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2012年2月エロパロ436: 【仮面】オペラ座の怪人エロパロ第9幕【仮面】 (196) TOP カテ一覧 スレ一覧 Pink元 削除依頼

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【仮面】オペラ座の怪人エロパロ第9幕【仮面】


1 :10/11/04 〜 最終レス :12/02/01
落ちていたので立てました。
引き続き天使様の御降臨をお待ちしております。
エロ無しを投下する天使様は、注意書きとしてその旨のレスを入れてから
SSを投下してくださいませ。
過去スレ
第1幕 http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1107434060/
第2幕 http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1117948815/
第3幕 http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1127032742/
第4幕 http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1132843406/
第5幕 http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1138109683/
第6幕 http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1145801742/ 
第7幕 http://sakura03.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1158433917/
第8幕http://yomi.bbspink.com/test/read.cgi/eroparo/1190850492/
関連
【仮面】オペラ座の怪人エロパロ【仮面】:まとめサイト  
http://lot666.fc2web.com/
【仮面】オペラ座の怪人エロパロ【仮面】:新まとめサイト  
http://movie.geocities.jp/eroparo2005/top.html

2 :
乙!
落ちたのか。
連載中の天使様もいらっしゃるし
落ちない程度に賑わうといいね

3 :

金ロー効果で賑わうといいなと思った矢先に落ちるとは

4 :
容量かな?とは思ったけど
書き込みなかったからなのかな

5 :
今回のデッドラインは11月1日の深夜の時点で9日間レスがなかったスレらしい
前スレの最後のカキコは10月21日だったから…
普段は圧縮なかなかない過疎板にいるからこんなに物狂いの保守合戦があるとは知らなかった

6 :
スレ立て乙です。
ちんたら書いてたら落ちてました。すみません。
原作の皆さんが「新・オペラ座の怪人(仮)」を考えてみた。
作中の事件で者はおらず、怪人が少し暴走しちゃったという話になってます。
・エロ無し
・キャラ崩壊
・続き物
・原作設定
・ちょっと三角関係
・でもオチるよ
・基本的にはギャグ
これまでのあらすじ。byクリスティーヌ。
むかしむかしあるところにオペラ座がありました。
そこにはたいへんうつくしいむすめがおりました。
なまえはクリスティーヌ・ダーエ。とってもうたがうまいです。
(中略)
くりすてぃーぬには たいせつな おともだちが います。
えりっくという おんがくのてんし だけど てんしじゃない おとこのひと と
らうるという やさしい おさななじみ の おとこのこ です。
ふたりは くちでは 「きらい」と いってるけど、きっと とっても なかよしさん です。
なんか めんどくさくなったので あとのひとに まかせます。
本当のあらすじ。
クリスティーヌとラウルに文字通り心を砕かれたエリックは二人を地上に送り出した……
が、二人は何故か頻繁に地下に遊びに来るようになる。
エリックは自身の起こした事件を元に「オペラ座の怪人」という台本を書き上げ、
それをオペラ座で上演しようと奮闘する。
支配人を困らせたり、カルロッタの我が儘でこちらが困ったりしながらも完成していく舞台。
その中でエリックはラウルに淡い友情の期待を抱く。
しかしふとしたきっかけで今まで積み重ねてきたものが完全に崩壊。
またそのことでラウルがまだ自分を拒絶していると思ったエリックは深く傷つく。
「好きになりかけてるから傷ついた」のだと〈ペルシャ人〉に指摘されるも素直に認めることが出来ない。
舞台の初日が明日に迫ったある日、
エリックはクリスティーヌとラウルが何やら秘密の計画を練っているのを目撃してしまう。
直前に見た夢の影響で彼らが結婚するものだとエリックは考えて……?
詳しいお話はこちらをどうぞ。
http://u3.getuploader.com/eroparo/download/74/kari.zip
作業用の使ったメモ帳のままであることを予めご了承ください。
修正したいところがありすぎて手に負えないので投下時のまま。
パスはpoto

7 :
原作の皆さんが「新・オペラ座の怪人(仮)」を考えてみた。
ラウル編
ビッシリと並べられた数字にラウルはめまいを覚えた。
数字って苦手だ。1やら2やら、お行儀よく並んでるだけ。そこには一片の感情もない。
では何が得意かと訊かれたら、ラウルは「さあ」と答えただろう。
そんなことを教える義理はないし、それを知ったところで何になる?
感情を悟られぬように努めて笑顔で、紙の上に並ぶ数字に目を通す作業を続行する。
といっても内容を完全に理解出来ているかは怪しかったが。
そういえば。と先ほどのことを思い出す。
さっきの彼は一体どうしたんだろう。屋根裏がどうとか言ってたけど、そこに住みたいのかな。
あまり住み心地の良い場所とも思えないが、どこだって地下よりはマシか。
「はあ」
深いため息が漏れ聞こえ、顔をあげると向かいのモンシャルマンが誤魔化すように咳き込んだ。
このまま見つめ合っているのも何なのでラウルは軽い調子で訊ねてみる。
「何かお悩みでも?」
「我が儘なスポンサーがうるさくて」
彼の言わんとすることはわかったが、弁明の必要性を感じなかったので
ラウルは「大変ですね」と柔和に返した。対するモンシャルマンは再びため息をつく。
「子爵は悩み事などなさそうで羨ましいですな」
「褒めないでくださいよ」
「褒めてません」
「これでいいですか?」
ラウルは話を切り上げるべくニッコリと笑いかけると、片手間に紙にサインして差し出した。
「感謝します」
受け取ったモンシャルマンは有無を言わさずラウルをロビーまで案内した。はやく帰れということらしい。
長居するつもりは更々なかったので、彼に別れを告げて馬車に乗り込んだ。
悩み事がなさそう、か。そう見えたのなら僕も少しは本心を隠すのがうまくなったってことかな。
ラウルはふっと窓に映る自分を見やった。
人当たりの良い笑みを浮かべた青年が映っている。
窓に映る彼は表情を崩さぬまま目を伏せた。
僕の生きるこの煌びやかな世界は、虚飾と欺瞞に塗り固められた世界。
兄や周りの大人達が望むように無垢で純粋な子供の心のままでいようとしたけれど、
みんなが思うほど器用には生きられない。
世界の悪意に気づいた日、自分は今までどれほど大事に守られて生きてきたかを知った。
目をつぶって、耳を塞いで、それから遠ざかろうとしたけどだめだった。
この世界からは逃げられない。

8 :
虚飾と欺瞞の華やかな社交界で、最初に覚えたことは微笑みの仮面を絶えず被り続けること。
周りに合わせて笑みを浮かべること。
例え投げ掛けられた言葉が耳を塞ぎたくなるようなものだとしても、
知らないふりで笑っていれば何事もうまく流れていくように思えた。
誰が何を言おうと、嫌われようと、微笑みを絶やさずにいれば傷つくことはない。
まだ未熟だから時々微笑みを忘れてしまうけど、周りは気づかないふりをしてくれた。
しかし自分を偽り続けるのはつらいから、本当の自分を曝け出せるのはとても心地が良かった。
クリスティーヌと一緒にいるときは偽りのない自分でいられるような気がした。
けど、それは本当に偽りのない自分?
どこまでが本当で、どこからが嘘なのか、わからなくなる。
身を守るための処世術がいつの間にか自分そのものにすり替わっていく。
でもだいじょうぶ。そんなときは笑っていれば、万事うまくいくのだから。
けれど微笑みが通用しない相手が突然現れて、
僕の世界は天と地がひっくり返ったみたいにおかしくなった。
彼は今までの誰とも違う。何より違っていたのは僕に剥き出しの嫌悪感を向けていること。
ここまで憎悪を向けられて、嫌われたことなんてなかったから、
わからなくて、怖かった。わからなくて、怖いから、知ろうとした。
でも近づけば近づくほど、遠くなってわからなくなる。
嫌われて、痛くて、苦しくて、んでしまいたいと思ったのは今回で二度目。
一度目はクリスティーヌに嫌われたと思ったとき。そして二度目は今。
こんなこと、今までずっとなかったのに。嫌われても笑っていれば平気だったのに。
わからなくて、怖かった。わからなくて、怖いから、もっと知ろうとした。
でも近づけば近づくほど、おかしくなってわからなくなる。
終いには自分自身さえわからなくなってしまった。
窓枠に切り取られた四角い空。
太陽が傾き、その身を焦がしながら地平線の彼方へ沈んでいく。
空が真っ赤に染まる。血染めの夕焼け。しかしその赤もやがて黒に変わるだろう。
目を見張るほどの鮮血が時間経過と共に黒く変色するように。
そしてその真っ黒な闇の中には仄白い光。月は無慈悲な輝きで地上を微かに照らす。
幾度となく繰り返される天上の華麗な交代劇。
急に体が重くなったように感じられ、ラウルは背もたれに体を預けてそっと目を閉じた。

9 :
「ラウル?」
クリスティーヌの呼びかけに我に返ると、ラウルはどこかの一室にいた。
ここはどこだろう?
振り返ると真っ白なドレスのクリスティーヌがいて優しく微笑んでいる。
その笑みにラウルは先ほどの疑問を放りだした。
彼女が傍にいてくれるのならどこだって構わない。
ああ、可愛いクリスティーヌ。天使のように可憐な少女。
彼女が僕の隣にずっといてくれて、僕の名前を名乗ってくれるなんて夢みたいだ。
林檎色の頬をした小さな花嫁さんがたまらなく愛おしくて、引き寄せて腰を絡め取る。
すると彼女は俯いた。震える声で訴える。
「だめよ、天使様が許さないわ」
「天使?神様のこと?神様が許してくれなくても構うものか」
「私は構うもの」
クリスティーヌが腕を振りほどいたかと思うと、ラウルの体は宙に浮かんだ。
いつの間にか首に紐が巻きついていて、その紐先はクリスティーヌが握っている。
二人の間にピンと張られた紐はまるで今にも切れてしまいそうな二人の絆のようだった。
「勘違いしないで、私は天使様と一緒に行くの」
彼女のすぐ隣にどろんと純白のタキシードに身を包んだエリックが「出現」する。
クリスティーヌはうっとりと彼にしなだれかかり、彼もそれに応じた。
「もう邪魔してほしくないの。二度と私の前に現れないで」
彼女はいつもと寸分変わらぬ笑みを浮かべて、二人を僅かに繋ぎ止めていた絆を手放す。
「だからさよなら、お邪魔虫さん」
目の前が真っ暗になる。
地面が裂けて、その底に、闇の中に吸い込まれるように落ちていく。
立ち上る水しぶき。四肢がもぎれそうな強い痛み。
一瞬遅れて突き刺さる冷たさと息苦しさ。
水の中に落ちたのだと理解したのは水中をもがき始めてからだった。
苦しい、息が出来ない。
水面へ上がろうともがくけど、どちらが上か下かもわからない。
そうこうしているうちに体はどんどん重くなり動かなくなっていく。
沈みながら見上げた水面。揺らいで見えるは真っ黒な夜空。
何も見えない。感じない。漆黒のカーテンが全てを隠してしまった。
落ちながらきらめく水面。僅かに射し込む青白い月明かり。
冷たさも苦しさも何も感じない。泡沫のように溶けていく。
ゆらゆら水面に浮かぶ月。掴もうと腕を伸ばしても、届かない。
月はただ無慈悲に水底へ沈む僕を照らすだけ。

