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2013年08月軍事276: 【皇道派】もし2.26事件が成功してたら?【牟田口】 (184)
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【皇道派】もし2.26事件が成功してたら?【牟田口】
- 1 :2013/02/04 〜 最終レス :2013/07/29
- 牟田口はどうなってた?
- 2 :
- 作戦の神様こと辻政信が>>2を奪取!
田中新>>1 総理にバカヤローとかw でもオツ
河村>>3郎 華僑虐殺の責任だけなすりつけられてやがんの(www
服部卓>>4郎 おぅ、また来世でも一緒にやろうぜ!
山本>>5十六 餓島が苦しいさなかに大和ホテルでおきらく生活か、おめでてーな(www
>>6た口廉也 「俺が支那事変と大東亜戦争を始めた」とか気負いすぎだから(www
>>7か村明人 人情司令官とか言われてるけど居眠りしてただけだろ(www
有末>>8どる お前がトロトロしてるからタムスク空襲してやったぞバーカ(www
川>>9ち清健 餓島の後の経歴パッとしなすぎ(www
堀井>>10み太郎 モレスビーに着けないで残念でしたねー(www
- 3 :
- 牟田口陸軍大将
- 4 :
- 牟田口陸軍大臣
- 5 :
- 牟田口参謀総長
- 6 :
- 天皇親政の御代でひょっとしたらあの醜悪な大東亜戦争も避けられていたかもしれない。
- 7 :
- 皇道派主導なら対ソ戦に向いてたでしょ。
- 8 :
- >>7
どうして対ソ戦になるの?天皇が待ったをかける。
- 9 :
- 山下大将が中央に就く
- 10 :
- 皇道派と言っても実質荒木派だからな
その人事に不服を持ったのが統制派
- 11 :
- 荒木内閣w
- 12 :
- 石原莞爾と東条英機はどうなったんだろうか
- 13 :
- 荒木
真崎
牟田口
うわぁ…
- 14 :
- 小畑敏四郎作戦部長
- 15 :
- 陰険な東條より陽気な荒木の方が好感が持てる
- 16 :
- 海軍は?
- 17 :
- http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1136875456
決起の理由についてはさんざん言われていますので
繰り返しませんが、もし成功していたら日中戦争は
無かったでしょう、その後の太平洋戦も無かったと
思います。
当時の国家予算は陸軍の給料は減らされるのに
海軍は拡大一方でした。海軍や統制派は軍需
財閥と組み自分たちは儲かる仕組みになって
いました。これで海軍は日米開戦を拒否できなく
自分の首を締めました。
社会主義でいえば名前こそ社会主義と名乗りません
でしたが統制派の政治社会体制はまぎれもなく
国家社会主義です。
私の叔父が第八師団31連隊出身で歩3安藤大尉や
秩父宮と近く226に参加しました。私も226事件を
ライフワークとしています。
近年、226研究家の間では真崎の再評価が
行われています。私も従来説通りですが真崎や山下や
は秩父宮は今のところ、あまり評価していません。
- 18 :
- >>12
東條は親父さんと同様の不満抱えて中将で退役、ってあたりじゃないか。
- 19 :
- >>17
彼らにはクーデターという概念はなかったと思います。
ただひとえに天皇親政による国家革新を目指したのだと思います。
しかし、頭のいいはずの彼らが、それが成功した時の青写真をどうしてきちんと定めていなかったのか?
また皇軍相撃つとなっても、最後の一兵まで断行するの覚悟もなくなぜ暴発したのか?
(兵がかわいそうと途中で言い出すくらいなら、同志だけの決起にしろといいたい)
北の言った「若殿に兜とられて負け戦」と、天皇次第で自分たちが「逆賊の汚名」をきる可能性を
想定できなかったのか?
そのためには天皇と親しい重臣たちは軟禁にとどめ、もし殺しでもしたら「詰み」となることにどうして思いがいかなかったのか?
