにこなしていた事象なのに。 だが、そんな感慨は一瞬で消し飛ばされた。 響き渡る鐘の音によって。
76 : 奇妙な事に、その音によってもたらされたのは違和感ではなかった。 自然な、どこまでも自然な音。 発生源が特定できないという異常すらもあっさりと受け入れてしまいそうになるほど、ゆったりとした感覚。 飾らず言ってしまえば酩酊感ということになろうが、それを額面通りに受け取ることは難しかった……どちらの意味であれ。 あえてそれ以外の言語で『それ』を表現しようとするなら『安心』ということになろうか。それは、そういう感覚だった。 ロールは、思わず棒立ちになっていた。 (この音は一体……なんなの……? この感覚は危険……心地よすぎるの……。 ああ……も) もっと、聞いていたい。 そう言語化する前に黒服たちが現れた事は、ロールにとって幸運であったろう。 >「――侵入者を発見。直ちに排除に移る」 「……手荒いの。でも呑気なの」 思考を一瞬で切り替えたロールは、状況を再認識する意味も含めてつぶやく。 ロールから見れば、彼ら……三人の黒服達の行動はあまりかしこい物とは言えない。 最初から武器を構えて現れたのでは、これから荒っぽい事をしますよと宣言しているようなものだ。 武器を隠して攻撃直前に装着するか、認識させる前に攻撃して制圧するのがセオリーだろう。 それも分からないほど彼らが愚かなのか……あるいは、何か理由があるのか。 ロールが推測する間もなく、黒服たちは武器(レーザーアサルトライフルだ)を構え……そして、通信が届く。 『■■■■■、通信■■が■■みだ■■■す。 ■■■■■■特殊■■音■■■電磁■■■■観■■■■。 警戒■■■■■■ラン■B■上昇■■■■す。 ■■■生命■■■■■最優■■■■い!■■■■■■■■■■■■』 「煩いモーニングコールなの」 ロールは、即座に思考トリガーを起動、義体の制御コンピュータを介して二つの命令を送る。 ひとつは、今のジムニの通信の録音と解析。一度聞いただけでは何を言っているか分からない通信も、詳細に分析すれば少しは情報を取り出せるだろう。 もうひとつは……サングラス「大鴉」の遮光機能の解除。 「……そんななりでも、これの恐ろしさは分かるの? 賢明なの」 黒服の動きが、目に見えて鈍った。彼らの眼に映るのは……爛々と煌めく、ロールの瞳。 俗に『邪眼』と称される、ロールの全身義体『機械仕掛けの死天使(クロックワークサリエル)』の特徴であった。 意志を持つ対象への、無差別の恐怖励起。いささか剣呑だが、このような場面では有効である。 見よ、黒服達は銃の引き金すら引けていない。無論、引かれるのは時間の問題ではあったろうが、時間があればロールには十二分。 「それじゃ、ぱっぱと済ませるの……生かすのは一人で十分なの」 どずん、どずん、どずん、どずん、どずん。 首筋に1本。 首筋に1本。 右腕の付け根に1本。両脚の膝に1本ずつ。 唯一首筋に投げナイフが刺さらなかった黒服の、くぐもった悲鳴が響いた。 * * *
77 : 「おまたせなの。面倒な事になってきたの」 渋い顔をしながら、他の3人に合流するロール。 服には少量の血の斑点がついているが、聞かれない限りそれについては答える事はないだろう。 余談だが、さきほどまでロールがいた場所……そう遠くない地点には血塗れの黒服二人の遺体と一人の気絶体が転がっている。 別に、ロールが殺人嗜好の持ち主であるという訳ではない。 ロールの武器が刃物であるため、殺害を行わない状態で無力化を行うのが難しいというだけの事だ(少なくともロール自身はそう認識している)。 「ともあれこれで、明確な妨害意志を持つ集団がここにいる事は分かったの。 さほど手ごわくはなかったけど、数を頼まれるとやっかい」 なの、とつけようとしたところで、再び鐘の音が響く。 ああ、まずいまずい。この気色のよさはまずい。 なんとか……しなくては……。 >「……ロール。君の身体なら……聴覚を完全に、シャットアウト出来るんじゃ……ないか? > 試してみてくれ……もし効果があれば……ナギと那由多も……耳を……塞ぐんだ……」 ディビッドの提案。ロールは即座に反応する。 思考トリガーで、聴覚センサと脳の接続経路をカット。同時に、聴覚センサに自己診断プログラムを走らせ、状況の把握に努める。 効果は劇的だった。あれほど甘美だった酩酊感が一気に引いていく。 思考が明瞭になったロールは、耳を塞いだり開いたりしながらセンサの自己診断プログラムの出力に視線を走らせる。 その結果は、この音が単純に耳をふさぐ程度でどうにかなるような物ではない事を示した。 ロールはホログラム端末を使用し、空中に文字を表示させる。 『今、私は音を聞こえなくしているから、読めたら頷いてほしいの。でないと伝わってるか分からないから、なの。 この鐘の音は、どうやってか分からないけどセンサの受信部……人間なら鼓膜……に直接干渉してきてるの。 単純な耳栓や手で耳をふさぐ程度じゃ防げない。神経レベルでの抜本的な対策がないと対応できないの。 私は大丈夫だけど、他の皆は対応できるの……?』 被りを振って、さらに文字を表示。 『さっきのジムニからの通信を文字情報化した物を表示しておくの。ノイズが多いけど、それでも聞き取れた部分の情報は重要なの』 ノイズ部分を■に置換した音声解析結果を表示する。通信の乱れ、特殊な音と電磁波、危険ランクのBへの引き上げ、生命を最優先に……。 『……といっても、やることは変らないの。危険だからはいそうですかと撤退できる状況じゃないし、なの。 特にこの鐘の音の発信源はなんとかしておかないと、戦闘中に鳴らされたら大変なの』 そしてロールは、黒服からの情報収集に当たる。 といっても、ツールの使い方こそディビッドより慣れてはいるものの、彼女もさほど得意という訳ではない。 まして、人相手の『情報収集』のやり方など、半分はただの15歳の少女である彼女にはからきしだ。基本、彼女もツールからの情報に頼ることとなる。 さしあたっては、市民IDの検索と体細胞成分の分析を行う事になるだろう。 黒服からの情報収集が終わった後は、生体反応を調べに行くことにロールも賛成する。 ただし。 『……5人? 確か、行方不明者は6人。中途半端に数が合わないの……』 この一言はどこかで発言する事になるだろう。