10 :
ふいに誰かが伸ばした腕を掴んだ。水底から引き上げられる。
目をあけると優しい兄の姿。肩越しに見えるのは月ではなく見慣れた天井。
「ここ、は?まだ水の中?苦しくて息が出来ない……?」
「おまえの部屋だよ」
兄が酷く心配そうにラウルを覗きこみ、哀れみを込めた調子で続ける。
「ラウル、頼むから目を覚ましてくれ。医者を呼ぼうか?」
兄はかねてから弟がおかしくなってしまったのではないかと思っていた。
もしそうだとしたら、何をしてでもそこから救ってやらなくてはとも。
「じゃ、あれは夢?」
「そうだよ。帰ってきてすぐにベッドに倒れ込んで、どうしたものかと思っていたら
今度はうなされて大声で呻きだして……はやく目を覚ましてくれ」
もう見ていられないというように兄は目を伏せる。
よかった、あれは夢なんだ。でも夢だとわかっても震えが止まらなかった。
ラウルは起き上がり、震える肩を抱いて、兄の胸に体を預けた。
兄は何も訊かずに抱きしめてくれる。まるでそうしないと壊れてしまうというように力強く。
触れ合った箇所から体温が戻っていく。伝わるぬくもりに涙が溢れそうになる。
もしも周りの人間がみんないなくなっても、兄だけは一緒にいてくれるとそう思えた。
「昔と何も変わらないな。幼い頃のおまえは悪い夢にうなされるといつも私のところに来て、
わんわん泣いて、疲れたらしがみついて眠りこけて。私は一晩中動けなかった」
恥ずかしさもあって何も言えなかった。
僅かに上気した体温に気づいたのか、兄はおかしそうに笑う。
「悪い夢だけでなく夜が怖い、闇が怖いと泣いて私や皆を困らせた。終いには月まで怖がるから、
私達は夜が来たら全ての窓を覆って、部屋中に明かりを灯さなければならなくなった」
部屋が昼間のように煌々と明るいことに気づき、ラウルは少しばつが悪くなった。
「今も夜の闇は怖いか?」
「まだ少し苦手だけど」
夜は冷たく月は無慈悲だと思っていたけど本当はそうじゃなかった。
「でも昼の青空に太陽が力強く輝くように、夜の暗闇は月が優しく照らしだす。
昼の世界に音楽があるように、夜の世界にも音楽がある。
光は全てを平等に照らし、闇は全てを平等に隠す。
光があるから闇があって、闇があるから光がある。
そう教えてくれた人がいるから、もう怖くない」
目を閉じて波のように絶え間なく続く鼓動に身をゆだねる。
ラウルはそっと意識を手放した。

11 :



兄のフィリップと共にオペラ座にやってきたラウルは、ロビーで身なりのいい紳士に呼び止められた。
「お久しぶりです、シャニー伯爵。最近お見かけしないから心配していました」
「色々ありましてね」
「お察しします」
紳士がしきりにこちらを見てくる。
不躾な好奇に満ちた視線であったが、ラウルは気にも留めなかった。にこりと微笑で応じる。
そういうのは慣れっこだったし、どうでもいい人からどう思われていようと関係ない。
みんな右から左へすり抜けていく。上辺だけを滑っていくから、心には残らない。
何よりラウルが思いを馳せていたのは昨夜の夢のこと……ではなく、今し方の出来事であった。
兄に叩き起こされ、窓を見ると綺麗な朝焼けで何だってこんな時間にと文句を言ったら、
朝焼けで無く夕焼けなのだと説明された。昨夜の一件もあってだいぶ寝過してしまったらしい。
それはともかく兄には傍若無人な点が多々あった。
彼はラウルに対して「馬車を用意してくるから二分で身支度を整えろ」と無茶ぶりをしたのだ。
「ちょwムリwww」と言い終わる頃にはラウルは寝巻のまま首根っこを掴まれ馬車に放り込まれていた。
幸い馬車の中は広く、着替えるのには困らなかった。それでもあんなところで着替えたくなかったけど。
ラウルは顎を撫でる。髭は伸びていない……と思う。
馬車には何故か剃刀などの生活用品も備え付けられており、何不自由なく身支度を整えることが出来た。
さすが兄さん、朝帰りする男は違う。とか尊敬の念を覚えたのはまた別の話。
「今度絵画を集めてオークションでもと思うのですが、伯爵もいかがですか」
「それは素晴らしい。書斎の壁が寂しいと思っていたところです」
例の紳士はどうやら兄の知り合いで文部省のお偉いさんらしい。
ラウルは二人のやり取りに口を挟むわけでもなくぼんやりと眺めていた。
兄は話に横槍を入れられるのを大変嫌っていたし、ラウルはそれほど芸術や文化に明るくなかった。
「失礼。弟さんはこのようなお話はお好きでないようですね」
「弟は難しい話は苦手なんですよ。ラウル、向こうに行ってなさい」
「はい。では失礼します」
随分な言われようだったが、ラウルは気にしなかった。
それどころか解放されたと内心ほっとしたくらいだ。

12 :
のんびりとロビーを歩いていると激しく背中を叩かれた。
「痛っ」
「こんばんは、シャニー子爵」
振り返るとそこには〈ペルシャ人〉がいた。彼が叩いたらしい。「こんばんは」と軽く会釈する。
「今宵はチケットをありがとうございます。先ほど席を拝見させてもらったのですが、
とてもいい席ですね。今晩は楽しめそうだ」
「僕は支払いをしただけです」
「相変わらず都合のいい財布か。この分だと知らないうちにだいぶ払わされてるんだろうな」
「えっ」
ぼそりと呟いた〈ペルシャ人〉の言葉をうまく聞き取れず、ラウルは聞き返した。
しかし〈ペルシャ人〉はその問いに答えず曖昧に微笑む。
「とにかくチケットありがとうございました」
「いいえお礼なら彼に言ってください」
「では私はこれで。そうだ、背中に気をつけてください」
「?」
〈ペルシャ人〉は謎の言葉を残してどこかに行ってしまった。
背中って何のことだろうか。考えても答えが見えないので、ラウルは忘れることにした。
幸いすぐに忘れるような出来事が起こり始めた。
すれ違う人々がしきりにこちらを振り返り、笑っている。
少し気味が悪かったけど、僕は(色々な意味で)有名人だからと都合よく解釈した。
階段の踊り場で階下を見下ろしていると兄に名前を呼ばれ、凄まじい勢いで背中を叩いた。
つんのめって転げ落ちそうになる寸のところで襟首を掴まれる。
〈ペルシャ人〉の言っていた「背中に注意」とはこういうことなのだろうか。
「ラウル、何をやっている!」
ラウルはどうして怒鳴られているのかわからず首を捻った。
兄に怒られるようなことは「今日は」していないはずである。
けれどもラウルはわかっていなかった。
しっかり者の兄にとって、のんびりしている弟はそれだけで苛立ちの対象になるということを。
といっても兄は弟のそういうところも長所だと認識していたので、その件で怒ることはあまり無かった。
「何ってナニがですか?」
とんちんかんな答えを返すと兄が額を押さえる。
「何故笑われているのかわからないのか?」
「僕が有名人だから?」
「こんなものを背中に貼り付けて歩いているからだ!」
兄はまた背中を叩いた。今度はベリッと何かが剥がれる音がして目の前に翳される。
ラウルはそれを受け取ると表と裏を丁寧に観察した。
「手紙?」
宛名も差出人の名前も書いていないが、背中に貼られていたのだからラウル宛には間違いないだろう。

13 :
「誰がこんなことを。大体気づかずにニコニコしているおまえもおまえだ。
ラウルの鈍感さにはほとほと呆れるよ。もっとしっかりしてほしいものだ。
おまえにはシャニー家の男として、いや成人男性としての自覚が足りない!」
兄が何やら言っているがラウルの耳は都合よく全てを聞き流した。
「誰からだろう?」
封筒の中には一枚のカードが入っていた。几帳面そうな字が並んでいる。
数行を読んでラウルは頭が真っ白になった。
でも彼がいなくなればクリスティーヌは――そこまで考えて己の醜さに胸を掻き毟りたくなる。
「聞いているのか?」
「行かなくちゃ」
「どこへ?」
「クリスティーヌの元へ」
彼女にこの手紙の内容を伝えなくてはならない。
〈ペルシャ人〉もそれを望んで、この手紙をラウルに託したのだろう。
クリスティーヌの名前を出した途端に兄の機嫌が悪くなった。
「おまえはあの小娘に遊ばれてるんだぞ」
「でも行かなくちゃ。さよなら、兄さん!」
「ラウル、待ちなさい!」
二の腕を強い力で掴まれてラウルは痛みに顔を顰めた。
「離してください」
「私に逆らう気か。おまえがあのような小娘に本気になるとは情けない。
遊びなら許してやったものを。だが本気だというのなら、わかるな?」
「わかりません」
でも行かせてくれないのなら僕にも考えがある。ラウルはニッコリ笑った。
「本当はこんなこと言いたくなかったんだけど」
「言ってみなさい」
「ソレリ」
「げほっごほっ!」
「大丈夫?」
「いや心配ない。で、よく聞こえなかったのだがなんだね?」
兄はかなり動揺しているようで目が泳いでいる。
こんな兄の姿を見るのは初めてなので、ラウルは少しおかしく思った。
「兄さん、ソレリさんってバレリーナの女性と仲が良いんだってね」
「今は私の交友関係でなく、おまえの話をしている」
ひたすら動揺していても兄は年長者の優位を忘れなかった。
威嚇されたところでこれが兄のアキレス腱だということはわかりきっていたので、ラウルは無視して続けた。
「この間、彼女と話す機会があったんだけど兄さんと仲が良いこと知らなくて恥かいちゃったよ」
額に汗が滲んでいる。弟に女性関係を知られたのがよほどショックらしい。
兄は弟のことをまだ子供だと思っている。
でももう大人の割りきった関係も大人の醜さも理解しているつもりだ。
いつまでも子供のままではいられない。

14 :
「そのときね、ソレリさんが「私のことはお義姉様と呼んでくれて構わないのよ」って

「な、何の話だ」
「こっちが知りたいよ。どういう意味だろうね、兄さん?」
「……」
兄は答えなかった。答えられなかったという方が正しいかもしれない。
「あーそっかー!」
わざと甲高い声で叫ぶと周囲の人々が一斉にこちらを向いた。
目配せし合い、視線を逸らすが耳を大きくして様子を窺っている。
結論を述べる前に兄の大きな手がラウルの口を覆った。
「静かにしろ声が大きい。いいからちょっとこっちに来なさい!」
襟首を掴まれ、静かな裏口近くの廊下まで引き摺られる。
兄はしきりに辺りを見回し、ほっと息をついた。
「ここなら誰にも聞かれないな」
「聞かれたら困る話なんだ?」
「……いやまあそれはだな、うむ」
「ふーん?」
普段はしてやられてばかりだけどこういうのも楽しい。ラウルは調子に乗って続ける。
「彼女、僕に凄い嫉妬してたよ。血の繋がりがあるからずるいって。困っちゃうよね」
「彼女は母親を早くに亡くしているから」
「そういう嫉妬とは違ったように見えたけどなあ。
ソレリさんってさ、僕の見立てだと恋愛に本気でなるタイプでないと思うんだよね」
「何を根拠に」
根拠なんてないけど兄さんの反応が面白いから。ラウルはその言葉を呑みこんで代わりにこう言った。
「そういう人が本気になるってアレだよね」
「何が言いたい?」
「相手の男は彼女をとても愛していて、相当入れ込んでるってこと」
「……」
また黙ってしまった。否定しないということはそういうことなのだろうか。
ラウルはからかうようにくすくすと笑いながら止めを刺した。
「兄さん、本気になったらいけないんじゃなかったの?」
「私を脅す気か。この私が踊り子風情に本気になるわけ……」
「そうかな。兄さんは恋に狂った男の目をしてるよ」
「馬鹿なことを」
兄は笑い飛ばそうとして、それが出来ずに視線を落とした。
「僕もそうだったからわかるよ」
「そうだった?今は違うと言いたげだな」
「今は恋愛より大事なものがあるような気がする。まだよくわかんないけど」
「そうかな。おまえは恋に狂った男の目をしてるよ」
「自分もそうだからわかる?」
「さてね」
なんだかおかしくてラウルは兄と顔を見合わせて笑った。