また各施設を占拠のあと、部外者を比較的自由に出入りさせている。
このような甘いやり方は、ずさんなやり方という。一切の部外者は立ち入り厳禁にするのが鉄則だ。
彼らの心情は痛いほどよくわかるが、いかんせんやり方が甘くズサンだと思えてならない。
相沢中佐もさぞ無念であったろう。私も昭和天皇の一言が恨めしい。成功してほしかった。
「青年日本の歌(昭和維新の歌)」を聴くたびに泣けてくる。
- 20 :
-
- 21 :
- >>1
・昭和天皇は退位、出家
・秩父宮が新天皇に即位
・元号が変わる
・陸軍統制派は全員免官
・海軍では伏見宮が実権を握り、米内、山本、井上が免官
・満州開発の推進
・支那事変、日米戦争は起きない
・その代わり、満州に莫大な国費を投じて経済的に自滅
- 22 :
- b
- 23 :
- 皇道派が主流になった方が軍事作戦はマシだったろうな。
- 24 :
- 二・二六事件のスレは時々立てられますが、長続きしないんですよね。
この事件で昭和天皇が山下奉文を個人的に嫌いになって、大戦まで引き摺った
経緯もあるのに。私は重大な関心を抱いています。
- 25 :
- >>24
ZIIさん、奉文さんは東京都知事によく似ていませんか?
昭和天皇が山下奉文を個人的に嫌いになってしまったのは
直接的にはなぜですか。真崎甚三郎だと思ってましたが。
その嫌いな山下がマレーの虎として破竹の勢いでシンガポールを
陥落させたのを天皇はどういう気持ちで見ていたのでしょうかね。
天皇が一貫して平和愛好者だったなどというのは嘘。
- 26 :
- 自分を退位させて、秩父宮を即位させようとした皇道派を昭和天皇が好むわけ
がない。
- 27 :
- >>25
山下は事件の際に青年将校への渉外担当になり、陸軍大臣告示を読み上げています。
陸軍は山下なら頭に血の上った青年将校をなだめられるだろうと思っていたんでしょう。
昭和天皇は、総理時代の東條を異常なまでに信頼していました。大体、近衛の
後釜に東條の名が挙がった際に、「毒をもって毒を制するということだね」と
妙な例えを持ち出しています。ここまで東條に入れ込んでいた天皇は、東條から
山下についてあることないこと吹き込まれたのか、意気統合したのかは知りませんが、
戦後の平和愛好家のイメージとは随分違っていることは、調べれば分かります。
そもそもガダルカナルに米軍上陸の一報を聞いて、那須の静養地から東京に帰ろう
とした位ですから、戦争の勘はなかなか鋭いと思いますね。
- 28 :
- >>27番さん
わざわざお答えいただきありがとうございました。
山下少将は、事件前に持参されてきたあの決起趣意書に、何も言わず、朱を入れたのでしたね。
天皇はどこからかそれを耳に入れていたのかもしれませんね。
あの昭和天皇は政治的にも軍事的にも油断のならぬ男だったと思います。
東條を間接的に推挙したのが天皇なら、今で言う漠たる任命権の責任はありますね。
確か、木戸日記に東條がどうして組閣の大命を受けるに至ったかは書いてありますね。
東條の器は良く言っても師団長止まりだったと思います。
一国のトップとしてあの戦さを指導するのは荷が重すぎたと思います。
永田鉄山でも存命しておれば、おそらく彼だったでしょうか?
鉄山の前に鉄山無し、鉄山の後に鉄山なしと言われる器量の統制派の軍人でしたから。
だから、人を殺してしまうと、その人物の代わりが二流・三流になってしまう。
そういう意味では相沢中佐もミスを犯したのかもしれません。
- 29 :
- 山縣有朋は、永田鉄山や東条英機を陸大出のエリートを嫌っていて、山縣が生
きているうちは枢要な地位には就かせなかった。
- 30 :
- 過疎スレ上げるな
- 31 :
- >>29
山県有朋は1833〜1922。
陸大出のエリートを嫌う理由はよくわかる。
自分がいかに槍が得意だったとはいえ、
出自は足軽の出で、武士というエリートではなかったからだ。
エリートに対する僻み以外の何物でもない。
陸軍中佐・相沢三郎が陸軍省軍務局長の永田鉄山を刺殺した事件は、
1935年・昭和10年8月である。2・26事件の前年の事である。
山県はすでにこの世にはいない。
世間では不評な男で、すきあらば蓄財に励んだ卑しい男だ。
やっぱし、足軽出ではだめか?