78 : 西部班 → デヴィッド ◆NwRXrAcVH5eW ナギ ◆kEbliCC8eI ロール ◆qNvoExwAUQ >「……そんななりでも、これの恐ろしさは分かるの? 賢明なの」 「……! ……!!」 黒服たちは、銃の引き金を引こうとした。引こうと――した。だが、レーザーは発射されない。 あふれる困惑。異様な現象――あまりにも理不尽な力、あまりにも強すぎる力。 あまりにも酷い実力の差。だがこれが、トラブルシューターがトラブルシューターたる所以。 秘匿技術が一つ有れば、どれだけ優れた現行技術があろうと関係はない。トラブルシューターという存在の理不尽さがここに具現されていた。 黒服は表情を変える事は無い、否――変えられない。圧倒的な大質量の恐怖に、精神どころか神経系が押しつぶされていた。 >「それじゃ、ぱっぱと済ませるの……生かすのは一人で十分なの」 >「まあどっちでもいいけどあんまり期待は出来なさそうだなこりゃ」 「…………!? ……!」 殺害されていく黒服、気絶させられていく黒服、地面に埋められる黒服。 彼らは容易くサイキックと秘匿技術の前に屠られ、倒される。なんてことはない、その程度でしか無いのだ。 目には目を歯には歯を――秘匿技術には秘匿技術を、サイキックにはサイキックを。 規律の国家のイレギュラーに対抗する為のイレギュラー、トラブルシューターの相手をするのは、やはり異常なイレギュラーなのだ。 枠や型に嵌ったもの、少なくとも――市販の武装では、幾ら数を持ってこようと意味は無い。 少なくともこの一合で黒服単体であればこれから幾ら出てこようとも、容易く無力化することが出来る事はわかっただろう。 そして、黒服を倒してからまた響くのは、鐘の音。 あまりにも自然。自然すぎるくらいに自然な音響は、何時から聞こえていたかすら忘れてしまう程。 ふわついた酩酊感を与え、冷静な思考と正常な五感を奪い去ろうとするそれは、異様な現象に間違いない。 >「……ロール。君の身体なら……聴覚を完全に、シャットアウト出来るんじゃ……ないか? > 試してみてくれ……もし効果があれば……ナギと那由多も……耳を……塞ぐんだ… >思考トリガーで、聴覚センサと脳の接続経路をカット。同時に、聴覚センサに自己診断プログラムを走らせ、状況の把握に努める。 ロールの自己診断プログラムの出した結果として。鐘の音は――、空気を震わせていなかった。 直接聴覚に、脳髄に働きかける実体なき音――それが、何処からとも無く聞こえてくる音の正体。 物理的に音の正体を読み取ることは先ず不可能。だが――電磁波傍受が可能なのであれば、あるものは気がつくはずだ。 >「それが済んだら……この生体反応の確認に向かおう。 >あと……当たり前の事なんだが、俺はこのキットを使うのも初めてなんだ。 >余りもたついていられる状況じゃない。すまんが、君達がやってくれ」 >「悪いがとてもじゃないけど俺もパス…頼んだわ…」 >『……といっても、やることは変らないの。危険だからはいそうですかと撤退できる状況じゃないし、なの。 > 特にこの鐘の音の発信源はなんとかしておかないと、戦闘中に鳴らされたら大変なの』 酩酊感が未だ引かずに、デヴィッドとナギは動けず、ロールにその代わりを依頼する。 ロールがキットを用いて、ツールに体細胞を入力し、分析を開始。 キットは分析開始から数秒で、機械的に判断結果を提出する。
79 : 出された結果は、当然といえば当然なのだが――市民IDを持っていないという事。 そして、彼らの体組織や分泌物などの検査結果からは、人間であることが分かると同時に、脳内麻薬と呼ばれる物質が多量に検出されたことが分かる。 幸福薬と呼ばれ、精神疾患を持つ市民に提供されている薬剤は、人間の分泌に限りなく近く、身体依存が低いとされている。 比較的安価で、合成法が確立されたそれらは裏社会において、独自の配合によって夢≠見させる薬として流通していた。 検出されたデータを他の薬物と照合していけば、検出された物質が人間から分泌されるものであることが判明し、幾ら安全とはいえどこの分泌量では死亡しても可笑しくない事が分かる。 そして――実際にすでに黒服たちは皆死亡していた。 死亡していたのに黒服は動き、襲撃をしていたのである。死んでいたのならば生体反応が検出される筈が無い、当然も当然である。 もしその後、何らかの理由で誰かが自分の肉体の体組織を分析してみたのならば、同じ物質が検出されていたことが分かる。 まだ単位量はそれほど多いわけではないが、このままではこの黒服の二の舞いになるだろうことは確実に間違いない。 彼らは恐らく、薬物漬けにされたまま、幸せに死んでいき、死後そのまま何らかの手段で操られていたのだろう。 強制的に肉体を動かすことの出来る技術――それはトラブルシューターの中に持つ人間が居る筈である。 彼の秘匿技術は感染という工程を踏む必要があったが、こちらは感染している様子も無い。要するに、似ているが全く別種の技術。 ロールや他の者が詳しく探査をしたならば、一つの計器が異常な数値を示していることが分かるはずだ。 判明するのは電磁波の存在。それも、通常の通信用ではない物。 法律で禁止されるレベルの、凶悪な強度の電磁波――至近距離ならば脳髄が破壊されても可笑しくない出力。 それだけの出力の電磁波が、最初からこの空間に満ちて、飛び交い続けていたこと。 違法拡張地域であるという点、電磁波による感覚器官への干渉、計器のデータを込みで考えると、一つの回答にたどり着くかもしれない。 ――――秘匿技術。彼らが用い、彼らの敵も時折用いる力=B 電磁波による神経干渉など――、危険性などの問題から未だ実現されていないシロモノだ。 ましてや、厳重に管理された滅菌カプセルの中での脳干渉ならばまだ、出力の安定なども測れるというものだが、現状は違う。 ここは都市であり、時折風も吹き、雨も振る。環境の変化が存在する、アウトドアの環境。 