15 :
恋をしたら人は変わってしまうのかな?
変わらない人なんてどこにもいない。
愛しくて、苦しくて、恋は人を変える。
恋しくて、切なくて、恋は人を狂わせる。
全ては甘くつらい恋の魔法のせい。
「ソレリさんのことお義姉様って呼んでもいい?」
「駄目だ」
「今更照れることないのに」
きっぱりはっきり言われてラウルは正直面白くなかった。
せっかくからかうネタが出来たというのに、手放すのはもったいない。
「私のことは兄さんなのに、ソレリはお義姉様だと?ならば私のこともお兄様と呼べ!」
「はぁ?」
「小さい頃は「おにいさま、おにいさま」とあんなに可愛らしかったというのに……。
おまえは一人で大きくなったと勘違いしているな。いつからこんな生意気な口を聞くようになったのか」
そりゃ兄さんには感謝してます。
でも口に出して言うには恥ずかしいので、ラウルは唇をぎゅっと結んだ。
「思えば嫁に行った妹達のことは未だにお姉様と呼んでいるのに、何故私だけ」
「お姉様方には頭が上がらないからに決まってるじゃないか」
弟というのは得てして姉の都合のいい使いっぱしりか、玩具なのである。
大事にしてもらったのは確かだが、ある程度大きくなると、やれあれしろこれしろと大忙しだった。
「この間、帰ってきたときは一日中鏡持ちをさせられたよ」
途中で面倒になって「何を着たって同じ」と口を滑らせたら凄まじい勢いでシメられた。
でも兄や夫の前ではおとなしい妹で、妻を装っているんだろうけど。
まさか旦那さんの前でもあんな態度取ってるわけではないよね?
お嫁さんには旦那さんの三歩後ろを歩く奥ゆかしさが必要だとラウルは思っていた。もはや幻想だったが。
「兄さんはお兄様って呼んでほしかったんだ?」
ラウルとしては兄さんの方がお兄様より近しい感じで良いと思っていたのだが、
頭のいい兄さんの考えることはよくわからない。
兄はこの世の終わりのような声で嘆いた。
「最終的には「おい老いぼれ、目障りなんだよ」になるのだな。お兄様は悲しい!」
「あーはいはい、わかりましたよ。お兄様、行ってもよろしいですか?」
ラウルは仰々しく一礼する。兄はそれに応え、深く頷いた。
これが今生の別れというように二人は互いに直立不動で握手を交わす。
「よかろう。男らしく行って来い、ラウル!」
「はい行って参ります、お兄様!」

16 :
今回は以上です。
よかれと思って渡した手紙が更なる混乱と暴走を招くのであった。
新スレの一発目がエロ無しですみません。
とりあえず1回分。
即回避は幾つでしたっけ?足りないようならストック分を纏めて投下します。

17 :
>朝帰りする男は違う
おいwww
最初は兄ちゃんもまとも?だったのに
どんどんgdgdになってくなw
即…、は、この板あるんだっけ?

18 :
DLさせてもらいました
読み返すとお兄様は最初から相当キてるw
弟が台本から兄を抹しただけで
新たに一冊書き下ろして嫌がらせするレベルの高さw
即は30までいけばおk
一週間に一度レスがあればおkと諸説あるみたい
あと先生の席奪ってすみませんでした
足置きになりますので存分に踏みつけてくださいませ
ロープは勘弁してください

19 :
>>18
そこまで言うのなら仕方がない。シャンデリアにしてやろう

20 :
>>6 GJGJ
いつの間にかファントムとラウルの友情物語に・・・

21 :
原作の皆さんが「新・オペラ座の怪人(仮)」を考えてみた。
クリスティーヌ編
・エロ無し
・キャラ崩壊
・ちょっとホラー
・でもオチるよ
・基本的にはギャグ
パパと一緒に歩いた道。小さなラウルと一緒に歩いた道。
けれど今はたった一人……。
私の目の前にはどこか遠くへ続く道があって、その道はどこへ続いていくのかわからない。
わからないから、私はただ立ち竦んでいて、でも進まなければいけない。
勇気を振り絞って一人で暗い道を歩き始めたけど、暗くて怖くて俯いていたの。
すると私の前に黒い影が現れて、私に白い手を差し伸べる。
私は恐る恐るその手に触れ、顔をあげる。
そこには大好きな音楽の天使様がいて、私は嬉しくなった。
天使の名前はエリックと言って、私に歌を歌ってくれて、歌を教えてくれた。
たった一人で歩いていた道を、二人で歩く。
真っ暗な夜空にはまんまるお月さまときらきらお星さま。
ほのかに輝く柔らかな光が私を照らす。
私は彼の手をぎゅっと握り締めて歌を口ずさみながら歩いた。
少し歩き疲れた頃、道の脇に一人の青年が立っていた。彼は私を認めて手をあげる。
彼はあのときの小さなラウルで、見違えるほど大人になっていてちょっとドキドキしたけど、
中身はあの頃と全然変わっていなくて、それがちょっとおかしくって嬉しかった。
たった一人で歩いていた道を、三人で歩く。
お月さまにさよならを言って、青空に浮かぶおおきなお日さまとふわふわ雲さんにこんにちは。
眩しいくらいのあたたかな陽射しが私を照らす。
大好きなパパはもういないけど、今の私の傍にはパパと同じくらい大好きで大切な人達がいる。
私はなんてしあわせな女の子なのかしら。きっと世界中の誰よりもしあわせだわ!
けれどどうして?
分かれ道にさしかかってて私達は立ち止った。
どちらに行けばいいのかしら?
「私はこちらへ行く」とエリック。だから私も彼についていったの。
そうしたらラウルが「じゃあ残念だけどここでお別れだね」って。
だから私は「ならこちらに行きましょう」ってエリックの手を引いたの。
でもエリックは手を振り解いて「さよなら、クリスティーヌ」って。
そんなのいや。私は泣きそうになりながら言ったわ。
「どうして一緒に行けないの?三人で一緒にはいられないの?」
いつのまにかまた真っ暗な道。
空のキャンバスは黒の絵の具で塗り潰されてしまった。太陽も月も見えない。

22 :
「三人で一緒にはいられないの?」
それぞれの道にエリックとラウルが立っている。
私は分かれ道の真ん中にいて、二人のことを交互に見ている。
「私と彼は歩む道が違う」
「だから一緒に行けない」
「私達は離れ離れになってしまうの?そんなのいや」
お別れなんてしたくない。とめどなく溢れる涙を隠すように手で覆った。
そんな私に二人の優しげな声が降ってくる。
「私と共に来てくれるのならいつまでも一緒だ。月が照らす星空の道をどこまでも歩いて行ける」
「僕と一緒に行こうよ。大丈夫、何も怖くないよ。太陽が輝く青空の道まで連れて行ってあげる」
暗い道はいや、おひさまに会えないのはいや、でもお月さまに会えないのもいや。
おひさまもお月さまも一緒の空にいられればいいのに。
でもそんなの出来っこない。
おひさまとさよならする頃にお月さまはやってきて、お月さまとさよならする頃におひさまはやってくる。
おひさまとお月さまは同じ空にはいられないの。
暗い道はいや、おひさまに会えないのはいや、お月さまに会えないのもいや。
でも一番いやなのは、また一人ぼっちになること。
「彼と一緒に行くのなら、私はおまえに別れを告げなければならない」
「彼と一緒に行くのなら、僕は君にさよならを言わなくてはならない」
「もし選べないと言ったら?」
「どちらにせよここでお別れだ。私は行かなければ」
「道は二つだけなのに、君はここまで来て戻るの?」
戻るのはいや。前に進まなきゃ。でも。
「どちらかを選べだなんて酷いこと言わないで。私には選べないわ。
だってあなた達は、私の心をちょうど半分ずつ占めているんですもの。
私の心なのに、私の取り分はないの。おかしいでしょう?
だから選べるわけがないわ。ああ、心が二つに引き裂かれてしまいそう!」
終いには叫んでいた。どうか二人に引き裂かれそうな私の心の痛みを知ってほしかった。
私の心は私のものなのに、私のものではない。
ちょうど半分ずつ、彼らが盗んでいったの。だから私の心は私のものでなくなってしまった。
心を盗まれてしまった日から私は二人のとりこ。
けれどそれはとても心地よくて、ずっとこんな日々が続けばいいと思っていたのに。
いきなり突き付けられた問いかけに私は困惑している。
エリックと一緒に行きたいという私とラウルと一緒に行きたいという私。
まるで心が真っ二つになってしまったみたい。

23 :
「心が二つに裂けてしまうというのだね」
「ええそうよ、エリック。だからお願い、私にどちらかを選べだなんて言わないで」
「そっか。心が二つに分かれちゃったのに、体は一つだけじゃつらいよね?」
「ええそうね」
「そうだよね、苦しいよね」
ラウルがすうっと腕を伸ばし、宙を掴んだ。
するとそこにあるはずもない剣が現れて、彼は私に向けて構える。
「じゃ体も真っ二つにすれば問題ないね」
「!」
ど、どうしよう。ラウルがおかしくなっちゃった……!
口をパクパクさせてエリックに助けを求めると彼は優しくそして力強く私の肩を掴んだ。
「では私は右側を貰おう」
「僕は左ね。さあいくよー」
「〜〜!!」
声にならない悲鳴を上げる。
手足をぱたぱたさせるがエリックにがっちりと体をホールドされていて逃げられそうになかった。
「おとなしくしててよ。どこが真ん中かわからないだろ」
「――ま、待って、一体何を言ってるの?」
震える喉に張り付いた言葉をどうにか押しだす。
二人は顔を見合わせておかしそうにケタケタと笑いだした。
「心が二つに分かれたついでに体も半分にして我々で分け合おうという話だが?」
「そんなことしたらんでしまいます!」
「大丈夫だよ、すぐ終わるから。サッ、シュパッて感じ」
「ちょっと何言ってるかわかんないです」
逃げないと。でもどこに逃げればいいの?私はふっと薄ら寒いものを覚えた。
辺りは真っ暗闇で何も見えない。先に進めばどちらかと別れなければならないし、後には戻れない。
何より二人から逃げ出したら私はまた一人ぼっち。
そうこう考えている間にも刃がこちらに迫ってくる。
涙目でじたばたしていると二人が私のそれぞれの耳元にそっと唇を寄せた。
「私の愛しいクリスティーヌ。体が半分になろうと永遠に愛すことを誓おう」
「僕の可愛いクリスティーヌ。体が半分になってもずっと愛してあげるから」
……体が半分になってそれぞれがそれぞれを愛してくれる。
それっていいこと?幸せが二倍になるってこと?
なら私は……。
目の前が真っ赤に染まる。
体を生温かい血が伝い、私の意識は浮かび上がる。
「……スティーヌ、クリスティーヌ!」
誰かが遠くで呼んでいる。今にも泣き出しそうな震えた声。
ぼんやりとした頭で泣いてほしくないと思った。
声の持ち主のためにも起き上がりたいのに。
けれどもうわたしはまぶたをあけることもできないの。