- 32 :
- >>27
毒をもって毒を制すだから山下も東条も同様に危険視してたんじゃないか?
- 33 :
- >>27
昭和天皇が山下奉文を個人的に嫌いになってしまったのは
山下が事件の当初に青年将校達に少し同情する素振りを見せていたからだと
東条内閣を信頼していたのは開戦前には自分の意見を180度変えて
戦争を止めようとしたからではないでしょうか
- 34 :
- >>33
野中四郎名義の蹶起趣意書は、野中がしたためた文章を、北が大幅に修正したといわれています。
そして、1936年2月13日、安藤、野中両名は山下奉文少将宅を訪問し、蹶起趣意書を見せます。
すると、山下は無言で一読し、数ヵ所添削したが、ついに一言も発しなかった。[昭和期日本の構造・講談社学術文庫]と出ています。
ですから、山下少将は、石原などとは違い、彼らに当然たいそうな肩入れしていたはずで、同情以上のものがあったと推察されます。
だから天皇は気にくわなかったのでしょうね。
また、東條英機という人物を独のヒトラーのように言う人がいますが間違いです。
彼ほど昭和天皇に対して忠孝を励んだ人はいないと思います。
それがよく伝わってきたから天皇は東條を重用したのだと思います。
それだけに東條だけが絞首台の露と消えたことには、どこかで何かが欠落した思いがあります。
- 35 :
- 陸軍士官学校事件は東條の仕業
- 36 :
- 東條幕府
- 37 :
- >33
山下が青年将校達に同情的な態度を見せたのは、蹶起当初だけではなくてその最後の段階まででした。
鎮圧が時間の問題となり青年将校達に自決を促すしかなくなった時点で、山下は青年将校達の元へ
天皇の勅使を立ててそれを通達することで「彼等の面目を立ててくれるように」という願い出を
陸軍大臣を通じて働きかけています。
事件当初に青年将校に同情的な姿勢を見せた軍人は他にも大勢いますが、この最後の段階でまで
彼等を庇ったのは山下をはじめとしてごく少数でした。
- 38 :
- 真崎甚三郎とはえらい違いだ。
山下閣下は偉いなぁ。
- 39 :
- 橋本欣五郎は?
- 40 :
- >>37
その態度に昭和天皇はキレちゃったんだろ?
- 41 :
- 橋本欣五郎こと「ハシキン」は革命による国家革新を目指すも、毎回失敗する。
ツキのない軍人で予備役に編入。226でも同じ。
- 42 :
- 橋本欣五郎とかけてナントとく?
中学生以下の剣道大会ととく
そのココロは?
「突き」がありません
- 43 :
- ハシキンと長勇少佐は危険人物
- 44 :
- >>38
美談でもなんでもないよね(´・ω・`)
- 45 :
- >>44
真崎は天皇の意が表明されるや、その後のことを計算して、
決起将校たちとの関係を完全に消そうと躍起になった。
しかし、山下少将は最後の最後まで将校たちを見放すことなく、
彼らの側に立っていた。だから、事件が収束し統制派が力を
得るのだが、皇道派と目された山下閣下は最前線まわりを命じられ、
中央から遠ざけられた。そしてフィリピンの法廷で住民虐殺の責任をとらされ、復讐裁判で
モンテンルパの刑場の露と消えた。虐殺命令など出してもいないし、あのような戦闘
の中ではそうしたことは発生するのが当たり前で、無理難題をふっかけて責任とらせたのだ。
本間中将もその口だ。
美談なんかじゃない。筋を通して生きた一人の男の悲劇です。
- 46 :
- BS歴史館 2月21日(木) 午後8時00分〜9時00分
http://www.nhk.or.jp/bs/rekishikan/
「徹底検証 二・二六事件〜日本をどう変えたのか?〜」
昭和11年2月26日、早朝。近代日本最大のクーデターといわれる二・二六事件が起きた。
裁判記録の最新研究から、東京中枢を数時間で占拠した陸軍の青年将校たちの意外な事実が明らかになった。
将校グループは決して一枚岩ではなかったのだ。なぜか? さらに事件後、陸軍で台頭したのは、若手の革新幕僚。
陸軍を大きく変えた、その手腕と狙いは? 事件は日本をどのように変えたのか、議論しつくす。 【語り】佐々木蔵之介
- 47 :
- >>45
やっぱ民主主義国家の軍人として最低のクズだな。
- 48 :
- 山下少将は処刑に陛下の立会いをお願いしたんだったっけ
- 49 :
- どんな嫌がらせだよw
- 50 :
- もし2.26事件が起こらなかったら?のほうが、歴史は変わっていた。
- 51 :
- >>47
あーた、アホでっしゃろ。
「やっぱ民主主義国家の軍人として最低のクズだな」
民主主義国家?