そんな中で、研究所で大掛かりな装置を用いて研究される様な技術が、複数の広範囲の人間に同時に干渉しているという異常。 鐘の音が響く、響く、響く。 指向性を持たなかった音が――次第に指向性を持ち始めていく。力を持つものを、トラブルシューターを誘い込むかの様に。 音の方向は西。西区画――、ユピテル、ミュー、ネトコ、テオドア、ディークの居る地域。 提供されたマップを確認したならば、歓楽街の区画には……一つの劇場が一番大規模な施設として存在していた事が分かるだろう。 そして、生体反応は点滅し、消えて。いつの間にかその劇場へと集中的に現れていた。 そして、音が聞こえている二人には――デヴィッドとナギには見えただろう。 途端に周囲の空間が歪み、空は黒い雲に覆われ、通りが荒廃し辺りには付臭が漂い始めている事が。 また、ロールの計器は更に空間を満たす電磁波が強まっている事を判断する。 脳内麻薬を強制的に分泌させられる事で廃人になる前に、迅速に任務を済ませる必要が有るはずだ。 罠と分かっていても異様な空間の中心に挑むのか――それとも、他の道を見つけるか。ジムニとの連絡がつかない以上、現場の判断で動くしか無い。 ――判断が必要となる。慣れぬリーダー、デヴィッドには決断が。
80 : 西部組 → ユピテル ◆x7wwBz6M9Q μ ◆MYUU/IlBdZj5 ネトコ ◆zryOiSh1ZY テオドア ◆AUwmnAgaqQ 降り注ぐ豪雨、吹き荒れる暴風、駆け抜ける雷鳴。 災害――通常の都市では起こりえないその現象を可能とするならば――区画の天候管理システムをジャックする必要が有る。 しかし、天候管理システムなど、市民のライフラインを護る為のシステムには最新鋭の技術が山のように組み込まれている――そう、秘匿技術も。 もしそれを突破して天候を支配できるのならば――それは、秘匿技術によるものしかありえないだろう。 そして、そのような豪雨、雷鳴、暴風の中に於いても小さい歌は何故か皆に聞こえていた。 かき消されるほどかすかな音響のはずなのに、それが当然であるかのように聞こえているのだ。 その歌は、何処と無く心地よい。災害がもたらす恐怖を和らげてくれるかのように、恐怖からの逃避を認めてくれるように。 そのままその音に聞き入り、降り注ぐ雨など忘れてしまいそうな――自然で不自然なリラックス。 ――耳をふさげば雨音は聞こえなくなるだろう、だがそれでも歌は聞こえてくる。 謎の多幸感。今時点であればその不自然さに気がつくことも出来るだろうが、これが長く続けば危機感を抱くことすらどうでも良くなってしまうことだろう。 計器の異常――それは、更に異常な事態へと変化していった。 500m圏内に有った生体反応が――次は1kmへと唐突に伸びた。違法な空間拡張とは言えど、普通であればこんな事態は起こらない。 空間拡張や、空間操作系の大規模ジェネレーターが機能不全を起こしているのか。 少なくとも、このままこの空間の歪みを放置していては、何時空間の狭間に落ち込んでしまうかも分からない。 これまでも時間が有るわけではなかっただろうが、ここからは更に迅速な判断と行動が必要となる。 少なくとも――声の先に、雨の先に。一体何が待っているのかは、誰にもわからないのだから。 そして、皆の判断の結果として――西部班はユピテルとテオドア。ネトコとミューという組み合わせで分断された。 ――どちらに行こうとも、安全な場所などあろうはずがない。
81 : >「こっちに来いだと!? よし行くぞう!」 >「ああ、行ってあげるともさ!」 ユピテルとテオドア――脳天気、楽天的、楽観的。 そんな言葉が相応しいだろう二人の行き先は、都市の大劇場。 此処の区画の娯楽の中心地に据えられて建築され、一時はこの区画の賑いを盛り上げていたとされる物。 レンガ造りの古めかしい物件は、何年放置されていたのか――廃墟特有の、死んだ空気≠ニいう物を纏っていた。 二人が雨の中を駆け抜けエントランスに飛び込んだのならば、暗闇に支配されていたエントランスホールに――鐘の音が響き渡るだろう。 そして、鐘の音に混ざるように聞こえてくるのは――一人の少女の歌声か。高らかに、涼やかに響くアリアは美しく、心を奪う音色とはこの事だろうと思わせる。 『Der Holle Rache kocht in meinem Herzen, Tod und Verzweiflung flammet um mich her! Fuhlt nicht durch dich Sarastro Todesschmerzen, So bist du meine Tochter nimmermehr.』 ――そして、その音響もまた、不自然な現象を巻き起こす。 音を聞いている内に次第に心が落ち着いていき、歌を効く者の脳内麻薬を爆発的に分泌させていく。 音を聴き続けている限り、次第に周囲の空間がゆらゆらと歪んでいき、次第に正気を失わされていくことだろう。 しかし、ユピテルが何らかの対応を行い――例えば、電磁波を周囲に強力に放出したとすれば。一時的にその音律は弱まる筈だ。 音律が弱まれば同じように多幸感も薄れていき、ふわついた感覚を覚えはするだろうが、正気を失わずに探索をすることは可能である。 劇場の構造は、3階層。 エントランスが一階、地下と二階が存在しており、地下は楽屋や倉庫、二階はスタッフルーム。一階からはステージへと行くことが出来る。 何処に行こうとも構わないが、音律はステージから聞こえてきていることが分かるだろう。 このまま二人でステージに突入するもよし。安全策のため皆を待つのもよし。判断は委ねられた。 その間も歌は続く。高らかに――そして、強い感情を叫びのように――。 完璧に近い音律は、しかし完璧すぎるがゆえに不自然過ぎる、だというのに自然を意識して生み出されたのかその声は不自然すぎるほどに自然。 ひたすら続くのは感情のこもらぬ歌――録音されたそれを唯垂れ流しているだけであるかの様な歌だ。だというのに、その無感情には無感情とは断ぜない強い何かが有る。 観客の居ない違法拡張地域に響く歌の正体は――未だ分からず。正体を暴くには、先に進むしか……無いだろう。