24 :
「クリスティーヌ!」
「うぅん……」
重たいまぶたをどうにかこじ開けるとメグがいた。蝋燭の頼りない火が彼女を照らしている。
周囲を見渡す。どうやらここはクリスティーヌとメグの寝室らしい。
「大丈夫?酷くうなされてたわ」
上半身を起こすとメグが抱きついてきた。不安だったのだろう。声を押しして泣いている。
夢だったのね。夢で良かった、目覚めて良かった。
けれど同時にちょっとだけ惜しいような気がした。
「体が冷たいわ。そんなに怖い夢だった?」
「エリックとラウルが私から離れていこうとする夢だったの。
二人はお互い、自分についてきてほしいって言うんだけど、私は選べなくて」
優しいぬくもりを体で感じながらとりとめない夢の話を始めた。
どんな言葉も聞き逃すまいと、メグが耳を澄ましているのがわかる。
「私の心が二つに引き裂かれたの。それでついでだからって体も二つにしようって。
怖かったけど、二人は私の体が半分になっても愛してくれるって言うから」
「そう、怖い夢だったのね」
話を理解出来なかったのか、理解したくなかったのか、メグは話を切り上げる。
そしてクリスティーヌは今までよりずっと強く、ぎゅっと確かに抱きしめられた。
男の人とは違う柔らかい体。乱暴にしたら壊れてしまいそうな細い腕。
クリスティーヌはメグの背中に腕を回し、しがみついた。
メグもそれに応じてクリスティーヌの背中を撫ぜた。
「あなたを苦しめる男なんていらないのに」
「私よりきっと二人の方が苦しいわ」
私が優柔不断で選ぶことが出来ないから、二人はずっと私に囚われたまま。
近づくことも、離れることも、逃げることも、飛び立つことも出来ないままでお互いを傷つけ合ってる。
「でも私ならあなたのこと苦しめないし、泣かせたりしないわ。
もしも彼らがあなたから離れる日が来ても、私はずっと一緒よ」
「ありがとう」
二人はゆっくりと体を引き剥がした。ぬくもりが離れていき、なんだか心細くなる。
クリスティーヌの表情を察したのか、メグがくすりと笑った。
「ねぇ、今日は一緒のベッドで寝ても良い?」
「うん……眠るまで傍にいてくれる?」
「ずっと傍にいるわ」
枕を並べるとメグがベッドに体を滑り込ませた。手を重ね合わせ、指を絡ませる。
「おやすみ、メグ」
「おやすみ、クリスティーヌ」
メグの顔が近づいてくる。クリスティーヌは誰に教えられるまでもなく、目を閉じた。
そっとまぶたへおやすみのキス。
柔らかなぬくもりを感じながら、クリスティーヌは深い眠りの淵を覗きこみ、また落ちていった。

25 :



もう少しで本番。ちょっぴりどきどきする。
ええっと、ウォーミングアップをしないと。軽く歌って喉を慣らして……。
「クリスティーヌ!」
「ひゃあっ!!」
ラウルが突然部屋に飛び込んでくる。
夢のことが頭をよぎって血の気が失せた。私、真っ二つにされちゃう!
顔を真っ青にして唇を震わせているとラウルが首を傾げた。
「幽霊でもいた?」
これは夢とは違うのだからと言い聞かせて深呼吸をする。
「いきなりだったからびっくりしちゃって」
「あ、ごめん。ノックもしないで失礼だったね。やり直すから待ってて!」
サッと身を翻すとラウルが部屋から出ていった。
「トントン。ラウルです。クリスティーヌさんはいらっしゃいますか?」
「はい、いらっしゃいます。どうぞー、お入りくださいー」
「お邪魔します。それでね、大変なことが起きたんだ」
「何かあったの?」
「これを読んで」
クリスティーヌは戸惑いながら手紙を受け取った。宛名も差出人の名前も書いてない。
不思議に思ってラウルを見上げると彼は複雑そうな表情で言った。
「さっき貰ったんだ。君にも知らせた方がいいと思って」
「うん」
早く読んでと急かされて、クリスティーヌは封を開けた。中にはカードが一枚。
綺麗な字でこう書かれている。
『突然このような渡し方をされて大変驚いていることと思います。
ですがこうしてお渡しするしかなかったのです。どこで彼が私達の話を聞いているかわからないのですから』
――差出人はラウルにトンデモな手紙の渡し方をしたらしい。
でも誰がどこで私達の話を聞いているというの?
顔をあげ、辺りを見回した。いつもと変わらぬ楽屋。二人の他には誰もいない。
クリスティーヌはまたカードに視線を落とし、続きを読み始めた。
『私は彼にあなた方には伝えるなと釘を刺されました。しかし伝えなくてはいけません。
そうしなければきっと彼もあなた方も後悔するでしょう。
彼は今日の舞台が終わったら、幕が降りたら、旅に出ると言っています。
あなた方に別れも告げず、またあなた方が彼に別れの言葉を投げかけることさえ許さず、
黙って旅立とうとしているのです。これをお読みになったなら、どうか彼を許してやってください。
そして彼に別れの言葉を贈ってやってほしいのです。――シンバルを叩く猿より』
「ダロガさんからのお手紙ね。でも彼って?」
クリスティーヌは瞬き、そして理解した。

26 :
「まさかエリックがどこかへ行ってしまうってこと?ねえお願い、違うと言って!」
クリスティーヌは頭が真っ白になった。
どうにか否定してほしくてラウルに呼びかけるが彼は答えてくれなかった。
沈黙は肯定だと誰かが言っていた。ならこの沈黙もそうなの?
「ああ神様、どうしよう!どうしたらいいの!」
手にしたカードを破り捨ててしまいたかったけど、出来なかった。
もう一度、カードに目を通す。文字を上滑りするだけで内容がうまく入ってこない。
けれど先ほどと内容が全く変わらないということだけで十分だった。
クリスティーヌは部屋の中を当てもなく歩き回り、鏡台の前に力無く座った。
「クリスティーヌ」
ラウルが床に片膝をついて、こちらに視線の高さを合わせる。
慰めようとしてくれる気持ちはとてもありがたかったが、
今のクリスティーヌにはそれに応じる気力はなかった。
弱い私はただただ小さな両手で涙を隠して、声をして泣くだけ。
「ああ、どうしよう。天使様がいなくなったら、私はどうしたらいいの?
エリックがいなかったらなんにも出来ない。もう歌うことも出来ない……。
どうしよう、ラウル……私、んでしまいそう……!」
優しく髪を梳く手が止まる。ラウルが息を呑むのがわかった。
彼は静かに、けれど突き放すように言う。
「もう黙って、いいから黙れよ」
聞いたことのない声色にクリスティーヌはこわごわとラウルを見つめた。
「君は彼のことを愛しているんだね」
「彼って誰のこと?」
「とぼけるなよ。君の音楽の天使さ。僕を嫌いになったのならそう言えよ!」
「あなたを嫌いになるわけないわ!」
「じゃあ君は僕のことを愛していて、僕無しでは生きていけないって?」
「あなた、頭がおかしくなったみたいね」
クリスティーヌは一抹の恐怖を覚えた。だって
「ラウル、あなたいつもと違うわ。別人みたいよ」
「君がそうさせているんだ!君はあの夢の通り僕を邪魔だと思っているんだろう?」
ラウルは荒々しく立ち上がった。こんな彼は初めてだ。
それほどまでに彼はいつも優しかったし、怒ったときもここまで酷いことはなかった。
クリスティーヌは竦み上がり、震える肩を抱いて唇を噛んだ。
私はエリックを変えてしまったのと同じように、ラウルも変えてしまった。
けれど二人は私を変えたじゃない。

27 :
こちらが酷く怯えていることに気づいたのか、ラウルが後退りした。
やがて踵を返し、ドアノブに手を掛ける。
「さよならお嬢さん」
「何を言っているの?」
「もう君達の邪魔をしたりしないよ。二度と会うこともないだろう。
お邪魔虫は南極大陸か、北極大陸か、どこか遠いところに消え去るってことさ!」
「ラウル……」
クリスティーヌは違和感を覚えたが、それが何かわからなかった。
ツッコミ役がいれば「北極大陸なんてねーよw」と指摘したかもしれないが、
天然ボケなクリスティーヌには無理な相談だった。
「どうしてそんなことを言うの?」
「だって君は彼が好きなんだろう?」
「そうよ、私はエリックが好き」
「なら」
「でもあなたも好き」
「クリスティーヌ」
ラウルがいい加減にしてくれとため息をつく。
「どこにも行かないで」
「君は」
「私を一人にしないで」
クリスティーヌは広い背中に抱きつくことでラウルを引き留めた。
しかし彼はそれを不快に思ったようで、身を捩る。
「君は誰にでもそんなことを言うのか?男なら誰でも良いと?」
「違うのそうじゃないの。あなただからなの!」
「彼にもそう言った?」
「酷い……」
「酷いのはどっちだよ。彼がいなくなってしまうから、代わりに僕を傍に置いておこうって?
僕も彼も誰かの代わりになれるほど安い男じゃない。お断りだよ、思わせぶりなお嬢さん」
「夢と同じなの?どうして私の前から消えようとするの?」
ぽろぽろと涙が零れてゆく。クリスティーヌは堪らずラウルの背中に頬を押し付けた。
「夢?」
「ううんなんでもない。私の願いを聞いてくれる?」
「……」
黙ったままなのをクリスティーヌは肯定だと受け取った。聞いてくれなくとも、言うつもりだったけど。
「私は永遠にあなたたちの間にいたいの」
「……」
やはりツッコミ役が不在なため「そりゃあエゴだよ!」とか
「エリックは否定しろ!」「彼は純粋よ」とかいうやり取りはなかった。
こういう点でもクリスティーヌ、いや二人にはエリックが必要なのかもしれなかった。
「私はエリックが好きで同じくらいあなたも好きなの。だからどこにも行ってほしくない。
まださよならをいうには早すぎるもの。私には二人が必要なの。
空におひさまとお月さまがかわりばんこに現れるように、私の傍にいて照らしてくれなきゃいやなの」
「よくわかんないけど、照明係をやれってこと?」
「あなたにも今にわかるわ」