70数年前の大日本帝国のどこが民主主義なんだい?
そして、山下少将のどこがどうくずなんだい?
説明してもらおうじゃないの?
それとも、ただの釣りか?
おそらくおまえは毒素菌だな。
脳みその中には糞が詰まってるでしょう?
- 52 :
- NHKのドキュメンタリー番組で2・26事件当時の電話でのやり取りを聞いたんだけど
人格者と言われる安藤輝三を鎮圧側の将校がボロクソに言ってるのがショックだったなあ。
部下を安藤部隊に奪われた将校だから余計そうなんだろうけど。
決起に参加していない将校だけで安藤を暗Rる計画もあったらしいね。
- 53 :
- 決起将校の中で、一番腹が据わっていたのは彼であろう。皇軍相撃ってまでも、
逆賊の汚名をきてまでも最後まで事を成就させようとした。自決した野中四郎
には、その最後の一人になろうともあくまで事を貫徹しようとする覚悟・胆力が欠けていた。
安藤輝三大尉は悩みに悩んだ末に、決起将校の仲間に加わったのであるから、
そのあたりの気持ちの整理はつけてもいたし、覚悟の上での断行だったはずだ。
他の将校たちが、櫛の歯が一つ抜け、二つ抜けてゆくにも似た状況をみてどういう思いだった
のだろう。「その程度の決断で起ったのか!」と内心思ったに違いない。
2・26事件当時の電話でのやり取りに見られるように、クーデター等の場合には、一切の外部との
接触は断たないといけない。そういう意味では安藤大尉も電話口に出るなど甘いと
思う。そういう意味から「天聴に達せられあり」を勝手に自分たちに都合の良いように誤解などしたりする。
- 54 :
- 松本清張の本によると、決起将校同士でさえもコミュニケーションが取れていなかったらしいね。
坂井直中尉が一番最初に下士官以下を原隊に戻したんだけど、仲間の将校には相談しないで勝手にやったらしい。
死刑にならなかった若い将校の中には、「磯部に利用されている感じがした、決起が成功したら暗Rるつもりだった」なんて言ってる人もいたし。
成功する所が想像できない。
- 55 :
- >>54
「成功する所が想像できない」
もし成功への糸口があったとすれば、天皇の「忠臣か逆臣かは詮議を経て決定せよ」
の一言であるのだが、天皇が信任していた者たちを殺しては、おそらくその一言すら
ないであろう。
だから、決行前に軟禁なりの手段を作っておけば、天皇に直諫できたであろうに。
彼らの心情はよくわかるが、計画に対する考えが緻密でなく、浅いし単純だ。
先の5・15事件が比較的軽く収束したので、甘くみたのだろう。
だから最後の土壇場で、軍事法廷で訴えようなどと寝ぼけたことを言い出すのだ。
彼らにはその純粋さ故に、成功してほしかったが、成就の可能性の極めて低い行動だ。
- 56 :
- 徴兵で入ってくる兵達の貧しい生活に衝撃を受けたから、というのは口実のようにしか思えない。
どうやったら貧しさを解消できるのか、そのためのカネはどうやって集めるのか、
等といった具体的な道筋を当事者の兵に説明しなかったんだもん。
兵達は良く分からないで動いていたらしいよ。
- 57 :
- >>56
「兵達は良く分からないで動いていたらしいよ」
そうです。兵たちは確信犯ではありません。
おそらく、命令のままに動いたはずです。
それが軍隊と言うところです。
それから、現在のような兵に対する将校の説明責任もありません。
農家出身の兵たちの多くが経済的困窮にあえいでいたのも事実です。
口実ではありません。
当時の日本は三上卓氏の「昭和維新の歌」の中に書かれているそのままです。
- 58 :
- 安藤大尉は、実家が貧しい部下のために、俸給の3分の1をくれてやってましたね。
- 59 :
- 自決するので勅使を差遣してほしいという申し入れじゃなかったでしたっけ。
昭和天皇が「朕の信頼せる重臣を殺戮しておきながら、勅使などはもってのほか