82 : >「はっ、はやく建物に!」 >「お化け屋敷のお手本ですな……」 ネトコとミューの入り込んだ雑居ビルは――いわゆる風俗店の入っていたビルだったのだろう。 清潔ながらも、どこか猥雑さを感じさせる構えで、看板などからもその手の気配が漂っている。 エントランスに入った直後に――、二人に襲いかかったのは――暗闇に潜む伏兵。 窓にぶつかる雨の音は次第に強まっていき、雨音が強まり雷鳴が響く度に――ビルの中の闇は深まっていく。 もしネトコに電磁波の乱れを読み取るセンサーが存在していたならば、判断できるはずだ。 異常な高出力の電磁波が周囲を飛び交い続けている事と、電磁波の周波数が何らかの影響を脳や機械に与えていることが。 恐らくジムニの通信が届かなかった理由もそれである事も、予測できるだろう。 そこまで理解できれば、この電磁波の原因を特定し何とかしない限り、バックアップは絶望的だということも理解できるはずだ。 『Verstossen sei auf ewig, Verlassen sei auf ewig, Zertrummert sei'n auf ewig Alle Bande der Natur. Wenn nicht durch dich Sarastro wird erblassen! Hort, Rachegotter, hort der Mutter Schwur!』 雨の中に、かすかに――しかし確実に音律が飛び交っている。 どこからとも無く、五感の空隙に滑りこむように――潜りこむように。 確実に危険な――死地の中心だというのに、不思議な安らぎが二人には次第に与えられていくはずだ。 それをねじ伏せる事ができるのは強い精神性を持つものか、通常から逸脱した感性を持つ者くらいなもの――即ちトラブルシューターかクラッカーだ。 ネトコのタレットが射手を殺害し――、その他大量の敵影も一斉に殺害し尽くした。 しかし、次の瞬間。ネトコのセンサーは認識する――一人の熱源反応を。 しかしながら、目玉はその存在に攻撃をしない。暗がりの奥から覗いているのは、赤く光る一対の双眸。 『――いらっしゃい』 聞こえたのはあどけない少女の声。 暗がりにスポットライトが落ちる。照らされたのは――白くほっそりとした腕。 指先がつついと動き――ある方向を指し示す。刺した方向は、大劇場。 君たちは此処を探索するもよし、雨の中を駆け抜けて劇場を向かうもよし、ジムニに何とか通信を試みるもよし。 何をしても良いが――現状はあまり良い状況ではない。何らかの手段で、現状を打破する必要が有るだろう。
83 : 「いない人は手を上げてー、あら?」 大劇場に駆け込み点呼を取ると、テオドアの姿しか見当たらない。 この大雨だ、近場に逃げ込んだのかもしれない。 我々を歓迎するかのように鐘の音が鳴り、歌が聞こえてくる。 >『Der Holle Rache kocht in meinem Herzen, Tod und Verzweiflung flammet um mich her! Fuhlt nicht durch dich Sarastro Todesschmerzen, So bist du meine Tochter nimmermehr.』 「こりゃすごいぞ!」 こういう公演はその道の職業の人間が行うものと合成音声と立体映像を組み合わせて行うものがあるのだが 完成度が高くなればなるほど両者は近付いてくる。 これは至高の歌手による歌声か魂実装済みの合成音声か聞き分けがつかない。 後の二人も呼んであげようと通信機を手に取り、発信スイッチと間違えて再生スイッチを押した。 >『■■■■■、通信■■が■■みだ■■■す。 ■■■■■■特殊■■音■■■電磁■■■■観■■■■。 警戒■■■■■■ラン■B■上昇■■■■す。 ■■■生命■■■■■最優■■■■い!■■■■■■■■■■■■』 「ウソだドンドコドーン!」 はたと我に返る。よく考えると閉鎖区域で公演をやっているはずはない。 ではこれは一部の怪しげな人種が言うところの心霊現象なるものか!? 「特殊音電磁観。なるほど……さっぱり分からん」 試しに耳をふさいでみると、雨音だけ聞こえなくなって逆に歌だけがはっきり聞こえてくる。 普通の音では無く鼓膜を直接震わせるような特殊な何からしい。 それにしても……いい歌だ。みんなも呼んであげよう。通信機を取り出して再生スイッチに手が当たり以下略。 結論――この歌に対する何らかの対策が必須のようである。 これが何かの装置によって発生しているとすれば、電磁波で妨害できるかもしれない。 「Electric field」 先程より強めの電界を展開。 その行動は功を奏し、歌は未だに聞こえているもののまともに行動できる程度にはなった。 問題はこのままステージに突入するかどうかだ。 万が一何らかの敵性存在との戦闘になった場合、二人では危険。 「通信も通じないしなあ……どうする?」 後ろを振り向いてはぐれた二人を探すように、土砂降りの外を見渡す。
84 : 黒服を無力化したデヴィッドが振り返る。 ナギ/ロール/那由多は既にこちらへ集合していた。 「……流石だな、君達は。じゃあ、まずはコイツらが手がかりになるかどうか――」 そこで言葉が詰まる。 ロールの制服には、色合いの関係上目立たないが、血の染みが見えた。 まさか被弾――良くない予想が脳裏をよぎる。 が、ふと思い出す――彼女はサイボーグだ。出血などする筈がない。 そもそも彼女が囮役に適任だと判断した理由は、被弾が致命傷となる可能性が低いからだ。 だから、つまり、その出血は――デヴィッドの言葉は詰まったまま、潰えてしまった。 「……まずはコイツらが手がかりになるかどうか確かめよう。 だが、いつまでもここに四人固まってちゃマズいよな。とりあえずはビルの中に――」 不意に大きな音が響いた/デヴィッドの言葉を遮る様に――また、鐘の音だ。 抗い難い酩酊感が襲ってくる/思わず膝を突いた。 音を聞かなければ――混濁する意識の中で辛うじて思考し、ナノマシンに希望を託す。 そして――ナノマシンは確実に聴覚神経情報をインターセプト/聴覚を不全化した。 