28 :
クリスティーヌは身を引き離した。ラウルの背中が涙と落ちた化粧で汚れている。
慌てて衣装の袖口で拭うが、綺麗になりそうになかった。
「どうかした?」
「ううんなんでもないの。それにね、あなたも私と同じ。エリックのことが好きなはずよ」
「は?いや、でも彼は僕を嫌っているよ」
よもやこちらに話が振られるとは思いもしなかったらしくラウルの声が不自然に裏返った。
そんなに動揺するってことは肯定したのも同じ。クリスティーヌは笑いを堪える。
「私はあなたの気持ちを訊いているの」
「嫌われてる相手を好きになんてなれないよ」
「ラウル、あなたは自分が嫌われていると思ってるの?」
「だってそうだろう?いつも突っかかってくるし、首も絞められる。これのどこが仲が良いっていうんだ」
ラウルは質問の意図が理解出来ず、苛立ちの色を見せた。
クリスティーヌは目を丸くする。
「まあおかしなこと言うのね。私にはあなたに構ってほしくてたまらないように見えるわ」
「まさか。だとしてもそんな命懸けの友情はごめんこうむるね」
「……可哀想で不幸せなラウル」
「哀れんでくださってありがとう。けれどね幸せそうなお嬢さん、それは余計なお世話だよ。
僕が可哀想かどうか、不幸かどうかは僕自身が決めることだ!」
本当に可哀想な人。
自分の気持ちを持て余して、それに気づけずにいる。でもそれは彼だけでない。
「可哀想なラウル!可哀想なエリック!私、ときどき泣きたくなるわ。
だって二人はこんなにも仲良くなりたがってるのに、でもそれが叶わないんだもの」
「誰が僕と仲良くなりたがってるって?」
「あなたもエリックと仲良くなりたがってる」
「嘘だね」
彼は乱暴に椅子を引き、そこに座った。向かいに座るように目配せする。
クリスティーヌはそれには従わず、その場に立ったままじっと見据えた。
「仲良くなりたい……でも傷つきたくないから、傷つかないように重たい鎧を着込んだ。
それはトゲだらけの鎧。近づけば近づくほどに傷つけあってしまう。本当は仲良くなりたいだけなのに」
「どういう意味かさっぱり」
肩を竦めて知らないふりをしても、あなたの鎧は脱げかけてる。
「パパの言葉を覚えてる?音楽は心で聴くもの」
「心で奏でるもの」
「今のあなたの心に、私の歌は届いているかしら」
「届いてるよ」
「ではエリックの歌は、気持ちは届いているかしら」
「……」

29 :
ラウルは視線を揺らし、動揺を隠すように袖口をギュッと握りしめた。
そして口角を持ち上げて笑顔を作る。
「届いてるよ」
それが嘘だと、作り笑いだとクリスティーヌはすぐにわかった。
「あなたはそうやってにこにこ笑っていれば全てが済むと思ってる。でもそれは違うわ。
あなたは私にも自分を偽るつもり?ほら笑顔が引き攣ってる。本当はわかっているはずなのに!」
「!」
張り付いた笑顔が剥がれ落ちた。
とめどなく溢れる感情を処理しきれずに頬を引き攣らせている。
「心を開いて、本当のあなたで接すれば、きっとわかりあえるはずよ」
「君に何がわかるんだよ!」
ラウルは許容量を超えた感情をこちらにぶつけることで、どうにか心を落ちつけようとしているらしかった。
勢いよく立ち上がった拍子に、テーブルの花瓶が床に落ちる。
白い破片に赤い花弁。絨毯に染みを作っていく。
彼の口調があまりに絶望的だったので、クリスティーヌは途端に後悔した。
エリックの仮面を剥がしてしまった時と同じ。私は触れてはいけないものに触れてしまった。
それは心の一番柔らかい部分。私はあの時と同じように彼をも傷つけてしまった。
「彼に首を絞められて「大嫌い」と言われた僕の気持ちが君にはわかるって言うのか?」
「わからないわ」
「あんな嫌悪を向けられたのは初めてだった。思い出しただけで息が止まりそうだ!」
「どうして?」
「決まってるだろ。「嫌い」だって言われて傷つかない奴はいないよ」
「おかしいわね」
ちらりとラウルを窺う。感情は高ぶっているようだけどまだ大丈夫そう。
クリスティーヌは慎重に言葉を選んで続ける。
「だってあなたはエリックのことが嫌いなんでしょう?エリックもあなたが嫌い。あなたはそう言ったわ。
嫌ってる相手に、嫌われてる相手に「嫌いだ」って言われて、あなたはにそうなほど傷つくの?」
「……」
ラウルは憑き物が落ちたように静かになった。割れた花瓶を一瞥して、椅子に座り直す。
クリスティーヌはおとなしくなった彼に優しく諭すよう、語りかける。
「私だったら嫌いな人に「嫌いだ」って言われても何とも思わないわ。
もっと嫌いになって憎く思っても、傷ついたりしない。
でも好きな相手から「嫌い」って言われたら、息が止まってんでしまうかも」
「君は僕が彼を好いていると言いたいのかい?」
「違うの?」
張り詰めていた糸が切れてしまったかのようにラウルが俯いた。

30 :
「僕の気持ちがわかってたまるものか」
声が震えている。泣き出したい気持ちを察して、クリスティーヌは背中を向けた。
「そうね。私があなたの気持ちを理解出来ないように、あなたもエリックの気持ちを理解出来ない。
なのにあなたはエリックの気持ちをわかったような気でいて、自分を嫌っていると思い込んで、
そうだと決めつけている。ねぇ、おかしいと思わない?」
もっとも、決めつけて嫌われていると思い込んでいるのはエリックも同じだけど。
「剥き出しの感情をぶつけ合うことが出来るって素敵だと思うの」
「そうかな?」
「見ていてわかるわ。エリックがあなたに嫌悪や好意を向けるように、
あなたもエリックに様々な感情をぶつけている。私はあなたの本当の気持ちが知りたい」
「本当の気持ちを明かしたら、楽になれるとでも?」
「それは」
「心の全てを曝け出すのは難しいことだよ。着込んだ鎧は重たくて、脱ぐことが出来ない」
己を守るための鎧も張り付いた笑顔も長い間ずっとそうだったから、体の一部みたいになってしまった。
「出来るわ。私もそうだったもの」
パパを亡くして全てに心を閉ざして、重たい鎧を着込んで、無口な仮面をつけた。
でもエリックに出会って、ラウルに再会して、色々あって苦しくて泣いたこともあったけど、
いつの間にかそんな日々も楽しくなって、あの頃のような笑顔を取り戻すことが出来た。
だから今度は私があなた達の力になりたい。
私は無力で傍にいることしか出来ないけれど、力になりたいの。
お互いに黙りこくっていると、またしても突然誰かが部屋に飛び込んできた。
「クリスティーヌ!」
「ひゃあっ!!」
「何よ変な声出して」
「ごめんなさい。びっくりして」
「悪かったわね」
部屋に飛び込んできたのはカルロッタだった。ばっちりメイクも決めて舞台衣装を着こんでいる。
彼女はクリスティーヌの顔を見て眉を顰めた。先ほど泣いたせいでメイクが落ちているのだ。
クリスティーヌは慌ててメイクを始めた。
「上演前に逢引きだなんて余裕なのね」
わざとらしく「こんばんは、子爵様」とドレスの裾を摘んだ。
ラウルは気づいていないのか、敢えてか、それを無視した。
カルロッタは彼には気にも留めずにこちらを向く。
「緊張してるかと思ってきてやったのに、必要無かったみたいね」
「いえ、私すごく緊張していて」
「緊張を解してもらっていたんじゃないの?」
「私がラウルのカウンセリングをしてました」
「ハァ?」

31 :
「あなたも緊張するのね。いつもぽけーとしてるから今もぽけーとしてるのかと思ったわ」
随分な言われようだったがクリスティーヌは気にしなかった。
「私だって普通の女の子ですから緊張もします」
「普通?まあいいわ。でも安心なさい、あなたなら出来るわ。私が保証する」
クリスティーヌは一瞬耳を疑った。カルロッタさんが私なら出来るって言った?
「……ありがとうございます?」
「で、でもトチったらタダじゃおかないんだからねっ!」
「頑張ります!」
今度こそ空耳ではないのだと確信した。
クリスティーヌは嬉しくなって胸の前で小さく拳を握りしめる。
「今回は主役の座を譲ってやったけど、次はそうはいかないから!覚悟なさい!」
「はい、カルロッタさんに認めていただけて嬉しいです!」
するとカルロッタが途端に茹で蛸のように真っ赤になった。
「認めてないわよ。か、勘違いしないでよねっ!」
「はい、カルロッタさん可愛いです」
「何言ってんのよ……そ、それよりも子爵はさっきからぼんやりなさってどうしたの?」
いつもぼんやりしてるし、どうでもいいけどとカルロッタは続けた。
それでも話を振ったということはどうしても話を逸らしたかったらしい。
クリスティーヌはそれが可愛らしく思えてならなかった。
ずっと怖い人だって思っていたけど、素直じゃないだけで根は優しい人みたい。
「きっとカルロッタさんはツンデレ可愛いと思ってるんですよ」
「しつこいと殴るわよ」
「ごめんなさい」
ちょっと調子に乗りすぎてしまったみたい。でもカルロッタさんに認めてもらえて嬉しかったんだもの。
カルロッタはしゅんとなったクリスティーヌなど見えないかのように振舞うと、
椅子に座って俯くラウルを覗きこんだ。
「ご気分が悪いの?いつものあなたらしくないわよ」
「……」
「あんたなんか失礼なこと言ったでしょ」
「言ってないです」
そんなやり取りをしているとふとラウルが顔をあげた。
「いつもの僕らしいってどんなですか?にこにことおどけているのが僕らしいですか?」
「何か悪いものでも食べた?」
「食べてません」
「じゃあどっかに頭ぶつけたのね」
カルロッタは壁掛け時計を見上げ、時間もないことだし相手してらんないと肩を竦めた。
クリスティーヌに声をかけて部屋を出て行く。
「廊下で待ってるから、早く準備なさいよね」
「はい!」

32 :
カルロッタを見送り、クリスティーヌは再び鏡台についた。
例の手紙が視界に入り、めまいを覚える。
「どうしよう……エリックがどこかへ行ってしまうんだった」
天使様が、エリックがいなくなってしまったら、私はどうなってしまうのだろう。
またうまく歌えなくなるのかしら。もう歌えなくなるのかしら。
父を失った私は、エリックと出会うまでただの歌う人形だった。
そこには感情も想いも何もこもっていない。ただ楽譜通り歌うだけの人形。
そんな人形、誰も見向きはしない。やがて朽ちていくだけ。
もう人形には戻りたくない。でもエリックがいなくなったら、私……。
ぐるぐると考えているとラウルがすくっと立ち上がった。
どうしたのだろうと見守っていると、彼は大きな姿見の前に立った。
地下へと、エリックの元へと続く入口。
クリスティーヌはラウルの意図を察して、駆け寄った。
「私も一緒に行くわ」
「君は歌わないと。彼のためにも、僕のためにも、みんなのためにも歌ってほしい」
「でも」
躊躇うクリスティーヌの細い肩をラウルがやんわりと掴んだ。
少し身を屈めて視線の高さを合わせる。
「君が舞台に立っている間に、僕が彼を引き留める。いいね?」
「……でも、でも」
「大丈夫、僕を信じて」
「わかったわ」
「君なら出来るよ」
ラウルはそう言って鏡と向き合った。そっと手探りで仕掛けを作動させようとする。
クリスティーヌはラウルの背中を見つめて、訊ねるか訊ねまいかを迷った。
変なことを言ってはまた彼が怒ってしまうかもしれない。でも。
クリスティーヌは意を決してラウルに呼びかける。
「待って。あなたの願いは?気持ちは?」
「……僕の願いは君と共に。君と同じだよ」
綺麗に磨かれた鏡越しに目が合った。
ラウルが柔らかな笑みを浮かべる。なのでクリスティーヌも笑顔で応えた。
「君と同じ。行ってほしくない。せめて今、僕の心を占めているこの気持ちの名前がわかるまでは。
自分の気持ちに整理がつかないまま、彼が行ってしまったら、僕はきっと後悔する。
待ってて、きっと引き留めて見せるから!」
「ええ、信じて待っているわ」
ラウルが鏡に吸い込まれていくのをクリスティーヌは不思議な気持ちで見送った。
そして再び鏡台につくと痺れを切らしたカルロッタがやってきた。
「遅いわよ。いい加減に……って子爵は?」
「鏡の向こうに行きました」
「ハァ?」

33 :
今回は以上です。
エリックでチェーンソーな13日の金曜日もいいかなと考えていたのですが
次回の13日の金曜日は来年の5月。
さすがにそこまで待てないのでラウルにサッ、シュパッとやってもらいました。

34 :
>>33
GJ
ツッコミがいないと彼らのボケが と ま ら な い

35 :
カルロッタwツンデレw
人の話を全然聞かない先生を、
果たしてラウルに説得できるのか…

36 :
カ、カルロッタが可愛いなんて全然思ってないんだからね!
サッ、シュパッ

37 :
そろそろクライマックスか?
状況が原作に似ているのがまた・・・

38 :
ムチャ言うクリスに納得するラウル
似た者同士だしお似合いだ

39 :
規制?