である!」と激怒してはねつけましたね。
- 60 :
- 個人的には、丹生中尉と坂井中尉に狂気を感じたなあ。
丹生中尉は狙われた岡田総理の親戚なのに、悲しむどころか上機嫌で総理の娘に電話をかけて、
坂井中尉は部下と共に無抵抗のじいさんに40発以上発砲してから更に斬りつけて「これが国賊の血だ!」と絶叫…。
2人とも普段は部下に優しく冗談好きで愛妻家というのが余計…。
- 61 :
- 丹生中尉はたしか鹿児島の出身であったと思います。
私の記憶では、銃殺刑のあとそのお骨は未だに丹生家のお墓には入れられないままです。
あの兵たちに向かって語りかけている写真の左側の将校が丹生中尉と記憶しています。
「サムライ日本」の歌が当時流行していましたね。
新納鶴千代とくれば井伊大老の落とし胤というのが映画の設定でしたが
あの兵たちも観ていたのでしょうかね。
ZIIさんのZは海軍のZ旗をあらわし、ひとつは日本海海戦、
もうひとつはミッドウェー海戦の時のものですか?
- 62 :
- ストライキ等は考えなかったのかな。
無抵抗の老人を武装した兵士が襲うなんて、一般庶民はびびっちゃうよ。
あと何でマスコミを利用しなかったんだろう。
- 63 :
- >>62
だって「叛乱将校」はベクトルの違う「辻〜ん」だからだよ。
自分達は無謬である、と言う前提があるから、自身が起こした行動は
無条件で陛下が受け入れてくれる、と信じ込んでたのさ。
占領地に行って「住民宣撫」の為に「八紘一宇」の演説を原住民に
かます「陸大出のエリート参謀」と大して変わらんよ。
- 64 :
- >>63
事件当時の電話傍受に関するドキュメンタリーを観たら
反乱軍に入ってしまった部下に電話で投降を呼びかける将校が、
凄く冷静と言うか現実主義的で、
「青年将校達はこの手の人を何で参謀として活用しなかったんだよ…」と思ってた。
優秀なのに事件の後はニューギニアに飛ばされて戦死したらしい。
- 65 :
- >>61
>Z旗
そんな格好良いものではありません。
ただのZガンダムのマイナーチェンジです。
それはともかく。
「文春」先週号に映画「226」の評価が載ってましたね。あの映画で人生が
変わった人は、私だけではないようです。
「勾坂資料」を入手しましたが、完読するのは何年も掛かると思います。
- 66 :
- >>60
坂井中尉が襲撃したのは斎藤実内大臣ですね。
最初は包囲して拳銃を乱射、倒れた後に布団に機関銃を差し込んで連射、遺体には
47発の銃弾が撃ち込まれていたというのですから、どんだけ憎まれていたんだか。
- 67 :
- 連投失礼。
何年か前の「文春」には、殺された重臣達の遺体の写真が載っていました。
それを見た重臣の子孫は、「ここまで憎まれていたのか」とうめいたそうです。
文藝春秋からは、松本清張の3部作及び資料編3冊が出ていますから、会社として
何らかのつながりはあるのでしょう。
それから事件の入門書としては、映画のガイドブック「226」が重宝します。
シナリオだけでなく、死刑になった全員の顔写真と略歴、それに趣意書も載っています。
- 68 :
- 高橋是清は国民中から愛されていたんだよね…。
農村を救いたいというなら、せめて将校一同による陳情位にしておけばよかったのに…。
- 69 :
- >>63
「自分達は無謬である、と言う前提があるから、自身が起こした行動は
無条件で陛下が受け入れてくれる、と信じ込んでたのさ」と言ってもいいくらいの
稚拙な行動でしたね。なんでまた、そういう感覚に陥ったのでしょうかね?
いくらこちらが正しいと思う事をしていたとしても、相手は必ずしもそうは思ってくれない、
まして相手の親しい人たちを殺害でもすれば、お話にもなりません、ぐらいの知能もなかったのかと思います?