素体であるデヴィッドには感覚的にそれが理解出来た。だが―― (駄目だ……消えない……それどころか、余計クリアになりやがった……。 と言う事は……この音を聞いているのは……感じているのは……耳じゃないのか……?) 無意味な対応だったと理解――ナノマシンがそれに反応し、聴覚不全を解いた。 ロールはどうなのだろうか――彼女の方へ、重い頭を上げる。 『今、私は音を聞こえなくしているから、読めたら頷いてほしいの。でないと伝わってるか分からないから、なの。 この鐘の音は、どうやってか分からないけどセンサの受信部……人間なら鼓膜……に直接干渉してきてるの。 単純な耳栓や手で耳をふさぐ程度じゃ防げない。神経レベルでの抜本的な対策がないと対応できないの。 私は大丈夫だけど、他の皆は対応できるの……?』 「……あぁ、読めている……が、神経への干渉なら……俺もしていた筈だ…… クソ、ちょっと待ってくれ……俺も今、ホログラムを表示する……」 聴覚神経の機能停止ならば、自分もナノマシンによって出来た――筈だ。 だが音は変わらず聞こえていた。耳を塞ぐだけでも、神経への干渉だけでも駄目だ。 まだ何かある――ホログラムによってデヴィッドが伝える内容は、こんな所だ。 『さっきのジムニからの通信を文字情報化した物を表示しておくの。ノイズが多いけど、それでも聞き取れた部分の情報は重要なの』 『通信の乱れ、特殊な音と電磁波、危険ランクのBへの引き上げ、生命を最優先に……』 「……その電磁波が、この音の正体なのか? と言う事は……聴覚神経を介さずに、聴覚野に直接影響しているって事か」 素早い考察/予測――筋骨隆々の男らしからぬ言動。 アメリカンフットボールには力と技術だけでなく、戦略を理解する知性も必要だ。 「なるほど、となると……恐らく君の義体は…… ……聴覚周りの機械が直接、聴覚野に接続されているんだな……。 俺達には真似出来ないが……一人だけでも、まともに動けるのは助かる……」 人間に聞こえる音は、その全てが耳/鼓膜から得られる訳ではない。 例え鼓膜が機能していなくても、骨導音、つまり骨伝導を介して人間は音を聞ける。 機械化した人間にとっても、それは同じだ。 身体の大半が金属故に音の伝導率は高く、また体内では常に駆動音が鳴り続ける。 高価な義体にはそれらの雑音を消す為の機能―― ――不愉快な音に対して逆位相の音を脳内で再生するノイズキャンセリングがあるらしい。 それが功を奏したのだろう。
85 : 『……といっても、やることは変らないの。危険だからはいそうですかと撤退できる状況じゃないし、なの。 特にこの鐘の音の発信源はなんとかしておかないと、戦闘中に鳴らされたら大変なの』 「あぁ、その通りだ……早いとこ、情報収集だけ済ませちまってくれ……。 鐘の音もそうだが、この五つの生体反応も気になる所だ……」 『……5人? 確か、行方不明者は6人。中途半端に数が合わないの……』 ロールの呟きが、絶え間ない鐘の音に混じって聞こえた。 確かに、言われてみればその通り――だが決して嬉しい情報ではない。 行方不明者が既に一人、死んでしまっているのかもしれない。 まさか西部班のメンバーの反応だとは、常識的なデヴィッドが思い至る事はなかった。 「……急いだ方が良さそうだな」 ロールが調査用のキットを用い、黒服達の体細胞の分析を始めとした情報収集を始める。 結果は以下の通り。 まずジムニの通信にあった通り、この地域には異常な強度の電磁波が流れている。 脳/聴覚野に直接作用し、鐘の音が聞こえているように錯覚させ、酩酊感を誘う電磁波だ。 そして黒服達は市民IDを持っておらず、また大量の脳内麻薬が分泌されていた。 分泌量は中毒死すら起こしかねないレベルで――実際、黒服達は死んでいた。 自分の体細胞は調べていないが――自分達もそれに近付きつつある事も、想像が付く。 「……死体が、動いていた?そんな馬鹿な……そりゃ確かに、生体反応は無かったが……。 いや、そもそもこの生体センサー、何を感知して生体反応とみなしているんだ? コレも秘匿技術……?クソ、オペレータに確認しておけばよかったか……」 鼓動/血流/脳機能/生体電流/体温――何を以って、生体反応なのか。 彼らには何が欠けていたのか、何が足りなくて『生者』足りえなかったのか、分からない。 触って確かめる事も出来たが、混乱と恐怖がその発想を奪っていた。 「彼らが本当に、死んでいるなら……それを動かしていたのは…… ……やはり秘匿技術、だろうな。 だが、少なくともそれはモニタリングや監視を伴うものじゃない筈だ」 彼らは自分達を発見した際に、報告の様な言動をしていた。 精密なモニタリングが可能/或いは操作に監視を伴うなら、不必要な事だった筈だ。 用いられた秘匿技術は恐らく、死体に自我を蘇らせると言った代物。 そしてその自我を支配する際に使われたのが、この音/電磁波が齎す脳内麻薬なのだろう。 ――不意に、音の流れが変わった。 何処から聞こえてくるか全く分からなかった音が、どちらから聞こえているのか分かる。 いや、変わったように、分かるように感じさせられていると言うべきか。 生体センサーを見てみると、知覚させられている音源は、生体反応のある方角と一致した。 明らかに罠だ――だが逆説的に、まだ見ぬ『犯人』の目的を探る好機でもある。 下手に誘いに乗れば、チームを全滅させてしまうかもしれない。 だが、このまま足を止めていてもジリ貧だ。 どう動いても、状況が好転するイメージが持てない。 反射的に、ロールを見てしまった。 彼女の視線はきっと、こう返答するだろう――決めるのは貴方だ、と。 ならナギは――彼も駄目だ。お前が決めろと、頑として譲らないだろう。 (いや、それ以前に……コイツ、まさか既に―― ――脳内物質の中毒症状が出ているんじゃないのか? この様子は……明らかに、俺や、さっきまでのロールとは違う)