40 :
原作の皆さんが「新・オペラ座の怪人(仮)」を考えてみた。
一幕目
・エロ無し
・キャラ崩壊
・コロコロと変わる視点
・基本的にはギャグ
ボートを漕いで地下の屋敷まで辿りついたラウルは深呼吸をした。
出てきてくれるといいけど。でも僕一人では相手してくれないかもしれない。
普段はクリスティーヌのおまけだから招き入れてくれるのであって、僕自身が歓迎されているわけではない。
控えめに扉を叩く。一向に出てこない。
今度はもっと乱暴に叩いてみる。やはり結果は同じだった。
しかしここで引き下がるわけにはいかない。約束したのだからやっぱり駄目でした。ではいかない。
ラウルは周囲を見渡し、誰もいないことを確認して数度咳き込んだ。
本当はこんなことしたくないけど、手段なんて選んでられない。
「天使様ぁ、クリスティーヌですぅ、開けてください〜」
裏声を使って呼びかけてみる。やっぱり反応はなかった。気持ち悪いからではないと思いたい。
僅かな期待を胸にドアノブを回してみたが鍵がかかっていて開きそうになかった。
「うーん、どうしたものか」
もしかしなくとも留守か。もう旅に出てしまったか。
玄関の隣にある窓から室内を覗いてみる。誰もいない暗い部屋。
ざわざわとして落ちつかない。どうにか気を落ちつけて、目を凝らして室内を窺う。
普段は散らかっている室内が今日は綺麗に片付いている。誰もいないのは間違いないようだが、
久しぶりに机の表面が見えている食卓兼作業机の足元に大きなトランクがあった。
まだ旅には出ていないようだ。
あの手紙に書いてあった通り、舞台が終わったら出発するつもりで荷物をまとめて……。
と、そこまで考えてラウルは己のまぬけさに、自分で自分をぶん殴りたくなった。
舞台が終わったら――そう、彼は観劇しに行ったということだ。
例の幽霊専用と言われている五番ボックスへ。
そして外出時に鍵をかけるのは当然のことである。
でも留守ならば好都合だ。本人を引き留めずともあのトランクを奪えば旅には出られまい。
トランクでなくとも、机の上にあるトランクの鍵を奪えれば……。
「窓にも鍵がかかってるしなあ」
割ることもできるが怪我をしてしまうし、何よりそれは泥棒だ。
扉を蹴り飛ばそうにも扉が壊れる前にこちらの足が壊れそうだし、人様のおうちを破壊するのは気が引けた。
「欲しいものは目の前にあるのに〜!」
どうすれば部屋の中に入れるだろう?
知らぬ間に目的がエリックを引き留めることではなく、鍵を奪うことに摩り替っていた。
言葉で引き留めるという方法を試しもせずに放棄したのだ。
けれどラウルがそのことに気づくことはなかった。
「いいこと思いついた!」
ラウルは再びボートに乗り込み、大急ぎで向こう岸へ漕ぎだした。

41 :



待ちに待った公演当日。
エリックは正装をしてホールを歩いていた。すれ違う人々の視線が痛いが、大して気にならなかった。
正面からオペラ座に入り、正面から五番ボックス席へ向かうことは今日が初めて。
マントを翻して軽い足取りで少し浮かれながら雑踏の中を歩く。
今日くらいはこうして普通の人のように、この舞台を見たかった。
何よりも特別な舞台なのだから。
エリックが書いた戯曲を(ラウルも何かアイデアを出していたような気もするが忘れた)
クリスティーヌが、クリスティーヌ達が演じ、踊り、歌う。
私の、私達の物語は彼女達が歌い続けることによって、永遠に終わることなく色鮮やかに輝く。
そして私が、私達がいなくなっても人々が歌い語り続けることによって、物語は永遠のときを生きる。
ただ知ってほしい。憶えていてほしい。
音楽でもいい、悲しい物語でもいい。人々を慄かせる怪談としてでもいい。
この世に私が存在した証を残せたら、こんなに幸せなことはない。
五番ボックス席の案内係であるジュール夫人は正面からやって来たことに大層驚いた様子だった。
頭のてっぺんから爪先まで舐めるように見つめ、足が付いていることを確認すると、
彼女は漸くぽかんと開けていた口を閉めた。
「こちらへどうぞ」と五番ボックス席まで案内してくれる。
「ありがとう、ジュール夫人」
「ごゆっくり」
夫人は愛想の良い笑みを浮かべて、下がっていく。
エリックはプログラムを一通り読み、ふと顔を上げた。
客席は一階も二階もみっちり埋まっていることから、今回の公演への期待感が十二分に窺える。
もう一度、ボックス席を念入りに見やる。けれど知った顔はいなかった。
おやと思ったエリックは五番ボックス席のドアをコツコツコツと三回叩いた。
ジュール夫人はすぐにやってきた。彼女はエリックがそこにいることに、やはり驚いた様子だった。
「あのボックス席は?」
「シャニー伯爵が年間予約なさってる席ですよ。弟の子爵さんのことはよくご存知でありますでしょう」
ご存じも何もとってもよく知っている。言いたいことは多々あるが、
それを夫人に零したところでどうしようもないので、エリックは黙って頷いた。
だしぬけに昨日の彼らのやり取りを思い出す。
昨日は結局逃げてきてしまったので招待状は貰っていない。
やはり貰っておけばよかった。記念に取っておくことも出来たのに。
招待状がなくとも出席できるだろうか。裏からこっそり見るくらいなら大丈夫だろうか。
なんだかんだ言いながらもエリックは二人を祝福する心づもりでいた。

42 :
「では子爵は?」
エリックは肝心の問いかけを夫人に投げ掛けた。
ボックス席には伯爵の他に誰の影も見えない。
男一人で観劇するのも悲しいものがある――といっても私も人のことは言えないか。
「さあ?先ほどお見かけした際は背中に紙を貼り付けてましたね」
「紙?」
「ええ。私のところからは何が書かれているかはわかりませんでしたけど。
子爵さんはお気づきでないようでした。でも皆さんはお気づきの様子で……」
ジュール夫人は言葉を濁した。皆に笑われていたと言いたいのだろう。
今日も今日とて呆れかえるほどのオトボケ具合らしい。
「そうか、ありがとう」
「いいえごゆっくりどうぞ」
夫人が下がっていくのを見届け、エリックは肘掛けにもたれかかった。
ラウルが致命的にまぬけなのはいつものことなのでどうでもいいが、
問題は同じように救いようのないまぬ……いや、ぼんやりしているクリスティーヌである。
クリスティーヌは大丈夫だろうか。彼女も舞台でとんでもないヘマをやらかすのではないか。
エリックは今から気が気でなかった。
クリスティーヌの大ボケで舞台崩壊なんてことにならなければいいのだが……。
開演のベルが鳴り響くと明かりが落とされた。
さざめき合っていた声がやみ、劇場内は耳が痛くなるほどの静寂に包まれる。
そうして今宵の長い物語が幕をあけた。
エリックの心配をよそに、クリスティーヌは淡々と与えられた役割をこなしていた。
初めのうちこそ不安げに自信なさげに歌っていたが、
それがちょうど劇中のクリスティーヌと同調して深みが増したように思う。
もしかするとそれも計算して演技をしているのかもしれない。
もはやクリスティーヌに教えるべきことは何もない。
エリックは少し寂しく思いながらも続けて考えた。
彼女には私の知りうる全てを教えたし、彼女もそれに応えて著しく成長した。
私は彼女に他に何をしてあげられるだろう。与えることが出来るだろう。
クリスティーヌは私に様々なことを教えてくれた。与えてくれた。
例えば外の世界の素晴らしさ。光の世界でも生きていけるように力も与えてくれた。
愛することの意味も、誰かと共にいる幸せも、人を信じることの意味も。
そしてたぶん友情の意味も。
でもそれは本当にクリスティーヌだけが教えてくれたものだろうか。
答えは胸の内にある。しかしエリックは見て見ぬふりをした。
私は彼女に何をしてあげられるだろう。
この物語の怪人は最後にクリスティーヌの幸せを祈って送りだした。
ならば、私は?

43 :



舞台袖に戻るとメグが出迎えてくれた。
「あなたの演技パーフェクトだったわ!」
「ありがとうメグ」
クリスティーヌはほっと胸を撫で下ろした。まだまだ先は長いけれど、まずは一段落。
「本当に夢の中にいるみたいだった」
メグのつぶらな瞳がうっとりと潤む。そこはかとない色気にクリスティーヌはどきりとした。
たった今、地下の場面を終えた舞台は支配人のオフィスへと様変わりしていた。
舞台上は大変華やかだったが、舞台裏は意外と悲惨。
お客様には見せられないわねと首を巡らせる。
舞台裏は普段よりずっと騒がしい。初日だからというわけではなさそうだ。
「どうしたのかしら」
耳打ちするとメグがばつが悪そうに笑い、声を落とした。
「ほら書き割りがたくさん並べてあるところがこの下にあるでしょ?
そこにおっきなネズミが出たのよ。衣装齧られてないといいけど」
メグは着用中の衣装をひらひらさせた。
「ネズミさんはそこのどの辺りにいたの?教えて!もっと話して!」
クリスティーヌは何か例えようのない不安を感じ、メグの撫で肩を掴んで続きを促した。
「私が直接聞いたわけではないからよくわかんないけど」と前置きをしてメグが話し始める。
「ガブリエルさんが聞いた話だと〈ラホール王〉の書き割りの辺りで目撃されたんですって。
ジョゼフ・ビュケが凄く怒ってて、見つけたら縛り上げて食べてやるって騒いでるらしいわ」
と言い切ってから、メグはしまったと口を押さえた。
「ごめんなさい。ネズミさんはクリスティーヌのお友達だったわね」
「うん」
でももしかするとネズミさんというより他に心当たりがあるかもしれない。
いつだったか、ラウルにどうやって拷問部屋まで辿りついたかを訊ねたことがあった。
そのとき彼は何と答えていたかしら。〈ラホール王〉の書き割りの近くからと聞いた気がする。
もしかして、もしかしなくとも大きなネズミさんって……。
「けどそのネズミさんはあなたの友達じゃないかも」
「友達よ!」
「……だってみんなこう噂してるわ。大きな耳には傷跡があって、鼻は私達の顔くらい大きくて、
金色に燃える瞳をしていて、口はぱっくり裂けてるんですって。
裏方の人がもう10人は食べられちゃったって話よ。本当にあなたのお友達なの?」
「なにそれこわい」
「そうよねー」
どうしよう。ラウルも丸呑みされちゃったかも。
さあっと全身から血の気が失せ、体が震えだす。
メグは異変に気づいてはくれず、出番があるので舞台に上がってしまった。
クリスティーヌはそこから先、出番まで記憶がなかった。
いつの間にか次の衣装に着替えていて、舞台に上がっていた。
頭が真っ白だけど、それでも叩きこまれた台本通りに動きだす。
しかしそううまくはいかず、クリスティーヌは舞台の真中で勢いよくずっこけた。
舞台上が、客席が凍りつく。