「至誠天に通ず」とマジで思っていたのでしょうかね?
戦前の陸軍は世間とは隔離した場所で純粋培養の軍隊教育を施しましたから、その弊害がここでも出た
のでしょうかね?
>>65のZIIさん
「ただのZガンダムのマイナーチェンジです」とはわかりませんでした。
また、その答えを聞いても、ガンダムはわかるとしても他がちょっと・・・
どうも失礼いたしました。
昨日の新聞に東郷平八郎の若い頃の写真が出ていたのでふとそう思ったのです。
- 70 :
- もし成功していたら相沢中佐は釈放されていたかな。
永田局長暗殺は伊勢の大神による仕業で俺に罪はない、とか主張したりかなり香ばしい人なんだが…。
「昭和史発掘」だけじゃなくて親友の大蔵栄一の本でさえアレなエピソード満点だったな…。
- 71 :
- 相沢中佐はある高級将校に利用されてあのような斬殺を起こしたのですが
(台湾赴任前)残されたご家族は、たしか幼い女の子が二人いた(?)と
思うのですが、一家心中したのでしたっけ?
- 72 :
- >>71
娘さんと息子さんがいたらしい。
大蔵氏の本によると奥さんも戦後まで生きていたようだよ。
2・26事件の将校の奥さんの中には、
戦後のドサクサで掃除のおばちゃんになった人もいたらしい。
- 73 :
- >>64
現実主義だったら、そもそも自身の将校としての立ち位置に
疑問を持たなければならないだろ。
そう言う現実主義者を排除したのが「叛乱将校」の集団だからな。
しかしどんな言い訳をしようが、「私的盟約」に基づき「陛下の赤子」
たる兵を動かした、と言う事実から逃れる事は出来なかった。
そう言う事さ。
>>69
多分下級将校時代は「お殿様」扱いで将校として兵を可愛がる、以上の
接触はしてないだろ。
確かに陸軍の正規将校は純粋培養の教育を施したけど、同時に陸軍の
兵隊ってのはそれこそあらゆる社会階層から集まっていた、と言う側面
だってある。
「叛乱将校」達は本当に兵を「見ていた」と言えるのか、と言う問題への
一つの側面ではあると思う。
- 74 :
- 「朝鮮や台湾にかける金を少しでも本土の経済対策に回していただけないでしょうか。軍事費は今のままで構いませんので」
とか、譲歩する所はしながら大蔵大臣に直訴すれば良かったのになあ。
- 75 :
- 青年将校らは北一輝の思想を実現するつもりだったん?
- 76 :
- >>75
将校同士でも温度差があったようだよ。
磯部や村中は北に傾倒していたようだけど、他はそうでもなかったり。
北の主張を実現するためには、
当時の状況では地主に「アメ」を与えなきゃ実現不可能だったけど
その事を将校達は認識していたのかな。
- 77 :
- 荒木首相か?
- 78 :
- さんざん「やんちゃ」やってから
事態の収拾を真崎達に頼るって無責任過ぎるよ。
食料さえ満足に確保しないで
料亭やホテルに頼っていたんでしょ。
成功するわけないじゃない。
- 79 :
- 前に話題に出た「侍ニッポン」は、村田英雄のCDに入っています。さすがに
それは買いませんでしたが。
「昭和維新の歌」は、鶴田浩二「ああ軍歌」に入っており、これはわりかしメジャー
だと思います。6番までしか入っていないのが残念ですが。
- 80 :
- 丹生中尉と坂井中尉はそれぞれ栗原中尉と安藤大尉に心酔していたらしいね。
2人とも親から皇道派将校との付き合いを咎められていたから余計に…。
なんか宗教的なものを感じるなあ。
- 81 :
- ZIIさん
「昭和維新の歌」はYouTubeで伊藤久夫さんやアイジョージさんたちが
フルバージョンで歌っていますよ。5番目の部分は詩吟的に伊藤さん以外の
人たちのものはなっていますが。長い歌ですが何回も口ずさむと覚えてしまいます。
- 82 :
- 研究者同士でもお互いに罵りあってるんだよね。
澤地は論外だけど
青年将校寄りの人同士でも罵りあってた。デリケートな問題だからかな。
- 83 :
- >>82
具体的に、どのような事で罵りあっていたのですか?