86 : 自分が思っている以上に猶予は無いのかもしれない。 やはり彼が言っていた通り、闇雲にでも探索を強行しておくべきだったか。 焦燥が無意味な思考を誘発させる。 (……そうだ!那由多なら……彼女なら、俺よりも良い判断が出来る筈だ……) 彼女は他の二人に比べてデヴィッドの知る常識に近かった。 彼女ならきっと、この状況で自分に判断を任せる事が如何に無意味か分かってくれる。 縋る様な思いが、せめて表情に出ないように那由多へ視線を向ける。 彼女は口を噤み、俯いていた。 そしてそのまま、ふらりと前に崩れ落ちた。 「なっ……!那由多!どうした、大丈夫か!?」 大丈夫か――自分で言っておきながら、なんと馬鹿らしい台詞だと思った。 大丈夫な訳がない。彼女もまた、既に中毒症状が起き始めているのだ。 最早、完全に、一刻の猶予も許されない。 今決めなくては――最早手遅れの可能性すらあるが――全滅は免れない。 「俺は……」 呼吸が/鼓動が荒い/眼の焦点が定まらない/視線が揺れる。 何も喋りたくない/隠れてしまいたいと言う心理が右手で口元を覆わせる。 「俺には……決められない……完璧な答えなんて……分かる訳がない……」 何も考えられない――何も決めたくない。 決断にはどうあっても、結果が伴う。 自分の決断がこの子達を死なせてしまうかも知れない。 その恐怖が、デヴィッドから思考力を奪っていた。 ――トラブルシューターとして『完璧』に舞い戻る。 抱いた決意も、恐怖に塗り潰されてしまっていた。 そして――不意に、デヴィッドの動きが完全に止まった。 まるで古いコンピュータがシステムを切り替える際に、一瞬動作を停止するかの様に。 数秒を経て、デヴィッドは再び動き出した。 彼がまず初めに行ったのは――那由多の首を締める事だった。 頸動脈を的確に圧迫し、速やかに意識を失わせようとしている。 もし他のメンバーがそれを制止しようとすれば、彼はこう答えるだろう。 「今聞こえている鐘の音は、電磁波に聴覚野が刺激された事による思い込み、幻覚です。 そしてこの電磁波ですが―― ――どうやら脳内物質を分泌するA10神経系に直接作用する事は出来ないようです」 出来るのならば、音など聞かせず直に脳内麻薬を分泌させればいいだけだ。 それをしないと言う事は、脳内麻薬の誘発には聴覚野を介し音を聞かせる必要がある。 と、予測出来る。 多少痩せたとは言え未だゴリラ寄りの筋肉質な男が無表情/無感情に解説―― ――あらゆる方面において異様な光景。 体内のナノマシン、代替神経細胞が働いているのだ。 不全化した、最適な選択が出来なくなった判断/思考さえも、ナノマシンが代替している。 先ほどの追認の時も、判断を下したのはデヴィッドではない。ナノマシンだった。
87 : 「ですので、ひとまずは音が聞こえていると思い込む事を出来ない状態にしました。 これはあくまで対症療法です。これから完治を図る試みを始めます」 『彼』は那由多の楽器ケースを開け、ダガーナイフを取り出す。 相変わらず無表情/無感情――そのまま刃先を手の平に減り込ませ、縦に滑らせた。 血液の溜まった手――それを彼は那由多の口に被せた。 迷う素振りは、見られなかった。 「私に与えられた秘匿技術、代替神経細胞―― ――オルタネイティヴ・ニューロンは神経の代替機能を持つナノマシンです。 本来の用途は神経変性疾患によって損なわれた脳神経を補助する事です」 ですが、と彼は言葉を続けた。 代替神経細胞の用途は欠損した神経細胞の補助と言う単純なもの。 しかしそれを成す為に与えられた機能は電気信号の受容/保存/伝達―― 他にも新たな神経組織の編成/その為に体内を移動する推進機能。 ナノマシン同士の無線、有線的な情報伝達と多岐に渡っている。 「代替神経細胞の機能を応用すれば元々健全な神経系の補助や、その逆も可能です。 つまり――今、血中のナノマシンを粘膜を通じて彼女の体内へ送り込みました。 そのまま聴覚野へと移動させ、断続的にランダムな電気信号を流し続けます」 そうする事で、電磁波によって与えられる情報に余計な信号が織り交ざる。 鐘の音を聞かせ、脳内麻薬を分泌させている信号の形を不完全なものにする事が目的だ。 端的に言えば――防げないのなら、それによって齎されるものを破壊してしまえばいい。 「……ナギ。あなたも、既に中毒症状を起こしつつある可能性があります。 代替神経細胞で聴覚野の働きを阻害しなくてはなりません。 常に雑音が聞こえるようになってしまいますが、やむを得ないと言えるでしょう」 遠慮のない提案――抵抗はあるだろうが、死に至る酩酊よりはずっとマシな筈だ。
88 : 「そして、ロール。あなたには二つ、して頂く事があります。 一つはその『機械仕掛けの死天使』――それを用い、彼らを教育し直して下さい。 逆らえば恐怖を。従えば何もしない。それを繰り返すだけでいいです」 有無を言わせぬ口調。 ――犬の調教は、人間の意に沿う行動をした時に幸福を、反した時に不幸を与える。 脳内麻薬による多幸感は人を操るには人を操る為の優れた要素だ。 だが同じ様に、恐怖もまた、人を支配する為の道具となり得る。 彼はほんの十五歳の少女に、生体反応がないとは言え、人を拷問しろと告げたのだ。 「もう一つは、電磁波の強度の測定です。 酩酊感の原因が電磁波で分かった以上、こちらも明確な対策が取れます 移動と共にその強度を計る事で発信源の方角を探る事が出来るのではないでしょうか」 言い終えると、彼はバックパックから小さなプラスチック容器を取り出した。 ナノマシン増産用のマテリアルだ。 中身は何の変哲もない成分だが、ナノマシンはそれを材料に自己複製を行う。 彼はマテリアルを一口で嚥下し――動作を停止した。 数秒後――また『デヴィッド』が、微睡みから覚めた様な動作を見せる。 「っ……クソ、意識が飛んでたみたいだ……思ってる以上に、俺はヤバいのかもしれん。 ……そうだ那由多は?……気を失っちまったのか。だが、今はこの方が良いかもな。 痛っ……手が……朦朧としてる内に、何処かで切っちまったのか?ツイてないな……」 『彼』でいた時の記憶は、デヴィッドには無いようだった。 だが恐らくナノマシンは今も働いている――違和感の無い様な解釈を誘導している。 「……そう言えば、音が聞こえなくなってるな」 デヴィッドの体内のナノマシンは、血液を介して班員に分けたものとは量が桁違いだ 当然、ただ無意味な信号をランダムに流すよりも、更に高度な対応が出来る。 ナノマシンは電磁波と同じ様にデヴィッドの聴覚野に干渉し、逆位相音を聞かせていた。 その為、結果的に、デヴィッドは鐘の音が聞こえなくなったように感じている。 「ナノマシンがまた、何かをしてくれたのか……?まぁ、何にせよ助かったな……」 ナノマシンに肯定的な言動――無知故の幸福。 何も知らないまま、デヴィッドはロールへと振り向いた。 「ところで……悪いんだがロール、まだ頭が上手く働かないんだ……。 いや……仮に働いていても、俺には正しい判断は出来そうにない。 すまないが、知恵を貸してくれ。……何か、良い案はないか?」