44 :
どうしようどうしようどうしよう。ついにやってしまった!
このままじゃ劇が中断しちゃう!でもでもでもどうしたらいいの?
クリスティーヌはうずくまったまま、考えを巡らせた。
私が転んでる今この瞬間、この下でラウルが捕まって食べられちゃってるかも……!
あのね……たぶん、ラウルはおいしくないと思うの。でもぷにぷにでおいしいのかな?
ちょっと食べてみたいかも……違うの、だめだめ。食べちゃだめ!
エリックがいなくなったら悲しいように、ラウルがいなくなったら悲しい。
エリックがいなくなったら、私はきっと歌えなくなっちゃうけど
ラウルがいなくなったら私はどうなるのかしら?
とクリスティーヌは現状と全く関係ないどうでもいいことを現実逃避的に考えた。
うーん?
私がショートケーキだとしたら、ラウルはイチゴでイチゴのないショートケーキかしら。
それともラウルがショートケーキで、私がイチゴ。ショートケーキのないイチゴ?
それってただのイチゴ?むずかしくてよくわかんない。
とにかくいなくなったら私は悲しくて動けなくなってしまうの。
コツコツと足音が耳元で響き、クリスティーヌは腕を掴まれて引っ張り上げられた。
目を白黒させていると視界いっぱいにカルロッタが現れる。彼女が引き上げてくれたらしい。
どうしたらいいかわからずにカルロッタをじっと見つめていると、
彼女はクリスティーヌに叱咤するような仕草を交えながら演技を再開した。
幸運なことにこれは劇中劇――カルロッタ主演の舞台にクリスティーヌが相手役で登場している
という設定であったので、劇中のクリスティーヌがヘマをしでかした。
カルロッタはそういうフォローをしてくれたのだ。
クリスティーヌは彼女に対して大げさに「ごめんなさい」と何度も頭を下げる。
劇中のクリスティーヌがプリマドンナである劇中のカルロッタにそうするように。
そうして何事もなかったかのように劇中劇は再開する。
カルロッタはフォローばかりか、同じところで同じようにわざと転ぶことで観客の笑いを誘った。
さすが何年――何十年?も舞台に立っているカルロッタさんは違う。
二の線も三の線も何でもそつなくこなしてしまうんだもの。
クリスティーヌは少しばかり自信を無くした。
私なんてカルロッタさんの足元にも及ばないわ。
気がかりなことがあるとそちらが心配でたまらなくて演技に集中出来ないし……。
ああ、思い出したわ。ラウルが食べられちゃうんだった。
はやく劇を終わらせて助けに行ってあげないと。
けれど幕が下りたら、今度はエリックがいなくなってしまう。
このまま舞台を続けていいの?……私はどうしたらいいの?

45 :



ところかわって話題騒然のネズミことラウルは拷問部屋に落ちたところだった。
「どうして僕がこそ泥みたいな真似しなきゃならないんだよ」
誰もいないのをいいことにラウルは悪態をついた。
あれだけ追い回され、鬼ごっこ――もといネズミごっこをさせられれば不貞腐れたくもなる。
でも幸い姿を見られずに地下の屋敷に入り込めた。
いや姿を見られたからネズミ騒動なんだけど……たぶん正体はばれていないと思いたい。
さて潜り込んだはいいけど、ここから出られなかったら万事休すだぞ。
用心深く鏡張りの壁を見やる。出口は拍子抜けするほどあっさりと見つかった。
どうぞここからお入りくださいというように開いている。
罠かもと思いながら部屋を出ると、そこはルイ=フィリップ様式の小奇麗な寝室だった。
ラウルは手探りでカンテラに明かりを灯した。
手の中に小さな太陽が生まれたかのようにぽうっと明るくなる。
確かここはクリスティーヌが使っていた部屋だったと思う。
というのも地下の屋敷にいたときのラウルが自由に動き回れる範囲は限られていたからだ。
クリスティーヌの部屋にはラウルは勿論、エリックが入ったこともなかった。
(寝込んでいたときはここにいたようだけど殆ど覚えてない)
エリックはクリスティーヌに対してとても紳士的に接していた。
それはラウルに対しても同様で、目覚めてからずっとそれなりに優しかった。
縛られることも、痛くされることもなかった。
両腕が穴だらけになるほど注射をうたれたりはしたけど。
ともあれクリスティーヌが使っていた部屋に用はない。
扉を開ける。いつもの応接間。そしてお目当ての鍵はこの部屋のテーブルに……あった!
「よかった。これを持って帰れば彼は旅には出られない」
さあ今度ははやく帰らないと。
玄関の鍵をあけて外に出る。目の前には水路。向こう岸は見えそうにない。
でも大丈夫、ボートに乗れば。
「ってボートが無い!?」
よく考えると当たり前のことだ。
先ほど向こう岸から乗ってきて、向こう岸に帰ったのだからここにあるわけがない。
普段ならあるはずのもう一隻は見当たらない。
よく考えなくともエリックが使ったのだが、ラウルはそこまで頭が回らなかった。
「どうやって帰ろう」
入ったところから出ようにも、拷問部屋の入口はすぐに閉まってしまった。
そもそも閉まらなかったらあの大ピンチのときあそこから逃げれたはずだ。
逃げれたとしても、逃げだしたりはしないけど。
「どう考えてもここからしか帰れないよねえ?」
泳いで帰れない距離ではない。
遠泳は船乗りの必須科目で、ラウル自身も泳ぐことには自信があった。

46 :
ラウルはタイを緩めようと首元に手を伸ばし、そこで初めて気づく。
手がガクガクと震えている。手だけではない。体中が震えている。
左手でどうにか震える右手を掴まえて、体に巻きつけた。
自分でも何が起こっているのかよくわからなかった。
嘘だろ。この僕がたかが水を怖がっているって?
しかし体は紛れもなく震えている。自分の体がまるで自分のもので無くなったように思えた。
あのとき――拷問部屋での出来事を体はまだ覚えているのだ。だから水が怖くて震えている。
それだけでない。昨夜の夢。暗い水底に落ちた夢。
「はあ、はあ……落ちつけ、ここは水の中じゃない!」
呼吸が乱れて頭が朦朧とする。ゆっくり呼吸をしなくては、深呼吸をして。
水が怖いなんて、夢が怖いなんて子供みたいなこと言うなよ。
ここは水の中じゃない。夢の中じゃない。呪文のように何度も繰り返す。
宙を見上げる。薄暗い天井。月など見えない。これは夢の中じゃない!
震える体を何とか押し進めて、どうにか室内に戻り、途方に暮れた。
大変情けないことだがどう頑張っても水への恐怖を克服出来そうにない。
「帰れるかな」
水路を使わずに地上に戻れる方法があればいいけど。
室内を見渡し、扉を一つ一つ丁寧に調べて回る。一つだけ知らない扉。この部屋の中身は知らない。
彼は絶対に入ってはいけない、覗いてはいけないと言っていた。
彼はよくこの部屋に長時間籠っていたので、きっと何かの作業部屋だと思っていたけど、
もしもここから外に出られるのだとしたら?
恐る恐るドアノブに触れた。力を入れるとそれは簡単に回った。
鍵がかかっているものと思っていたが杞憂だったようだ。
忍び足で滑り込むとどこからか歌声が聞こえてくる。
誘われるように部屋の中央へ向かった。けれどそこには誰もいないし、何もない。
歌声と共に届く冷たい風はどうやら天井から流れ込んでいるようだ。
見上げると天井に亀裂が走っており、その微かな隙間の遠く先から光が射し込んでいる気がした。
彼はどんな思いで遥か高みの舞台上の歌声を聴いていたのかと考える。
一時間経ったような気もするし、一分程度だったかもしれない。時を忘れて聞き入った。
背後に何らかの視線を感じて、はたと我に返り、身を強張らせた。
誰かいる?――まさか。彼は舞台を見に行っているはずだ。
何気ないふうを装って振り返ると、二つの燃え盛る金色の目がこちらを睨みつけていた。
全身がそそけ立ち、石にされてしまったかのように動けないラウルに残されたの行動は
助けを求めるために叫ぶことだけだった。

47 :



どうしたことだろう。先ほどまでは素晴らしい演技を見せていたのに。
カルロッタのおかげで劇はいつも通り進んでいたが、
エリックにはどうにもクリスティーヌの様子がおかしく見えて仕方がなかった。
観客は勿論のこと、共演者達も気づいていないかもしれないが、クリスティーヌの歌声がいつもと違う。
鈴を転がしたような軽やかで清らかな歌声が今はとても重苦しい。
まるで何かを恐れているようだ。と、考え及んでエリックは膝を打った。
なるほど、劇中のクリスティーヌの不安を表現しているのだな。
さすがクリスティーヌ、私が見込んだだけのことはある。
教え込まずともここまでの迫真の演技が出来るとは……やはり私が教えることはもう無いな。
しかし台本にないコケを、わざわざ演技を中断させてまで入れる必要はあるまい。
まさか素で転んでいるとは思えない。そこまで抜けてるとは思いたくない。
やはり演技ではないのだと決定的にしたのは続く屋上での場面だった。
クリスティーヌが地下での出来事を告白するという重要な場面で、彼女はまたも盛大にずっこけた。
見事に顔面から滑り込んでいったため、心配になって思わず腰を浮かしかけてほどだ。
クリスティーヌは転んだまま動き出さなかった。さらに相方も悪かった。
場数を踏んだカルロッタとは違い、ラウル役の男性は固まってしまったのである。
彼の動揺が手に取るようにわかる。助けを求めるために彷徨わせた瞳は
何も捉えることが出来ずにうずくまったままのクリスティーヌの背に落とされた。
長い沈黙という異常事態に観客達が今度こそおかしいのではないかとさざめき合う。
「若い子をヒロインに大抜擢するのは些か無謀だったのではないか」
「カルロッタがヒロインだったらこんなことにはならなかった」
と言った風にだ。
恐らく後者はカルロッタの愉快なお友達が聞えよがしに発言したのだと思われる。
静まり返った舞台上で、ラウル役の男性が氷が溶けたように漸く動き出した。
コケたクリスティーヌの傍に跪き、抱き起こして強引に演技を再開させる。
『俯かないで、僕が傍にいるよ――』
ここで観客の殆どが「俯いたんでなくずっこけたんだよ」とツッコミを入れた。
クリスティーヌの人のように青ざめた顔は、彼の言葉を聞くうちに次第に生気を取り戻していく。
そして彼が全ての台詞を読み上げる前にクリスティーヌは満面の笑顔になって彼に抱きついた。
『ラウル!』
『クリスt』
勢いが良すぎたため、彼らはもつれるようにして舞台に倒れこんだ。
客席から黄色い声があがる。
「押し倒したwww」「これはいったい」「最近の若者は早急過ぎるという演出では?」
「でもここ屋上じゃなかったっけ?」「馬鹿だな、屋上でもどこでもやれるだろ」
やれないし、よくない。
何がここまでクリスティーヌの心を乱しているのだろう?
エリックは自分が原因だとは微塵も思っていなかった。
未だに席に現れないラウルが原因なのではと当たらずとも遠からずなことを考えていた。