また、「デリケートな問題」とはどういう意味ですか?
お手数ながらこの2点、教えてください。
抽象論ではなく、なるべく具体例でお願いします。
- 84 :
- 青年将校の兄貴分だった大蔵栄一氏が「二・二六事件への挽歌」という本の中で
松本清張氏と田々宮英太郎氏をかなり辛辣に批判していました。
松本氏は北一輝や西田税を胡散臭い人物として描写した事、
田々宮氏はフィクサー的人物が青年将校達に影響を及ぼしていたと描写した事が
北を尊敬し西田と親しい仲で、将校達の「純粋さ」を訴える大蔵氏としては腹が立ったようです。
田々宮氏も大蔵氏を「陰湿」と批判しかえしていました。
「デリケート」というのは、この事件があまりにも謎が多いという意味です。
ある人がさも本当の事のように訴えると、別の人が非常に激しく批判する、
という事が繰り返し起きているのです。
田々宮氏のように「匂坂資料」そのものでさえ否定する人もいるのです。
一番悲惨なのが、斎藤實内大臣の親戚である有馬頼義氏と、内大臣暗殺に関わった高橋太郎少尉の弟さんによる論戦です。
有馬氏は「強盗、強姦のたぐい」と訴え、高橋氏は「将校達を侮辱するな」…。大切な人を失った者同士なのですね。
- 85 :
- >>84番さん
わざわざ質問にお答えいただき、ひとつまた勉強になりました。
ありがとうございます。(83番より)
- 86 :
- >>85様
ぐへへ。どうもです。
でも一番ボコボコにされたのは澤地久枝ですw
青年将校達は頭の良い連中に利用された哀れなピエロという意味の事を
彼らの味方をするフリをしながら回りくどく書いてるんですよね…。
死刑前の遺書や、生き残った方のの回想録を読んでみましたが
ともかく皆さんプライドの高そうな方なので
誰かに利用されたと考えには腹を立てそうです。
- 87 :
- ◎末松太平事務所
二・二六事件関係者の談話室(同人◎末松建比古+今泉章利+渋川明雄)
http://blog.goo.ne.jp/xojisanx/
- 88 :
- 首相官邸襲撃に参加した池田小尉は
自伝だけだと夢見がちな文学青年という印象なんだけど
首相救出にあたった娘婿の回想録では生意気なガキ扱いされてたな…。
- 89 :
- 保守
- 90 :
- test
- 91 :
- 高橋是清まで死ぬなんて…。
軍事費の削減で恨みを買ったらしいけど。
青年将校はよく「純粋無垢」と言われるけど
純粋無垢じゃ外交はできないよね。
- 92 :
- >>91
財政もなー
- 93 :
- だるまさんが、皇道派のアイドルの荒木大臣を
「精神論だけで通用すると思ってるの?馬鹿じゃね?www」とおちょくって恨みを買った面もあるらしいね。
日露戦争勝利も、だるまさんがイギリスに金をせびったのが一番の理由で…。
- 94 :
- だるまさんが血だるま
- 95 :
- 青年将校達も、せめてストライキや陳情あたりで抑えていれば良かったのに。
武装した兵士が無抵抗の老人をRなんて、一般庶民はドンビキしちゃうよ。
- 96 :
- 色んな人の視点から描いた2・26事件を大河で見たいな。
慎重派だった安藤大尉が部下達の窮乏ぶりを見かねて参加を決意した事とか
高齢の内大臣を惨殺して「国賊の血を見よ!」と絶叫した坂井中尉が家庭では良き夫だった事とか
ドラマ性があると思うんだけどなあ。
相沢事件から青年将校達の死刑執行までちょうど1年位だし。
- 97 :
- 映画はやったんだけどなぁ……恥ずかしながら未見だけど
- 98 :
- >>97
三浦友和やショーケンが出ていたやつね。
青年将校達の家庭での様子も描かれていて、
ああいった感じの場面を入れたら1年間放送できるじゃないかと思ったんだ。
今だったら誰が演じるんだろう。
- 99 :
- 山本太郎をどこかに w
- 100read 1read
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