89 : 暗闇から突然に仕掛けられたこの銃撃戦は、物の数秒で決着が付いた。 どうやらネトコが間髪入れずに応戦してくれたおかげで、何とか命拾いを下らしい。 脚部の先端に踏み抜かれ、絶命したかに見えた射手。しかしその足元には血に塗れた死体の代わりに黒い布切れだけが残り、後には影も形も無かった。 「あー、すまない、ネトコ・・・」 既に血は止まっているが、それでも動きに支障をきたす程度の負傷ではあった。 レーザー銃は言わば小さな熱戦を照射する銃。実弾と違い、電子レンジのように体内に熱を伝播させる。 直撃していれば今頃腕は赤いシチューと化していただろう、掠っただけマシというものである。 『Verstossen sei auf ewig, Verlassen sei auf ewig, Zertrummert sei'n auf ewig Alle Bande der Natur. Wenn nicht durch dich Sarastro wird erblassen! Hort, Rachegotter, hort der Mutter Schwur!』 先程から、「聞こえる」というより、脳髄に直接響いてくるような音律が二人を苛む。 それは安堵を超えて催眠効果に近いものがあり、その音波は確実に精神を麻痺させていく。 ――特にμは、この感覚を嫌というほど知っていた。そう、電脳ドラッグだ。 経験からして、これはダウナー系。自立神経を操り、多幸感と引き換えに生贄の精神を徐々に縛っていく「静」の麻薬。 末期治療などにも希釈した物を使うが、このレベルの波長は言わば重度の中毒者が使うそれであった。 『――いらっしゃい』 敵影に代わって暗がりに現れたのは―――赤い眼、そして細く白い腕、そして少女の声。 目玉は一度は振り向いたはずの熱源に反応を示さず、動くはずのない照明がその青白い肌を照らしていた。 虚空を差したかのように見えたその指は、確かに大劇場の方角を示している。 「セントリータレットが・・・攻撃をしない・・・?」 目の前の不可思議な現象に唖然としながらも、μはその少女の周辺の空間で、僅かな光が蠢くように歪むのを、確かに見ていた。 そして同時に、μはこの寸前で察知する。自分達があまりに危機的な状況に置かれていることに。 その最後通告は、レーダーの明らかな異常からだった。 500m圏内という異常な近さにあった生体反応。それが突如として距離を伸ばし、メーターがこれでもかと異常な数値を叩き出す。 そしてマーカーの拡散は、明らかにこのビルから発生していた。 さて、拡大空間の歪みの中心部分に、生身の人間が巻き込まれるとどうなるか――― 「まっ・・・まずい!伏せろ!!」 湾曲する空間に特有の、合板と合板がお互いに軋み合うような音が、崩壊のカウントダウンを始める。 全身に引き裂かれるような激痛を感じたその瞬間、 空間は「捩れ」、そして「爆発」した。
90 : て
91 : μは、少女の歌声の中に居た。 『Der Holle Rache kocht in meinem Herzen, Tod und Verzweiflung flammet um mich her! Fuhlt nicht durch dich Sarastro Todesschmerzen, So bist du meine Tochter nimmermehr.』 脳内へ矢次ぎ早に注がれてくる、多幸感、安心感。 聞いているだけでみるみる思考が溶けて崩れていくような感覚。 それは気持ち悪いほどの「安堵」を聞くものに与えるものだった。 「うぐっ―――」 それはフラッシュバックに悩まされてきたμにとって、快楽と同時に苦痛をも呼び起こす。 音楽はいよいよクライマックスに到達し、神秘的な旋律が一層響き渡る。 異常なほどの睡魔が、時折起きる頭痛と対立しながら、その二つともが自らの脳を侵食してくるのが嫌でも実感できた。 『致命的なエラーを検知しました(0909999xb)... プロテクトを解除します』 μは半分無意識に、腰にぶら下げた自己注射機を紐ごと引きちぎる。 指紋認証による物々しいロックを外すと、未だ手当てもしていない傷口にそれを押し当て、スイッチをonに傾ける。 骨振動波と少量の薬剤が注入され、薬液が傷口を少し変色させる。 「ああ゙っ―――」 それは強烈な興奮を与えるアッパー系、全能感、高揚感と引き換えに人を人でなくさせる「動」の麻薬。 中和という代物ではなく、真逆の神経を対立させる言わば勢力均衡が発生したことにより、μは絶妙なバランスで正気を取り戻すことに成功した。 目には目を、麻薬には麻薬を、である。 最も、あまりにも身体に負担をかけてすぎいるため、副作用は十二分に覚悟しなくてはならない。 「はぁ・・はぁ・・・こ・・・ここは・・・」 無残に四散した観覧席。朽ち果てて今にも落ちてきそうな何世代も前のホログラム灯。 それはこの劇場が打ち捨てられてから今までの途方も無い時間を、その風化の酷さをもって知ることが出来た。 そして、永遠の空虚に包まれていたはずのホールに、再び壮麗な鐘の音が響き渡る。 「あれは・・・ユピテル・・・?それにテオドア・・・よかった、ここに・・・いた・・・のか・・・」
92 : 僕はヨタビットロボット 俺様はヨタビットロボット 私はヨタビットロボット 我はヨタビットロボット