48 :



どうしよう。ネズミさんのことを考えていたらまた転んでしまった。
今頃ぐるぐる姿焼きにされてるのかしら、それともお鍋に放り込まれてるのかしら。
どうでもいいことを考えていると抱き起こされた。
『俯かないで、僕が傍にいるよ――』
ラウル役の人が何か必に語りかけてくる。けれどクリスティーヌの耳には届かなかった。
クリスティーヌは彼の肩越しに舞台袖を見ていた。
舞台袖ではメグが声楽主任のガブリエルと話し込んでおり、何か訴えているらしかった。
話が一段落したのか、メグは胸を撫で下ろしつつ去っていくガブリエルを見送った。
そしてクリスティーヌに対して、両腕で大きな丸印を作る。
(まる?)
メグが口をパクパクさせて何かを伝えようとしている。
(ね、ず、み?――ネズミさんを食べないでってお願いしてもらった?)
クリスティーヌはパッと笑顔の花を咲かせた。メグにウインクして、ラウル役の人を見つめる。
彼は突然の変化に困惑したように曖昧に笑った。
ああよかった!これでネズミさんはだいじょうぶ!
『ラウル!』
『クリスt』
クリスティーヌは感極まって彼に飛びつく。
しまった!と思うときには時既に遅く、二人はバランスを崩して舞台に倒れ込んだ。
ゴンッという鈍い音と共に、舞台のずっと下の方で何か声が聞こえた気がした。
(もうやだはやく帰りたい)
(今、悲鳴が聞こえませんでしたか?)
(頭が痛い、いろんな意味で)
(ごめんなさい〜)
彼は起き上がると舞台の板目を指でなぞり始めた。不貞腐れているらしい。
こういうところまで本物のラウルをコピーしてきたみたいでおかしかった。
そんな態度が気に障ったのか、盛大に舌打ちされる。
クリスティーヌは穴があったら入りたい気分になった。
『あ!』
彼は突然天井を見上げて、両手を天秤のようにした。
何が起こったのかとクリスティーヌを筆頭に観客からスタッフまで天井を見上げる。
『クリスティーヌ、ほら雪が降ってる』
「え……?『ええ、本当ね!』
梁の上にいるスタッフが大慌てで紙吹雪を落とし始める。
二度に渡るコケは雪で足を滑らせたからと理由付けしてくれたらしい。
クリスティーヌはただただ感謝するばかりだった。
『立てる?滑るから足元に気をつけて』
『うん』
差し伸べられた手を掴むと勢いよく引き上げられる。
(これであと何度滑っても大丈夫だね?)
(本当にすみません……)

49 :
今回は以上です。
地下の屋敷の間取りがわからないので適当に書いてます。

50 :
クリスの物真似するなw>ラウル
意外と呑気な先生も、
誰も何もしてないのにピンチなラウルも
相変わらずなクリスも
結末が気になる!

51 :
>>49
GJ!
客席の反応ワロタ
あおかnですね分かりますおや?なにやら窓の外に金色の星が二つ

52 :
>「天使様ぁ、クリスティーヌですぅ、開けてください〜」
きめえw
クリスのボケっぷりは先生の想像をも凌駕いたしました

53 :
先生もラウルも、これじゃ苦労するなw>クリス

54 :
ほしゅ
金曜日楽しみ

55 :
「クリスティーヌ、ゆっくり動かすからそれに合わせて呼吸するんだ。いいね?」
「ああっ!う…マスター、痛いの。」
「大丈夫だ、直良くなる。息を吐いて…」
「あああ……」
「今度はそちらの方に反らせるよ。力を抜いて、さあ…」

56 :
↑↑
突然腓返りを起こしたクリスティーヌ、それを応急処置マスター。
ふくらはぎの筋肉に痙攣が起こった場合、足首を伸ばしたり曲げたりを繰り返すと早く元に戻ります。
それから、水分をまめに取るようにしましょう。

57 :
>>56
ダーム ユー・・・
金ローage

58 :
>>56
てめえwww

59 :
>>56
エロパロ板なんだから堂々としなさいよ!!

60 :
念のため保守

61 :
先生、あけおめ
昨年は日本語吹き替え版を楽しませていただきありがとうございました
ほんの気持ちですがお納めください
クリスたんにも同じ額のお年玉あげるよー
ラウルは逆にお年玉くれよ

62 :
ではこの金額を、先生のサラリーに。
ラウルはお年玉くれ。

63 :
クリス 「皆さんあけましておめでとうございます。お年玉ありがとうございます!
 天使様は恥ずかしいみたいでこちらにはいらしてくださいませんでしたけど、
 とても喜んでいらっしゃいましたよ。
 2万フランに足りない分は支配人に請求するとも仰ってました」
ラウル 「べ、別に悔しくなんてないんだからな!
 この僕がそんなはした金で一喜一憂するわけないだろw
 泣いてないんだからなっ!」
クリス 「ハンカチいる?」
ラウル 「お年玉くらい>>61 >>62のお嬢さんだけと言わず、他の皆さんにもあげるよ。
 出てきた金額の10倍あげるよ!」
クリス 「まあ太っ腹」
ラウル 「可愛いロッテには50倍あげるよ!」
クリス 「大丈夫なの?」

64 :
ラウル「おっと失礼。文字列がガタガタだったね」
クリス 「これでどうかしら?」
ラウル「じゃ、お年玉をえいっ!」
クリス 「いくらでたかな♪いくらでたかな♪」

65 :
ラウル「まあこんなものかな。遠慮なく受け取ってくれたまえ!」
クリス「では皆さんにいただいたお年玉で福袋を買いに行ってきますね。
 天使様は31日から私の福袋のために並んでくださってるから、はやく合流しないと」
ラウル 「恥ずかしがって出てこないんじゃなかったのかい」
クリス 「あれれ?そ、そうだわ。ラウルも一緒に行きましょ!」
ラウル 「ほんとに?」
クリス 「うん。荷物持ちと財布も必要だもの!」
ラウル 「僕の存在理由って……」
クリス 「他に何か?」

66 :
クリス 「またガタガタで書き込んじゃった……あ、あの皆さんの初夢に天使様が訪れるように祈ってますね」

67 :
アッシーか・・・

68 :
1068円×10おいしくいただきますた
お年玉って1円から無限?にランダムだからアホみたいな金額でなくて良かったねw

69 :
オペラ座につぎ込んだ金額には満たないけどな

70 :
つぎ込んだっていうと、×100でもきかん…
しかしクリスへ×50は意外とショボいなw

71 :
週イチ位で保守しといた方がいいのかね

72 :
hosyu

73 :
金ロー効果でもっと盛り上がると思ったけどなぁ

74 :
四○の中の人では
エロに結びつかなかったのか…

75 :
ほしゅーん

76 :
保守

77 :
保守ついでに。
映画メグタンのムダな巨乳が好きだ。

78 :
ムダなwww
そうだけどw

79 :
確かにムダだ

80 :
保守

81 :
歌うか

82 :
歌うの?

83 :
保守った方がいいのか

84 :
保守

85 :


86 :
天使さま待ちに。
小ネタ、エロ無し、再び地下へ
「地に飢えた欲望は満たされた?」
舞台からクリスティーヌを強引に連れ去ったファントムは、
再び地下の住処へと戻った。
「私は肉欲の餌食になるの?!」
怒りを含んだクリスティーヌの顔に背を向け、ファントムは呟いた。
「血の匂いに悦ぶ運命が、私を肉の歓びから遠ざけた…」
ふっとクリスティーヌの緊張が緩む気配がする。
「ずっと…そんな人生を歩んできたの?」
「…生まれたときから母にすら忌み嫌われ、愛されることなど一度もない…」
言いながらクリスティーヌの顔に視線を戻したファントムは、
その瞳が状況に似つかわしくない輝きを
湛えていることに気付いて、言葉を止めた。
「…クリスティーヌ?」
「ということは」
キラキラと輝く笑顔で顔を上げる。
「はじめて、でいらっしゃるのね」
「え…」
「それで、生まれて初めて、肉の歓びを満たしてみたいと」
「何?!」
クリスティーヌは納得したように頷いた。
「着替えろなんて遠まわしなことをおっしゃるから、分からなかったわ」
「何を言っているのだ?哀れみならもう遅…」
「準備はおできになってますの?、上着もお脱ぎになってるし…まあ素敵」
視線はぴったりと露出した胸板に当てられている。
その撫で回すような視線に、ファントムは慌ててシャツの前をかき合せた。
「これは!上着を脱ぐとき肌蹴ただけで!」
「うふふ、恥らっていらっしゃるのね」
「いや、そうじゃなく…!」
「舞台の上ではあんなに近づいておいでだったのに」
すいと身を寄せるクリスティーヌに、思わず後退る。
飛びのいた拍子に膝の裏がベッドの縁に当たり、クッションの上にどすんと座り込む。
すぐに細い腕で肩を押され、上半身をシーツに押し付けられた。
「怖がらなくてよろしいのよ。任せてくだされば、優しくしますから…」
ゆっくり寄せられる愛弟子の笑顔を、
ファントムは慄きながら見つめることしかできなかった。

87 :
ナイス保守
たまにクリスは攻めに入るなw

88 :
ほしゅ

89 :
登場人物が暴走する天使様は、まだ見てらっさるかなぁ

90 :
ねぇ

91 :
18禁乙女ゲーでオペラ座が出るんだけど、ファントム若すぎて萎えた。
クリスは性格が違って普通に別人。
あんなのオペラ座じゃない…orz

92 :
マスター「イケメンになれるよ!」
お猿「やったねエリちゃん!」

93 :
>>92
アテレコ乙

94 :
エリちゃんてwww

95 :
先生は雰囲気イケメン

96 :
雰囲気セクシー

97 :
ほしゅ

98 :
先生は10月から東京へ

99 :
ファントムは鏡の裏から現れ
クリスティーヌを背後から抱き寄せる
胸から腹部、太股まで優しく撫で下ろし
快感に耐え切れなくなったクリスティーヌが身を預けてくる体重に任せて
一層強く抱きしめ、愛撫し、耳元で囁く
やがて一つになり
クリスティーヌは鏡に映る姿に恥らい俯くけれど、耳元で愛を囁かれると
その声がもたらす快感に身を反らさずにいられず
そのまま背面に体重を預けたまま倒れこみ、繋がったまま結束を強める
思わず声が高まるクリスティーヌにファントムはさらに優しく深く腰を引き寄せ、ゆっくり突き上げながら揺らす。
「もっと声を…」

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