93 : http://blog-imgs-60-origin.fc2.com/t/o/h/tohokuzunko/zzm_a1zunko06.png
94 : 「Target acquired」 「There you are」 「Hello my friend」 おしゃべりな機械は、いつも通りの声で「お友達」にご挨拶 そして、いつも通り、大騒ぎの鬼ごっこで遊び始めた 『Start firing』 三機が揃って出す、スタートの合図 弾丸をばら撒き、その反動で転げ回って更に撒く 阿鼻叫喚とは正にこの事、逃げる間も無く撃たれる者、ひょっと頭を出した隙に撃ち砕かれる者、焦り狂ってタレットに覆いかぶさる者 絶叫と銃声のこだまする中でも、ネトコは耳を塞ぐこともなく平然と なぜなら耳を塞ぐような手は持ち合わせていないからである 「名誉の負傷でありませう、お立ちなさいませ」 μを口で労っても手は一つも貸さない、酷いと思われるかもしれないがそこはそれ、戦場でのこと ライトの付いた触手を伸ばして、慎重にクリア確認中 そう、人の存在を感じさせる物があったから 『Verstossen sei auf ewig, Verlassen sei auf ewig, Zertrummert sei'n auf ewig Alle Bande der Natur. Wenn nicht durch dich Sarastro wird erblassen! Hort, Rachegotter, hort der Mutter Schwur!』 内容は分からないが、何やら美しく響く声 方向は分からないが、とにかく何処かからか聞こえてくる 幸か不幸か、ネトコは重改造サイボーグ 神経系に植え付け、捏ねくり回した銅線と光ファイバーが麻薬成分を何処かへ散らしてくれる しかし、一方ではJPEGを無理矢理メモ帳で開いているようなもの 化けたコードは意味不明な動作を引き起こした 全身のLEDは適当に明滅し、六本の足は千鳥足、触手の一本は水平に伸び縮みを繰り返す どないせいちゅーんじゃ、マトモなのは脳みそだけやんけ いや、もう一つ、いや三つ、マトモな物があった
95 : 『Sleep-Mode activating』 敵を殲滅し切ったタレット三機が、仕事を終えて銃をしまった報告を行う 最後の頼りはあれらだけ、兎に角目玉を拾わねば、と千鳥足で必死に拾いに行く しかし、このタレット、ついにぶっ壊れたか まだ人がおるやんけ、何で撃たんねん それとも何か、これには体温が無いのか 変温動物説を後押しするような真っ白な磁器の肌をした少女がそこにいた 『ーーいらっしゃい』 「……どうしませう」 どうするもこうするも、雨には濡れられないので劇場だろうがホワイトハウスだろうが行けるはずはないのだが 一応振り向いてμに確認する しかし、μもこちらを向いておらず、その目は少女へ、そしてレーダーへ ネトコはそんなもの今更アテにならぬと初めから見ていなかったのだが >「まっ・・・まずい!伏せろ!!」 μの声が響くのと、ネトコのレーダーが数値の急変を警告するアラームを鳴らしたのが同時 しかし、そう言われて素直に伏せられるような体では無いわけだ フロアに突っ立って、ただただその空間の歪みへ、体を折り畳み折り畳み折り畳み折り畳み折り畳み……
96 : 「痛い。かなり久しぶりに痛い」 体が、正確には今体にしているパーツが軋む かなり多くの箇所が歪み、機能不全を起こしている デタラメなコードを叩き込まれ、想定外の動作を繰り返せば当然こうなる 機械の身体の宿命である 今や鉄屑と化したパーツを千切り取り、すっかりシンプルになったネトコ 六本だった足は三本が削られ、さながら五徳の如く 四本の触手は結び絡まり千切り取り、いまや一本を残すのみである いやいや、しかし俺にはセントリータレットがある あれさえあれば麻薬も歌も怖くはない 一体アレはどこへ転がった そう思って見回すが、辺りは何かを探すような状況ではない ついさっき自分で散らかした鉄屑の下に、きっと随分金を掛けたのだろう木片とビロードの布の腐ったやつ 糸を引くほど湿気ったその中にはきっと虫とかシロアリとかムカデとか ああ気味が悪い 「俺をどうしようってんだ……」 機銃四連装四門の重火力もかつての栄光、今ネトコの装備は一本のロボットアームとその先端の金属製カッター 虎の子で取っておいた人間型の腕をボロボロになったマントの下から取り出し、装着 通常の肩口の位置から一本ずつ、多少人間の姿に近づいたネトコ これで普通の銃やら剣やらも使える、装備に不自由する事はない しかし拳銃の一丁も持っていないあたり、やはり実践思考の足りぬ試作品である
97 : て
98 : 当然サイバーパンクを満喫しましょう 無論サイバーパンクを楽しみましょう 確かにサイバーパンクを味わいましょう もっと更にサイバーパンクを体感しましょう
99 : >「あれは・・・ユピテル・・・?それにテオドア・・・よかった、ここに・・・いた・・・のか・・・」 ここに居たのか?本当は我々のように連れて来られたのではないのか? ここは劇場、観覧席のど真ん中 どこかへ逃げようにも四方は高い壁、二階席やスクリーン裏にどんな敵が潜んでいるか分からない 例えば我々を殲滅しようという無能力のクラッカーがいた場合、ここに誘い込んで爆発物を大量に放り込むというのは相当有効な手段ではないだろうか この後の敵意を想像するとゾッとしない ネトコは腰を落とし、μの耳元にささやきかける 「今この状況の危険度は相当高いと見ます。判断力をしっかりと保ってください。たとえばユピテル、テオドア。本当に彼らですか?」 仮面の口元を持ち上げて、素の声で注意を促すネトコ その声は、異形に似合わない声変わりもしていない子供の声 勿論物理攻撃もそうだが、こうして緊張が高まると精神もすぐに壊れてしまいがちだ こうして互いに声を掛け合い、心を強く保たなければ 唯一の装甲である鉄仮面を被り直したネトコは、同じく鉄の腕でゆっくりとそれを撫で、安心を求めた
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